萎縮性胃炎

萎縮性胃炎(Atrophic gastritis)とは、胃の内側を覆う粘膜組織が徐々に薄くなり、その機能が低下していく慢性的な炎症性疾患です。

胃の粘膜が長期間にわたって炎症を起こし、時間の経過とともに萎縮(いしゅく)していくことで胃酸や消化酵素の分泌量が減少し、食事の消化や栄養素の吸収に支障をきたします。

多くの場合明確な自覚症状を伴わないため、定期的な健康診断の際に初めて発見されるケースが珍しくありません。

目次

萎縮性胃炎の病型

萎縮性胃炎は、主に木村・竹本分類およびその改訂版である modified 木村・竹本分類によって、胃粘膜の萎縮の程度や範囲に基づいて分類されています。

木村・竹本分類では、萎縮境界の位置によって Closed type(C-1〜3)と Open type(O-1〜3)の6種類に分けられていました。

現在主流となっている modified 木村・竹本分類では、新たに C-0 が追加されています。

Closed type の特徴

Closed type は、萎縮境界が胃体部小彎側で、噴門(食道と胃のつなぎ目)を越えない状態を指します。

  • C-0:ピロリ菌未感染相当の萎縮がない状態
  • C-1(Ⅰ):萎縮境界が胃角小彎を越えず、前庭部(胃の出口に近い部分)にとどまっているものを指します。つまり、胃の一部分のみに萎縮が見られる状態です。
  • C-2(Ⅱ):萎縮境界が胃角を越え、体部小彎の中央よりも肛門側(お尻側)まで拡がります。萎縮の範囲が C-1 よりも広がっていることを意味します。
  • C-3(Ⅲ)では、萎縮境界が噴門に及んでいない状態となります。胃の大部分に萎縮が見られますが、噴門付近はまだ影響を受けていない状態です。

Open type の特徴

Open type は、萎縮境界が噴門を越え、大彎側(胃の外側のカーブ)に進展している状態を指します。

  • O-1(Ⅰ):萎縮境界が噴門周囲にとどまり、大彎の襞(ひだ)が保たれている
  • O-2(Ⅱ):O-1 と O-3 の中間的な状態
  • O-3(Ⅲ):全体的に大彎の襞が消失している
Type萎縮の範囲特徴
O-1噴門周囲大彎の襞が保たれている
O-2O-1 と O-3 の中間一部の襞が消失
O-3全体的大彎の襞がほぼ消失

萎縮性胃炎の症状

萎縮性胃炎の主な症状は、上腹部の不快感や痛み、食欲不振、吐き気などが挙げられますが、無症状で経過する場合も少なくありません。

症状の多様性

萎縮性胃炎の症状は個人によって大きく異なり、その程度も様々です。代表的な症状には、上腹部の違和感や膨満感があります。また、食後に胃がもたれる感覚や、胃の辺りが重く感じられるような症状もよく見られます。

食事の量や内容、ストレスなどの要因によって症状が変動することが特徴です。

症状特徴
上腹部不快感食後に増強
膨満感持続的に感じる

消化器系の変化

萎縮性胃炎が進行すると、胃酸の分泌量が減少します。胃酸は食物の消化や殺菌作用を担う重要な要素であるため、減少によって食欲不振や吐き気、げっぷの増加などが起こります。

また、胃酸の減少により消化不良が起こり、下痢や便秘といった排便の異常を引き起こすこともあります。

栄養吸収への影響

胃の粘膜が萎縮することで、栄養素の吸収にも影響が出ます。特にビタミンB12の吸収が妨げられることが多く、貧血が起こりやすくなります。

また、舌の痛みや口内炎が起こりやすくなる方もいます。

栄養素影響関連症状
ビタミンB12吸収低下貧血、疲労感
鉄分吸収障害の可能性貧血、めまい

無症状のケース

萎縮性胃炎では、自覚症状を感じないまま病気が進行し、定期検診や他の目的での内視鏡検査で偶然発見される場合が多いです。

特に以下のような方は、定期的に健康診断や胃がん検診を受けることが大切です。

  • 50歳以上の方
  • 胃がんの家族歴がある方
  • 喫煙者
  • 塩分の多い食事を好む方

萎縮性胃炎の原因

萎縮性胃炎の主な原因は、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染と自己免疫反応です。

ヘリコバクター・ピロリ菌感染の影響

ヘリコバクター・ピロリ菌は、胃粘膜に定着して炎症を引き起こす細菌です。ピロリ菌の持続的な感染により、胃の粘膜細胞が徐々に破壊されていきます。

感染が長期間に渡った場合、胃酸の分泌低下や胃粘膜の萎縮を引き起こし、最終的に萎縮性胃炎の発症につながります。

ヘリコバクター・ピロリ菌感染の影響胃粘膜への影響
慢性的な炎症粘膜細胞の破壊
胃酸分泌の低下消化機能の低下
粘膜防御機能の低下胃粘膜の萎縮

自己免疫反応による胃粘膜の攻撃

萎縮性胃炎のもう一つの主要な原因は、自己免疫反応によるもの(体の免疫システムが誤って胃の粘膜細胞を攻撃する)です。特に、壁細胞や内因子に対する自己抗体が産生されることにより、胃粘膜の破壊が進行します。

自己免疫性萎縮性胃炎は他の自己免疫疾患との関連性も指摘されており、甲状腺疾患や1型糖尿病などを併発するリスクが高くなります。

そのため、萎縮性胃炎と診断された場合は、他の自己免疫疾患の検査も検討する必要があります。

萎縮性胃炎の原因となる生活習慣

  • 喫煙
  • 過度の飲酒
  • 高塩分・高脂肪食
  • ストレス
  • 特定の薬物の長期使用(例:非ステロイド性抗炎症薬)
環境要因・生活習慣胃への影響
喫煙胃粘膜の血流低下、防御機能の低下
過度の飲酒胃粘膜の直接的な刺激と損傷
高塩分・高脂肪食胃酸分泌の増加、粘膜バリアの弱体化
ストレス胃酸分泌の変化、免疫機能への影響

遺伝的要因

特定の遺伝子変異や多型により、ヘリコバクター・ピロリ菌への感受性や自己免疫反応の発生リスクが高まることが分かっています。

例えば、IL-1β遺伝子の多型は胃の炎症反応や酸分泌に影響を与え、萎縮性胃炎の発症リスクを増大させます。また、HLA-DQA1遺伝子の特定のアレルが、自己免疫性萎縮性胃炎の発症と関連していることも報告されています。

遺伝的要因萎縮性胃炎との関連
IL-1β遺伝子多型炎症反応の増強、胃酸分泌の変化
HLA-DQA1アレル自己免疫性萎縮性胃炎の発症リスク増加
その他の遺伝子ヘリコバクター・ピロリ菌感染への感受性

萎縮性胃炎の検査・チェック方法

萎縮性胃炎の検査では、内視鏡検査、血液検査、尿素呼気試験を組み合わせて実施します。

検査方法主な目的
内視鏡検査胃粘膜の直接観察
血液検査胃の機能や炎症の評価
尿素呼気試験ヘリコバクター・ピロリ菌の検出
組織生検病理学的な確定診断

内視鏡検査

内視鏡検査では、胃粘膜の色調変化や血管透見像(胃の粘膜が薄くなり、下の血管が透けて見える状態)を確認していきます。

萎縮の程度や範囲を詳しく評価することができるほか、内視鏡検査中の組織生検(胃の粘膜の一部を採取して調べること)により、病理学的診断が可能です。

血液検査

血液検査では、特にペプシノゲン I/II比(胃の粘膜の状態を反映する指標)とガストリン値(胃酸の分泌を促すホルモンの量)の測定値に注目し、胃粘膜の萎縮度を評価します。

検査項目正常値萎縮性胃炎の特徴
ペプシノゲン I/II比3以上3未満
ガストリン値200 pg/mL以下上昇傾向

また、萎縮性胃炎の主要な原因の一つとなる、ヘリコバクター・ピロリ菌感染の有無を調べる抗ヘリコバクター・ピロリ抗体検査も重要となります。

尿素呼気試験

尿素呼気試験では、尿素を含む溶液を飲んでいただき、その後の呼気中の二酸化炭素を分析します。

ヘリコバクター・ピロリ菌が存在する場合は特徴的な結果が得られるため、感染の有無を判断する助けとなります。

確定診断

確定診断のための組織生検では、胃粘膜の萎縮の程度や炎症の状態を顕微鏡で観察します。

この過程で、腸上皮化生(胃の粘膜が腸の粘膜に似た状態に変化すること)や異形成(細胞の形や配列が異常になること)などの合併症の有無も確認していきます。

萎縮性胃炎の治療方法と治療薬について

萎縮性胃炎の治療では、原因となる要因の除去と症状の緩和を目指し、生活習慣の改善や薬物療法を組み合わせて実施します。

萎縮性胃炎の基本的な治療方針

萎縮性胃炎の治療では、胃粘膜の萎縮を抑制し、胃の機能を回復させることを目標とします。

治療の基本は原因となる要因を取り除くことで、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃に感染する細菌)が原因の場合、除菌療法を実施します。

また、胃酸の分泌を抑える薬や胃粘膜を保護する薬を用いて、胃への負担を軽減する方法も効果的です。

治療目標具体的な方法
原因除去除菌療法
症状緩和薬物療法
機能回復生活習慣改善

薬物療法の詳細

萎縮性胃炎の薬物療法には、主に以下の種類の薬剤を使用します。

薬剤の種類主な効果
PPI胃酸分泌抑制
H2受容体拮抗薬胃酸分泌抑制
粘膜保護薬胃粘膜保護
制酸薬胃酸中和

ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌療法

ヘリコバクター・ピロリ菌の標準的な除菌療法は、プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗生物質を組み合わせた3剤併用療法です。通常、7日間の服薬でピロリ菌を除菌することができます。

除菌に失敗した場合は、薬剤を変更して2次除菌を実施します。

生活習慣の改善

薬物療法と並行し、生活習慣を見直すことにより胃への負担を軽減していきます。

  • 規則正しい食生活を心がける
  • 過度の飲酒を控える
  • 喫煙を避ける
  • ストレス管理を行う
  • 適度な運動を取り入れる

経過観察・定期検査

内視鏡検査や血液検査を定期的に実施し、胃粘膜の状態や胃がんの発生リスクを評価します。

検査項目目的
内視鏡検査胃粘膜の状態確認
血液検査栄養状態の評価
ピロリ菌検査除菌の確認

萎縮性胃炎の治療期間

萎縮性胃炎の治療期間は症状や状態によって大きく異なり、数週間から数ヶ月、時には数年にわたって長期化することもあります。

治療期間の目安

軽度の萎縮性胃炎であれば数週間から数ヶ月程度で症状が改善する場合もありますが、重度の場合や、長期間放置されていた場合には治療に半年以上かかるような場合もあります。

症状の程度一般的な治療期間
軽度数週間〜数ヶ月
中等度3〜6ヶ月
重度6ヶ月以上

薬の副作用や治療のデメリットについて

萎縮性胃炎の治療薬には、下痢や便秘、吐き気などの消化器症状や、頭痛、めまいなどの全身症状などの副作用が起こる可能性があります。

長期的なプロトンポンプ阻害剤(PPI)使用に関連する副作用

副作用症状や影響
骨粗鬆症骨密度の低下、骨折リスクの上昇
ビタミンB12欠乏貧血、神経障害
腸内細菌叢の変化消化器症状、免疫機能への影響
腎機能障害急性腎障害のリスク上昇

経過観察に伴う検査のリスク

リスク詳細
出血生検時や粘膜への接触による軽度の出血が生じる可能性があります
穿孔まれですが、内視鏡による消化管壁の損傷が起こることがあります
感染適切な消毒が行われなかった場合、感染のリスクがあります
鎮静剤の副作用呼吸抑制や血圧低下などの可能性があります

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

萎縮性胃炎の治療費は、医療保険が適用されます。一般的な診療や検査、薬物療法については、自己負担額は通常1~3割となります。

外来診療にかかる費用の目安(自己負担額)

  • 血液検査 約1,000円
  • ピロリ菌検査 約3,000円
  • 内視鏡検査 約8,000円程度

入院治療が必要な場合の費用

症状が重い場合や精密検査が必要な際の入院治療では、入院日数や治療内容によって治療費が変動します。一般的に3〜7日程度の入院で、自己負担額は5万円から15万円程度が目安です。

入院期間概算自己負担額
3日6万円
5日10万円
7日13万円

薬物療法にかかる費用の目安(月額)

  • プロトンポンプ阻害薬:1,500円〜3,000円
  • H2受容体拮抗薬:1,000円〜2,500円
  • 粘膜保護剤:800円〜2,000円
  • 制酸剤:500円〜1,500円

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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