消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN、消化管カルチノイド)(Gastrointestinal Neuroendocrine Neoplasm)とは、消化管の壁に存在する神経内分泌細胞から生じる珍しい腫瘍を指します。
この腫瘍は体内でホルモンや他の生理活性物質を作り出す特性があり、それによって様々な体調の変化を引き起こします。
発生する場所は胃や小腸、大腸といった消化管全体に及ぶ可能性があり、通常はゆっくりと成長しますが、早い段階で見つけて対処することが大切です。
消化管神経内分泌腫瘍の病型
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN)は、分化度、増殖能、発生部位に基づいて分類されています。
WHO分類(2019)
WHO分類(2019)では、消化管NENを分化度と増殖能に基づいて2つの主要なカテゴリーに区分しています。
- 高分化型の神経内分泌腫瘍(NET)
- 低分化型の神経内分泌癌(NEC)
NETは、さらにG1、G2、G3の3つのグレードに細分化されます。
分類 | 特徴 |
NET G1 | 高分化型、低増殖能 |
NET G2 | 高分化型、中等度増殖能 |
NET G3 | 高分化型、高増殖能 |
NEC | 低分化型、高増殖能 |
各グレードの判定にはKi-67指数や核分裂像数などの指標が活用され、腫瘍の増殖能を評価する際に必要不可欠なものとされます。
解剖学的発生部位による分類
消化管NENは発生部位によっても特徴が異なり、解剖学的発生部位に基づいて前腸型、中腸型、後腸型の3つに大別されます。
- 前腸型:食道、胃、十二指腸、膵臓
- 中腸型:空腸、回腸、虫垂
- 後腸型:S状結腸、直腸
各型によって、腫瘍の性質や予後は異なります。
機能性による分類
消化管NENは、ホルモンやペプチドの産生能によっても分類されています。
機能性腫瘍と非機能性腫瘍に大別され、機能性腫瘍はさらに産生するホルモンの種類によって細分化されます。
代表的な機能性消化管NENと産生物質
腫瘍型 | 主な産生物質 |
カルチノイド | セロトニン |
インスリノーマ | インスリン |
ガストリノーマ | ガストリン |
グルカゴノーマ | グルカゴン |
消化管神経内分泌腫瘍の症状
消化管神経内分泌腫瘍の症状は腫瘍の種類や発生部位によって異なり、機能性腫瘍ではホルモン過剰による症状(低血糖、消化性潰瘍、下痢など)が現れ、非機能性腫瘍では腫瘍の増大による症状(腹痛、腹部腫瘤など)が現れます。
静かに進行する初期段階
消化管神経内分泌腫瘍は、初期には無症状の場合が多いです。そのため、定期的な健康診断や検査が早期発見につながります。
腫瘍の成長に伴い、様々な症状が現れ始めます。
発生部位により異なる症状
発生部位 | 主な症状 |
胃 | 腹痛、吐き気、嘔吐 |
小腸 | 腹痛、下痢、腸閉塞 |
大腸 | 便秘、血便、腹痛 |
直腸 | 排便困難、血便 |
特徴的なカルチノイド症候群
腫瘍の進行に伴い、カルチノイド症候群と呼ばれる特徴的な症状が出現することがあります。
主な症状
- 顔面紅潮
- 下痢
- 喘息様発作
- 心臓弁膜症
全身に及ぶ非特異的症状
腫瘍の進行により、以下のような非特異的な全身症状が現れるケースもあります。
症状 | 説明 |
倦怠感 | 全身のだるさや疲れやすさ |
体重減少 | 原因不明の急激な体重減少 |
発熱 | 持続的または断続的な微熱 |
即座の医療介入が必要な症状
まれに、腫瘍による腸閉塞や出血など、緊急処置を要する状況が発生する場合があります。急激な腹痛や大量の血便などの症状がある際は、速やかに医療機関を受診するようにしてください。
消化管神経内分泌腫瘍の原因
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN)の原因は現在のところ不明ですが、遺伝的要因や環境要因が関与している可能性があり、一部の症例では遺伝性腫瘍症候群との関連も報告されています。
遺伝的要因の影響
特定の遺伝子変異によって、消化管NENの発生リスクが高まる可能性が指摘されています。
遺伝性症候群 | 関連する遺伝子 |
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1) | MEN1遺伝子 |
フォンヒッペル・リンドウ病 | VHL遺伝子 |
これらの遺伝性症候群を持つ方は、消化管NENを含む複数の内分泌腫瘍を発症するリスクが上昇します。
環境要因の影響
環境要因も消化管NENの発症に関わる可能性があります。
- 喫煙
- アルコール摂取
- 食生活の偏り
- 慢性的な炎症性腸疾患
細胞レベルでの変化
消化管NENは、消化管の神経内分泌細胞から発生します。正常な細胞が腫瘍細胞に変化する過程では、遺伝子の変異や染色体の異常が関与することが分かっています。
変異の種類 | 影響 |
癌遺伝子の活性化 | 細胞増殖の促進 |
がん抑制遺伝子の不活性化 | 細胞死の抑制 |
年齢と性別の影響
消化管NENの発症リスクは、年齢とともに上昇する傾向にあります。多くのケースで50歳以上で診断されますが、若年者でも発症する場合があります。
性別による発症リスクの差は、腫瘍の部位によって異なります。例えば、直腸のNENは男性に多い傾向がありますが、小腸のNENでは性差はあまり見られません。
他の疾患との関連
一部の消化管NENは、他の消化器疾患と関連して発生する場合があります。例えば、萎縮性胃炎を持つ方では、胃のNENのリスクが高まる可能性があります。
消化管神経内分泌腫瘍の検査・チェック方法
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN)の診断では、血液検査、尿検査、画像検査(CT、MRI、超音波検査など)、内視鏡検査、病理検査などを組み合わせて行い、腫瘍の有無、発生部位、大きさ、悪性度などを総合的に評価します。
臨床症状と病歴聴取
消化管NENの典型的な症状は以下のとおりです。
- 腹痛
- 下痢
- 便秘
- 吐き気・嘔吐
- 体重減少
- 顔面紅潮
これらの症状は非特異的である場合が多いため、詳細な病歴を聴取し、症状の持続期間や進行の様子を評価していきます。
画像診断
消化管NENの検出と局在診断には、以下の画像検査が用いられます。
検査方法 | 特徴 |
CT検査 | 腫瘍の大きさや転移の有無を評価 |
MRI検査 | 軟部組織の詳細な評価が可能 |
内視鏡検査 | 直接的な腫瘍の観察と生検が可能 |
超音波内視鏡 | 消化管壁内の小さな腫瘍の検出に有効 |
これらの画像検査を組み合わせ、腫瘍の正確な位置や大きさ、周囲組織への浸潤の有無を評価します。
生化学的検査
消化管NENは、様々なホルモンやペプチドを産生する場合があります。そのため、血液や尿中のこれらの物質を測定する生化学的検査が診断には重要です。
検査項目 | 意義 |
クロモグラニンA | NENのマーカーとして広く使用 |
5-HIAA | セロトニン産生腫獼の指標 |
ガストリン | ガストリノーマの診断に有用 |
インスリン | インスリノーマの診断に使用 |
これらの検査結果は、腫瘍の機能性の評価や治療効果のモニタリングにも利用されます。
病理診断
消化管NENの確定診断には、病理学的検査が決定的となります。内視鏡下生検や手術時の組織採取により得られた検体を用いて、以下の点を評価します。
- 腫瘍細胞の形態学的特徴
- 免疫組織化学染色によるクロモグラニンAやシナプトフィジンの発現
- Ki-67指数による増殖能の評価
- WHO分類に基づく腫瘍グレードの判定
病理診断により、腫瘍の悪性度や分化度が判定され、治療方針を決定していきます。
消化管神経内分泌腫瘍の治療方法と治療薬について
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN)の治療は、手術、内視鏡的治療、薬物療法(ソマトスタチンアナログ、分子標的薬、抗がん剤など)、放射線療法などを組み合わせて行います。
外科的治療
外科的切除は、局所的な消化管NENに対する主要な治療法です。腫瘍の完全な除去を目標とし、周囲のリンパ節も含めて切除するケースが多くなっています。
薬物療法
進行した消化管NENには、以下の薬物療法が選択されます。
- ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド、ランレオチドなど)
- 分子標的薬(エベロリムス、スニチニブなど)
- インターフェロン
これらの薬剤は、腫瘍の増殖を抑制する効果があります。
放射線療法
放射線療法は、転移巣の症状緩和や局所制御に活用されます。特に、骨転移による痛みの軽減に効果的とされています。
肝転移への対応
以下の治療法が状況に応じて選択されます。
治療法 | 適応条件 |
肝切除 | 転移が限局している場合 |
肝動脈塞栓術 | 転移が多発している場合 |
ラジオ波焼灼療法 | 転移巣が小さい場合 |
ホルモン症状への対策
カルチノイド症候群などのホルモン症状に対しては、症状の軽減が治療の焦点となります。
症状 | 対応策 |
下痢 | ソマトスタチンアナログ、吐き気止め |
皮膚の赤み | ソマトスタチンアナログ、抗ヒスタミン薬 |
呼吸困難 | 気管支を広げる薬、ステロイド |
消化管神経内分泌腫瘍の治療期間と予後
消化管神経内分泌腫瘍の治療期間と予後は、腫瘍の種類、発生部位、悪性度、ホルモン産生の有無、治療法などによって大きく異なります。
治療期間
消化管NENが早い段階で見つかった際は、内視鏡や手術で腫瘍を取り除くことで完治できる場合があり、治療期間は比較的短くなります。
一方、進行したステージでは、長い期間の治療が必要です。
ステージ別の5年生存率
消化管NENのステージによって、予後は大きく変わります。
ステージ | 5年生存率 |
I | 90-100% |
II | 70-90% |
III | 50-70% |
IV | 30-50% |
これらの数値は一般的な目安であり、個々の症例によって変わる点に注意が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN、消化管カルチノイド)の薬物療法では、ソマトスタチンアナログによる消化器症状(下痢、吐き気、腹痛など)、分子標的薬による皮膚症状(発疹、そう痒感など)や高血糖、抗がん剤による骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少など)などの副作用が現れる可能性があります。
また、手術や内視鏡的治療では、出血、感染症、臓器損傷などの合併症のリスクがあります。
手術療法の副作用とリスク
腹腔鏡手術や開腹手術などの侵襲的な処置では、感染症や出血のリスクがあります。加えて、手術部位によっては、消化管の機能障害や吸収不良が起こる可能性があります。
副作用・リスク | 説明 |
感染症 | 手術部位や体内での細菌感染 |
出血 | 手術中や術後の異常出血 |
消化管機能障害 | 消化や吸収の問題が発生 |
癒着 | 腹腔内の組織が互いにくっつく |
薬物療法の副作用
消化管NENの治療には、ソマトスタチンアナログやmTOR阻害剤などの薬物療法も用いられます。ソマトスタチンアナログの使用では、以下のような副作用が報告されています。
- 注射部位の痛みや発赤
- 消化器症状(下痢、腹痛、吐き気)
- 胆石形成
- 血糖値の変動
mTOR阻害剤の場合、免疫機能の低下による感染リスクの上昇や、口内炎、発疹などの副作用が見られることがあります。
放射線療法のリスク
放射線療法は、腫瘍の縮小や症状緩和に効果がありますが、周囲の正常組織にも影響を与えます。
短期的な副作用 | 長期的な副作用 |
皮膚の炎症 | 線維化 |
疲労感 | 二次がんのリスク |
吐き気 | 臓器機能の低下 |
※放射線療法の副作用は、照射部位や線量によって異なります。
肝動脈塞栓療法(TAE)と肝動脈化学塞栓療法(TACE)のリスク
肝転移を伴う消化管NENの治療では、TAEやTACEが選択肢となります。これらの治療法は効果的ですが、以下のようなリスクがあります。
- 発熱や腹痛などの塞栓後症候群
- 肝機能の一時的な悪化
- まれに肝不全や胆嚢炎
これらの副作用は一時的なものが多いですが、患者の状態によっては重篤化する場合もあります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
消化管神経内分泌腫瘍(消化管NEN、消化管カルチノイド)の検査や治療は、基本的に健康保険が適用されます。
治療費は腫瘍の種類、発生部位、悪性度、治療法、入院期間などによって異なり、高額療養費制度の利用が可能です。
検査費用
代表的な検査項目の概算費用は以下の通りです。
検査項目 | 概算費用 |
CT検査 | 1万円~ |
MRI検査 | 2万円~ |
内視鏡検査 | 1.5万円~ |
血液検査 | 5千円~ |
治療費用
治療方法によって費用は大きく変わります。手術療法を選択した際の概算は次の通りです。
治療法 | 概算費用 |
内視鏡的切除 | 20万円~ |
開腹手術 | 50万円~ |
腹腔鏡手術 | 60万円~ |
入院費用
入院費用は、医療機関や入院期間によって異なりますが、1日あたり1~3万円程度です。
以上
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