膵神経内分泌腫瘍(膵NEN, Pancreatic neuroendocrine neoplasm)とは、膵臓に生じる特殊な腫瘍で、神経内分泌細胞(ホルモンを分泌する細胞)から発生します。
良性から悪性まで幅広い性質を示し、腫瘍の大きさや位置、ホルモン産生の有無など、症例ごとに症状が大きく異なります。
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の病型
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)は、ホルモン分泌の有無により機能性腫瘍と非機能性腫瘍に分類され、さらに悪性度によってG1からG3まで細分化されています。
分類 | 特徴 |
機能性腫瘍 | 過剰なホルモン分泌 |
非機能性腫瘍 | ホルモン分泌なし or 微量 |
機能性腫瘍の多様性
機能性膵神経内分泌腫瘍には、分泌するホルモンの種類によってさまざまな病型が存在します。
種類 | 過剰分泌するホルモン | 主な症状 |
---|---|---|
インスリノーマ | インスリン | 低血糖症状 |
ガストリノーマ | ガストリン | 難治性の消化性潰瘍 |
グルカゴノーマ | グルカゴン | 糖尿病、特徴的な皮膚症状(壊死性遊走性紅斑) |
VIPoma | 血管作動性腸ペプチド(VIP) | 重度の水様性下痢による電解質異常、脱水症状 |
非機能性腫瘍の特性
非機能性膵神経内分泌腫瘍は、特定のホルモン関連症状を示さないため、診断が遅れる傾向があります。
多くの場合、他の目的で行われた画像検査で偶然発見されることが多いのが現状です。
非機能性腫瘍は、機能性腫瘍と比較して一般的に大きく成長する傾向があり、腫瘍の増大に伴う周囲臓器への圧迫症状や遠隔転移が見られることがあります。
腫瘍タイプ | 主な発見契機 |
機能性腫瘍 | 特異的ホルモン症状 |
非機能性腫瘍 | 偶発的画像所見、圧迫症状 |
悪性度分類と予後予測
膵神経内分泌腫瘍の悪性度は、世界保健機関(WHO)の分類に基づいてG1からG3までの3段階に分類されます。
この分類では、腫瘍の増殖能を示すKi-67指数と、核分裂像数という2つの指標に基づいたものとなります。
- G1:低悪性度(Ki-67指数が3%未満)
- G2:中悪性度(Ki-67指数が3-20%)
- G3:高悪性度(Ki-67指数が20%を超える)
G1およびG2に分類される腫瘍は、一般的に予後が良好であり、治療により長期生存が期待できます。一方、G3に分類される腫瘍は急速に進行する傾向があり、予後不良となる可能性が高いとされています。
悪性度 | Ki-67指数 | 一般的な予後 |
G1 | 3%未満 | 良好 |
G2 | 3-20% | 中等度 |
G3 | 20%超 | 不良 |
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の症状
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)では、機能性腫瘍では過剰なホルモン分泌により特徴的な症状が起こりやすくなります。
一方、非機能性腫瘍は初期段階では無症状であることが多く、腫瘍が大きくなるにつれて周囲の臓器を圧迫し症状が現れてきます。
腫瘍の種類 | 主な症状の特徴 |
機能性腫瘍 | 特定のホルモンに関連した特異的な症状 |
非機能性腫瘍 | 腫瘍の増大による周囲臓器への圧迫症状 |
機能性腫瘍の症状
機能性腫瘍では、分泌されるホルモンの種類によって症状が大きく異なります。
インスリノーマでは、インスリンの過剰分泌により低血糖症状が出現します。具体的には、空腹時や運動後に冷や汗、動悸、手の震え、意識障害などが見られます。
また、ガストリノーマでは、胃酸の過剰分泌によって難治性の消化性潰瘍や重度の下痢が生じます。
腫瘍の種類 | 過剰分泌ホルモン | 主な症状の詳細 |
インスリノーマ | インスリン | 低血糖症状(冷や汗、動悸、手の震えなど) |
ガストリノーマ | ガストリン | 難治性消化性潰瘍、重度の下痢 |
グルカゴノーマ | グルカゴン | 特徴的な皮膚炎、糖尿病、体重減少 |
VIPオーマ | 血管作動性腸管ペプチド | 重度の水様性下痢、脱水症状 |
非機能性腫瘍で見られる症状
非機能性腫瘍は初期段階では無症状であることが多いものの、腫瘍が徐々に大きくなると、以下のような症状が現れます。
- 上腹部や背中の痛み
- 黄疸(皮膚や白目の黄染)
- 食欲不振や体重の減少
- 吐き気や嘔吐
- お腹を触ると分かる腫瘤
全身に現れる症状・合併症
病気が進行すると、原因不明の発熱、全身のだるさ、体重の減少などが現れるようになります。
また、腫瘍が周囲の組織に広がったり、他の臓器に転移したりすると、様々な合併症が生じます。
例えば、膵管や胆管が詰まることによる閉塞性黄疸(皮膚が黄色くなる症状)、門脈の圧力が上がることによる食道静脈瘤、肝臓への転移による肝機能障害などが代表的です。
症状の種類 | 具体的な例 |
全身症状 | 原因不明の発熱、全身のだるさ、体重減少 |
合併症 | 閉塞性黄疸、食道静脈瘤、肝機能障害 |
膵NENの症状は非常に多様で、個人差が大きい特徴があります。
ここで挙げた症状がすべての患者さんに現れるわけではなく、似たような症状を示す他の病気も多く存在します。気になる症状がある場合は速やかに医療機関を受診し、診断を受けるようにしてください。
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の原因
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の原因はまだ完全に解明されていませんが、、遺伝子変異や環境要因など、複数の要素が絡み合って起こると考えられています。
遺伝子変異と膵NENの関連性
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の発症に関わっているとされる代表的な遺伝子変異には、MEN1遺伝子やDAPL1遺伝子の異常が挙げられます。
遺伝子名 | 関連する症候群 |
MEN1 | 多発性内分泌腫瘍症1型 |
DAPL1 | 散発性膵神経内分泌腫瘍 |
MEN1遺伝子やDAPL1遺伝子に変異が起こると、細胞の正常な増殖制御機構が崩れ、異常な細胞増殖が引き起こされる結果、膵NENの発症リスクが上昇すると考えられています。
膵NENの発症に関与する可能性のある環境要因・生活習慣の影響
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 肥満
- 慢性的なストレス
- 環境中の発がん物質への曝露
内分泌系の異常
膵臓は、消化酵素の分泌だけでなく、ホルモンの産生も行う重要な臓器です。
内分泌系の異常が生じるとホルモンバランスが崩れ、細胞の増殖や分化に影響を与える可能性があります。
ホルモン名 | 主な作用 |
インスリン | 血糖値の調整 |
グルカゴン | 血糖値の上昇 |
ソマトスタチン | 他のホルモンの分泌抑制 |
炎症と免疫系の関与
慢性膵炎や、自己免疫性膵炎などの炎症性疾患が長期的に膵臓の細胞に影響を与え、膵NENの発症原因となる場合もあります。
炎症関連因子 | 作用 |
サイトカイン | 細胞間の情報伝達 |
活性酸素種 | DNAや細胞の損傷 |
成長因子 | 細胞の増殖促進 |
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の検査・チェック方法
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の診断では、血液検査、画像診断、病理検査などを実施します。
血液検査による生化学的評価
血液検査では、特に、腫瘍マーカーの測定値に注目します。値が基準値よりも高くなっている場合、膵神経内分泌腫瘍の存在を疑う根拠となります。
検査項目 | 意義 |
クロモグラニンA | 神経内分泌腫瘍全般を示す指標 |
ガストリン | ガストリノーマ(胃酸分泌過多を引き起こす腫瘍)の診断に有用 |
インスリン | インスリノーマ(低血糖を引き起こす腫瘍)の診断に重要 |
画像診断による腫瘍の特定
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)がどこにあるのかを特定するために、超音波検査やCT、MRIなどの画像検査を行います。
画像検査では、腫瘍の大きさや位置、周りの組織への広がり具合などを調べていきます。
また、内視鏡的超音波検査(EUS)という特殊な検査を行う場合もあり、小さな腫瘍を見つけるのに特に優れた検査方法となります。
画像検査 | 特徴 |
CT | 腫瘍の場所、大きさ、周りの組織との関係を詳しく調べる |
MRI | 軟らかい組織の違いがよく分かり、小さな異常も見つけやすい |
EUS | 膵臓の内部を詳しく観察でき、小さな異常を見つけるのに優れている |
シンチグラフィー | 体全体の腫瘍の分布を調べ、転移した場所も見つけられる |
病理学的検査による確定診断
病理学的検査では、超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)や皮膚を通して行う経皮的生検により、腫瘍の組織の一部を採取します。
病理医による診断
- 組織の細かな構造や特徴を観察します
- 特殊な染色法を使って、腫瘍に特有のマーカーがあるかどうかを確認します
- Ki-67という物質を調べて、腫瘍細胞の増殖のスピードを評価します
- 腫瘍細胞がどの程度成熟しているかを判定します
検査結果に基づき、世界保健機関(WHO)が定めた基準に従って腫瘍の悪性度を決定します。
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療方法と治療薬について
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療には、手術療法、薬物療法、放射線療法などがあり、腫瘍の大きさや進行度、機能性の有無に応じて治療法を選択します。
手術療法
手術療法は膵NEMの根治を目指す治療法となり、腫瘍の完全切除が可能な場合、長期的な予後改善が期待できます。
手術の方法は腫瘍の位置や大きさによって異なりますが、一般的に以下のような術式を選択します。
腫瘍の位置 | 手術方法 |
膵頭部 | 膵頭十二指腸切除術 |
膵体尾部 | 膵体尾部切除術 |
膵全体 | 膵全摘術 |
薬物療法
手術が困難な進行例や転移がある場合、薬物療法を実施します。膵NENの薬物療法には、腫瘍の性質や患者さんの状態に応じて様々な種類があります。
薬物の種類 | 主な作用 | 代表的な薬剤名 |
ソマトスタチンアナログ | ホルモン分泌抑制、腫瘍増殖抑制 | オクトレオチド、ランレオチド |
分子標的薬 | 腫瘍の増殖シグナルを阻害 | エベロリムス、スニチニブ |
細胞障害性抗癌剤 | がん細胞を直接攻撃 | ストレプトゾシン、テモゾロミド |
PRRT | 放射性同位元素を用いた内部照射療法 | ルテチウムオクトレオタート |
放射線療法
放射線療法は、手術が困難な症例や、転移巣の治療に用いられることがあります。特に、肝転移に対する選択的体内放射線療法(SIRT)は、近年注目されている治療法の一つです。
SIRTでは、肝動脈内にイットリウム90などの放射性同位元素を注入し、腫瘍を内部から照射します。正常な肝組織への影響を最小限に抑えながら、腫瘍に対して高線量の放射線を照射することができる治療法となります。
放射線療法は、腫瘍の縮小や症状緩和に効果を発揮します。例えば、骨転移による痛みの軽減や、脳転移による神経症状の改善などが期待できます。
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療期間
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療期間は、腫瘍の種類や進行度によって異なりますが、基本的には長期にわたる継続的な管理が必要です。
早期に発見された比較的小さな腫瘍の場合、手術による完全切除後の経過観察期間は比較的短くなる場合もありますが、それでも定期的な検査は欠かせません。
一方で、進行した状態で発見された場合や、他の臓器への転移が認められる場合は、より長期的な治療管理が必要となります。
治療法ごとの期間の違い
治療法 | 一般的な期間 | 特徴 |
手術 | 1〜3か月 | 術後の回復期間を含む |
薬物療法 | 6か月〜数年 | 効果や副作用を見ながら継続 |
手術療法を選択した場合、術後の回復期間を含めて通常1〜3か月程度で治療の主要な部分が完了しますが、術後の経過観察は長期間継続することになります。
薬物療法は、治療効果や副作用を確認しながら、6か月から数年にわたって継続することが一般的です。
放射線療法を併用する場合もありますが、これには通常4〜6週間程度の集中的な治療期間が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療に用いられる薬物療法や手術療法には、それぞれ副作用が起こる可能性があります。
薬物療法による主な副作用には、消化器症状や骨髄抑制(血液を作る機能の低下)などがあります。一方、手術療法では、術後の合併症や長期的な機能障害が生じます。
治療法 | 主な副作用 |
薬物療法 | 悪心・嘔吐、下痢、骨髄抑制 |
手術療法 | 出血、感染、膵液漏(膵臓から消化液が漏れ出す状態) |
治療による長期的影響
膵臓の一部を切除する手術を受けた患者さんでは、膵機能が低下し、消化吸収障害や糖尿病を発症するリスクがあります。
また、毎食後に膵酵素補充剤を服用し、食事制限を行うような場合もあります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
膵神経内分泌腫瘍(膵NEN)の治療費は、保険が適用されます。自己負担割合は一般的に医療費の30%ですが、高額療養費制度を利用すると、さらに負担を抑えられます。
治療法別の概算費用
治療法 | 概算費用(3割負担の場合) |
外科手術 | 60万円〜120万円 |
薬物療法 | 月額15万円〜40万円 |
放射線療法 | 40万円〜80万円 |
※費用は概算であり、個々の状況により大きく異なります。
その他の費用
治療に伴い、入院時の食事代や、個室を利用する場合は別途追加費用がかかります。
- 入院時の食事代(1食460円程度)
- 差額ベッド代(1日5000円〜20000円)
以上
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