出血性大腸炎(Hemorrhagic colitis)とは、大腸の粘膜下層や粘膜に出血と潰瘍を伴う炎症が発生する疾患です。
腹痛や下痢、血便などの症状が現れ、重症化した場合には貧血や脱水、電解質異常などの合併症を引き起こす可能性があります。
出血性大腸炎の原因には、感染症や虚血性大腸炎、炎症性腸疾患などが含まれます。
出血性大腸炎の病型
出血性大腸炎は、大きく分けて「薬剤性大腸炎」と「腸管出血性大腸炎」の2つの病型に分類されます。
薬剤性大腸炎(抗生物質起因出血性大腸炎)
薬剤性大腸炎は、抗生物質の副作用が原因で発症する病型です。
抗生物質 | 副作用 |
ペニシリン系 | 頻度が高い |
セフェム系 | 頻度が高い |
抗生物質の使用により腸内細菌叢のバランスが乱れ、大腸粘膜に炎症が生じて起こります。
腸管出血性大腸炎
腸管出血性大腸炎は、病原大腸菌への感染によって発症する病型です。
以下の病原大腸菌が主な原因となります。
- O157
- O26
- O111
これらの病原大腸菌が産生するベロ毒素が大腸粘膜を傷害し、炎症を引き起こします。
感染経路 | 頻度 |
食品 | 高い |
人から人 | 低い |
病型による臨床像の違い
薬剤性大腸炎と腸管出血性大腸炎では、臨床像に違いがあります。
薬剤性大腸炎は、抗生物質の使用開始から数日から数週間で発症し、比較的軽症となるケースが多いです。それに対し、腸管出血性大腸炎は急激な発症が特徴で、重症化するリスクが高いとされています。
出血性大腸炎の症状
出血性大腸炎で最も特徴的な症状は激しい腹痛と血便ですが、他にも下痢や腹部膨満感、全身症状など様々な症状が現れる可能性があります。
激しい腹痛
主に下腹部に激しい腹痛が生じ、けいれんするような強い痛みを感じます。
痛みの種類 | 特徴 |
痙攣痛 | 腹部が収縮するような痛み |
持続痛 | 一定の痛みが続く |
血便
鮮血や血液が混ざったものが多く見られ、大量の出血を伴う場合もあります。血便の色は出血の程度によって異なり、鮮やかな赤から暗褐色まで様々です。
- 鮮血便:明るい赤色の血液が混ざった便
- 血性下痢:血液と下痢便が混ざったもの
- 暗色便:消化された血液が混ざり、黒っぽい便となる
その他の消化器症状
激しい腹痛と血便以外にも、出血性大腸炎では次のような消化器症状が現れる可能性があります。
症状 | 説明 |
下痢 | 水様性の便が頻回にみられる |
腹部膨満感 | お腹が張った感じがする |
嘔気・嘔吐 | 吐き気がしたり、嘔吐したりする |
これらの症状は、出血性大腸炎の炎症が腸管に広がることで起こるものと考えられています。
全身症状
出血性大腸炎が重症化すると発熱や衰弱といった全身症状を伴い、特に大量出血が起こった場合は、貧血により顔色が青白くなる、動悸やめまいなどの症状などがみられます。
重症例ではショック状態に陥る危険性もあるため、注意が必要です。
出血性大腸炎の原因
出血性大腸炎は、大腸菌O157などのベロ毒素産生性大腸菌による感染が主な原因です。
病原性大腸菌の感染経路
病原性大腸菌は、主に以下のような経路で感染します。
- 汚染された食品や水の摂取
- 感染者との接触
- 感染動物との接触
特に、生や加熱不十分な食肉、非殺菌乳、汚染された野菜などからの感染リスクが高いです。
感染源 | リスク |
生や加熱不十分な食肉 | 高い |
非殺菌乳 | 高い |
汚染された野菜 | 高い |
感染者との接触 | 中程度 |
病原性大腸菌の腸管への定着
感染した病原性大腸菌は、腸管粘膜に定着し増殖します。
大腸菌O157などの一部の株は、以下の特徴を持っています。
- 志賀毒素の産生
- 腸管粘膜への強い接着性
これらの特性により、腸管への定着と炎症の誘発が促進されます。
志賀毒素による組織障害
病原性大腸菌が産生する志賀毒素は、以下のような作用により腸管組織の障害を引き起こします。
志賀毒素の作用 | 引き起こされる変化 |
腸管上皮細胞への直接的な障害 | 出血性の炎症 |
血管内皮細胞の障害 | 微小血栓の形成 |
炎症性サイトカインの誘導 | 炎症反応の増幅 |
こうした組織障害により出血性の炎症性変化が生じ、出血性大腸炎の症状が引き起こされます。
免疫応答と炎症の増幅
志賀毒素による組織障害に加え、病原性大腸菌に対する宿主の免疫応答も炎症を増幅させる要因です。
炎症性サイトカインの産生や好中球の浸潤などにより炎症反応が促進され、腸管組織の損傷がさらに進行する場合があります。
出血性大腸炎の検査・チェック方法
出血性大腸炎は、主に便培養検査でベロ毒素産生性大腸菌の有無を調べることで診断します。
身体所見
下痢や血便の有無、発症時期、持続期間、腹痛の有無や部位、発熱の有無などを確認します。また、腹部の視診・触診・聴診による、圧痛や腹膜刺激症状の有無の評価も必要です。
病歴聴取項目 | 身体所見項目 |
下痢・血便の有無 | 腹部の視診・触診・聴診 |
発症時期・持続期間 | 圧痛・腹膜刺激症状の有無 |
便培養検査
出血性大腸炎の原因菌を同定するために、便培養検査を行います。 特に、腸管出血性大腸菌O157などの病原性大腸菌の検出を目的として行われます。
※複数回の検査が必要な場合もあります。
内視鏡検査
大腸内視鏡検査の特徴的な所見として以下のようなものがあります。
内視鏡所見 | 病理組織学的所見 |
粘膜の発赤、浮腫、びらん、潰瘍 | 粘膜の炎症性変化 |
偽膜形成 | 粘膜上皮の壊死、脱落 |
出血斑 | 粘膜下層の出血、浮腫 |
内視鏡検査では病変部位の生検も行われ、病理組織学的検査に提出されます。
画像検査
腹部CT検査や腹部超音波検査は、出血性大腸炎の診断に補助的に用いられます。腸管壁の肥厚や周囲脂肪織の濃度上昇、リンパ節腫大などの所見が認められる場合があります。
ただし、これらの所見は非特異的であり、確定診断には至りません。
出血性大腸炎の治療方法と治療薬について
出血性大腸炎の治療は、安静、水分補給、電解質補給などの対症療法が基本で、抗菌薬の使用は慎重に判断されます。
抗菌薬治療
出血性大腸炎の原因となる病原性大腸菌O157:H7などに対して、ニューキノロン系やマクロライド系の抗菌薬を使用します。
ただし抗菌薬の使用には慎重を期す必要があり、症状が重篤な患者さんに限定して投与が検討されます。
抗菌薬 | 特徴 |
ニューキノロン系 | 大腸菌に対する抗菌力が強い |
マクロライド系 | 腸管運動を抑制する作用がある |
対症療法
下痢や腹痛などの症状に対する対症療法を行います。整腸剤や止瀉薬、鎮痛薬などが処方されるほか、脱水に対する輸液治療も大切です。
薬剤 | 目的 |
整腸剤 | 腸内細菌叢を整える |
止瀉薬 | 下痢を抑える |
鎮痛薬 | 腹痛を和らげる |
食事療法
出血性大腸炎の急性期には、腸管の安静を図るため絶食が必要です。症状の改善に伴い、徐々に食事を再開していきます。
再開後は以下のような食事内容が望ましいとされています。
- 消化のよい食品を選ぶ
- 脂肪分の多い食品は控える
- 刺激物は避ける
- 食物繊維は徐々に増やしていく
出血性大腸炎の治療期間と予後
出血性大腸炎の治療期間は症状の重症度によって異なり、軽症例では数日から1週間程度で治癒する場合が多いですが、重症例では入院治療を要することもあります。治療を行えば、大半の患者さんは後遺症なく回復します。
溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併した際は、集中治療が必要となる可能性があります。
重症度 | 治療期間 | 予後 |
軽症 | 1〜2週間 | 良好 |
中等症 | 2週間〜1ヶ月 | 概ね良好 |
重症 | 1ヶ月以上 | 症例による |
軽症例の治療期間と予後
軽症のケースでは、治療により1週間から2週間ほどで症状は良くなり、予後は良好です。再発する危険性は低く、長期的な見通しも明るいことが多いです。
軽症例の治療 | 期間 |
抗菌薬投与 | 1週間程度 |
安静・食事療法 | 1〜2週間 |
中等症例の治療期間と予後
中等症のケースでは、治療にかかる期間は2週間から1ヶ月ほどと、軽症のケースよりも長くなります。入院しての治療が必要となるケースもあり、より強力な抗菌薬の投与や点滴などが必要です。
合併症の危険性も高まるため、注意深く経過を見守る必要があります。
重症例の治療期間と予後
重症のケースでは、治療にかかる期間は1ヶ月以上と長引く場合があります。集中治療室でのケアが必要となり、合併症の危険性も高いです。
手術が必要となる場合もあり、予後はケースによって大きく変わってきます。再発の危険性も高く、長期にわたって経過を見守る必要があります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
出血性大腸炎の治療における抗菌薬の使用は、菌の崩壊によるベロ毒素の放出を促し、症状を悪化させる可能性があるため、慎重な判断が必要です。
抗菌薬治療の副作用
出血性大腸炎の治療では、原因となる病原体を排除するために抗菌薬が使用されますが、抗菌薬の使用には副作用のリスクが伴います。
下痢、悪心、嘔吐、腹部不快感などの消化器症状や、アレルギー反応、肝機能障害、腎機能障害などが生じることがあります。
抗菌薬 | 主な副作用 |
フルオロキノロン系 | 腱断裂、QT延長、中枢神経系症状 |
セファロスポリン系 | アレルギー反応、偽膜性大腸炎 |
また、抗菌薬によって大腸菌が破壊されるとベロ毒素が大量に放出され、HUSのリスクが高まるとされています。
HUSは重篤な合併症で、溶血性貧血、腎不全、血小板減少などを引き起こす可能性があります。
外科的治療のリスク
重症例や合併症を伴う際は外科的治療が必要となることがあり、手術には感染、出血、創傷治癒遅延などのリスクが伴います。
免疫抑制療法の副作用
重症例で使用されるステロイドや免疫抑制剤は、感染症のリスクを増大させたり、骨粗鬆症、糖尿病、高血圧などの副作用を引き起こす可能性があります。
免疫抑制剤 | 主な副作用 |
ステロイド | 感染症、骨粗鬆症、糖尿病 |
アザチオプリン | 骨髄抑制、感染症、肝機能障害 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
出血性大腸炎の治療費は、健康保険が適用されます。治療費は症状や入院の有無によって異なりますが、高額療養費制度の利用によって自己負担額を抑えられます。
検査費の目安
出血性大腸炎の診断に必要な検査には、血液検査、便検査、内視鏡検査などがあります。これらの検査費用は、それぞれ数千円から数万円の範囲で変動します。
処置費の目安
点滴や注射、内視鏡的処置などの処置費は種類や回数によって大きく異なりますが、数万円から数十万円が目安です。
処置の種類 | 費用の目安 |
点滴 | 数千円~数万円 |
注射 | 数千円~数万円 |
内視鏡的処置 | 数万円~数十万円 |
入院費
重症の出血性大腸炎では、入院治療が必要となる場合があります。 入院費は入院期間や病室の種類によって異なりますが、1日あたり1万円~3万円程度が目安です。
以上
参考文献
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