痔瘻(じろう, Anal fistula)とは、肛門や直腸の周辺に膿がたまり、その膿が皮膚を通じて排出されるようになった状態を指します。
主に肛門腺の感染や炎症が原因で起こり、持続的な不快感や痛みに悩まされます。
膿と皮膚とをつなぐ通路を「トンネル」と呼び、膿が溜まっているけれども皮膚の内側にとどまっているものは「肛門周囲膿瘍(のうよう)」で、痔瘻の一歩手前の状態です。
日常生活に支障をきたす可能性があるため、症状に気づいたら早めに医療機関を受診するようにしましょう。
痔瘻(じろう)の病型
痔瘻(じろう)は瘻管の走行や深さによって主に4つに分類されます。
病型 | 一般的な特徴 | 診断上の留意点 |
粘膜下(Ⅰ) | 浅い瘻管、単純な経路 | 内外口の近接性確認 |
筋間(Ⅱ) | 括約筋間の走行 | 筋層への影響評価 |
坐骨直腸窩(Ⅲ) | 外括約筋貫通、深い瘻管 | 複雑な分岐の有無確認 |
骨盤直腸窩(Ⅳ) | 最深部到達、多分岐の可能性 | 広範囲の画像診断が必要 |
粘膜下痔瘻(Ⅰ型)
粘膜下痔瘻は、最も浅い層に位置する病型です。瘻管は肛門管の粘膜下組織内を走行し、内口と外口が比較的近い位置に形成されます。
粘膜下痔瘻は他の病型と比較して比較的単純な構造を持つことが多いです。
筋間痔瘻(Ⅱ型)
筋間痔瘻は内外括約筋の間を走行する瘻管を特徴とします。この病型では瘻管が肛門括約筋を貫通することなく、筋肉の層に沿って進展します。
粘膜下痔瘻よりもやや複雑な経路を取るのが特徴です。
坐骨直腸窩痔瘻(Ⅲ型)
坐骨直腸窩痔瘻はより深部に位置する病型で、外括約筋を貫通して坐骨直腸窩に痔瘻が達します。
複雑な経路を取ることが多く、診断や治療に高度な技術を要します。
骨盤直腸窩痔瘻(Ⅳ型)
最も深部に達する病型が骨盤直腸窩痔瘻で、骨盤直腸窩まで痔瘻が到達し、複数の枝分かれを持つこともあります。
4つの病型の中では最も複雑な構造です。
痔瘻(じろう)の症状
痔瘻(じろう)の主な症状は、肛門周囲の痛みや腫れ、排膿などです。
痔瘻の代表的な症状
痔瘻の代表的な症状は肛門周囲の痛みや違和感で、歩行時や座位時に特に症状が顕著になります。
また、肛門周囲の腫れや硬結(こうけつ)も一般的な症状の一つで、日常生活に支障をきたす場合があります。
排膿と関連症状
肛門周囲からの排膿は間欠的に起こるケースが多く、量や性状も様々です。
排膿に伴い不快な臭いを感じる場合もあり、排膿の前後で一時的に症状が軽減するのが特徴です。
排膿の特徴 | 説明 |
頻度 | 間欠的 |
量 | 様々 |
性状 | 膿性、血性など |
臭い | 不快臭を伴う |
全身症状と随伴症状
痔瘻に伴い、発熱や倦怠感といった全身症状が現れる場合もあります。
また、排便時の痛みや出血などの随伴症状も見られ、患者さんの体調や日常生活に影響を与えます。
症状の進行と変化
痔瘻の症状は、初期段階では軽微な違和感程度であっても徐々に症状が悪化します。
症状が一時的に改善する場合もあるのが特徴ですが、完治を意味するものではありません。
症状の経過 | 特徴 |
初期 | 軽微な違和感 |
進行 | 痛みや腫れの増強 |
変動 | 一時的な改善と悪化 |
慢性化 | 長期間の症状持続 |
生活への影響
- 座位での作業が困難になる
- 運動や激しい動作に支障が出る
- 睡眠の質が低下する
- 衛生管理に気を使う
- 社会生活に影響が出る
痔瘻の症状は患者さんの生活の質を著しく低下させる可能性があるため、症状に気づいた際には早めに医療機関を受診することが大切です。
痔瘻(じろう)の原因
痔瘻(じろう)は下痢や便秘、肛門周囲膿瘍などが原因で肛門周辺に細菌が侵入し、膿がたまり皮膚を通じて排出されるようになる病気です。
痔瘻の主要な原因
痔瘻の最も一般的な原因は、肛門腺の感染と炎症です。
肛門腺は肛門管内に存在する小さな腺組織で、通常は肛門の潤滑に寄与していますが、この腺が何らかの理由で閉塞し感染すると膿瘍を形成する場合があります。
膿瘍が破裂すると肛門周囲の皮膚に開口部を形成し、痔瘻となることがあります。
痔瘻の発生メカニズム
段階 | 発生過程 |
1 | 肛門腺の閉塞 |
2 | 細菌の増殖と感染 |
3 | 膿瘍の形成 |
4 | 膿瘍の破裂 |
5 | 瘻管の形成 |
痔瘻の発生リスクを高める要因
- クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患
- 慢性便秘や下痢
- 肛門周囲の外傷
- 免疫機能の低下
- 不適切な肛門衛生
痔瘻の原因となる感染源
痔瘻の原因となる感染源は、主に腸内細菌です。
痔瘻の原因として頻繁に検出される細菌の例
細菌の種類 | 特徴 |
大腸菌 | 腸内常在菌 |
エンテロコッカス | グラム陽性球菌 |
バクテロイデス | 嫌気性菌 |
ストレプトコッカス | 連鎖球菌 |
これらの細菌は通常、腸内に存在していますが、肛門腺に侵入すると感染を引き起こす場合があります。
感染が慢性化すると痔瘻の形成につながる重要な要因となるため、痔瘻の予防や管理においては、肛門衛生の維持と早期の感染症状への対応が大切です。
痔瘻(じろう)の検査・チェック方法
痔瘻(じろう)の検査は、問診、視診、指診、双指診、肛門鏡診などを組み合わせた診察で行われ、必要に応じてMRI検査やCT検査も行われます。
視診と触診による初期評価
初期評価として、痔瘻の存在や進行度合いについて確認します。
確認するポイント
- 肛門周囲の皮膚
- 瘻孔の開口部や炎症の兆候
- 肛門周囲の硬結や圧痛の有無
瘻孔の評価
瘻孔の走行や深さを調べるため、専用のプローブを使用して詳細な検査を行います。
この検査により瘻孔の複雑さや内部の状態を詳しく把握して、痔瘻の分類や治療方針を決定します。
検査方法 | 目的 |
視診 | 外部開口部の確認 |
触診 | 硬結や圧痛の評価 |
プローブ検査 | 瘻孔の走行確認 |
画像診断
より詳細な診断のため、画像検査が実施される場合もあります。
MRI検査は軟部組織の描出に優れており、瘻孔の走行や膿瘍の位置を正確に把握できます。また、超音波検査も瘻孔の構造や周囲の組織の状態を評価するのに有用です。
痔瘻(じろう)の治療方法と治療薬について
痔瘻の治療には手術療法と薬物療法があり、症状の程度や状態に応じて選択されます。
治療法 | メリット | デメリット |
手術療法 | 根治的な治療が可能 | 一時的な痛みや不快感 |
薬物療法 | 症状の緩和や感染制御 | 完治までに時間がかかる |
保存的治療 | 低侵襲で負担が少ない | 完治が難しい場合がある |
手術療法
痔瘻の根治的な治療法として、手術療法が広く行われています。手術の主な目的は、瘻管を完全に除去し、感染源を取り除くことです。
手術方法には、瘻管切開術や括約筋温存術など、複数の選択肢があります。
手術方法 | 特徴 |
瘻管切開術 | 瘻管を完全に切開し、開放創とする |
括約筋温存術 | 括約筋機能を温存しつつ瘻管を除去する |
シートン法 | 糸を用いて瘻管を徐々に切開する |
括約筋切開術 | 括約筋の一部を切開し、瘻管を除去する |
薬物療法
薬物療法は、主に手術前後の症状管理や軽度の痔瘻の治療に用いられます。
抗生物質 | 感染の制御 |
---|---|
消炎鎮痛剤 | 痛みや炎症の軽減 |
坐薬や軟膏などの局所製剤 | 症状の緩和に有効 |
薬物療法単独での完治は難しいため、手術療法との併用が一般的です。
痔瘻(じろう)の治療期間と予後
痔瘻の治療には通常数週間から数ヶ月を要しますが、治療により多くの場合治癒することができます。
治療期間の目安
軽度の痔瘻では数週間程度で症状の改善が見られますが、重度の場合は数ヶ月以上の長期にわたる治療が必要となるケースもあります。
手術を選択した場合は通常1〜2週間程度で日常生活に戻れる方が多いものの、完全な回復には1〜2ヶ月ほどかかるのが一般的です。
治療法 | 期間の目安 |
保存的治療 | 数週間〜数ヶ月 |
手術治療 | 1〜2ヶ月 |
予後と再発リスク
痔瘻の予後は多くの場合良好であり、治療によって多くの場合で症状の改善や完治を目指せます。ただし、再発のリスクは残ります。
再発率は治療法や病状によって異なりますが、一般的に10〜30%程度とされています。
再発リスクを低減するための注意点
- 衛生管理の継続
- 便秘の予防
- 規則正しい生活習慣の維持
- 定期的な経過観察
薬の副作用や治療のデメリットについて
痔瘻の薬には、かゆみ、発疹、刺激感、下痢、かぶれなどの副作用や、長期使用による皮膚萎縮などが起こるリスクがあります。
また、化膿している痔には悪化させる恐れがあるので注意が必要です。
手術療法に伴うリスク
リスク | 詳細 |
感染症 | 創部の感染、膿瘍形成 |
出血 | 術後の出血、血腫形成 |
痛み | 術後の疼痛、不快感 |
稀ではありますが、手術による括約筋の損傷が起こる場合があり、便失禁などの合併症につながる可能性があります。
薬物療法における副作用
- かゆみ
- 発疹
- 刺激感
- 下痢
- かぶれ
- 長期使用による皮膚萎縮
また、痔瘻の治療で用いられる抗生物質や免疫抑制剤には、それぞれ特有の副作用があります。
抗生物質の長期使用は腸内細菌叢のバランスを崩す可能性があり、免疫抑制剤の使用は感染症のリスクを高める場合があります。
また、稀に重篤なアレルギー反応を引き起こす場合もあります。
長期的な影響
痔瘻の治療は、括約筋機能の低下による排便障害や、手術痕による違和感などが生じる可能性があります。
また、繰り返しの手術によって肛門周囲の組織が硬化し、機能障害につながることもあります。
長期的影響 | 具体例 |
機能障害 | 括約筋機能低下、排便困難 |
整容的問題 | 手術痕、肛門周囲の変形 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
痔瘻の治療は健康保険が適用されるため、1~3割負担で治療を受けられます。
具体的な費用は手術内容によって異なり、日帰り手術で3〜5万円、入院手術で10〜20万円程度が目安です。
痔瘻治療の基本的な費用
- 診察
- 検査費用
- 投薬費用
- 処置・手術費用など
健康保険を利用する場合の患者負担は通常3割となりますが、高額療養費制度を活用すると自己負担額が軽減できます。
外来治療と入院治療の費用
軽度の場合は外来での処置が中心となりますが、重度の場合や手術が必要な際には入院治療となり、費用が高くなります。
治療形態 | 概算費用(3割負担の場合) |
外来治療 | 1万円~5万円 |
入院治療 | 10万円~30万円 |
手術方法による費用の違い
痔瘻の手術には複数の方法があり、選択する術式によって費用が異なります。おおよその目安は以下の通りです。
手術方法 | 概算費用(3割負担の場合) |
切開・開放術 | 10万円~15万円 |
シートン法 | 12万円~18万円 |
括約筋温存術 | 15万円~25万円 |
以上
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