過敏性腸症候群(IBS)

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)とは、大腸の運動や知覚の働きに異常が生じ、お腹の痛みや不快感、便通の乱れなどの症状が慢性的に繰り返し起きてしまう機能性の疾患です。

20~40歳代の女性に多く、内視鏡などの検査で器質的な病気が見つからない場合でも、IBSに特徴的な症状(腹痛や便通異常、自律神経症状、精神症状など)が慢性的に繰り返される際にはこの病気の可能性が考えられます。

ストレスや食生活、腸内細菌のバランスの乱れなどが関係していると考えられていますが、正確な原因についてはまだ十分に分かっていないのが現状です。

目次

過敏性腸症候群(IBS)の病型

過敏性腸症候群は、Bristol(ブリストル)便形状尺度に基づき、便秘型、下痢型、混合型、分類不能型の4つの病型に分けられます。

Bristol便形状尺度に基づく分類

病型特徴
便秘型(IBS-C)硬く、兎糞状の便が多い
下痢型(IBS-D)水様または泥状の便が多い
混合型(IBS-M)便秘と下痢が交互に現れる
分類不能型(IBS-U)明確な症状パターンがない

この尺度では、便の形状を7段階に分類しており、1~2は便秘傾向、6~7は下痢傾向を示し、3~5は正常便とされています。

IBSでは、この尺度を用いて主な症状が判断されます。

便秘型(IBS-C)

IBS-Cは、硬くて排便が困難な便秘が主な症状となるタイプです。兎糞状の便が特徴的で、排便回数が少ないことが多く、腹部膨満感や腹痛を伴う場合もあります。

下痢型(IBS-D)

IBS-Dは、水様または泥状の下痢便が頻繁に見られるタイプです。急を要する便意や残便感を伴うのが特徴で、腹痛や腹部不快感を伴う場合が多いです。

混合型(IBS-M)

IBS-Mは、便秘と下痢が交互に現れるタイプで、症状が変動しやすいのが特徴です。

分類不能型(IBS-U)

IBS-Uは明確な症状パターンがなく、便秘と下痢のどちらにも分類できないタイプです。

過敏性腸症候群(IBS)の症状

過敏性腸症候群は、慢性的な消化器症状を引き起こす機能性消化管障害の一つであり、主に腹痛や腹部不快感、排便習慣の変化が特徴的な症状として現れます。

腹痛・腹部不快感

過敏性腸症候群の患者さんの多くに、下腹部を中心とした腹痛や腹部の不快感があらわれます。痛みは食事や排便によって和らぎ、ストレスによって悪化する傾向です。

腹痛の性質は鈍い痛みであるケースが多いですが、時には激しい痙攣を伴う痛みを感じる場合もあります。

腹痛の特徴説明
部位主に下腹部
性質鈍痛、時に痙攣痛
悪化要因ストレス
軽減要因食事、排便

排便習慣の変化

過敏性腸症候群では下痢や便秘、またはそれらが交互に現れる症状が特徴的です。

下痢型では頻繁な水様便や軟便、便意を我慢できない感覚を伴い、一方、便秘型では排便回数が減少し、硬い便や残便感を伴います。

また、排便時に粘液便や残便感、不完全な排便感がみられます。

腹部膨満感

腹部が張ったような症状も特徴的です。食事を摂ったり、特定の食品を食べたりすると悪化し、女性の場合は月経周期と関連している場合もあります。

腹部膨満感は、腸内にガスがたまったり、内臓の感覚が過敏になったりすることによって引き起こされると考えられています。

腹部膨満感を悪化させる要因
  • 特定の食品摂取
  • 月経周期(女性の場合)
  • 腸内ガスの貯留
  • 内臓知覚過敏

その他の消化器症状

その他の消化器症状説明
胸やけ胃酸の逆流による胸部の不快感
悪心・嘔吐吐き気や嘔吐を伴う
食欲不振食欲の低下を伴う

自律神経症状

  • 頭痛
  • 動悸
  • めまい など

精神症状

  • 不眠
  • 抑うつ
  • 意欲の低下 など

過敏性腸症候群(IBS)の原因

過敏性腸症候群(IBS)を引き起こす正確な原因については、現在も研究が進められている段階です。しかし、これまでの知見からいくつかの要因が関与していることがわかっています。

腸管運動の異常

IBSを抱える患者さんの多くは、腸管の運動が正常な人とは異なることが明らかになっています。この異常が腹痛や下痢、便秘などのIBSに特徴的な症状を引き起こしていると推測されています。

腸管運動の異常症状
運動亢進下痢、腹痛
運動低下便秘、腹部膨満感

腸内細菌叢の変化

IBSの患者さんの腸内では細菌叢のバランスが崩れているケースが多く、これが腸管の炎症や運動の異常を引き起こし、IBSの症状につながっている可能性があると考えられています。

脳腸相関の異常

  • 脳からの信号が腸管の機能に影響を与える
  • 腸管からの信号が脳の活動に影響を与える
  • ストレスが脳腸相関の異常を引き起こす

脳と腸管の間の相互作用の異常も原因として知られています。

ストレスをはじめとする心理的な要因が腸管の機能に影響を及ぼし、症状が悪化してしまう場合があります。

感染症の後遺症

感染性の胃腸炎にかかった後、一部の人がIBSを発症することが分かっています。

感染によって引き起こされた腸管の炎症や機能異常が、IBSの症状を持続させている可能性があります。

感染症IBSを発症する割合
サルモネラ属菌10-15%
カンピロバクター属菌5-10%

過敏性腸症候群(IBS)の検査・チェック方法

過敏性腸症候群(IBS)の診察や検査では、血液検査や便の検査、内視鏡検査などを行い器質的疾患の除外を行ったのち、ローマIV基準に基づいて診断を確定します。

症状と病歴の把握

おなかの痛みや下痢、便秘などの症状について、どのくらいの期間続いているのか、食事やストレスと関係があるのかなどをお聞きします。

また、これまでにかかった病気や家族の病歴、飲んでいるお薬についても確認します。

腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感、粘液便といった症状が慢性的または再発性でみられ、排便により症状が改善する場合はIBSを疑います。

身体診察

おなかを触ったり聴いたりして、痛みがないか、おなかの音が普通かどうかを確かめます。

また、直腸の中に異常がないか、便の状態はどうかを調べる場合もあります。

検査

血液検査や便の検査、内視鏡検査などを行い、炎症性の腸の病気や感染による腸炎、大腸がんなどの器質的な病気を除外します。

検査目的
血液検査炎症反応や貧血の有無を確認
便検査潜血や感染性腸炎の有無を確認
内視鏡検査大腸の器質的疾患を除外

確定診断

IBSの確定診断はローマIV基準に基づいて行われます。

ローマIV基準(2016年)

繰り返す腹痛が最近3カ月の中で平均して1週間につき少なくとも1日以上を占め、次の2項目以上の特徴を示す。

  1. 排便に関連する
  2. 排便頻度の変化に関連する
  3. 便形状(外観)の変化に関連する

少なくとも診断の6ヶ月以上前に症状が出現し、最近3ヶ月は基準を満たす。

過敏性腸症候群(IBS)の治療方法と治療薬について

過敏性腸症候群(IBS)の治療では、まず重大な疾患ではないと、患者さんの不安を取り除くのが最優先です。

生活指導や薬物療法、心療内科的治療を組み合わせ、症状やQOL改善を目指していきます。

食事療法と生活習慣の改善

食事の面では、刺激の強い食品の摂取を控えます。辛い食べ物やアルコール、カフェインなどは避けた方が賢明です。

加えて、規則正しい食生活を送り、ストレスを溜め込まないのも重要なポイントです。

食品群摂取方法
野菜症状に合わせて調整
乳製品控えめに
脂肪分控えめに

薬物療法

薬物療法に関しては、下痢や便秘の症状に対応して薬剤が処方されます。

下痢型のIBSには、ロペラミドなどの止瀉薬やポリカルボフィルカルシウムなどの整腸剤が用いられるのが一般的です。

便秘型のIBSには、マグネシウム製剤などの緩下剤が処方されます。

薬剤主な効果
ロペラミド下痢の改善
ポリカルボフィルカルシウム便通の調整
マグネシウム製剤便秘の改善

心身医学的アプローチ

IBSの症状は、ストレスなどの心理的な要因に左右されることが分かっています。したがって、心身医学的な観点からのアプローチも治療の選択肢の一つです。

具体的には、以下のような方法が挙げられます。

  • リラクゼーション法
  • 認知行動療法
  • 自律訓練法
  • 催眠療法
  • 絶食療法 など

過敏性腸症候群(IBS)の治療期間と予後

過敏性腸症候群の完治までにかかる期間には個人差がありますが、大半のケースでは数か月から数年を要します。

IBSは慢性的な疾患ではありますが、適切な治療と生活管理により多くのケースで症状をコントロールし、良好な生活が送れます。

治療期間の目安

軽症のケースでは、生活習慣の改善や食事療法、ストレス管理などで数か月以内に症状が改善する場合もあります。

反対に、重症のケースや長年の慢性的なストレスが背景にあるケースでは、治療に1年以上かかるケースもみられます。

重症度治療期間の目安
軽症数か月以内
中等症6か月~1年
重症1年以上

治療の継続の重要性

IBSの治療では、症状が改善してもすぐに治療を中断せず、一定期間の継続が大切です。治療を早期に中断してしまうと、症状が再燃するリスクが高まってしまいます。

治療のポイント

  • 症状が改善しても、すぐに治療を中断しない
  • 医師と相談しながら、徐々に治療を減らしていく
  • 再発予防のため、生活習慣の改善は継続する

再発のリスクと予防

IBSは、ストレスや生活習慣の乱れなどを契機に再発する可能性があります。

再発リスク因子予防策
ストレスストレス管理、リラクゼーション法の実践
不規則な食生活規則正しい食事、食事療法の継続
睡眠不足十分な睡眠時間の確保

再発を防ぐためには、ストレス管理、規則正しい食生活、十分な睡眠が欠かせません。治療終了後も、生活習慣改善の継続が大切です。

薬の副作用や治療のデメリットについて

過敏性腸症候群の治療に用いられる薬には、副作用やリスクが伴います。

抗コリン薬の副作用

抗コリン薬はIBSの症状緩和に効果的ですが、口渇、便秘、尿閉などの副作用を引き起こす可能性があります。高齢者や前立腺肥大症の方は特に注意が必要です。

副作用対処法
口渇水分補給を心がける
便秘食物繊維の摂取、適度な運動
尿閉医師に相談し、薬剤の調整

抗うつ薬・抗不安薬の副作用

IBSの治療で抗うつ薬や抗不安薬が処方されるケースもありますが、以下のような副作用の可能性があります。

  • 眠気
  • 口渇
  • 体重増加
  • 性機能障害

副作用の現れ方には個人差がありますが、気になる症状があれば医師に相談しましょう。

腸内細菌叢への影響

一部の薬は腸内細菌叢に影響を与え、症状を悪化させるリスクがあります。

薬剤腸内細菌叢への影響
抗菌薬善玉菌の減少
プロバイオティクス善玉菌の増加

長期的な薬物療法のリスク

IBSは慢性的な病気であり、長期的な薬物療法が必要になるケースも少なくありません。そのため、薬の長期的な副作用にも注意が必要です。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

過敏性腸症候群(IBS)の医療費は医療保険の対象となりますが、症状の重篤度や治療法によって大幅に異なります。

初診料・再診料の目安

診療内容費用目安
初診料3,000円~5,000円
再診料1,000円~2,000円

検査費の目安

過敏性腸症候群(IBS)の診断には血液検査や便検査、内視鏡検査などが実施されるケースがあり、これらの検査費用は数万円程度が一般的ですが、場合によっては10万円以上になることもあります。

処置費の目安

治療内容費用目安
薬物療法数千円~数万円
心理療法1回あたり5,000円~10,000円
食事療法栄養指導料として1回あたり1,000円~3,000円

以上

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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