特発性細菌性腹膜炎(SBP)

特発性細菌性腹膜炎(Spontaneous Bacterial Peritonitis:SBP)とは、肝硬変を患っている方に見られる深刻な合併症の一つです。

お腹の中に細菌が入り込み、腹膜(ふくまく)という臓器を包む薄い膜に炎症が起きることで発症します。腹腔内に目に見える感染源がないのに、細菌性腹膜炎が発生するのが特徴です。

熱が出たり、お腹が痛くなったり、吐き気を感じたりするのが主な症状で、肝硬変によって体の防御力が弱まっている患者さんはこの病気にかかりやすくなります。

目次

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の症状

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の症状は、発熱、腹痛、倦怠感などの全身症状と、腹水による腹部の膨満感や圧迫感といった局所症状が主な特徴です。

おなかの症状

SBPで最も目立つ症状は、おなかに関係するものです。

痛みの程度は軽いものから強いものまでさまざまで、おなかを触ると痛みを感じたり、おなかの中に水がたまったりすることもよくあります。

症状どんな特徴があるか
おなかの痛みずっと続いたり、時々起こったりする
おなかが張る感じおなかに水がたまることで起こる
おなかを触ると痛い医師が診察するときによくわかる

からだ全体の症状

38度以上の高熱や、寒気、だるさや疲れやすさもよく見られる症状です。

普段の生活でも体を動かすのが大変に感じ、食べたくない、体重が減るといったことも起こります。

胃腸の症状

吐き気や嘔吐は、多くの患者さんが経験する症状です。このせいで食事を取るのが難しくなり、必要な栄養が足りなくなる心配があります。

また、下痢や便秘、おなかの中で物が詰まったような症状が出ることもあります。

胃腸の症状どんな影響があるか
吐き気・嘔吐食べ物や栄養を十分に取れなくなる
下痢・便秘トイレに行く回数や便の出方が変わる
腸が詰まったような症状腸の動きが悪くなることで起こる

脳や神経の症状

SBPは脳にも影響を与え、神経に関する症状を引き起こすことがあります。

SBPでよく見られる主な脳や神経の症状

  • 意識がはっきりしない(軽い混乱から深い眠りのような状態まで)
  • 今がいつなのか、どこにいるのかわからなくなる
  • 物事に集中できない
  • 物事を覚えていられない

その他の症状

上記のような症状のほか、息苦しさや脈が速くなるなど、心臓や血管に関する症状が見られることもあります。

また、皮膚や目の白い部分が黄色くなる(黄疸と呼びます)患者さんもいます。

ただし、患者さんの中には、SBPであっても症状が特にない方もいます。意識障害のある患者さんも、症状がわかりにくいです。

早期発見のため、特に肝硬変を合併している場合や、腹水が繰り返して溜まる患者さんなどには定期的な検査が推奨されます。

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の原因

特発性細菌性腹膜炎(SBP)は、主に肝硬変の方に見られる深刻な合併症です。その原因は、主として腸内の細菌が体内を移動すること、体の防御機能が弱まることが関係しています。

腸内の細菌が異常に移動する仕組み

SBPが起こる主な原因は、腸の中にいる細菌が腸の壁を通り抜けて、おなかの中に入り込んでしまうことです。

普通、健康な腸には細菌が勝手に移動するのを防ぐ働きがあるのですが、肝硬変の方ではこの働きが弱くなっています。

腸の壁が細菌を通しやすくなる理由には、次のようなものがあります。

  • 門脈という血管の圧力が高くなり、腸に水がたまる
  • お酒を飲むことで腸の内側の粘膜が傷つく
  • 栄養が足りないせいで、腸の表面にある細胞の働きが悪くなる

このような原因により、腸の中にいた細菌がおなかの中に簡単に移動してしまい、そこで炎症を引き起こすのです。

体を守る力が弱くなる問題

肝硬変の方は、体を守る免疫という仕組みの働きが大きく落ちています。そのため、おなかの中に入り込んできた細菌をうまく退治できなくなります。

免疫力が弱くなる原因どんな影響があるか
肝臓の中にある特殊な細胞の働きが悪くなる細菌を食べて退治する力が弱くなる
補体という特殊なタンパク質が作られにくくなる細菌を見つけて攻撃しやすくする働きが弱まる
血液中のアルブミンというタンパク質が少なくなる免疫を担当する細胞の働きが悪くなる

このような原因が重なり合い、おなかの中で細菌が増えやすい環境を作り出してしまいます。

腹水(おなかの中にたまる水)の影響

腹水がもたらす影響具体的にどういうことか
細菌が増えるのに適した環境を作る細菌の栄養となる成分が豊富にある
細菌を攻撃する力が弱くなる免疫細胞が細菌を見つけて食べるのが難しくなる
おなかの中の圧力が上がるリンパ管という通路を通じた細菌の排除が難しくなる

腹水の中では細菌を攻撃する力が弱くなっているため、入り込んできた細菌を退治するのがさらに難しくなってしまいます。

その他の関係する要因

SBPが起こる原因には、上で説明した以外にもさまざまな要因が関係しています。

  • 胃酸の分泌が減る‥胃の中のpHが上がり、細菌が胃を通過しやすくなる
  • 腸の動きが鈍くなる‥細菌が必要以上に増えてしまう
  • 以前にSBPになったことがある‥再び起こるリスクが高くなる

SBPを防ぐには、肝硬変をこれ以上進行させないようにし、腸の中の環境を正常に戻すことが大切になります。

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の検査・チェック方法

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の診断では、腹水穿刺を行い、得られた腹水を使って細胞数(特に多形核白血球数)、蛋白、アルブミンなどの生化学検査、細菌培養、グラム染色などの微生物学的検査を行うことが一般的です。

臨床診断のポイント

臨床診断では、次のような症状と体の変化を調べていきます。

患者さんの症状体の変化
熱があるお腹を押すと痛がる
お腹が痛いお腹が張っている
吐き気がするお腹の音が聞こえにくい
ぼんやりする肝臓の働きが悪くなっている

このような症状や体の変化が見られた場合、SBPの疑いを持ち、さらに詳しい検査を進めていきます。

確定診断のための検査

SBPを確実に診断するには、お腹に溜まった水(腹水)を注射器で少量採取して調べる検査(腹水穿刺)をします。

主な検査項目

  • 腹水中の白血球(特に好中球)の数
  • 腹水から細菌を育てる検査
  • 腹水を特殊な染色液で染め、顕微鏡で観察する
  • 血液検査(白血球数、炎症反応、肝臓の働きを調べる検査など)

診断基準と判断

SBPと診断する基準は、腹水1mm³あたりの「好中球」という白血球の一種が、250個以上あることです。また、腹水を培養して細菌が見つかれば、さらにSBPの可能性が高くなります。

SBPと診断する際の目安と判断のポイント

何を調べるかどういう結果ならSBPの可能性が高いか
腹水中の好中球の数1mm³あたり250個以上
腹水から細菌が育つか細菌が育つ
血液検査の結果白血球が増えている、炎症反応が強い

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療方法と治療薬について

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療は、抗生物質療法が主軸となります。診断後すぐに抗生物質を投与すると、回復の見込みが大幅に向上します。

治療方法には、症状が出始めてすぐに行う経験的治療と、検査結果をもとに行う特異的治療があり、体調に合わせて選びます。

抗生物質療法

多くの場合、第三世代セファロスポリン系抗生物質を第一選択薬として使用します。グラム陰性菌に強い効き目があり、おなかの中にいる細菌にも効果的です。

抗生物質の名前1回の量使い方
セフォタキシム2g8時間おきに点滴
セフトリアキソン1-2g1日1回点滴

抗生物質は通常5日から1週間ほど使いますが、症状や検査結果を見ながら、使う期間を調整します。

アルブミンを一緒に使う治療法

最近の研究で、抗生物質とアルブミンという薬を一緒に使うと、より効果が高いことがわかってきました。特に、腎臓の働きが悪くなる危険性が高い患者さんに有効です。

アルブミンを使う具体的な方法

  • 病気がわかった時に、体重1kgあたり1.5gのアルブミンを点滴します
  • 3日後に、体重1kgあたり1gのアルブミンをもう一度点滴します

検査結果に基づいた特別な治療

最初の治療を始めた後、検査結果がわかったら、必要に応じて抗生物質を変えます。薬が効きにくい細菌が見つかったり、治療の効果が思わしくない場合は、検査結果をもとに別の抗生物質に切り替えます。

見つかった細菌使用が推奨される抗生物質
ESBL産生菌カルバペネム系
MRSAバンコマイシン
緑膿菌セフタジジム

再び病気になるのを防ぐ

SBPは一度よくなっても、また同じ病気になりやすいです。長い目で見た予防方法として、次のようなものがあります。

  1. おなかの中の特定の細菌を減らす‥ノルフロキサシンなどの抗生物質を長期間使います
  2. おなかにたまる水を管理する(腹水コントロール)‥利尿剤を適切に使う、食事に気をつける
  3. もともとある病気の治療‥肝硬変が悪化しないよう管理します

抗生物質を長く使うことに抵抗を感じる患者さんが中にはいるのですが、また病気になる危険性と予防を考えると、治療の継続はとても大切です。

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療期間

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療期間は、抗生物質による治療に1〜2週間ほどかかるのが目安です。肝硬変に合併して発症するSBPの場合は、予後不良となります。

治療を始めてから症状が良くなるまで

抗生物質を使い始めてから、3〜5日くらいで症状が良くなってきます。ただし、もともと持っている病気の重さや、患者さんの体の調子によっても期間は変わります。

治療の段階かかる時間
症状が良くなるまでの平均的な時間3〜5日くらい
抗生物質を使う標準的な期間5〜7日くらい

治療の一般的な期間

SBPは治療を行っても死亡率が高く、1年後の生存率は30~50%程度と報告されています。特に、再発を繰り返す患者さんの予後は非常に悪くなります。

抗生物質による感染症の治療に加え、肝硬変の管理は一生続けなければいけません。

肝硬変の方が気をつけること

肝硬変で腹水がある方は、定期的に病院に行って検査を受けることが大切です。

注意するポイント

  • 定期的に腹水の検査を受ける
  • 肝臓の検査を受ける
  • 体重を毎日測定する
  • 利尿薬の服用を継続する
  • 塩分制限が指示されている場合、必ず守る
  • お酒は絶対に飲まない

薬の副作用や治療のデメリットについて

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療で使う抗生物質療法には、さまざまな副作用やリスクがあります。

抗生物質療法の副作用

抗生物質療法でよく見られる副作用は、消化器に関連する症状です。

お腹が緩くなる下痢や、胃がむかつく吐き気、食べたものを吐き出してしまう嘔吐などが起こることがあります。

また、使用する抗生物質の種類によっては、まれにアレルギー反応が起こる方がいます。

副作用どのくらい起こるか
下痢よく起こる
吐き気ときどき起こる
嘔吐ときどき起こる
アレルギー反応まれに起こる

肝臓の働きへの影響

SBPの治療で使われる抗生物質の中には、肝臓の働きに影響を与えるものがあります。特に、もともと肝臓に病気がある患者さんの場合、肝臓の働きが悪くなるリスクが高くなります。

治療中は定期的に肝臓の働きを調べる検査を行い、何か異常が見つかった場合には素早く対応することが大切です。

腎臓の働きへの影響

年配の方やもともと腎臓に病気がある患者さんの場合、治療で使う抗生物質の一部が、腎臓の働きに影響を与えてしまうことがあります。

腎臓の働きが悪くなると体の中に薬が溜まりやすくなり、さらに別の副作用が起こるリスクが高くなります。

腎臓への影響気をつけること
薬が体に溜まる薬の量を調整する
腎臓の働きが悪くなる定期的に検査をする
体の中の塩分バランスが崩れる塩分のバランスを整える

治療中は、定期的に腎臓の働きを調べる検査を受け、体の中の塩分バランスをチェックしましょう。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の治療費は、3週間程度の入院治療で50万円から100万円程度が目安です。健康保険の適用により、自己負担額は軽減されます。

SBPの治療費の内訳

SBPの治療費には、抗生物質の投与や腹水検査、各種検査、入院費用などがかかります。

項目概算費用
抗生物質治療20万円〜35万円
腹水検査8万円〜12万円
その他の検査12万円〜25万円
入院費用25万円〜45万円

保険適用について

SBPの治療は健康保険の適用対象となるため、一般的な自己負担額は医療費の1~3割となります。

また、高額療養費制度を利用すると、月々の医療費の自己負担額に上限が設けられます。この上限額は年齢や所得によって異なりますが、一般的な場合の目安は以下のとおりです。

所得区分自己負担上限額(月額)
一般所得者約8万円
低所得者約3.5万円
高所得者約15万円

その他の費用

SBPの治療中は、以下のような追加的な費用が発生します。

  • 併発症の治療費(約10万円〜30万円)
  • リハビリテーション費用(1回あたり約5,000円〜1万円)
  • 栄養指導料(1回あたり約5,000円〜8,000円)
  • 退院後の外来 経過観察費用(1回あたり約1万円〜2万円)

これらの費用も保険適用の対象となりますが、治療期間や回数によって総額が変動します。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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