肛門周囲膿瘍

肛門周囲膿瘍(Perianal abscess)とは、肛門の周囲に形成される膿の溜まりを指します。

肛門周辺の皮下組織や肛門腺への細菌の侵入により発生し、初期段階では軽度の不快感や違和感を感じる程度ですが、進行すると痛みや腫れが顕著になります。

特に成人男性に多く見られ、重症化する可能性があるため早期発見と迅速な医療機関への受診が重要です。

目次

肛門周囲膿瘍の病型

肛門周囲膿瘍は、膿瘍の貯留部位により6つの病型に分類されます。

  1. 皮下膿瘍
  2. 粘膜下膿瘍
  3. 低位筋間膿瘍
  4. 高位筋間膿瘍
  5. 坐骨直腸窩膿瘍
  6. 骨盤直腸窩膿瘍

6つの病型とその特徴

肛門周囲膿瘍の6つの病型について、詳しく見ていきましょう。

皮下膿瘍

皮下膿瘍は、肛門周囲の皮膚直下に形成される最も表在性の膿瘍です。自身で最初に気づきやすい病型であり、早期発見と治療が比較的容易です。

粘膜下膿瘍

粘膜下膿瘍は、肛門管内の粘膜下に形成される膿瘍です。直腸診や内視鏡検査で確認される場合が多いです。

低位筋間膿瘍

低位筋間膿瘍は、内外括約筋間の下部に位置する膿瘍です。肛門管の下部から皮下に進展することがあります。

高位筋間膿瘍

内外括約筋間の上部に形成される膿瘍です。より深部に位置するため、診断に画像検査が必要となる場合があります。

坐骨直腸窩膿瘍

肛門挙筋の下方に位置する脂肪組織内に形成される膿瘍です。深部に位置するため、診断が難しいとされます。

骨盤直腸窩膿瘍

最も深部に位置する膿瘍で、肛門挙筋の上方に形成されます。診断には高度な画像検査が必要となる場合が多いです。

病型別の発生頻度と診断方法

病型発生頻度主な診断方法
皮下膿瘍最多視診、触診
粘膜下膿瘍やや少ない直腸診、内視鏡検査
低位筋間膿瘍比較的多い直腸診、超音波検査
高位筋間膿瘍中程度MRI、CT検査
坐骨直腸窩膿瘍やや少ないMRI、CT検査
骨盤直腸窩膿瘍最少MRI、CT検査

病型による臨床経過の違い

肛門周囲膿瘍の病型によって、臨床経過や合併症のリスクが異なります。一般的に、深部に位置する膿瘍ほど診断が困難で治療に時間がかかる傾向です。

各病型の一般的な臨床経過と注意点

病型一般的な臨床経過注意点
皮下膿瘍比較的早期に改善再発に注意
粘膜下膿瘍適切な処置で改善痔瘻形成に注意
低位筋間膿瘍やや時間を要する周囲への進展に注意
高位筋間膿瘍治療に時間がかかる深部への進展に注意
坐骨直腸窩膿瘍長期の治療が必要重症化のリスクあり
骨盤直腸窩膿瘍最も長期の治療を要する全身症状に注意

肛門周囲膿瘍の症状

肛門周囲膿瘍は痛みや腫れ、発熱などの症状を引き起こす可能性がある疾患です。

初期段階では軽度の不快感から始まり、進行すると激しい痛みや膿の排出などが見られることがあります。

症状特徴
痛み軽度の不快感から激痛まで
腫れ肛門周囲に見られる
発熱軽度から高熱まで
排膿膿瘍が成熟すると起こる可能性がある

肛門周囲の痛み

肛門周囲膿瘍の最も一般的な症状は肛門周囲の痛みで、軽度の不快感から始まり、次第に強くなっていきます。

座ったり歩いたりする際に痛みが増強する場合もあり、鈍痛から鋭い痛みまで様々です。

腫れと発赤

肛門周囲の腫れや発赤も、肛門周囲膿瘍の典型的な症状の一つです。

腫れは小さなしこりのような状態から始まり、次第に大きくなっていく場合があります。

症状特徴
腫れ小さなしこりから始まる
発赤腫れの周囲に見られる

発熱と倦怠感

肛門周囲膿瘍が進行すると、発熱や倦怠感、身体のだるさなどの全身症状が現れる場合があります。

排膿

膿瘍が成熟すると、自然に破裂して膿が排出されることがあります。

排膿は一時的に痛みを和らげる効果がありますが、適切な処置が必要です。膿の色や量は個人差があり、黄色や白色、時に血液が混じる場合もあります。

その他の症状

  • 肛門周囲の痒み
  • 排便時の痛み
  • 違和感や圧迫感
  • 悪臭を伴う分泌物

これらの症状は個人によって異なり、すべての症状が同時に現れるわけではありません。症状の程度や組み合わせは膿瘍の大きさや位置、進行度によって変わってきます。

肛門周囲膿瘍の症状は他の肛門疾患と似ているため、正確な診断には医療機関の受診が必要です。

早期発見・早期対応が望ましいですが、症状が軽度であっても長引く場合は専門医への相談を推奨します。

肛門周囲膿瘍の原因

肛門周囲膿瘍は、肛門周辺の軟部組織に膿が溜まる炎症性疾患であり、その主な原因として肛門腺の感染や外傷、基礎疾患などが挙げられます。

肛門腺の感染

肛門周囲膿瘍の最も一般的な原因は、肛門腺の感染です。

肛門腺は、肛門管内に存在する小さな腺組織で、粘液を分泌する役割を担っています。この腺が何らかの理由で閉塞し、細菌が増殖すると、炎症を引き起こして膿瘍形成に至る可能性があります。

肛門腺の感染は、便秘や下痢などの排便障害、衛生状態の悪さ、免疫機能の低下などが要因となります。

外傷による感染

肛門周囲の皮膚に傷がついたり、裂けたりすることで、細菌が侵入し感染を引き起こす可能性があります。

外傷の原因となり得る要因

  • 硬い便による肛門の損傷
  • 不適切な肛門清掃
  • スポーツや事故による直接的な外傷
  • 過度の擦れや摩擦

基礎疾患の影響

特定の基礎疾患が肛門周囲膿瘍のリスクを高める場合があります。

基礎疾患リスク要因
糖尿病免疫機能低下、血流障害
クローン病炎症性腸疾患による組織脆弱化
HIV感染症免疫機能の著しい低下

これらの疾患は、体の防御機能を低下させたり、組織の脆弱化を引き起こしたりすることで肛門周囲膿瘍の発症リスクを高める傾向にあります。

特に糖尿病患者では、高血糖状態の継続により免疫機能が低下し、感染症全般に対する抵抗力が弱まることが知られています。

その他の要因

肛門周囲膿瘍の発症には、上記以外にもさまざまな要因が関与する可能性があります。

要因説明
喫煙血流低下、免疫機能への悪影響
肥満過度の摩擦、衛生状態の悪化
ストレス免疫機能の低下
薬物使用免疫抑制作用

肛門周囲膿瘍の検査・チェック方法

肛門周囲膿瘍の検査は視診、触診、肛門エコーの3つが基本で、必要に応じてCT検査やMRI検査も行われます。

身体診察

視診では肛門周囲の発赤や腫脹の有無、程度を確認し、触診では膿瘍の位置や大きさ、硬さ、圧痛の有無などを評価します。

臨床診断

臨床診断では、以下のような手順で評価を進めていきます。

診断手順内容
問診症状の発症時期、経過、随伴症状などを聴取
視診肛門周囲の発赤、腫脹、排膿の有無を確認
触診膿瘍の位置、大きさ、硬さ、圧痛を評価
直腸指診直腸内の異常や痔瘻の有無を確認

これらの診察所見を総合的に判断し、肛門周囲膿瘍の可能性が高いと考えられる場合、さらなる検査へと進みます。

画像検査による確定診断

臨床診断で肛門周囲膿瘍が疑われる際は、画像検査を用いて確定診断を行います。

代表的な画像検査には以下のようなものがあります。

  • 経肛門的超音波検査
  • MRI(磁気共鳴画像)検査
  • CT(コンピュータ断層撮影)検査

これらの検査により、膿瘍の正確な位置や大きさ、周囲組織との関係を把握していきます。

特に経肛門的超音波検査はリアルタイムで膿瘍の状態を評価できる点で有用で、外来でも簡便に実施できる利点があります。

細菌学的検査

膿瘍内容物の細菌培養検査により起炎菌を同定し、適切な抗菌薬の選択に役立てることができます。

検査項目目的
グラム染色細菌の形態や染色性を迅速に確認
好気培養好気性菌の同定と薬剤感受性試験
嫌気培養嫌気性菌の同定と薬剤感受性試験

肛門周囲膿瘍の治療方法と治療薬について

肛門周囲膿瘍の治療は切開排膿術が基本となります。この手術により、膿を排出し、感染の拡大を防ぎます。

また、抗生物質の投与も重要な治療法の一つです。

切開排膿術

肛門周囲膿瘍の主な治療法は、切開排膿術です。手術は局所麻酔下で行われ、膿瘍部分を切開して膿を排出します。

切開により感染の原因となる膿を除去し、症状の改善を図ります。

抗生物質治療

抗生物質は、感染の拡大を防ぎ炎症を抑える効果があります。

一般的に、広域スペクトルの抗生物質が選択されるケースが多いです。

よく使用される抗生物質の例

抗生物質名主な特徴
セファゾリングラム陽性菌に効果的
メトロニダゾール嫌気性菌に効果的
シプロフロキサシン広範囲の細菌に効果的

術後の管理と処置

  • 定期的な創部の洗浄と消毒
  • ガーゼ交換による創部の保護
  • 適度な安静と排便コントロール
  • 痛みや腫れの経過観察

これらの管理を通じて、創部の早期治癒を促進します。

再発予防と生活指導

肛門周囲膿瘍は再発の可能性がある疾患です。そのため、治療後の生活指導も治療の一環として捉えられます。

主な指導内容

指導内容目的
適切な肛門衛生感染リスクの低減
食生活の改善便性状の調整
規則正しい排便習慣肛門への負担軽減

肛門周囲膿瘍の治療期間と予後

肛門周囲膿瘍の治療には通常1〜2週間程度かかりますが、完治までの期間や予後は個々の症例によって異なります。

治療期間の目安

肛門周囲膿瘍の治療期間は、一般的な目安として、切開排膿術後の回復には1〜2週間程度かかるケースが多いです。

ただし、複雑な症例や再発を繰り返すケースでは、より長期の治療が必要となる場合があります。

治療内容期間の目安
切開排膿術後の回復1〜2週間
抗生物質投与5〜7日間

治療期間中は医師の指示に従い、創部のケアと服薬の継続が大切です。

また、肛門周囲膿瘍は治療を受けても再発のリスクがあり、再発率はおおよそ10〜50%程度とされています。

再発リスク割合
低リスク群10〜20%
高リスク群30〜50%

再発を防ぐためには、日頃から肛門部の清潔を保ち、便秘や下痢を避けるなど生活習慣の改善が有効です。

治療後の生活と注意点

肛門周囲膿瘍の治療後は日常生活に大きな制限はありませんが、創部の完全な治癒までは、激しい運動や長時間の座位を避けましょう。また、シャワーなどで創部を清潔に保つことも大切です。

食事面では繊維質の摂取を心がけ、便通を整えるように心がけてください。

薬の副作用や治療のデメリットについて

肛門周囲膿瘍の切開排膿治療では、感染や麻酔合併症などのリスクがあります。また、抗生物質では薬剤の副作用として、下痢やアレルギー、薬剤耐性菌の発生リスクなどが挙げられます。

治療に伴う主な副作用

肛門周囲膿瘍の治療の主な副作用として、以下のようなものが挙げられます。

  • 痛みや不快感の増大
  • 出血
  • 感染のリスク増加
  • 抗生物質による消化器症状
  • 創傷治癒の遅延

手術に関連するリスク

リスク詳細
麻酔合併症呼吸抑制、アレルギー反応など
術後感染創部の二次感染、敗血症のリスクなど
解剖学的変化括約筋損傷、肛門変形のリスクなど
再発不完全な切除による再発の可能性

長期的な合併症とその影響

肛門周囲膿瘍の治療後、長期的な合併症が生じる可能性があります。

合併症影響
瘻孔形成排便機能の低下、衛生面の問題
括約筋機能障害便失禁、排便困難
慢性痛日常生活への支障、心理的ストレス
肛門狭窄排便困難、痛みの増加

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

肛門周囲膿瘍は健康保険が適用されるため、一般的には3割の負担で治療を受けることができます。

外来での切開排膿治療

外来での切開排膿にかかる治療費は医療機関によって異なりますが、おおよそ以下のような内訳となります。

項目費用
処置料1,500円~3,000円
薬剤費2,000円~5,000円
検査料3,000円~6,000円

症状の重症度や合併症の有無によっては、追加の処置や薬剤が必要となり費用が上昇する場合があります。

保険適用と自己負担

肛門周囲膿瘍の治療は通常健康保険の適用対象となり、患者さんの自己負担額は年齢や所得によって異なります。

70歳未満は3割、70歳以上は2割(一定以上の所得がある場合は3割)、75歳以上は1割(一定以上の所得がある場合は2割または3割)の負担となります。

治療後のフォローアップ費用

  • 診察料
  • 必要に応じて行われる検査(血液検査、画像診断など)
  • 処置料(ガーゼ交換など)
  • 薬剤費(軟膏、内服薬など)

症状の経過や医療機関によって異なりますが、1回の通院につき3,000円から10,000円程度が一般的です。

以上

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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