輪状後部癌(下咽頭癌)

輪状後部癌(postcricoid cancer)は、下咽頭の一番下にある輪状後部というエリアに生じる悪性腫瘍です。この部分は、食道入口部の直上に位置し、嚥下機能に重要な役割を果たしています。

輪状後部癌は、他の下咽頭癌に比べて発生頻度が低く、症状が現れにくいのが特徴です。そのため、発見が遅れがちで、進行した状態で発見されることが多くなります。

初期には、喉に違和感がある、声がかすれる、飲み込む時に痛みがあるなどの症状が出ることがありますが、これらは他の病気でも起こり得るため、見過ごされやすいです。

この記事では、輪状後部癌の症状や原因、治療方法や予後について解説していきます。

目次

輪状後部癌の病型

輪状後部癌は、下咽頭部に発生する比較的まれな癌です。下咽頭は喉の最下部にある器官で、食道と気管の上部に位置しています。輪状後部癌は、下咽頭の背面にある輪状軟骨という軟骨の後ろに発生します。

下咽頭がんは発生する場所によって、「梨状陥凹癌」「輪状後部癌」「咽頭後壁癌」の3つにわけられ、輪状後部癌は全体の約5%を占めます。

腫瘍の進展範囲による分類

以下の表は、輪状後部癌の広がり方による分類を示しています。

分類説明
T1がんが輪状後部だけに留まっている
T2がんが輪状後部を超えて、喉頭蓋谷や梨状陥凹まで広がっている
T3がんが喉頭や下咽頭の他の部分まで広がっている
T4がんが下咽頭を超えて、甲状軟骨や食道などの周りの組織まで入り込んでいる

腫瘍の深達度による分類

がんが深くまで入り込んでいるかどうかも、輪状後部癌の予後に大きな影響を与えます。がんが深くまで入り込んでいるほど、リンパ節や他の臓器に転移するリスクが高くなります。

分類説明
T1aがんが粘膜の表面にとどまっている
T1bがんが粘膜の下の層まで入り込んでいる
T2がんが筋肉の層まで入り込んでいる
T3がんが輪状軟骨や甲状軟骨まで入り込んでいる
T4がんが甲状軟骨を超えて周りの組織まで入り込んでいる

がんが深くまで入り込んでいるほど、進行度が高く、予後が悪くなる傾向にあります。そのため、早期発見と早期の対応が非常に大切と言えます。

輪状後部癌のほとんどは扁平上皮癌ですが、まれに腺癌や粘表皮癌などの他の種類のがんが見られる場合もあります。

輪状後部癌の症状

輪状後部癌の症状は初期には目立たないことが多く、見過ごされがちです。しかし、症状が続いたり、複数が同時に出たりするときは専門医への受診が推奨されます。

  • 嗄声(かすれ声)
  • 嚥下困難
  • 頸部リンパ節の腫脹
  • 咽頭痛
  • 耳痛

嗄声(かすれ声)

声がれは輪状後部癌の初期によく見られる兆候です。がんが声帯の動きを妨げるため、声のトーンが変わったり、かすれたりします。

嚥下困難

がんが大きくなると、食べ物や飲み物を飲み込むときに痛みや違和感を覚えるようになります。

進行すると、食べ物が喉に詰まる感じがして、食事が困難になります。

頸部リンパ節の腫脹

がんが広がると、首のリンパ節にも影響を及ぼし、首にしこりや腫れができることがあります。これは触るとわかるほどで、輪状後部癌の進行を示しています。

その他の症状

咽頭痛喉の奥が痛む
耳痛がんのある側の耳が痛む
血痰痰に血が混じることがある
呼吸困難がんが気道を狭めるために起こる

これらの症状は輪状後部癌に限ったものではありませんが、続くときは医師の診断が必要です。

輪状後部癌の原因

輪状後部癌は、主に喫煙やアルコールの摂取が引き起こすとされており、これらのリスク要因が組み合わさると発症の可能性が高くなると言われています。

喫煙による発癌リスクの上昇

喫煙は、輪状後部癌における大きなリスク要因です。喫煙者は非喫煙者と比較して、発症する確率が格段に高くなります。

喫煙の量と期間に応じた発癌リスク

喫煙本数喫煙期間発がんリスク
1日10本未満10年未満1.5倍
1日10本未満10年以上2.0倍
1日10本以上10年未満2.5倍
1日10本以上10年以上4.0倍

アルコール摂取

アルコールの過剰な摂取も、輪状後部癌のリスク要因です。アルコール自体はがんを引き起こす物質ではありませんが、その代謝過程で生じるアセトアルデヒドには発癌性があります。

さらに、アルコールは喉の粘膜の透過性を高め、他の有害物質が粘膜に吸収されやすくなります。

喫煙とアルコール摂取が重なると更にリスクは高まる

喫煙とアルコールを同時に摂取すると、輪状後部癌のリスクはさらに高まります。

  • アルコールが喉の粘膜の透過性を高め、タバコの有害物質の吸収を促す。
  • 喫煙によるDNAの損傷と、アルコールによるDNA修復機能の低下が合わさり、がん化のリスクを増大させる。
  • 喫煙とアルコールの両方が喉の粘膜に慢性的な炎症を引き起こし、がんの発生を促す。

喫煙とアルコール摂取の組み合わせによる発癌リスク

喫煙アルコール摂取発がんリスク
なしなし1.0倍
ありなし2.0倍
なしあり2.5倍
ありあり6.0倍

その他の危険因子

  • ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染
  • 野菜や果物の不足
  • 胃酸の逆流が慢性化すること
  • 遺伝的な要因

輪状後部癌の検査・チェック方法

検査の流れ
1. 問診・視診・触診症状や口腔内・咽頭の状態を確認
2. 内視鏡検査輪状後部を含む咽頭全体を詳細にチェック
3. 画像検査腫瘍の広がりや浸潤の程度を評価
4. 生検組織を採取し、癌の有無を確定診断

内視鏡検査

輪状後部は目では直接見ることができないため、内視鏡検査を行います。

腫瘍があるかどうかやその広がりを正確に知るため、細い管についた小型カメラを使って、輪状後部を含む咽頭の全体をくまなく調べます。

画像検査で腫瘍の広がりを評価

内視鏡検査で何か異常が見つかったら、次はCTやMRIを使った画像検査が行われます。

腫瘍の大きさや、周囲の組織への影響を詳しく調べます。

生検で確定診断

腫瘍の疑いがある場合、組織の一部を取って顕微鏡で検査する生検が行われます。この検査で癌細胞が見つかれば、癌であると確定します。

検査では、癌の種類や悪性度もわかります。

自己チェックのポイント

以下のような症状が続く場合は、専門医への相談が推奨されます。

  • 咽頭痛や違和感がなかなか治らない
  • 声がかすれることが続く
  • 飲み込む際に苦痛を感じる
  • 首にしこりができる
  • 耳の痛みが原因不明で続く

早期発見が治療の成果に大きく影響するため、気になる症状があればすぐに医療機関を受診してください。

輪状後部癌の治療方法と治療薬について

輪状後部癌は下咽頭癌の一種で、従来は治療が難しく、予後不良とされてきました。しかし近年、医療技術の進歩により、有効な治療法が次々と開発されています。

外科的治療

輪状後部癌の手術治療では、癌組織と周囲のリンパ節を切除するのが一般的です。手術法は、癌の進行度や患者の全身状態などを考慮して決定されます。

放射線療法

輪状後部癌の治療において、放射線療法は外科的治療に代わる選択肢として、あるいは外科的治療と併用して重要な役割を果たします。

放射線を癌組織に照射することで、癌細胞の増殖を抑制し、腫瘍の縮小や進行抑制効果が期待できます。

放射線療法には、体の外から放射線を照射する外部照射と、放射性同位元素を腫瘍内や腫瘍近くに留置する内部照射(小線源療法を含む)の2種類があります。

外部照射は、X線やガンマ線などの高エネルギー放射線を用いて、遠隔から腫瘍に照射します。一方、内部照射は、放射性同位元素を直接腫瘍内に埋め込む方法や、カテーテルを通して腫瘍周辺に注入する方法などがあります。

外部照射内部照射
方法体外から放射線を照射放射性同位元素を腫瘍内や腫瘍近傍に留置
適応広範囲の照射が可能限局した腫瘍に対して有効
副作用皮膚炎、粘膜炎など局所の炎症、出血など

化学療法

化学療法は抗がん剤を用いて、全身的に癌細胞を攻撃する治療法です。 輪状後部癌ではシスプラチンやドセタキセルなどの薬剤がよく使われます。

シスプラチン

白金製剤の一種で、DNA合成を阻害し癌細胞の増殖を抑制

ドセタキセル

タキサン系薬剤の一種で、微小管の安定化を促進し癌細胞の分裂を阻害

化学療法は外科的治療や放射線療法と組み合わせて行われるのが一般的です。 特に進行した輪状後部癌の場合、化学放射線療法(CRT)が標準的な治療法として確立しています。

分子標的薬

近年、輪状後部癌に対する分子標的薬の開発が進んでいます。 分子標的薬は癌細胞に特異的に発現している分子を標的とし、正常細胞への影響を最小限に抑えつつ癌細胞を攻撃します。

輪状後部癌では上皮成長因子受容体(EGFR)を標的とした薬剤が使われています。 代表的なEGFR阻害薬にはセツキシマブやパニツムマブなどがあります。

これらの薬剤はEGFRの活性化を阻害し、癌細胞の増殖や転移を抑える効果が期待できます。

セツキシマブパニツムマブ
種類キメラ型モノクローナル抗体ヒト型モノクローナル抗体
投与方法点滴静注点滴静注
主な副作用皮膚症状、低マグネシウム血症など皮膚症状、低マグネシウム血症など

輪状後部癌の治療期間と予後

輪状後部癌は、下咽頭癌の中でも治療が特に難しいとされています。

治療に必要な期間は、がんの進行度や患者さんの体の状態によって変わりますが、通常は数ヶ月から1年以上が目安です。

輪状後部癌の治療期間

輪状後部癌を治すための時間は、がんがどの段階にあるかによって大きく変わります。早期に見つかった場合は、手術と放射線治療を組み合わせて、数ヶ月で治療が完了することもあります。

しかし、がんが進行しているときは化学療法を加えた複合的な治療が必要になり、1年以上かかることも少なくありません。

病期治療法治療期間
I-II期手術療法+放射線療法3-6ヶ月
III-IV期手術療法+放射線療法+化学療法6-12ヶ月以上

輪状後部癌の予後

輪状後部癌の5年生存率は、頸部リンパ節転移の有無によって異なります。

頸部リンパ節転移が陽性の場合、5年生存率は16.7%と低く、廓清領域からの再発も見られるため、再発への予防には廓清(手術で腫瘍だけでなく、転移が疑わしい組織をすべて取り除くこと)を徹底することが重要です。

出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka1947/94/4/94_4_495/_pdf

予後改善のために

治療が終わった後も、再発していないかどうか、定期的な検査が必要です。

頻度
理学的検査3ヶ月ごと
画像検査 (CT, MRIなど)6ヶ月ごと
内視鏡検査1年ごと

薬の副作用や治療のデメリットについて

放射線治療の副作用

放射線治療は、輪状後部癌の代表的な治療法の一つですが、次のような副作用があります。

  • 口内炎や咽頭炎で痛みが出たり、飲み込みにくくなったりする
  • 味覚が変化したり、なくなったりする
  • 唾液が減って、口の中が乾きやすくなる
  • 皮膚に炎症が起きたり、色素が沈着したりする

化学療法の副作用

化学療法は、がん細胞を攻撃する一方で、正常な細胞にも影響を及ぼすため、以下のような副作用が生じる場合があります。

食欲不振食事の量が減る、体重が減少する
吐き気・嘔吐気分が悪くなる、吐く
脱毛頭髪や体毛が抜ける
易疲労感疲れやすくなる、体力が低下する

手術療法のデメリット

輪状後部癌の手術療法は、がんを完治させる可能性が高い反面、次のようなデメリットが存在します。

  • 喉頭や咽頭の一部を切除するため、声を出したり、物を飲み込んだりする機能に影響が出る
  • 術後の回復にはある程度の時間がかかり、しばらくの間は日常生活が制限される
  • 手術の跡が残り、見た目に影響が出る

特に、喉頭全摘術を受けた場合、声を出す機能が永久に失われます。

治療による長期的な影響

嚥下障害食事の際にむせる、飲み込みにくい
音声の変化声が出しにくい、声質が変化する
心理的ストレス治療後の生活への不安、抑うつ状態

保険適用の有無と治療費の目安について

輪状後部癌の治療には通常、健康保険が適用されます。

輪状後部癌の一般的な治療費

輪状後部癌の治療にかかる費用は、選択する治療方法、病気の進行度、治療を受ける病院によって大きく異なります。以下に、主な治療方法とそのおおよその費用です。

治療法概算費用
手術100万円~500万円
放射線療法50万円~200万円
化学療法50万円~200万円

複数の治療法を組み合わせる場合、費用はさらに上がる可能性があります。加えて、入院費や検査費も別途必要です。

上記の治療費は目安であり、実際の費用はこれよりも高くなる可能性があります。治療費について、詳しくは担当医や医療機関へ直接ご確認ください。

高額療養費制度

治療費が高額になった際は、高額療養費制度を利用して、自己負担額を減らすことができます。この制度では、医療費が一定額を超えると、その超過分が支払われます。

詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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