肝血管腫(海綿状血管腫)(Hepatic hemangioma)とは、肝臓内に発生する良性腫瘍の一種で、血管が異常に拡張して形成される特徴的な構造を持っています。
多くの場合無症状であるため、健康診断や他の目的で行われた検査の際に偶然発見されることがほとんどです。
肝臓に生じる良性腫瘍の中で最も頻度が高く、特に女性に多く見られる傾向があり、その理由については現在も研究が進められています。
大きさは数ミリメートルから十数センチメートルまで様々で、ごくゆっくりと成長する場合もありますが、多くは長期間にわたって大きさに変化はありません。
肝血管腫(海綿状血管腫)の症状
肝血管腫(海綿状血管腫)は多くの場合無症状で経過しますが、その大きさや位置によっては腹部の不快感や痛みといった症状が出る場合もあります。
腫瘍の大きさ | 症状の特徴 |
小さい(3cm未満) | ほとんど無症状 |
中程度(3-10cm) | 軽度の腹部不快感 |
大きい(10cm以上) | 腹痛、圧迫感 |
主な症状
症状の種類 | 頻度 | 特徴 |
無症状 | 高頻度 | 偶然発見されることが多い |
腹部症状 | 中程度 | 腫瘍の大きさに応じて出現 |
全身症状 | 低頻度 | 巨大腫瘍で稀に発生 |
合併症症状 | 極めて稀 | 緊急性が高い |
腹部に現れる症状
大きな肝血管腫の場合は、周囲の組織を圧迫することで、右上腹部の痛みや膨満感のような症状が出る場合があります。
また、吐き気や食欲不振などの消化器症状が現れることもあります。
全身に及ぶ症状
稀なケースではありますが、巨大な肝血管腫が全身症状を引き起こすことがあります。
- 原因不明の発熱
- 持続する倦怠感
- 徐々に進行する体重減少
合併症に伴う症状
合併症 | 主な症状 |
破裂 | 突然の激しい腹痛、ショック状態 |
血栓形成 | 腹痛の急激な悪化、高熱 |
貧血 | 全身の倦怠感、めまい、息切れ |
肝血管腫の破裂は非常に稀ですが、生命を脅かす重大な合併症となります。
急激な腹痛やショック症状(血圧低下、意識レベルの低下など)が現れた場合は、一刻も早く医療機関を受診しなければなりません。
無症状で経過する場合
多くの肝血管腫は無症状で経過し、他の目的で行った健康診断や検査で偶然発見されます。
症状がなくても、腫瘍の成長や合併症の有無を確認するため、超音波検査やCT検査などの画像検査を定期的に受けましょう。
肝血管腫(海綿状血管腫)の原因
肝血管腫(海綿状血管腫)は、肝臓内の血管が異常に拡張して形成される良性腫瘍です。その原因には遺伝的要因や環境因子が挙げられます。
遺伝的背景 | 環境要因 |
特定遺伝子変異 | ホルモン環境 |
家族性要因 | 化学物質の影響 |
主な原因
- 遺伝子レベルでの素因
- 体内のホルモンバランスの変動
- 生活環境中の化学物質への継続的な暴露
- 加齢に伴う生体機能の変化
- 既に存在する他の肝臓疾患
- 免疫機能の低下や変調
女性ホルモンの影響
肝血管腫は女性に多く見られるという統計的事実があり、女性ホルモンの一種である「エストロゲン」が肝血管腫の発生や成長に関与している可能性があるのではないか、と指摘されています。
妊娠中や経口避妊薬を服用している期間など、体内のエストロゲン濃度が上昇すると既存の肝血管腫が大きくなることがあります。
化学物質による影響
特定の化学物質に長期間さらされると、肝血管腫が発生するリスクが高まる可能性があります。
具体的には、農薬や工業用の溶剤などがこれに該当します。ただし、関連性についてはさらなる科学的検証が必要です。
年齢と発生リスクの関係
肝血管腫は、30歳から50歳代の間に診断されることが多いです。
年齢層 | 発生リスク |
30-50歳 | 比較的高い |
60歳以上 | やや低下傾向 |
他の肝臓疾患との関連性
脂肪肝や慢性的な肝炎に罹患している方は、肝血管腫の発生率がやや高くなる傾向が見られます。
これは、肝臓内部の微細な環境変化が、血管の異常な増殖を促進してしまう可能性があるためです。
私が経験した例では、アルコール性肝硬変(肝臓の組織が硬くなり、機能が低下する病気)の患者さんに肝血管腫が見つかったことがあります。
この症例では、肝硬変によって起こった肝臓内の血流の異常が、血管腫の形成を促進した可能性があると考えられました。
免疫系の働きと肝血管腫
免疫抑制剤(免疫機能を抑える薬)を長期間服用している患者さんや、HIVに感染している方々では、肝血管腫の発生率が高くなる傾向が見られます。
肝血管腫(海綿状血管腫)の検査・チェック方法
肝血管腫(海綿状血管腫)では、体に負担の少ない画像診断を中心とした検査が主流となっています。
画像診断
肝血管腫の診断では、超音波検査(エコー)が最初の検査としてよく使われます。
この検査では、はっきりとした境目を持つ白っぽい部分(高エコー腫瘤)が見つかることが多いです。
ただし、小さな病変や珍しい形の場合ははっきりとわからないこともあるので、他の画像検査と組み合わせて調べます。
画像診断法 | 特徴的な様子 |
超音波検査 | 白っぽい部分が見える |
CT | 外側から中心に向かって徐々に染まっていく |
MRI | 特殊な撮影方法で非常に明るく光って見える |
造影CT検査
CT検査では、造影剤という薬を注射して撮影します。
肝血管腫の場合、最初に外側が染まり始め、時間がたつと全体が均一に染まる「綿花様濃染」と呼ばれる特徴的な様子が見られます。
MRI検査
MRIでは、特殊な撮影方法(T2強調像)で非常に明るく光って見え、造影剤を使った場合の染まり方はCTと似たような特徴を示します。
臨床診断・確定診断
臨床診断では、画像検査の結果に加えて、症状や血液検査の結果を総合的に見て判断します。
多くの場合、肝血管腫があっても特に症状はありませんが、大きな腫れの場合はおなかの右上が痛くなったり、おなかが張ったりすることがあります。
血液検査では、肝臓の働きを調べる検査やがんの可能性を調べる検査(腫瘍マーカー)を行いますが、肝血管腫の場合は通常異常が見られません。
検査項目 | 肝血管腫でよく見られる結果 |
肝臓の働きを調べる検査 | 普通は正常な範囲 |
がんの可能性を調べる検査 | 高くならない |
血小板(血液の成分の一つ)の数 | 正常 |
珍しい特徴を示す場合や悪性の腫瘍との見分けが難しい場合には、肝臓の一部を取って調べる検査(肝生検)を検討します。
肝生検は体に負担がかかる検査なので、行うかどうかは慎重に判断します。
肝血管腫(海綿状血管腫)の治療方法と治療薬について
肝血管腫(海綿状血管腫)に対する治療方針は、腫瘍の大きさや症状の有無など、患者さんの状態を総合的に判断して決定します。
無症状かつ小さな肝血管腫の場合、定期的な検査による経過観察で十分であることが多いです。
一方で、何らかの症状が出現している場合や、腫瘍のサイズが大きい場合には、より積極的な治療介入を検討していきます。
腫瘍の大きさ | 推奨される治療方針 |
5cm未満 | 基本的に経過観察 |
5cm以上10cm未満 | 症状の有無に応じて治療を検討 |
10cm以上 | 積極的な治療介入を考慮 |
薬物療法
薬物療法は、症状を和らげたり、腫瘍の成長を抑制したりすることを目的として行います。
使用する主な薬剤
- ステロイド剤:体内の炎症反応を抑える効果があり、結果として腫瘍の縮小を促す場合がある
- 抗血管新生薬:腫瘍に栄養を供給する血管の新生を抑制することで、腫瘍の成長を制御する
ステロイド剤については、プレドニゾロンなどの経口ステロイド薬をよく使用します。
また、抗血管新生薬の薬剤としては、ベバシズマブやサリドマイドなどがあります。
外科的治療の適応と方法
外科的な治療は、腫瘍のサイズが大きい場合や、重篤な症状が出現している場合に検討対象となります。
治療法 | 主な適応 | 特徴 |
肝切除術 | 大きな腫瘍、症状が顕著な場合 | 腫瘍の完全切除が可能 |
肝動脈塞栓術 | 手術リスクが高い患者さん | 体への負担が比較的少ない |
肝切除術は腫瘍を含む肝臓の一部を外科的に取り除く手術で、根治的な治療法の一つです。
一方、肝動脈塞栓術は、カテーテルという細い管を血管内に挿入し、腫瘍に栄養を送る血管に塞栓物質を注入して血流を遮断します。比較的身体に負担のない方法となります。
放射線療法
放射線療法は、外科的な処置が困難と判断された患者さんに対する治療選択肢の一つとなります。
特に、定位放射線治療(SBRT)という方法は、高度な技術を用いて腫瘍に集中的に放射線を照射する治療法です。
この治療法の利点は、周囲の健康な組織へのダメージを最小限に抑えながら、効果的に腫瘍を縮小させられることにあります。
放射線療法を適用するかどうかは、腫瘍の位置や大きさ、そして患者さんの全身状態を総合的に評価して決定します。
治療後の経過観察
以下の項目に注意しながら、継続的な経過観察を実施します。
- 定期的な画像検査(超音波検査、CT検査、MRI検査など)
- 血液検査による肝機能の評価
- 患者さんの自覚症状の変化の確認
- 健康的な生活習慣の維持に関する指導
経過観察の時期 | 検査内容 |
術後1か月 | 血液検査、超音波 |
術後3か月 | CT検査、血液検査 |
術後6か月 | MRI検査、血液検査 |
術後1年以降 | 年1回の画像検査 |
肝血管腫(海綿状血管腫)の治療期間
肝血管腫(海綿状血管腫)の治療期間は、症状を伴う大きな血管腫の場合は手術による摘出が必要となるため、治療期間が長くなります。
※繰り返しになりますが、症状がなく小さな血管腫の場合、定期的な経過観察のみで対応できる場合がほとんどです。ただし、5年以上の経過観察を続けた後、最終的に手術を行ったケースもあります。
経過観察の期間
経過観察の期間は、血管腫の大きさや成長速度によって決定します。小さな血管腫の場合、年に1回の画像検査で十分な場合が多いです。
血管腫の大きさ | 経過観察の頻度 |
3cm未満 | 1年に1回 |
3cm以上5cm未満 | 6か月に1回 |
5cm以上 | 3か月に1回 |
手術治療の期間
- 手術前の準備期間:約2〜4週間
- 入院期間:約1〜2週間
- 術後の回復期間:約1〜3か月
薬の副作用や治療のデメリットについて
肝血管腫(海綿状血管腫)に対する薬物療法の副作用としては、吐き気や倦怠感、脱毛などがあります。また、手術を行う場合は、手術に伴う一般的なリスクがあります。
薬物療法に伴うリスク
副作用 | どのくらい起こるか |
吐き気 | よく起こる |
体のだるさ | ときどき起こる |
髪が抜ける | あまり起こらない |
副作用は一時的なものが多いですが、症状が強い場合は必要に応じて薬の量を調整したり、副作用を和らげる治療を行っていきます。
手術療法のリスク
- 出血
- 感染
- 麻酔(ますい)が原因で起こる問題
- 手術中に周りの臓器を傷つけてしまう
放射線療法の副作用
すぐに起こる副作用 | 後から起こる副作用 |
皮膚が赤くなる | 治療した部分が硬くなる |
体がだるくなる | 新たながんができる可能性がある |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
肝血管腫の治療費は保険適用となります。治療の種類や入院期間によっては高額な医療費がかかります。
なお、肝巨大血管腫(乳幼児難治性肝血管腫)の場合は、小児慢性特定疾病に指定されています。詳しくは小児慢性特定疾病情報センターのホームページをご確認ください。
外来での経過観察にかかる費用
項目 | 概算費用(3割負担の場合) |
腹部超音波検査 | 1,500〜2,000円 |
血液検査 | 1,000〜2,000円 |
治療が必要な場合の費用
症状がある場合や腫瘍が大きい場合は積極的な治療が必要になります。代表的な治療法と概算費用は以下の通りです。
- 肝動脈塞栓術 20万〜30万円
- 外科的切除術 50万〜100万円
- ラジオ波焼灼療法 15万〜25万円
入院費用
治療のために入院が必要になった際には、入院費用がかかります。入院期間や病室のタイプによって異なりますが一般的な目安は次の通りです。
入院期間 | 概算費用(3割負担の場合) |
1週間 | 10万〜15万円 |
2週間 | 20万〜30万円 |
1ヶ月 | 40万〜60万円 |
以上
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