転移性肝癌

転移性肝癌(Metastatic liver cancer)とは、他の臓器で発生したがんが肝臓に広がって形成される悪性腫瘍です。

最初にがんが発生した場所(原発巣)から、血液やリンパ液といった体液を通じて、がん細胞が肝臓へと移動することで発症します。

代表的な原発巣には、大腸がん、膵臓がん、肺がんなどが挙げられます。

目次

転移性肝癌の病型

転移性肝癌は、原発巣の位置によって、大きく消化器系原発、非消化器系原発、原発不明の3つに分けることができます。

消化器系原発の転移性肝癌は、消化管から肝臓への転移が多く見られ、大腸癌や胃癌からの転移が代表的です。非消化器系原発の場合では、肺癌や乳癌などが原発巣となります。

また、原発不明の転移性肝癌は、肝臓に転移が見つかった時点で原発巣が特定できないケースを指します。

分類代表的な原発巣特徴
消化器系原発大腸、胃、膵臓消化器系の症状が先行することが多い
非消化器系原発肺、乳房、腎臓原発巣の症状と肝転移の症状が同時に現れることもある
原発不明特定不能全身の詳細な検査が必要

転移性肝癌の画像所見による分類

  • 単発性転移:1つの転移巣のみ。局所治療の可能性が高い。
  • 多発性転移:複数の転移巣が存在。全身治療と局所治療の組み合わせを検討。
  • びまん性転移:肝全体に広がる転移。全身治療が中心となるが、症状緩和も重要。

単発性の転移と多発性の転移では治療方法が異なり、単発性の場合、外科的切除を行う可能性が高くなります。

一方、多発性の転移では、全身治療が主体となることが多いです。しかし、近年では多発転移であっても局所治療を組み合わせる集学的治療を行う場合もあります。

転移性肝癌の進行度による分類

進行度特徴主な治療アプローチ
初期肝臓内に限局した少数の転移局所治療(手術、放射線療法など)
中期肝臓内に複数の転移、他臓器転移なし局所治療と全身治療の併用
進行期肝臓内に多数の転移、他臓器転移あり全身治療が中心、症状緩和も重要

転移性肝癌の症状

転移性肝癌は、初期にはほとんど自覚症状がなく、進行すると腹痛、黄疸、むくみ、食欲不振、体重減少など、肝臓の働きが悪くなることによる症状が現れます。

初期症状

転移性肝癌の初期症状は、一般的な体調不良と区別がつきにくく、気づかないまま過ごしてしまうことがよくあります。

目立った不調は感じない方が多いですが、以下のような体の変化が起こる場合もあります。

  • 日に日に増す疲れやすさや体のだるさ
  • はっきりとした理由がないのに、体重が減っていく
  • 食べ物がおいしく感じられない、食欲が湧かない
  • みぞおちのあたりや、右脇腹に感じる違和感

他の病気でも見られるような症状のため、これだけで転移性肝癌だと判断することはできません。複数の症状が長く続く場合は、詳しい検査を受けることをお勧めします。

病気の進行に伴って現れる症状

病状が悪化すると、より分かりやすい症状が出てきます。

症状どのような状態か
黄疸皮膚や目の白い部分が黄色っぽくなる
腹水おなかに水がたまり、ぽっこりと膨らむ
右上腹部痛肝臓が腫れたり、炎症を起こしたりして痛みを感じる
発熱継続的、または時々現れる微熱がある

体全体の症状・関連する不調

症状具体的な説明
全身のだるさ日常生活に支障が出るほどの強い疲労感
汗をかきやすい特に夜中に寝ている間にかく汗が多い
かゆみ体のあちこちがかゆくなる
むくみ足首や目のまわりがむくむ

見逃しやすい症状

  • 胃腸の不調(吐き気、おう吐、下痢)
  • 神経に関わる症状(めまい、手足のしびれ)
  • 心臓や血管の症状(動悸、不整脈)
  • 呼吸器の症状(息切れ、せき)
症状の種類具体的な例
胃腸の不調胃のむかつき、便の出方がいつもと違う
神経の症状物忘れが多くなる、集中力が続かない
心臓や血管の症状体がむくむ、血圧が変動する
呼吸器の症状胸に水がたまる、息苦しさを感じる

転移性肝癌の原因

転移性肝癌は、他の臓器で発生したがんが肝臓に転移することで起こります。

転移性肝癌の主要な原因

転移性肝癌の最も一般的な原因として挙げられるのが、消化器系のがんからの転移です。

大腸がんや膵臓がんをはじめとする消化器系のがんは、門脈を通じて肝臓に転移しやすい傾向があります。

どのように転移は起こるの?

STEP
原発巣からの離脱

がん細胞が周囲の組織との接着を失い、原発巣から遊離します。

STEP
血管やリンパ管への侵入

遊離したがん細胞が、周囲の血管やリンパ管の壁を破壊して内部に侵入します。

STEP
循環系での生存

血流やリンパ流の中で、免疫細胞の攻撃や物理的なストレスに耐えて生き延びます。

STEP
肝臓への到達と定着

肝臓の毛細血管に到達したがん細胞が、血管壁に接着して組織内に侵入します。

STEP
新しい血管の形成(血管新生)

がん細胞が増殖するために必要な栄養や酸素を確保するため、新たな血管を形成します。

このような複雑な過程の各段階で、がん細胞は様々な障害を乗り越えなければなりません。そのため、転移が成立するためには、がん細胞が特定の能力を獲得している必要があります。

転移に必要な能力具体的な説明
浸潤能周囲の正常組織の間隙を縫って侵入し、拡大していく能力
運動能血管内や組織内で自在に移動する能力
接着能新しい環境に到達した際、そこに定着して増殖する能力

原発巣別の転移リスク

転移性肝癌の原因となる原発巣は、がんの種類によって大きく異なります。以下の表は、肝臓への転移リスクが比較的高いとされる主な原発巣をまとめたものです。

原発巣肝臓への転移リスク特徴
大腸がん非常に高い門脈を通じて直接肝臓に到達しやすい
膵臓がん高い発見時にすでに進行している場合が多い
胃がん中程度リンパ行性転移も多い
乳がん中程度全身性の転移を起こしやすい

転移を促進する要因

  • 免疫機能の低下:体内のがん細胞を排除する能力が弱まる
  • 慢性的な炎症:がん細胞の増殖や血管新生を促進する環境を作り出す
  • 特定の遺伝子変異:がん細胞の転移能力を高める遺伝子の異常
  • ホルモンバランスの乱れ:ホルモン依存性のがんの増殖を促進する
  • 生活習慣(喫煙、過度の飲酒など):DNA損傷や免疫機能低下につながる

特に、免疫機能の低下は大きな原因です。

私たちの体内には、がん細胞を監視し排除するための免疫システムが備わっていますが、何らかの理由で免疫機能が低下してしまうとこのシステムが正常に働かなくなり、がん細胞の転移と増殖を抑制する能力が弱まってしまうのです。

免疫機能低下の原因具体的な影響転移リスクへの関与
慢性的なストレスNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性低下がん細胞の排除能力が低下
栄養不良リンパ球の減少免疫応答全体の機能低下
加齢T細胞の機能低下がん細胞の認識能力が低下

転移性肝癌の検査・チェック方法

転移性肝癌の検査では、血液検査(腫瘍マーカー、肝機能検査など)、画像検査(CT、MRI、超音波検査など)、組織検査(生検)などを行っていきます。

画像診断

CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)、超音波検査などのさまざまな画像検査により、腫瘍の大きさや数、位置、血管との位置関係などを調べます。

また、造影剤という特殊な薬剤を用いることで、腫瘍内部の血液の流れ方も評価できるようになります。

検査方法特徴
CT全身の転移巣を同時に評価できる
MRI小さな病変の検出に優れている
超音波簡単で繰り返し検査できる

血液検査

血液検査では、特に、腫瘍マーカー(がんの存在を示す物質)の測定が大切となります。主な腫瘍マーカーには以下のようなものがあります。

  • AFP(アルファフェトプロテイン:肝臓がんで上昇することが多い蛋白質)
  • CEA(がん胎児性抗原:主に消化器のがんで上昇する物質)
  • CA19-9(がん関連抗原19-9:主に膵臓がんで上昇する物質)

病理学的検査

画像診断や血液検査の結果から転移性肝癌が疑われた場合、確定診断を行うために病理学的検査を実施することがあります。

これを「生検(組織を採取して顕微鏡で調べること)」といい、腫瘍の種類や、元々のがんがどの臓器から発生したかを推定するために行います。

生検方法特徴
経皮的針生検体への負担が少なく、外来でも実施できる
腹腔鏡下生検広い範囲を観察でき、複数の場所から組織を採取できる

転移性肝癌の治療方法と治療薬について

転移性肝癌の治療では、原発巣(最初にがんが発生した場所)をコントロールしつつ、肝臓の機能を保つことが大切です。

薬による治療

抗がん剤や、がん細胞の特定の部分をねらい撃ちする薬(分子標的薬)による治療は、がん細胞の増殖を抑え、転移が広がるのを遅くする効果があります。

どんな薬を使うかは、もともとのがんがどの臓器にあったか、そして患者さんの状態によって決まります。

例えば、大腸にあったがんが肝臓に転移した場合、フォルフォックス療法やフォルフィリ療法といった複数の薬を組み合わせて使う治療法がよく行われます。

薬の名前主な働き方
オキサリプラチンがん細胞のDNAをつなぎ合わせて増えるのを防ぐ
イリノテカンがん細胞のDNAを切る酵素(トポイソメラーゼI)の働きを邪魔する
フルオロウラシルがん細胞がDNAを作るのに必要な物質(チミジル酸合成酵素)の生成を妨ぐ

また、分子標的薬であるベバシズマブやセツキシマブなどの薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の分子を標的とし、副作用を抑えながら効果的にがんを抑制します。

局所療法

薬による治療と並んで、がんのある部分を直接治療する方法(局所療法)も転移性肝癌の治療に効果があります。

局所療法は肝臓の中にあるがんに直接働きかける方法で、体全体への影響をできるだけ少なくしながら、がんをコントロールしていきます。

代表的な局所療法

  • ラジオ波焼灼療法(RFA):電波の一種であるラジオ波でがんを焼く方法
  • 経皮的エタノール注入療法(PEIT):アルコールを直接がんに注射する方法
  • マイクロ波凝固療法(MCT):マイクロ波でがんを焼く方法
  • 肝動脈化学塞栓療法(TACE):がんに栄養を送る血管を詰まらせ、同時に抗がん剤を送り込む方法

治療法は、がんの大きさや数、場所などを考えて選びます。例えば、RFAは比較的小さながんに対してよく効き、TACEは多発性のがんがある場合に広い範囲を治療できます。

外科的切除の適応

転移性肝癌の治療において、外科的切除はがんを完全に治すことができる唯一の方法です。しかし、すべての患者さんが手術を受けられるわけではありません。

がんの数や大きさ、場所、肝臓の働きの状態などを全体的に見て、手術ができるかどうかを判断します。

手術ができる条件詳しい適応条件
がんの状態完全切除が可能
肝臓の働きChild-Pugh分類(肝臓の働きを評価する方法)でAまたはB
残る肝臓の大きさ全体の30%以上残せる

手術の後にがんが再び出てくる可能性を考慮し手術後に薬による治療を行うことも多く、目に見えない小さながんをコントロールし、再発予防を目指します。

新しい治療法の今後

最近では、免疫チェックポイント阻害剤(体の免疫力を高める薬)やCAR-T細胞療法(患者さん自身の免疫細胞を改造してがんを攻撃させる方法)など、体の免疫の力を利用する治療法がめざましく発展しています。

現在、転移性肝癌に対する免疫療法の効果を確かめる臨床試験(新しい治療法の効果や安全性を確認する試験)が行われており、今後標準治療の選択肢に加わる可能性もあります。

免疫療法の種類働き方
免疫チェックポイント阻害剤T細胞(体を守る免疫細胞の一種)の働きを活発にする
CAR-T細胞療法改造したT細胞でがん細胞を攻撃する

転移性肝癌の治療期間

転移性肝癌の治療期間は、原発巣(がんが最初に発生した場所)と肝臓への転移巣の両方に対応する必要があるため、長期にわたります。

治療全体の流れ・期間

転移性肝癌の治療は、大きく分けて以下の段階で進められます。※各段階にかかる期間は患者さまによって異なります。

治療段階期間の目安主な内容
診断・計画1〜2週間各種検査、治療方針の決定
初期治療2〜6か月手術、放射線療法、化学療法など
追加治療3か月〜1年以上化学療法、免疫療法など
経過観察5年以上定期的な検査と診察

原発巣の治療期間

原発巣の治療は、がんの種類や進行度によって異なります。大腸癌が原発の場合は、以下のような治療期間が目安です。

  • 手術:入院期間として1〜2週間
  • 術後の化学療法:3〜6か月
  • 放射線療法(必要な場合):4〜8週間

治療は、肝転移の治療と並行して行われる場合もあります。

肝転移巣の治療期間

  • 肝切除術:入院期間として1〜2週間
  • 焼灼療法:日帰りまたは1〜2泊の入院
  • 動脈塞栓療法:1〜2泊の入院、必要に応じて繰り返し実施

化学療法を併用する場合は2〜3週間ごとに投与を行い、これを数か月から1年以上続けます。

経過観察

初期治療が終了した後も、定期的な経過観察が必要です。再発や新たな転移のリスクがあるため、5年以上にわたって継続します。

  • 治療後1〜2年目:2〜3か月ごとの検査
  • 3〜5年目:3〜6か月ごとの検査
  • 5年目以降:6か月〜1年ごとの検査

薬の副作用や治療のデメリットについて

転移性肝癌の治療薬は、吐き気、脱毛、肝機能障害、免疫抑制などの副作用が起こる可能性があります。

薬物療法による副作用

副作用症状
消化器症状吐き気、嘔吐、下痢
脱毛頭髪や体毛の脱落
全身倦怠感だるさ、疲れやすさ
食欲不振食べる気が起きない

放射線療法に伴うリスク

  • 皮膚の炎症や色素沈着(治療部位の皮膚が赤くなったり、黒ずんだりすること)
  • 全身倦怠感の増強
  • 周辺臓器への影響(例:胃や腸への刺激による消化器症状)
  • 肝機能の一時的な低下

外科的治療に伴う合併症

外科的治療が選択肢となる場合もありますが、手術に伴う合併症のリスクが存在します。

合併症発生率対処法
出血5-10%輸血、再手術
感染3-8%抗生物質投与
肝不全1-5%集中治療
胆汁漏2-4%ドレナージ治療

免疫療法の副作用

免疫療法では、自己免疫反応の過剰な活性化により、様々な臓器に炎症が生じるリスクがあります。

副作用症状対処法
皮膚炎発疹、かゆみステロイド軟膏
大腸炎下痢、腹痛免疫抑制剤
肺炎咳、息切れステロイド薬
内分泌障害倦怠感、食欲不振ホルモン補充療法

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

転移性肝癌の治療には、多くの場合公的医療保険が適用されます。自己負担額は通常3割となり、70歳以上の方は更に負担が軽減され、所得に応じて1割または2割の自己負担となります。

高額療養費制度を利用すれば月々の医療費の上限額が設定され、それを超えた分は後日払い戻されます。

転移性肝癌の主な治療法と費用

治療法概算費用(3割負担の場合)
肝切除術30万円〜50万円
放射線療法20万円〜40万円
化学療法10万円〜30万円/月
免疫療法15万円〜35万円/月

※費用は、治療期間や使用する薬剤によって変動します。また、入院期間や検査の頻度によっても総額は変わってきます。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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