十二指腸潰瘍(Duodenal ulcer)とは、十二指腸の粘膜に炎症が生じ、損傷を受けた状態を指します。
十二指腸は胃の出口に位置し、胃酸や消化酵素が通過する臓器です。何らかの理由で十二指腸の粘膜が傷つくと、潰瘍ができて胃から十二指腸にかけての上腹部に痛みを感じます。
空腹時や夜間に痛みが増強するのが特徴で、吐き気や食欲不振、黒色便などの症状が現れる場合もあります。
重症化した場合は潰瘍からの出血や穿孔のリスクが高まるため、気になる症状がある場合は早めに医療機関を受診しましょう。
十二指腸潰瘍の病型
十二指腸潰瘍は、潰瘍の深さや内視鏡で見られるステージで分類されます。
潰瘍の深さによる分類
UL分類 | 潰瘍の深さ |
UL-1 | 粘膜層の浅いびらん |
UL-2 | 粘膜下層まで達している潰瘍 |
UL-3 | 筋層に及ぶ深い潰瘍 |
UL-4 | 漿膜下組織より深部に達する潰瘍 |
潰瘍の深さが増すにつれて、穿孔や出血のリスクが高くなります。
内視鏡によるステージ分類
潰瘍は、活動期、治癒期、瘢痕期と推移します。
- 活動期(A1、A2):潰瘍が活動性で、発赤や浮腫が認められる
- 治癒期(H1、H2):潰瘍底が白苔で覆われ、炎症所見が改善
- 瘢痕期(S1、S2):潰瘍が治癒し、瘢痕化した状態
ステージ | 潰瘍の状態 | 周囲の炎症所見 |
A1期 | 活動性、辺縁隆起明瞭 | 軽度 |
A2期 | 活動性、辺縁隆起不明瞭 | 中等度~高度 |
H1期 | 治癒過程、白苔が厚い | 軽度 |
H2期 | 治癒過程、白苔が薄い | 消失 |
S1期 | 治癒後、赤色瘢痕 | なし |
S2期 | 治癒後、白色瘢痕 | なし |
十二指腸潰瘍の症状
十二指腸潰瘍の主な症状は、上腹部の痛みや不快感、胸やけ、吐き気、食欲不振などです。
上腹部の痛み
上腹部の痛みは十二指腸潰瘍の最も一般的な症状で、空腹時や食事の1〜3時間後に起こるケースが多く、食事や制酸剤の服用により軽減します。
痛みの程度は、潰瘍が深いほど重度であることが一般的です。
胸やけ
胸やけは胃酸の逆流によって起こります。十二指腸潰瘍では胃酸の分泌が亢進する場合があり、胸やけを引き起こす可能性があります。
吐き気と嘔吐
十二指腸潰瘍では、潰瘍による炎症や痛みが原因で、吐き気や嘔吐が起こる場合もあります。嘔吐は吐血を伴うこともあり、この場合は潰瘍が重症化している兆候です。
食欲不振・体重減少
十二指腸潰瘍では、痛みや不快感から食欲が低下し、体重が減少する方もいます。
ただし、十二指腸潰瘍の症状には個人差が大きく、無症状のケースもあります。上記のような症状が続く場合、なるべく早く医療機関を受診し、診断と治療を受けるようにしてください。
十二指腸潰瘍の原因
十二指腸潰瘍が発生する主な原因は、主にヘリコバクター・ピロリ菌への感染と、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の長期間使用です。
ヘリコバクター・ピロリ菌感染
ヘリコバクター・ピロリ菌への感染は、十二指腸潰瘍が発生する最も一般的な原因です。
ピロリ菌が胃粘膜に感染すると炎症が引き起こされ、胃酸から十二指腸を守る防御機能が低下し、胃酸により十二指腸の粘膜が傷つけられて潰瘍が形成されてしまいます。
日本人では約半数がピロリ菌に感染していると言われていますが、十二指腸潰瘍の患者さんでは、約90~95%がピロリ菌の感染者です。
NSAIDsの長期使用
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を長期間使用することも、十二指腸潰瘍の主な原因の一つです。
アスピリンやイブプロフェンなどのNSAIDsは、プロスタグランジンの合成を阻害して消炎鎮痛効果を発揮するのですが、プロスタグランジンには胃粘膜を保護する働きもあります。
そのため、NSAIDsを長期間使用すると胃粘膜の防御機能が低下し、潰瘍が発生しやすくなってしまうのです。
その他のリスク要因
以下のような要因も、十二指腸潰瘍の発症に関与している可能性があります。
- ストレス
- 喫煙
- アルコール多飲
- 遺伝的素因
十二指腸潰瘍の検査・チェック方法
十二指腸潰瘍検査では、内視鏡検査(胃カメラ)を使用し、食道や胃、十二指腸などの上部消化管を直接確認します。
- 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ検査)
- 上部消化管造影検査(バリウム検査)
- 血液検査
上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
内視鏡検査は潰瘍の存在を直接確認でき、確定診断に欠かせない検査です。検査時間は約5~10分程度です。
また、組織を一部採取して顕微鏡で調べる生検により、組織学的診断やヘリコバクター・ピロリ感染の有無を調べられます。
上部消化管造影検査(バリウム検査)
バリウムという造影剤を飲んで、胃や十二指腸のレントゲン写真を撮影する検査です。
胃粘膜の凸凹や潰瘍などの異常をレントゲン写真で確認することができ、検査時間は約30分程度です。
その他の検査
- 血液検査:貧血や炎症などの異常がないかを確認します。
- 便検査:血液が混ざっていないかを確認します。
検査を受ける際の注意点
- 胃カメラ検査を受ける場合は、前日の夜から絶食となります。
- バリウム検査を受ける場合は、検査前後に十分な水分補給が必要です。
- 検査当日は、楽な服装で来院してください。
十二指腸潰瘍の治療方法と治療薬について
十二指腸潰瘍の治療では、合併症への対処、原因の除去、潰瘍自体の治療を行います。
合併症の治療
十二指腸潰瘍の合併症としては、出血、穿孔、狭窄などがあります。出血がある場合、内視鏡で止血処置を行います。
穿孔や狭窄がひどい場合は、手術が必要になるケースもあります。
合併症 | 治療法 |
出血 | 内視鏡的止血術 |
穿孔 | 外科手術 |
狭窄 | 内視鏡的バルーン拡張術、外科手術 |
原因の除去
十二指腸潰瘍の主な原因は、①ピロリ菌の感染、②NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)を長く使い続ける、この2つです。
ピロリ菌感染が分かれば、除菌療法を行います。除菌療法では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、アモキシシリン、クラリスロマイシンの3種類の薬を1週間服用するのが一般的です。
NSAIDsを長期間使っている人は、できるだけNSAIDsをやめるか、PPIを一緒に使うことを検討します。
潰瘍自体の治療
- プロトンポンプ阻害薬(PPI)
- H2受容体拮抗薬
- 粘膜保護薬
潰瘍そのものの治療では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)を中心とした薬物療法が使われます。PPIは胃酸の分泌を強力に抑え、潰瘍の治癒を早めます。
代表的なPPIであるオメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール、エソメプラゾールは、1日1回4〜8週間の服用により高い治癒率が得られます。
さらに、H2受容体拮抗薬や粘膜保護薬を一緒に使うことで、より効果が期待できます。
十二指腸潰瘍の治療期間と予後
十二指腸潰瘍は、治療により多くのケースで数週間から数か月で治癒に至ります。しかし、再発のリスクもあるため、治療後も定期的な経過観察が大切です。
治療期間を左右する要因
要因 | 影響 |
潰瘍の大きさ | 大きいほど治癒に時間がかかる |
潰瘍の深さ | 深いほど治癒に時間がかかる |
合併症の有無 | 合併症があると治療期間が長引く |
治療期間の目安
治療法 | 治療期間 |
薬物療法 | 数週間から数か月 |
除菌療法 | 1週間程度(薬物療法と併用) |
内視鏡的治療 | 数日から数週間 |
外科手術 | 数週間から数か月 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
十二指腸潰瘍の治療では、薬物療法の副作用や、感染症のリスクがあります。
薬物療法の副作用
十二指腸潰瘍の治療に用いられるプロトンポンプ阻害薬(PPI)は、長期使用により骨粗鬆症や腎機能障害のリスクが高まる可能性があります。
また、H2受容体拮抗薬(H2RA)は、めまいや頭痛などの副作用を引き起こす場合があります。
薬剤 | 主な副作用 |
プロトンポンプ阻害薬(PPI) | 骨粗鬆症、腎機能障害 |
H2受容体拮抗薬(H2RA) | めまい、頭痛 |
感染症のリスク
十二指腸潰瘍の治療中は胃酸分泌が抑制されるため、感染症のリスクが高まります。
特に、クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)は抗菌薬の使用と関連があり、注意が必要です。
手術療法のリスク
十二指腸潰瘍の手術療法は、合併症のリスクを伴います。手術後の出血や縫合不全などが発生する可能性があり、入院期間の延長や再手術が必要になることもあります。
合併症 | リスク |
出血 | 中 |
縫合不全 | 低 |
感染症 | 低 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
十二指腸潰瘍の治療は、原則として医療保険の適用対象となります。ただし、先進医療や入院が必要になった場合の差額ベッド代などは自己負担となります。
治療内容 | 保険適用 |
投薬治療 | ○ |
内視鏡治療 | ○ |
外科手術 | ○ |
治療費用の目安
- 投薬治療
- 内視鏡治療
- 外科手術
このうち、最も一般的なのは投薬治療であり、胃酸の分泌を抑制する薬剤を使用します。 費用は1ヶ月あたり数千円から1万円程度が目安となります。
治療方法 | 費用目安(月額) |
投薬治療 | 数千円~1万円 |
内視鏡治療 | 10万円~20万円 |
外科手術 | 50万円~100万円 |
健康保険が適用されるため、自己負担額は1割~3割となります。
上記の金額は目安であり、実際は上記よりも高額になる場合があります。治療費について詳しくは、各医療機関で直接ご確認ください。
高額療養費制度の活用
十二指腸潰瘍の治療費が高額になった際は、高額療養費制度により自己負担額を軽減できます。制度の詳細については各医療機関や市区町村の窓口へ直接ご確認ください。
以上
参考文献
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