非アルコール性脂肪肝炎(NASH)

非アルコール性脂肪肝炎(Nonalcoholic steatohepatitis:NASH)とは、お酒をあまり飲まない方でも発症する肝臓の病気です。

この病気では、肝臓に過剰な脂肪が蓄積し、炎症を伴います。

初期段階ではほとんど症状が現れないため、多くの患者さんが気づかないうちに病状が進行します。

肥満、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病と関係があり、現代社会で増加している健康問題の一つとなっています。

目次

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の症状

非アルコール性脂肪肝炎は、初期段階では目立った症状がありません。進行に伴い、さまざまな症状が出てきます。

潜在的な進行と無症状期

NASHは長期間にわたって静かに進行する特徴があり、多くの患者さんが無症状のまま過ごします。この期間中、肝臓内では脂肪の蓄積と炎症が徐々に進行しています。

定期的な健康診断で肝機能異常を指摘され、NASHの存在にはじめて気づくことが多いです。

右上腹部の不快感

病気が進行すると、右上腹部に不快感や痛みが出てきます。

肝臓の腫大や炎症による被膜の伸展が痛みの原因で、軽度の違和感程度から日常生活に支障をきたすほどの強い痛みまで、感じ方はさまざまです。

症状の特徴発現頻度
鈍痛高い
圧迫感中程度
違和感低い

全身倦怠感と易疲労感

NASHの進行に伴い、全身の倦怠感や疲れやすさが現れます。

日常生活において以前より疲れを感じやすくなったり、休息をより多く取る必要性を感じたりする変化に気づく方も少なくありません。

黄疸と皮膚症状

重度のNASHでは黄疸が現れ、皮膚や眼球の白い部分が黄色く変色します。

黄疸の部位出現時期
眼球早期
皮膚中期
粘膜後期

黄疸以外にも、皮膚の掻痒感や手掌紅斑といった皮膚症状が出る場合があります。

消化器症状

肝臓の機能低下による消化吸収能力の低下や、門脈圧亢進症の影響によって消化器症状が現れます。

  • 食欲不振
  • 悪心・嘔吐
  • 腹部膨満感
  • 便通異常(下痢や便秘)

浮腫と腹水

NASHが進行し肝硬変の段階に至ると、体内の水分バランスが崩れ、浮腫や腹水が出現します。

浮腫の部位特徴
下肢両側性、圧痕性
顔面びまん性
腹部腹水貯留

ある50代の男性患者さんは、定期健診で肝機能異常を指摘されたものの自覚症状はなく、精密検査でNASHと診断されました。その後、生活習慣の改善に取り組みましたが、数年後に右上腹部痛と全身倦怠感を訴えて再診されました。

このようにNASHは長期にわたって無症状で経過し、症状が現れた時にはすでに病気が進行していることがあります。

そのため、定期的な健康診断と早期発見・早期対応が重要です。

精神神経症状

肝性脳症は進行したNASHで見られる合併症です。初期症状として、集中力の低下や軽度の性格変化が現れます。

肝性脳症の症状重症度
集中力低下軽度
性格変化中等度
錯乱重度
昏睡最重度

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の原因

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、主に生活習慣の乱れと遺伝的要因が原因で発症します。

肥満やインスリン抵抗性、酸化ストレスなどから肝臓に脂肪が蓄積することで炎症が生じ、肝細胞の損傷と線維化が進行していきます。

肥満とインスリン抵抗性がNASH発症に及ぼす影響

肥満は非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発症リスクを大幅に上昇させます。過剰な体脂肪、特に内臓脂肪の蓄積によりインスリン抵抗性が起こり、それが肝臓での脂肪合成を促進することになります。

インスリン抵抗性が発生すると、筋肉や脂肪組織でのグルコースの取り込みが減少し、血糖値が上昇します。

その結果、膵臓はより多くのインスリンを分泌しようとしますが、肝臓ではインスリンの作用が十分に働かないため、脂肪酸の合成が促進され、中性脂肪の分解が抑制されます。

要因NASH発症への影響
肥満脂肪蓄積の促進
インスリン抵抗性脂肪合成の亢進

この状態が長期間続くと、肝臓に過剰な脂肪が蓄積し、脂肪肝を形成します。

さらに脂肪の蓄積が進行すると、肝細胞の機能障害や炎症反応が誘発され、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)へと進展していくのです。

酸化ストレスと炎症

肝臓に蓄積した脂肪は、酸化ストレスを増大させる要因となります。過剰な脂肪酸が存在する環境下では、ミトコンドリアの機能が低下し、活性酸素種(ROS)の産生が増加します。

この酸化ストレスは、肝細胞に損傷を与えるだけでなく、炎症性サイトカインの産生を促進します。

その結果、慢性的な炎症状態が維持され、肝細胞の破壊と線維化が進行していきます。

要因影響
酸化ストレス肝細胞損傷
炎症性サイトカイン慢性炎症の維持

遺伝的要因

PNPLA3遺伝子の変異は、肝臓での脂肪蓄積を促進し、NASHの進行を加速させることが分かっています。

また、TM6SF2遺伝子の変異も肝臓での脂肪蓄積と関連があることが報告されています。

食生活と栄養バランス

高カロリー、高脂肪、高糖質の食事を継続的に摂取することで、肝臓での脂肪合成が促進され、インスリン抵抗性が悪化します。

特に、以下のような食習慣がNASHのリスクを上昇させます。

  • 飽和脂肪酸の過剰摂取
  • 高フルクトース食品の多量消費
  • 食物繊維の摂取不足
  • 抗酸化物質の慢性的な不足
食習慣NASH発症への影響
高脂肪食脂肪蓄積の促進
高糖質食インスリン抵抗性の悪化

運動不足と身体活動量の減少

運動不足や日常的な身体活動量の低下も、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発症リスクを高めます。

運動習慣がない場合、エネルギー消費量が減少し、余剰カロリーが脂肪として蓄積されやすくなります。また、筋肉量の減少も代謝率の低下につながり、脂肪蓄積を助長します。

運動の効果NASHへの影響
インスリン感受性の改善脂肪蓄積の抑制
脂肪燃焼の促進肝機能の改善

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の検査・チェック方法

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の診断では、血液検査や画像診断、必要に応じて肝生検を行っていきます。

診断ステップ具体的な内容
1. スクリーニング問診、身体診察、基本的な血液検査、腹部超音波検査
2. 詳細評価追加の血液検査、CT/MRI検査、線維化評価
3. 確定診断肝生検(適応を慎重に検討した上で実施)
4. 経過観察定期的な検査と総合的な評価の継続

問診・身体診察

  • 日常的な生活習慣
  • 既往歴
  • 家族歴
  • アルコール摂取量

身体診察では、肥満の程度や腹部の状態をみます。肝臓の腫大や圧痛の有無を確認し、黄疸や浮腫といった肝機能低下を示す症状がないかをチェックします。

問診時、患者さんが飲酒量を実際より少なく申告することがしばしばあります。ご家族と来院されている場合は、家族からの情報も併せて確認するようにしています。

血液検査・画像診断の検査項目

検査分類主な項目
血液検査AST, ALT, γ-GTP, ALP, 血小板数
画像診断腹部超音波検査, CT, MRI

血液検査では、肝機能や炎症の程度を調べます。特にAST、ALTの上昇は、NASHを強く疑う所見です。また、血小板数の減少は、肝線維化の進行を調べるための指標となります。

画像診断では、腹部超音波検査が第一選択です。さらに詳しく調べる場合は、CTやMRIを使用します。

肝線維化の程度評価

  • FIB-4 index:年齢、AST、ALT、血小板数から算出する指標
  • NAFLD fibrosis score:年齢、BMI、血糖値、血小板数、アルブミン、AST/ALT比から算出する総合的スコア
  • エラストグラフィー:肝臓の硬さを直接測定し、線維化の程度を定量的に推定する方法

肝生検

肝生検により、肝細胞の脂肪変性、炎症、線維化の程度を調べることができます。

病理所見特徴的な所見
脂肪変性肝細胞の30%以上に大滴性脂肪滴が観察される
炎症小葉内炎症や肝細胞の風船様変性が認められる
線維化中心静脈周囲から始まり、進行すると橋渡し線維化へ発展する

ただし、肝生検は身体に負担の大きい検査であるため、適応については慎重に検討します。

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療方法と治療薬について

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療では、生活習慣の改善と薬物療法を行います。肝臓の脂肪化を抑制し、炎症や線維化の進行を防ぐことで、肝硬変や肝がんへの移行リスクを低減できます。

NASHの基本治療

NASHに対する第一選択の治療法は、生活習慣の改善です。食事管理と運動療法を通じた体重減少により、肝臓の脂肪化を改善していきます。

食事療法のキーポイント具体的な実践方法
総カロリー制限1日の摂取カロリーを計算し、適切な量に抑える
飽和脂肪酸の制限赤身肉や乳製品の摂取を控える
食物繊維の積極的摂取野菜や全粒穀物を多く取り入れる

運動療法では 週に150分以上、中等度の有酸素運動を行うことを目標とし、体力や生活リズムに合わせて徐々に運動量を増やしていきます。

50代の男性NASH患者さんに対して生活習慣の改善指導、薬物療法を組み合わせた治療を実施した例では、6か月間の積極的な介入により体重が10kg減少し、肝機能検査値に著明な改善が見られました。

薬物療法

生活習慣の改善だけでは十分な効果が得られない場合や、肝線維化が進行している患者さんには、薬物療法を検討します。

現在、NASHに特化した承認薬は限られていますが、様々な薬剤の臨床試験が進行中です。

ビタミンE強力な抗酸化作用により肝細胞の損傷を効果的に抑制します。非糖尿病のNASH患者さんに対して、1日800IUの投与で肝機能の顕著な改善効果が報告されています。
チアゾリジン誘導体インスリン感受性を改善し、肝臓の脂肪化を抑制する作用を持ちます。代表的な薬剤であるピオグリタゾンは、特に糖尿病を合併するNASH患者さんに対して高い有効性を示します。
GLP-1受容体作動薬(リラグルチドやセマグルチドなど)食欲抑制と体重減少効果を通じて肝臓の脂肪化を改善します。
FXR作動薬(オベチコール酸)胆汁酸代謝を調節し、肝臓の脂肪化と線維化を抑制する働きがあります。

開発中の新規治療薬

現在臨床試験が進行中の主要な薬剤とその作用機序をまとめました。

薬剤クラス代表的な化合物期待される効果
PPAR α/δ作動薬エラフィブラノール脂質代謝改善、抗炎症作用
ASK1阻害薬セロンセルチブ肝細胞アポトーシス抑制
CCR2/CCR5阻害薬セニコプラン炎症・線維化抑制
THR-β作動薬レスメチロム脂質代謝改善、抗線維化作用

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療期間

軽度のNASHであれば1〜2年の集中的な治療で改善が見られる場合がありますが、進行した状態では5年以上の長期的な治療を継続します。

治療期間主な対象
1〜2年軽度NASH
3〜5年中等度NASH
5年以上進行性NASH

生活習慣改善の継続期間

食事療法や運動療法を中心とした生活改善は、開始後半年から1年程度で効果が現れ始めます。

ただし、一度数値が良くなったとしても、その後生活が乱れてしまうと再び悪化します。生活習慣の改善は一時的なものではなく、長期的に維持していくことが重要です。

薬物療法の期間

肝臓の炎症や線維化を抑える薬剤を使用した薬物療法では、通常6ヶ月~1年程度の継続使用で効果を確認します。

薬剤の種類一般的な使用期間
抗酸化薬6ヶ月〜1年
インスリン抵抗性改善薬1年以上
肝庇護薬6ヶ月〜2年

長期的な合併症予防

NASHは、肝硬変や肝がんなどの合併症を起こす可能性のある病気です。

肝硬変への進行を防ぐために、継続的に病気を管理していきます。また、肝がんのリスクが高い患者さんでは、半年から1年ごとの定期検査を生涯続けます。

合併症予防のための管理期間
肝硬変10年以上
肝がん生涯

薬の副作用や治療のデメリットについて

NASHの治療における副作用やデメリットをまとめました。

薬物療法に伴う副作用

薬剤の種類主な副作用
インスリン抵抗性改善薬低血糖、体重増加
脂質異常症治療薬筋肉痛、肝機能障害
抗酸化薬胃腸障害、頭痛

多くの場合、これらの副作用は一時的なもので、投薬量の調整や日々の生活習慣の見直しにより軽減できます。

副作用が強く出るような場合は、医師の判断により投薬を中止したり、別の薬剤に切り替えます。

以前、脂質異常症治療薬の服用開始後、激しい筋肉痛が起きた方がいらっしゃったのですが、この方はよく聞くと週末にマラソンを趣味として楽しんでいたことがわかりました。薬の副作用と運動による筋肉への負荷が相まって、症状が増強されていたのです。

この症例では、一時的に運動量を調整し、薬の種類を変更することで問題なく治療を継続できました。

肝生検に伴うリスク

リスクの種類発生頻度
出血0.3~0.5%
感染0.1% 未満
胆汁漏出0.03~0.22%
気胸0.08~0.28%

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の治療費は、健康保険の適用です。具体的な金額は進行度と治療法によって変わります。

NASHの診断にかかる費用の目安

検査項目概算費用(3割負担の場合)
血液検査1,000円〜3,000円
腹部超音波検査2,000円〜4,000円
CT検査5,000円〜10,000円
MRI検査10,000円〜20,000円

薬物療法にかかる費用の目安

薬剤名月間概算費用(3割負担の場合)
ウルソデオキシコール酸2,000円〜4,000円
ピオグリタゾン3,000円〜6,000円
ビタミンE1,000円〜2,000円
メトホルミン1,500円〜3,000円

生活習慣改善の費用

  • 栄養指導料:1回あたり2,000円〜5,000円
  • 運動療法指導料:1回あたり3,000円〜7,000円
  • 特定保健指導(該当者のみ):無料〜数千円
  • 生活習慣改善プログラム(6ヶ月):30,000円〜50,000円

進行例における治療費

NASHが進行し、肝硬変や肝がんに至った場合、治療費は高額となります。

治療内容概算費用(3割負担の場合)
肝がん手術50万円〜100万円
肝移植300万円〜500万円
放射線治療30万円〜50万円
化学療法(1クール)20万円〜40万円

以上

参考文献

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