腹膜偽粘液腫(PMP)

腹膜偽粘液腫(Pseudomyxoma peritonei)とは、虫垂や卵巣などの粘液を産生する腫瘍の破裂により腹腔内に大量の粘液がたまり、お腹が膨れ上がってしまう非常に稀な疾患です(100万人に1~2人)。

腹膜の表面に粘液が広がることで、腸の動きが悪くなったり、臓器が圧迫されてその機能が低下します。

原因となる腫瘍は良性が多いものの、粘液の貯留によって引き起こされる病態は、命に関わる重大な問題を引き起こす可能性もあります。

目次

腹膜偽粘液腫の病型

腹膜偽粘液腫の組織分類は、播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)と腹膜粘液性癌腫症(PMCA)があります。

播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)

播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)は、腹膜偽粘液腫の中でも比較的予後が良好な病型です。

腹腔内に多数の粘液性腫瘍が散在していますが、腫瘍細胞の異型度は低く、浸潤性増殖を示すことはあまりありません。

特徴説明
異型度低い
浸潤性増殖
予後比較的良好

DPAMであれば、治療により長期生存が期待できる可能性が高くなります。

腹膜粘液性癌腫症(PMCA)

これに対し、腹膜粘液性癌腫症(PMCA)は、より悪性度の高い病型となります。腫瘍細胞の異型度が高く、浸潤性増殖を示すことが多い点が特徴です。

  • 腫瘍細胞の異型度が高い
  • 浸潤性増殖を示すことが多い
  • 予後不良な傾向がある

PMCAの予後は一般的にDPAMと比べて不良であり、集学的治療が必要とされます。

病型による治療方針の違い

病型治療方針
DPAM粘液除去と原発巣切除が中心
PMCA集学的治療が必要

病型によって治療方針が異なってくるため、正確な診断が重要となります。

腹膜偽粘液腫の症状

腹膜偽粘液腫は、腹部にゼリー状の物質が蓄積し、腹部膨満や腹痛を引き起こす疾患です。

腹部の腫れや膨満感

腹腔内にゼリー状の粘液がたまることで、お腹が徐々に膨らんできます。このお腹の張りは、病気が進行するにつれてより目立ってきます。

症状概要
腹部の腫れ腹腔内の粘液蓄積による
腹部の膨満感腹部の腫れに伴う不快感

腹痛

粘液がお腹の中の臓器を圧迫し、腹痛が生じます。

腹痛の特徴

  • 鈍い痛み
  • 間欠的な痛み
  • 持続的な痛み

消化器症状

腹腔内の粘液が臓器を圧迫するため、消化器の症状が現れます。

症状概要
食欲不振腹部の不快感による
嘔気・嘔吐消化管の圧迫による

その他の症状

  • 体重増加
  • 全身倦怠感
  • 呼吸困難

腹膜偽粘液腫の原因

腹膜偽粘液腫は、主に虫垂に発生した粘液産生腫瘍が破裂し、その腫瘍細胞や粘液が腹腔内に広がって起こります。

虫垂原発の腹膜偽粘液腫

虫垂に発生した粘液嚢胞腺腫や粘液嚢胞腺癌といった腫瘍が成長し、虫垂の壁を突き破って腹腔内に粘液を漏らし、腹膜偽粘液腫を引き起します。

原因腫瘍頻度
粘液嚢胞腺腫約70%
粘液嚢胞腺癌約20%

卵巣原発の腹膜偽粘液腫

卵巣原発の腹膜偽粘液腫は、卵巣に発生した粘液性腫瘍が原因です。卵巣の粘液性腫瘍には、以下のようなものがあげられます。

  • 粘液性腺腫
  • 粘液性境界悪性腫瘍
  • 粘液性腺癌

これらの腫瘍が卵巣の表面を突き破り、腹腔内に粘液を漏出させて腹膜偽粘液腫を引き起こします。

原発巣不明の腹膜偽粘液腫

まれではありますが、原発巣が特定できない腹膜偽粘液腫のケースも存在します。

このような症例では、虫垂や卵巣に明らかな腫瘍が見られないにもかかわらず、腹膜偽粘液腫を発症します。

原発巣頻度
虫垂約70%
卵巣約25%
不明約5%

遺伝的要因の関与

最近の研究により、腹膜偽粘液腫の発症には遺伝的要因も関与していることが示唆されています。特定の遺伝子変異を持つ人では、腹膜偽粘液腫を発症するリスクが高くなる可能性があります。

腹膜偽粘液腫の検査・チェック方法

腹膜偽粘液腫の検査は、CTやMRIなどの画像診断に加え、腫瘍マーカー検査や腹腔穿刺による細胞診、病理組織検査などが行われます。

身体所見

腹部の膨満や腹水貯留を確認します。また、直腸診にて骨盤内の腫瘤を触知する場合もあります。

所見特徴
腹部膨満腹水貯留による
直腸診骨盤内腫瘤の触知

画像検査

腹部CT検査やMRI検査により、腹腔内の粘液貯留や腫瘤の存在を確認します。さらに、PET-CT検査にて腫瘍の活動性を評価する場合もあります。

検査目的
腹部CT腹腔内の粘液貯留や腫瘤の確認
腹部MRI腹腔内の粘液貯留や腫瘤の確認
PET-CT腫瘍の活動性評価

病理検査

確定診断のためには、腹水や腫瘤の病理検査が必要です。粘液産生上皮細胞や粘液の存在が確認されれば、腹膜偽粘液腫と診断されます。

検査目的
腹水細胞診粘液産生上皮細胞の確認
腫瘤生検腫瘍組織の病理学的評価

腹膜偽粘液腫の治療方法と治療薬について

腹膜偽粘液腫の治療では、手術療法と薬物療法を組み合わせるのが一般的です。ただし、2024年時点では、日本において腹膜偽粘液腫の治療に特化した病院は数少ないのが現状です。

手術療法

腹膜偽粘液腫の治療において、手術療法の目的は可能な限り腫瘍を取り除き、症状を緩和することにあります。

代表的な手術方法には、以下のようなものがあります。

手術方法概要
減量手術腫瘍を可能な限り切除し、腫瘍量を減らす
腹膜切除術腹膜を広範囲に切除し、腫瘍を取り除く

腹腔内温熱化学療法 (HIPEC)

手術中に腹腔内を温め、抗がん剤を直接投与して残存する微小な腫瘍細胞を死滅させます。

HIPECとは

手術中に腹腔内を約42℃に温め、抗がん剤を直接投与する治療法です。手術で取りきれなかった微小な腫瘍細胞を死滅させることを目的としています。

減量手術(CRS)と組み合わせて行われる場合が多く、CRSで肉眼的に見える腫瘍を切除した後、HIPECで残存する腫瘍細胞を攻撃します。

HIPECは腹腔内に直接抗がん剤を投与するため、全身への副作用が比較的少ないとされています。腹膜偽粘液腫の根治を目指す上で、非常に有効な治療法です。

薬物療法

手術療法と併用して、薬物療法を行う場合もあります。 薬物療法には以下のような種類があります。

  • 抗がん剤治療:シスプラチンやフルオロウラシルなどの抗がん剤を用いて、腫瘍の増殖を抑制する。
  • ホルモン療法:エストロゲン受容体陽性の腫瘍に対して、ホルモン療法を行う。
薬剤名作用機序
シスプラチンDNAに結合し、腫瘍細胞の増殖を抑制
フルオロウラシル腫瘍細胞のDNA合成を阻害

腹膜偽粘液腫の治療期間と予後

腹膜偽粘液腫の治療期間は、手術や化学療法の組み合わせにより数週間から数ヶ月に及びます。再発の可能性もあるため、長期的な経過観察が必要です。

腹膜偽粘液腫の治療期間

腹膜偽粘液腫の治療には、一般的に数ヶ月から数年の期間を要します。

治療期間の長さは、腫瘍の進行度や病期、患者の全身状態などによって異なり、進行した状態で発見されたり、再発を繰り返したりする際には長期にわたる治療が必要です。

病期治療期間の目安
I期3〜6ヶ月
II期6〜12ヶ月
III期1〜2年
IV期2年以上

腹膜偽粘液腫の予後に影響する要因

腹膜偽粘液腫の予後は、以下のような要因に影響されます。

  • 腫瘍の広がり(病期)
  • 原発巣の部位と組織型
  • 腫瘍減量手術の完全性
  • 患者の全身状態
  • 治療への反応性
予後良好な要因予後不良な要因
早期発見進行癌
低悪性度の組織型高悪性度の組織型
完全な腫瘍減量手術不完全な腫瘍減量手術
良好な全身状態不良な全身状態
治療への良好な反応治療抵抗性

腹膜偽粘液腫の予後

日本の厚生労働省の資料によると、腹膜偽粘液腫は5年生存率34〜67%、10年生存率21〜32%とその長期予後は不良であるとされていますが、近年の治療法の進歩により、海外では腹膜偽粘液腫の5年生存率は52〜96%程度まで向上しています。

Sugarbakerが開発した腹腔内の2.5mm 以上の全ての腫瘍を切除する完全減量切除(CRS)と2.5mm以下の残
存腫瘍を抗がん剤によって死滅させる周術期腹腔内化学療法(PIC)を組み合わせることにより、根治を目指すことが可能となり、良好な長期予後が海外の多くの施設から報告されている。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000059757.pdf

薬の副作用や治療のデメリットについて

腹膜偽粘液腫の治療における薬物療法や手術療法は、吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢などの消化器症状や、倦怠感、脱毛、感染症のリスク増加などの副作用、合併症のリスクが伴うことがあります。

手術療法の副作用とリスク

手術療法は腹膜偽粘液腫の根治を目指す上で重要な選択肢ですが、侵襲性が高いため、以下のような副作用やリスクがあります。

副作用・リスク説明
出血手術中の大量出血や術後の持続的な出血
感染手術部位の感染や敗血症などの全身感染

手術療法では、腫瘍の広がりに応じて、以下のような合併症が起こる可能性があります。

  • 腸管損傷や腸閉塞
  • 膀胱や尿管の損傷
  • 神経損傷による運動障害や感覚障害

化学療法の副作用とリスク

腹膜偽粘液腫に対する化学療法では抗がん剤の全身投与が行われますが、正常な細胞にも影響を与えるため、以下のような副作用が現れる場合があります。

副作用説明
骨髄抑制白血球、赤血球、血小板の減少
消化器症状悪心、嘔吐、下痢、食欲不振

また、化学療法では、アレルギー反応や腎機能障害、末梢神経障害などのリスクもあります。

腹腔内温熱化学療法(HIPEC)の副作用とリスク

腹腔内温熱化学療法(HIPEC)には、以下のような副作用やリスクが伴います。

  • 手術療法と同様の合併症リスク
  • 抗がん剤の腹腔内投与による局所的な副作用(腹痛、腹部膨満感など)
  • 温熱による熱傷や臓器損傷のリスク

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

腹膜偽粘液腫の治療は手術療法や薬物療法などがありますが、一部の高度な手術(HIPECなど)は先進医療として保険適用外となっています。

保険診療でカバーされるもの

  • 減量手術 (CRS): 腫瘍や腹膜の切除手術は、基本的に保険診療の対象となります。
  • 一部の薬物療法: 抗がん剤治療など、一部の薬物療法も保険適用となります。

保険適用外の可能性があるもの

  • 腹腔内温熱化学療法 (HIPEC): HIPECは、現時点では保険適用外の医療機関が多く、自由診療となる場合があります。その場合、治療費は全額自己負担となります。
  • 一部の薬物療法: 最新の抗がん剤など、一部の薬物療法は保険適用外となる場合があります。

治療費の目安

  • 減量手術 (CRS): 数十万円程度
  • HIPEC: 200万円~300万円程度(医療機関によって異なる)
  • 薬物療法: 数万円~数十万円程度(薬剤の種類や投与期間によって異なる)

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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