突発性門脈圧亢進症(IPH)

突発性門脈圧亢進症(Idiopathic portal hypertension:IPH)とは、肝臓に原因不明の変化が起こり、門脈の血圧が異常に上昇する病気です。

この疾患では、肝臓内の血管が狭くなったり閉塞したりすることで血流が妨げられ、門脈系の血圧上昇に伴い様々な症状が引き起こされます。

比較的まれな病気ですが、症状や進行度の個人差が大きいため、専門医による慎重な評価が求められます。

目次

突発性門脈圧亢進症(IPH)の症状

突発性門脈圧亢進症(IPH)の主な症状は、門脈圧の上昇に伴う食道静脈瘤、脾腫、腹水、貧血などが挙げられます。

食道静脈瘤

突発性門脈圧亢進症(IPH)の代表的な症状の一つが食道静脈瘤です。

門脈圧の上昇によって食道の粘膜下の静脈が異常に拡張し、瘤状になることがあります。

食道静脈瘤は破裂する危険性があるため、注意を要する症状の一つです。破裂すると吐血や下血といった症状が現れます。

食道静脈瘤の症状特徴
吐血鮮血や凝血塊を吐く
下血黒色のタール便
胸やけ胸骨後部の不快感
嚥下困難飲み込みにくさ

脾腫

IPHでは脾臓が腫れ上がる「脾腫」が見られることがあり、お腹の左上部に不快感や痛みが現れます。

また、脾腫により脾機能亢進が起こり、血小板や白血球が減少する場合があります。

腹水

門脈圧が上昇すると腹腔内に水がたまる腹水が生じ、お腹が膨らんだり、体重が増加したりすることがあります。

重度の場合、呼吸困難や腹部膨満感などの不快な症状が出現する場合もあります。

貧血

IPHの患者さんでは、脾機能亢進による赤血球の破壊亢進や、慢性的な出血などが原因と考えられる貧血が見られるケースがあります。

貧血の症状

  • 疲労感や倦怠感
  • 息切れ
  • めまい
  • 頭痛
  • 顔色の悪さ

その他の症状

IPHでは、上記以外にもさまざまな症状が現れます。

症状特徴
門脈圧亢進症性胃症胃粘膜の浮腫や発赤
肝性脳症意識障害や異常行動
出血傾向皮下出血や鼻出血
血小板減少出血しやすくなる

症状は個人によって現れ方や程度が異なり、まったく症状が現れず健康診断などで偶然発見されることもあります。

他の肝疾患と症状が類似している部分もあるため、専門医による詳細な診断が必要です。体調の変化を感じた際は、早めに医療機関を受診するようにしてください。

突発性門脈圧亢進症(IPH)の原因

突発性門脈圧亢進症の原因は完全には解明されていませんが、門脈系の血管壁の異常や線維化、免疫系の異常、遺伝的要因などが複合的に関与していると考えられています。

門脈系の異常と IPH

IPHの主な特徴は、門脈圧の上昇です。この現象の背景には、門脈系の血管壁に何らかの異常が生じていると考えられます。

具体的には血管内皮細胞の機能障害や血管壁の肥厚、さらには微小血栓の形成などが挙げられ、これらの変化により門脈系の血流が妨げられ、結果として圧力が上昇すると推測されています。

門脈系の異常IPHへの影響
血管内皮細胞の機能障害血流調整の乱れ
血管壁の肥厚血管径の縮小
微小血栓の形成血流の阻害

免疫系の関与

IPHの発症には、免疫系の異常も関与している可能性が指摘されています。

自己免疫疾患との関連性や、慢性的な炎症反応の存在が一部の患者さんで確認されており、これらの免疫学的な要因が門脈系の血管に影響を与え、IPHの発症につながっている可能性があります。

遺伝的要因

一部の研究では、特定の遺伝子変異とIPHの関連性が報告されていますが、この分野の研究はまだ途上にあり、確定的な結論には至っていません。

遺伝子解析技術の進歩により、今後さらなる知見が得られることが期待されています。

遺伝的要因研究状況
特定遺伝子の変異一部で関連性が報告
家族性発症稀ではあるが報告あり
遺伝子解析研究進行中

環境因子の影響

特定の薬物の長期使用や、化学物質への暴露などがIPHの発症リスクを高める可能性が指摘されており、感染症や栄養状態などもIPHの発症に影響を与えると考えられています。

環境因子の例

  • 特定薬物の長期使用
  • 化学物質への暴露
  • 感染症
  • 栄養状態の異常

突発性門脈圧亢進症(IPH)の検査・チェック方法

突発性門脈圧亢進症(IPH)の診断は、血液検査、画像診断、内視鏡検査、肝生検などを組み合わせて行われます。

血液検査による評価

血液検査では、脾機能亢進の有無、肝臓の状態、出血傾向、他の肝疾患の除外などを評価します。

IPHの診断に関連する主な血液検査項目

検査項目主な評価内容
血小板数脾機能亢進の有無
肝機能検査肝臓の状態評価
凝固機能検査出血傾向の評価
ウイルス肝炎検査他の肝疾患の除外

画像診断

IPHの診断ではさまざまな画像診断技術が用いられ、肝臓や脾臓の大きさ、門脈の血流状態、側副血行路の発達状況などを調べます。

代表的な画像診断法

  • 腹部超音波検査
  • CT検査
  • MRI検査
  • 門脈造影検査

内視鏡検査による評価

上部消化管内視鏡検査は、食道静脈瘤や胃静脈瘤の有無を確認するために実施します。

内視鏡検査による評価項目

評価項目内容
静脈瘤の有無食道や胃の静脈瘤の存在確認
静脈瘤の程度サイズや形状の評価
出血リスク赤色徴候の有無など
門脈圧亢進性胃症胃粘膜の変化の観察

肝生検による確定診断

IPHの確定診断には、肝生検が必要となる場合があります。肝生検では、肝臓の一部を採取して顕微鏡で観察し、組織学的な特徴を調べます。

特徴的な所見である門脈域の線維化や異常血管の増生などを確認できますが、侵襲的な検査であるため、実施にあたっては患者さんの状態や他の検査結果などを確認しながら慎重な検討が必要です。

突発性門脈圧亢進症(IPH)の治療方法と治療薬について

突発性門脈圧亢進症(IPH)の治療方法は、門脈圧を下げる薬物療法や内視鏡的静脈瘤治療、さらに重症例では外科的治療が行われます。

IPHの治療の基本方針

突発性門脈圧亢進症(IPH)の治療の主な目的は、門脈圧を下げることと、合併症を予防・管理することです。

特に食道・胃静脈瘤からの出血は生命に関わる危険な合併症であるため、その予防と治療が不可欠となります。

薬物療法

IPHの治療で使用される、主な処方薬とその作用は以下の通りです。

薬剤名主な作用
プロプラノロール門脈圧低下
スピロノラクトン利尿作用
ラクツロース腸内環境改善

プロプラノロールは非選択的β遮断薬で、門脈圧を下げる効果があります。また、スピロノラクトンは利尿薬として使用され、腹水の管理に役立ちます。

ラクツロースは腸内環境を改善し、肝性脳症の予防に効果があるとされています。

内視鏡的治療

主な内視鏡的治療法には以下のようなものがあります。

  • 内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)
  • 内視鏡的硬化療法(EIS)
  • アルゴンプラズマ凝固療法(APC)

静脈瘤からの出血を予防したり、すでに出血している場合には止血を図るために用いられます。

外科的治療

内科的治療や内視鏡的治療で効果が得られない場合や、繰り返し出血する場合には外科的治療が検討されます。

手術名概要
脾摘術脾臓を摘出する手術
シャント手術門脈血を大循環系に流す手術

脾摘術は、脾機能亢進症による血球減少を改善する目的で行われます。シャント手術は、門脈と大静脈系をつなぐことで門脈圧を下げる手術です。

突発性門脈圧亢進症(IPH)の治療期間と予後

突発性門脈圧亢進症(IPH)の治療は、長期にわたる継続的な管理が必要です。

予後は状態や合併症の有無によって異なりますが、治療により多くの患者さんが良好な経過をたどることができます。

治療期間

基本的に、IPHの診断後から生涯にわたる継続的な医療管理が必要です。初期の段階では症状のコントロールや合併症の予防に重点が置かれ、より頻繁な通院や治療が必要となります。

安定期に入ると定期的な検査や経過観察が中心となり、通院頻度は減少します。

ただし、症状の変化や新たな合併症の出現に備え、医療機関での継続的経過観察が必要です。

予後

食道・胃静脈瘤からの出血は、生命に関わる最も大きなリスクです。また、脾臓が大きくなり、脾機能が亢進すると貧血や出血傾向が現れます。脾臓の大きさをコントロールすることも重要です。

さらに腹水、肝性脳症などの合併症の有無や重症度も予後に影響を与えます。

静脈瘤出血がコントロールできれば、長期的な予後は良好です。多くの研究で、5年および10年累積生存率が80~90%と報告されています。

長期的な経過観察の重要性

IPHの管理において、長期的な経過観察は非常に大切です。定期的な検査や診察により、以下の点を継続的に評価します。

  • 門脈圧の変化
  • 肝機能の状態
  • 食道静脈瘤などの合併症の進行
  • 血液検査値の推移
  • 全身状態の変化

評価結果に基づき、必要に応じて治療内容の調整を行います。また、患者さんご自身による自己管理も長期的な予後改善に大きく影響します。

医療従事者の指導のもと、食事療法や運動療法、ストレス管理などを継続することで、病状の安定化が期待できます。

薬の副作用や治療のデメリットについて

突発性門脈圧亢進症(IPH)の薬物治療では、β遮断薬による倦怠感や冷え性、硝酸塩製剤による頭痛などが代表的な副作用として挙げられます。

また、内視鏡治療では出血や感染のリスク、外科手術では出血や感染に加え、肝不全や門脈血栓症などの合併症が生じる可能性があります。

薬物療法のリスク

β遮断薬は以下のような副作用が報告されています。

副作用症状
循環器系徐脈、低血圧
呼吸器系気管支収縮
代謝系血糖上昇抑制

内視鏡的治療のリスク

  • 穿孔
  • 狭窄
  • 再出血
  • 感染

外科的治療のリスク

門脈圧亢進症に対する外科的治療には、以下のようなリスクが伴います。

リスク詳細
手術合併症出血、感染
肝機能低下肝性脳症、腹水
長期的問題シャント閉塞、再手術の必要性

長期的な合併症

IPH の治療は長期にわたるため、経過中に様々な合併症が生じます。

門脈血流の変化により肝機能が徐々に低下することがあり、肝不全に至る可能性もあるため、定期的な経過観察と合併症の早期発見・対応が重要です。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

突発性門脈圧亢進症(IPH)は難病に指定されており、医療費助成制度の対象となっています。

指定難病について

突発性門脈圧亢進症(IPH)は厚生労働省により指定難病に認定されているため、特定医療費(指定難病)助成制度を利用できます。

医療費助成制度の概要

特定医療費(指定難病)助成制度を利用すると、医療費の自己負担額が所得に応じて設定された月額上限までに抑えられます。所得区分別の自己負担上限額は以下の通りです。

所得区分月額上限額
生活保護0円
低所得I2,500円
低所得II5,000円
一般所得10,000円
上位所得20,000円

詳しくは難病情報センターのホームページをご確認ください。

主な治療法と費用

治療法費用備考
薬物療法5,000円~20,000円/月利尿薬や血圧降下剤などの薬剤費
内視鏡的治療10万円~30万円/回食道静脈瘤に対する内視鏡的硬化療法や結紮術
手術療法100万円~300万円門脈圧亢進症に対する手術(シャント手術など)、入院費用含む

長期的な医療費の目安

IPHは慢性疾患であるため、長期的な管理が必要です。年間の医療費は状態や必要な治療内容によって大きく変わりますが、おおよその目安は以下の通りです。

治療内容年間医療費(概算)
外来管理のみ20万円~50万円
定期的な内視鏡治療を含む50万円~100万円
入院治療を要する場合100万円~300万円以上

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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