裂肛(切れ痔)(Anal fissure)とは、肛門の粘膜に生じる縦方向の裂け目や傷です。
便秘や下痢などによって硬い便や水様便が排出される際に、肛門に過度の負担がかかることで発生し、排便時の痛みや出血を引き起こします。
比較的若い女性に多いものの、若年層から高齢者まで幅広い年齢層で発症します。
裂肛(切れ痔)の病型
裂肛(切れ痔)の病型は、発症の経過や持続期間によって急性と慢性の2つに分類されます。
急性裂肛は突発的に発症し短期間で治癒する一方で、慢性裂肛は長期間にわたり症状が持続し、治療が困難な場合があります。
急性裂肛の特徴
急性裂肛(れっこう)は突発的な出来事や一時的な要因によって短期間で発症し、多くの場合自然治癒します。
急性裂肛の特徴
- 発症から数週間程度で自然治癒する
- 比較的浅い裂傷が特徴
- 炎症反応が強く、痛みを伴う
比較的短期間で改善しますが、症状が持続したり繰り返し発生したりする場合は慢性化のリスクがあるため、注意が必要です。
慢性裂肛の特徴
慢性裂肛は長期間にわたって症状が持続する病型であり、治療に時間を要します。
この型の裂肛は、繰り返し発生する急性裂肛を放っておいたケースなど、長期的な要因が関与している場合に見られます。
慢性裂肛の主な特徴
特徴 | 詳細 |
持続期間 | 6週間以上 |
裂傷の深さ | 比較的深い |
痛みの程度 | 急性期よりも軽度 |
治癒の難しさ | 自然治癒が困難 |
慢性裂肛は保存的治療だけでは改善が難しく、外科的介入が必要となる場合もあります。
裂肛(切れ痔)の症状
裂肛(切れ痔)は、排便時・排便後の激しい痛みと、少量の鮮血が出血が主な症状です。
排便時の激しい痛み
裂肛の最も特徴的な症状は排便時に感じる鋭い痛みで、肛門の裂け目が便によって刺激されるために生じます。
この痛みは「ガラスの破片で切られるような」とも表現され、多くの場合で排便後も30分から数時間続きます。
中には排便を我慢してしまう方もいらっしゃいますが、それが症状を悪化させる恐れがあるため注意が必要です。
出血
排便時の痛みに次いで多い症状が出血であり、便に付着した鮮紅色の血や、トイレットペーパーに付いた血がみられます。
出血量は通常少量ですが、患者さんにとっては不安を感じる症状の一つとなっています。
症状 | 特徴 |
痛み | 排便時に鋭い痛み、30分〜数時間持続 |
出血 | 鮮紅色、少量 |
肛門周囲の痒みや不快感
肛門周囲に痒みや不快感を感じる方もいらっしゃり、これは裂け目からの分泌物や痛みによる筋肉の緊張が原因です。
痛みや出血ほど顕著ではありませんが、座っている時や歩行時に不快感を感じるなど、日常生活に影響を与える場合もあります。
排便習慣の変化
裂肛の痛みにより、排便習慣が以下のように変化してしまうケースも多いです。
- 排便回数が減少する
- 便秘傾向になる
- 排便時間が長くかかる
- トイレを避けるようになる
痛みを避けようとする自然な反応ですが、結果的に症状を悪化させる可能性があるため、注意が必要です。
肛門括約筋の緊張
裂肛の痛みにより無意識のうちに肛門括約筋が緊張することがあり、さらなる痛みや不快感を引き起こす原因となります。
裂肛(切れ痔)の原因
裂肛(切れ痔)は、便秘や下痢などによって肛門に負担がかかり、肛門上皮が裂けることが原因です。
便秘と下痢による機械的刺激
便秘の場合、硬い便が肛門を通過する際に強い摩擦を引き起こし、肛門管の粘膜を傷つけることがあります。
また、下痢の場合は頻繁な排便により肛門周囲の皮膚が過度に刺激され、脆弱化します。
これらの状態が続くと肛門管に微小な傷が生じ、それが徐々に拡大して裂肛へと進展する可能性が高まります。
状態 | 肛門への影響 |
便秘 | 硬便による摩擦と損傷 |
下痢 | 頻回な排便による刺激と脆弱化 |
肛門括約筋の過緊張
肛門括約筋が必要以上に緊張すると、血流が阻害され、肛門管の組織が脆弱化します。この状態で排便を行うと、肛門管に裂傷が生じやすくなります。
さらに、一度裂傷が生じると痛みのために括約筋がさらに緊張し、悪循環に陥ります。
局所的な血行不全
肛門管の後方正中部は、解剖学的に血流が乏しい部位として知られています。この部位の血行不全により、組織の修復能力が低下し、裂傷が生じやすくなります。
また、加齢や喫煙、動脈硬化などの全身的な要因も局所的な血行不全を引き起こす可能性があります。
血行不全の要因 | 影響 |
解剖学的特徴 | 後方正中部の血流低下 |
全身的要因 | 加齢、喫煙、動脈硬化など |
裂肛のリスクを高める生活習慣
- 長時間のトイレ使用
- 不適切な肛門清浄習慣
- 過度の辛い食べ物の摂取
- 運動不足による腸管運動の低下
- ストレスによる自律神経の乱れ
これらの習慣の見直しにより、裂肛の発症リスクを軽減できる場合があります。
裂肛(切れ痔)の検査・チェック方法
裂肛(切れ痔)の診察では、指診や肛門鏡検査で肛門を観察し、傷や炎症を確認します。
視診と触診
視診では、肛門周囲の皮膚の状態や裂肛の有無を確認します。
触診では肛門周囲を軽く触れ、痛みや腫れの有無を調べて裂肛の位置や大きさ、周囲の炎症の程度を評価します。
検査方法 | 確認事項 |
視診 | 皮膚の状態、裂肛の有無 |
触診 | 痛み、腫れの有無 |
肛門鏡検査
肛門鏡検査は、肛門鏡と呼ばれる専用の器具を用いて肛門管内部を直接観察します。
裂肛の詳細な位置や深さ、周囲の組織の状態を確認し、他の肛門疾患との鑑別診断にも役立ちます。
追加検査
裂肛の診断が難しい場合や、他の疾患が疑われるときには、直腸内視鏡検査、MRI検査、肛門内圧検査などの追加検査が行われる場合もあります。
追加検査の例
追加検査 | 目的 |
直腸内視鏡検査 | 直腸の状態確認 |
MRI検査 | 肛門周囲の詳細な画像評価 |
肛門内圧検査 | 肛門括約筋の機能評価 |
裂肛(切れ痔)の治療方法と治療薬について
裂肛(切れ痔)の治療には保存的治療と外科的治療があり、症状の程度や持続期間によって選択されます。
初期段階では主に薬物療法や生活習慣の改善が行われ、重症例や慢性化した場合には手術が検討されるのが一般的です。
保存的治療の基本
裂肛の初期段階では、保存的治療が第一選択となります。
症状の緩和と再発予防を目的とし、多くの患者さんで症状改善が期待できます。
保存的治療の主な内容
- 食事療法(食物繊維の摂取増加)
- 十分な水分補給
- 温水座浴
- 局所薬物療法
- 排便習慣の改善
局所薬物療法
主に使用される薬剤には、軟膏剤、坐剤、ゲル剤があり、それぞれ痛みや炎症の軽減、局所の血行改善、傷の保護と治癒促進などの効果があります。
薬剤の種類 | 主な効果 |
軟膏剤 | 痛みや炎症の軽減 |
坐剤 | 局所の血行改善 |
ゲル剤 | 傷の保護と治癒促進 |
痛みや出血などの症状が強い場合はステロイド配合剤が処方されることもありますが、長期使用は避けるべきです。
また、肛門部の緊張を和らげる目的で、カルシウム拮抗薬やニトログリセリン軟膏なども使用されます。
内服薬による治療
裂肛の治療では、症状の改善を目的とした内服薬も処方されます。
緩下剤は便通を整え、排便時の痛みを軽減する効果があります。強い痛みがある場合には鎮痛剤が処方されますが、ステロイド配合剤と同様、長期使用には注意が必要です。
薬剤の種類 | 主な効果 |
緩下剤 | 便通の調整 |
鎮痛剤 | 痛みの軽減 |
抗生物質 | 二次感染の予防 |
二次感染のリスクがある場合には、抗生物質が処方されることもあります。
外科的治療
保存的治療で改善が見られない場合や、慢性化した裂肛の場合には外科的治療が選択されます。
主な手術方法
- 側方内括約筋切開術
- 皮弁移動術
- 肛門拡張術 など
側方内括約筋切開術は、肛門括約筋の一部を切開することで肛門の緊張を和らげる方法です。皮弁移動術は、裂肛部分に健康な組織を移植する手術です。
肛門拡張術は肛門を徐々に広げていく方法ですが、近年はあまり行われなくなっています。
裂肛(切れ痔)の治療期間と予後
裂肛(切れ痔)の治療には通常2~8週間程度かかり、治療を受ければ多くの患者さんで症状が改善します。
ただし再発のリスクがあるため、生活習慣の改善や継続的な管理が求められます。
治療期間の概要
裂肛の治療期間は症状の程度や選択される治療法によって異なりますが、多くの場合で保存的治療から始まり、必要に応じて外科的治療が行われます。
治療法 | 一般的な期間 |
保存的治療 | 2~6週間 |
外科的治療 | 4~8週間 |
保存的治療では症状の軽減が見られるまでに2~6週間程度かかるケースが多く、外科的治療を受けた場合は手術後の回復期間を含めて4~8週間程度を要します。
治療効果の評価
治療効果の評価は症状の改善度合いや再発の有無などを総合的に判断して行われ、痛みや出血の軽減、排便時の不快感の改善、肛門括約筋の緊張度の正常化、創傷の治癒状態が主な評価基準となります。
定期的な診察を通じてこれらの項目を確認し、治療の効果を評価します。
予後と再発リスク
裂肛の予後は比較的良好であり、多くの患者さんで症状の改善が見られます。
再発のリスクについては約30~40%と再発する可能性の高い病気と言えるため、完治後も注意が必要です。
予後の指標 | 割合 |
症状改善率 | 約80~90% |
再発率 | 約30~40% |
再発予防のため注意すべきポイント
- 便秘の予防
- 適度な水分摂取
- 食物繊維の摂取増加を意識する
- 排便時には過度の力みを避ける
薬の副作用や治療のデメリットについて
裂肛(切れ痔)の薬の副作用や治療のデメリットは軽度なものが多いですが、稀に重篤な副作用が現れる場合もあります。
手術療法に伴うリスク
手術後の痛みや出血は比較的一般的な副作用であり、患者さんの多くが経験します。
また、まれに感染症や麻酔による合併症が生じる可能性があり、重篤な結果につながる恐れがあるため注意が必要です。
手術部位の傷跡や瘢痕形成も考慮すべき点であり、特に肛門周囲の手術では美容的な懸念や機能的な影響を及ぼす可能性があります。
リスク | 発生頻度 |
痛み | 高い |
出血 | 中程度 |
感染 | 低い |
麻酔合併症 | 非常に低い |
薬物療法における副作用
薬物療法は比較的安全な治療法ですが、副作用のリスクは存在します。
軟膏や座薬などの局所療法 | 皮膚刺激や過敏反応、使用部位の発赤やかゆみ、まれに強い痛みを伴う可能性がある |
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経口薬 | 胃腸障害や頭痛 |
長期使用による副作用 | 特に局所ステロイド剤の継続使用は皮膚萎縮や耐性獲得のリスクがあります |
薬物療法における主な副作用
- 皮膚刺激
- アレルギー反応
- 胃腸障害
- 頭痛
- 眠気
これらの副作用の多くは軽度で一時的ですが、重篤な場合は速やかに医師へ相談してください。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
裂肛(切れ痔)の治療は、健康保険が適用されます。治療費は症状や治療法によって異なりますが、3割負担の場合では数千円から数万円程度です。
保存的治療の費用
保存的治療は軽度から中等度の裂肛に対して行われ、主に薬物療法や生活習慣の改善が中心となります。比較的負担が少なく済む傾向ですが、治療期間や使用する薬剤によって費用は変動します。
治療内容 | 概算費用(円) |
軟膏・坐剤 | 1,000〜5,000 |
内服薬 | 2,000〜10,000 |
生活指導 | 無料〜3,000 |
保存的治療の期間は通常1〜2か月程度ですが、症状の改善状況によって長期化する可能性もあります。
症状が改善しない場合は追加の検査や治療が必要となり、さらに費用がかかる場合があります。
手術治療の費用
保存的治療で改善が見られない場合や重症例での手術には、主に側方内括約筋切開術が行われます。入院や麻酔が必要となるため、費用は保存的治療と比較して高額になります。
手術方法 | 概算費用(円) |
側方内括約筋切開術 | 150,000〜300,000 |
レーザー治療 | 100,000〜200,000 |
手術費用は医療機関や入院期間によって大きく異なりますが、一般的に15〜30万円程度が目安となります。
ただし、合併症や術後の経過によっては追加の治療が必要になる場合もあり、その際はさらに費用がかさむ可能性があります。
保険適用と自己負担額
裂肛の治療は一般的に健康保険の適用対象となるため、患者さんの自己負担額は通常3割となりますが、年齢や収入によって変動します。
70歳未満の場合の自己負担上限額(月額)
- 年収370万円〜770万円未満 80,100円+(医療費-267,000円)×1%
- 年収770万円〜1,160万円未満 167,400円+(医療費-558,000円)×1%
- 年収1,160万円以上 252,600円+(医療費-842,000円)×1%
以上
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