肝嚢胞

肝嚢胞(Hepatic cyst)とは、肝臓の中に液体がたまった風船のような袋ができる状態を指します。

特に目立った症状がないため、健康診断や他の理由で行った検査の際に偶然発見されることがほとんどです。

肝嚢胞のサイズは様々で、顕微鏡でしか見えないほど小さなものから、握りこぶし大のものまで幅広く存在します。

通常は心配のない良性の変化ですが、ごくまれに悪性化する可能性があるため、医師の指示に従って定期的に検査を受けることが大切です。

目次

肝嚢胞の病型

肝嚢胞(かんのうほう)は、大きく単純性肝嚢胞、多発性肝嚢胞症、感染性肝嚢胞、嚢胞性腫瘍の4タイプに分けることができます。

単純性肝嚢胞

単純性肝嚢胞は肝嚢胞の中で最もよく見られるタイプで、肝臓の中に液体がたまった袋状の構造ができます。

多くの場合、症状が現れることはなく、健康診断などで行われる画像検査で偶然見つかることが多いのが特徴です。

単純性肝嚢胞の特徴

  • 一つだけのこともあれば、複数できることもある
  • 大きさはさまざま(1mm程度の小さなものから数cm以上の大きなものまで)
  • 中身は通常、無色透明の液体(漿液性液体)
  • 嚢胞を囲む壁は薄く、内側は一層の上皮細胞で覆われている

以前、ある患者さんの健康診断で偶然に10cmもの大きな単純性肝嚢胞が見つかりましたが、全く症状がなく、定期的に様子を見ているだけで問題なく日常生活を送れています。

このように、単純性肝嚢胞の多くは、定期的に経過を観察するだけで十分な場合が多いです。

多発性肝嚢胞症

肝臓全体にたくさんの嚢胞ができるタイプを、多発性肝嚢胞といいます。

遺伝性であることが多く、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)という病気に伴って現れることがあります。

多発性肝嚢胞症の特徴

特徴詳細
嚢胞の数とても多い(数十個から数百個)
嚢胞の大きささまざま(小さなものから大きなものまで)
肝臓の働きへの影響進行すると肝臓の働きが悪くなる可能性がある
合併症出血、感染、破れるなどの問題が起きる危険性が高い

多発性肝嚢胞症では、嚢胞の数が増えて大きくなると肝臓の体積も増え、周りの臓器を押してしまう可能性があります。

感染性肝嚢胞

感染性肝嚢胞は、すでにある肝嚢胞に細菌が入り込んで感染した状態を指します。あまり多くはありませんが、速やかに治療を行わない場合は合併症を起こす可能性があります。

感染性肝嚢胞の特徴と対応

項目内容
原因血液を通じての感染や、胆道(たんどう:胆汁の通り道)からの逆流による感染
症状熱が出る、お腹が痛くなる、嚢胞が大きくなる
診断の方法血液検査、画像検査(CT、MRI、超音波)
治療の方針抗生物質の投与、嚢胞に管を入れて中身を出す処置など

嚢胞性腫瘍

肝嚢胞の中には、腫瘍に分類されるものもあります。単純性肝嚢胞とは違い、悪性(がんのような状態)になる可能性があるため、慎重に管理しなければなりません。

主な嚢胞性腫瘍

腫瘍の種類特徴主な治療方針
肝嚢胞腺腫良性だが、まれに悪性化する経過観察または手術で取り除く
肝嚢胞腺癌悪性で、予後があまり良くない手術で取り除く、抗がん剤治療など
粘液性嚢胞腫瘍良性から悪性まで幅広い原則として完全に取り除く

肝嚢胞の症状

肝嚢胞(かんのうほう)は多くの方で症状が出ないものの、大きくなってくると痛みや吐き気など、体調に変化が現れてきます。

お腹の違和感や痛み・不快感

肝嚢胞が大きくなると、お腹が圧迫されているような感じや、膨らんでいるような感覚が症状として出てきます。

特に、食事の後に症状が強くなる傾向です。

また、嚢胞が周りの組織を押すことで、痛みや不快感が起こる場合もあります。

消化に関する症状

  • 吐き気や嘔吐
  • 食べる気が起きない
  • 消化不良
  • 便秘や下痢

このような症状は他の病気でも起こるため、正確に原因を突き止めるには専門医による詳しい検査が必要です。

全身症状

症状どのような状態か
だるさ体全体がだるく、疲れやすい
体重が減るはっきりした理由がないのに体重が減る
微熱長い間、微熱が続く
黄疸(おうだん)皮膚や白目が黄色くなる

合併症による急性症状

まれなケースですが、肝嚢胞が破れたり、細菌に感染したりすると、急に強い症状が出ることがあります。突然の強いお腹の痛みや熱、寒気などが起きた場合は、すぐに治療が必要です。

肝嚢胞の原因

肝嚢胞の原因は、出生時の奇形、遺伝的な要因、加齢、性別、寄生虫感染など、さまざまな要因が考えられていますが、多くの場合は原因不明です。

原因の種類具体例
遺伝的要因ADPKD関連遺伝子の変異
環境要因アルコール過剰摂取、慢性肝炎
ホルモン要因エストロゲンの影響
その他寄生虫感染、先天性胆管異常

遺伝的要因:常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)について

肝嚢胞の発生には、生まれ持った遺伝的な背景が大きく影響しているとされます。特に注目すべきは、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)(複数の臓器に嚢胞ができやすい遺伝性の病気)という遺伝性疾患です。

ADPKDは、PKD1遺伝子またはPKD2遺伝子という特定の遺伝子に変異が起こることで発症します。

遺伝子関連する症状
PKD1より重度の嚢胞形成
PKD2比較的軽度の嚢胞形成

最近では、ADPKDを早期に発見するための新しい診断方法が開発され、病気の早期発見がより容易になってきました。

環境要因

  • お酒の飲みすぎ
  • 脂肪肝(肝臓に脂肪が過剰に蓄積した状態)
  • 慢性肝炎
  • 肝硬変(肝臓の線維化が進んだ状態)
  • 有害な化学物質に長期間さらされること

ホルモンバランスの乱れ

女性ホルモンが肝嚢胞の形成に影響を与えるため、肝嚢胞は女性に多く見られます。

また、妊娠中や閉経後などホルモンバランスが大きく変化する時期は、既存の嚢胞が大きくなったり、新たな嚢胞が形成されたりする可能性が高くなります。

ホルモン肝嚢胞への影響
エストロゲン嚢胞の成長を促進する
プロゲステロン嚢胞の成長を抑える

その他の原因(感染症・生まれつきの異常)

要因嚢胞形成のしくみ
寄生虫感染組織内で寄生虫が成長し、周りに炎症が起こる
生まれつきの胆管異常胆汁がたまったり、組織が異常に増えたりする

肝蛭症(かんてつしょう)という寄生虫感染症では、肝臓内に嚢胞によく似た病変ができることがあります。これは、寄生虫が肝臓の組織の中で成長し、周りに炎症反応を起こすことで生じるものです。

また、胆管(胆汁を運ぶ管)の生まれつきの異常も肝嚢胞の原因となる可能性があります。

肝嚢胞の検査・チェック方法

肝嚢胞(かんのうほう)の診断では、腹部超音波検査やCTスキャンなどの画像診断を行い、嚢胞の大きさ、数、位置などを調べます。

問診・身体診察のポイント

  • 病歴
  • 家族の病歴
  • おなかの違和感や痛みがあるかどうか
  • どんな痛みなのか
  • どのくらい続いているのか など

身体診察では、特におなかの右上の部分に塊(しこり)があるかどうか、押すと痛むかどうかを確認します。

画像検査

  • 超音波検査
  • CT検査
  • MRI検査

超音波検査において、 肝嚢胞は、典型的には超音波の画像で黒い円形または楕円形の影として映し出されます。

CT検査では造影剤(特殊な薬)を使い、嚢胞の中の様子や周りの組織との関係を調べていきます。また、MRI検査は、特殊な撮影方法(T1強調像とT2強調像)で特徴的な画像が得られるため、他の病気との見分けに用います。

臨床診断のポイント

  • 症状がないか、または軽いおなかの不快感がある
  • 触診でおなかの右上に塊(しこり)を感じる
  • 画像検査で特徴的な嚢胞が見つかる
  • 肝臓の機能を調べる血液検査では通常異常が見られない

これらの所見を総合的に判断し、肝嚢胞の可能性が高いと考えられる場合、確定診断の段階に進みます。

確定診断のための精密検査

肝嚢胞の確定診断のために、より詳しい検査を行う場合もあります。

検査方法目的
造影超音波検査血液の流れを調べる、良性か悪性かの区別をする
肝生検顕微鏡で組織を調べる
嚢胞液細胞診がん細胞がないか確認する

※肝生検は、悪性(がん)の疑いがある場合や、診断が難しい場合に行います。

肝嚢胞の治療方法と治療薬について

肝嚢胞(かんのうほう)は、無症状の小さな嚢胞は経過観察のみで対応しますが、症状がある場合や大きな嚢胞の場合は積極的な治療を行います。

経過観察

無症状で小さな肝嚢胞の場合、多くは経過観察を行います。嚢胞が大きくなったり、症状が現れたりした場合は、より積極的な治療を検討します。

検査項目頻度
超音波検査6ヶ月ごと
CT・MRI1年ごと

薬物療法

症状がある場合や、嚢胞が大きくなる傾向にある場合、薬物療法を行います。

主に使用される薬剤は、ソマトスタチンアナログ(体内のホルモンに似た働きをする薬)と呼ばれるものです。嚢胞の成長を抑え、症状を和らげる効果があります。

代表的な薬剤

  • オクトレオチド:皮下注射で投与し、嚢胞液の分泌を抑える働きがあります
  • ランレオチド:4週間に1回の筋肉内注射で、長期的な効果が期待できます

穿刺吸引療法

大きな嚢胞や症状が強い場合、穿刺吸引療法(せんしきゅういんりょうほう)という治療法があります。

穿刺吸引療法では、超音波やCTで嚢胞の位置を確認しながら、細い針を刺して中の液体を吸い出します。吸引後には硬化剤を注入することで、再び嚢胞ができるのを防ぐ効果が期待できます。

穿刺吸引療法の流れ所要時間
局所麻酔5-10分
穿刺・吸引15-30分
硬化剤注入5-10分

外科的治療

薬物療法や穿刺吸引療法で効果が得られない場合や、嚢胞が非常に大きい場合は、外科的治療を検討します。

主な手術方法には開腹手術と腹腔鏡(ふくくうきょう)手術があり、近年は体への負担が少ない腹腔鏡手術が好まれる傾向にあります。

肝嚢胞の治療期間

肝嚢胞(かんのうほう)の治療期間は、嚢胞の大きさ、数、症状、合併症の有無などによって個々に異なり、経過観察のみで済む場合もあれば手術が必要となる場合もあり、一概に定めることはできません。

基本的には、数か月から数年にわたる継続的な管理を行っていきます。

治療法により治療期間は異なります

穿刺吸引療法(せんしきゅういんりょうほう)では、処置自体は短時間で終わりますが、再発の可能性があるためその後の経過観察は長く続けていきます。

一方、開窓術(かいそうじゅつ)やエタノール注入療法などの手術治療を行った場合は、手術後の回復期間や合併症のリスクを考え、より慎重に経過を見守る必要があります。

経過観察の期間

経過観察では、画像検査や血液検査を行い、嚢胞の再発がないかどうかや大きくなったりしないか、肝臓の働きに変化がないかなどを確認します。

基本的に、最初の1年は3〜6か月ごと、その後は半年〜1年ごとの検査を行っています。

経過期間推奨検査頻度
治療後1年3〜6か月ごと
1年以降半年〜1年ごと

薬の副作用や治療のデメリットについて

肝嚢胞(かんのうほう)の治療で用いられる薬の副作用としては、アレルギー反応や消化器症状などが報告されており、また、全ての嚢胞に効果があるわけではなく経過観察が必要な場合もあります。

代表的な治療法とそれに関連する主な副作用

治療法主な副作用
経皮的ドレナージ感染、出血、再発
硬化療法発熱、疼痛(とうつう)、アレルギー反応
腹腔鏡下嚢胞開窓術腹腔内出血、胆汁漏(たんじゅうろう)
肝切除術肝不全、胆汁漏、感染

副作用の多くは、治療後の経過観察や医療処置によってコントロールできます。ただし、全身状態や基礎疾患によっては重篤な合併症が起きるリスクがあります。

感染症リスクへの対策と予防

肝嚢胞治療において、最も警戒すべきリスクの一つが感染症です。特に、経皮的ドレナージや硬化療法などの体内に器具を挿入する処置を行う際には、外部から細菌が侵入するリスクが上昇します。

感染症を予防するために、医療現場では以下のような対策を徹底しています。

  • 無菌操作が可能な清潔な環境での処置実施
  • 厳格な消毒手順の遵守と滅菌済み器具の使用
  • 処置前後における適切な予防的抗生物質の投与
  • 処置後の患者さまの状態に対する経過観察の徹底

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

肝嚢胞の治療費は健康保険が適用されるため、自己負担額は総費用の30%程度に抑えられます。ただし、重症例や複雑な手術を要する事例では、医療費が高額となります。

一般的な検査や処置の自己負担額

項目自己負担額(3割負担の場合)
腹部超音波検査1,500円〜2,000円
CT検査3,000円〜5,000円
穿刺吸引術5,000円〜8,000円

治療法別の概算費用

  • 経過観察 定期的な検査費用のみ(年間10,000円〜20,000円程度)
  • 薬物療法 月額5,000円〜10,000円
  • 穿刺吸引術 1回あたり15,000円〜25,000円
  • 硬化療法 1回あたり30,000円〜50,000円
  • 腹腔鏡下嚢胞開窓術 100,000円〜200,000円

高額療養費制度について

手術や入院を伴う治療の場合、高額な医療費が発生します。このような状況で患者の経済的負担を軽減するのが高額療養費制度です。

この制度を利用すると、月々の医療費の自己負担額に上限が設けられます。

年収自己負担上限額(月額)
370万円未満57,600円
370万円〜770万円80,100円
770万円〜1,160万円167,400円

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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