逆流性食道炎(reflux esophagitis, びらん性GERD)とは、胃酸を含む胃の内容物が食道に逆流し、食道粘膜に炎症を起こす病気です。
近年、食生活や生活習慣の変化により、逆流性食道炎患者は増加傾向にあります。
胸焼けやみぞおちの痛み、喉の違和感など、様々な症状を引き起こす逆流性食道炎は、放置すると食道粘膜のただれや食道がんのリスク上昇など、深刻な問題に繋がる可能性があります。
本記事では、逆流性食道炎の原因、症状、治療方法について詳しく解説していきます。
逆流性食道炎の病型
ロサンゼルス分類では、内視鏡で確認される食道の粘膜損傷の大きさと範囲に応じて、グレードNからDまでの6つの段階に区分されます。
グレード | 粘膜損傷の特徴 |
N | 粘膜障害なし |
M | 粘膜の発赤や浮腫のみで、びらんを伴わない |
A | 粘膜のびらんや潰瘍が5mm以下の範囲で見られる |
B | 粘膜のびらんや潰瘍が5mmを超える範囲で見られる |
C | びらんや潰瘍が食道の2条以上の粘膜ひだにまたがって見られる |
D | びらんや潰瘍が食道の全周の4分の3以上の範囲で見られる |
病型による重症度の違い
ロサンゼルス分類においては、グレードが高くなるにつれて粘膜損傷の範囲が広がり、重症度が増します。グレードNやMは非びらん型の逆流性食道炎を示し、グレードAからDはびらん型の逆流性食道炎を指します。
特にグレードCやDは、食道粘膜に広範囲の損傷があることを示し、重度の逆流性食道炎と判断されます。
病型と症状の関連逆
流性食道炎の症状は、病型の重症度と必ずしも一致しない場合があります。非びらん型であっても強い症状を訴える患者さんがいる一方で、びらん型で無症状の場合もあります。
グレードCやDの重症例では、胸やけや嚥下困難などの症状が顕著に現れます。
逆流性食道炎の症状
逆流性食道炎(びらん性GERD)の主な症状は、胸やけや呑酸、食べ物の逆流感が特徴です。
重症度 | 症状 |
軽度 | 胸やけ、逆流感 |
中等度 | 嚥下困難、嚥下痛、咳嗽、嗄声 |
重度 | 吐き気、嘔吐 |
胸やけ・逆流感
症状 | 特徴 |
胸やけ | 胸の中央部に熱感や違和感を覚える |
逆流感 | 胃内容物が口元に戻る感じがする |
胃酸の食道内への逆流により、胸部中央に熱感や違和感が現れます。これらの症状は、食事の後や就寝時に特に現れやすいです。
嚥下困難・嚥下痛
食道の炎症が進むと、食物や液体の嚥下が難しくなる場合もあります。また、飲み込む際に痛みを伴う場合もあります。
これらの症状は、食道が狭くなったり、潰瘍が形成されたりすることが原因であるとされています。
咳嗽・嗄声
- 頻繁に咳をする
- 声がかすれる
- 喉に違和感や痛みを覚える
逆流性食道炎により胃酸が気管支や喉頭にまで達する場合があり、それが原因で慢性的な咳や声のかすれといった症状が出るケースがあります。これらの症状は、夜間や早朝に悪化する傾向です。
吐き気・嘔吐
逆流性食道炎が重度になると、胃酸の逆流が原因で吐き気や嘔吐が起こることがあります。
逆流性食道炎の原因
逆流性食道炎(びらん性GERD)は、下部食道括約筋の機能低下が主な原因で、食道と胃の繋ぎ目にある筋肉が弱くなり、胃酸が食道へ逆流しやすくなる状態です。
暴飲暴食、脂肪分の多い食事、食後すぐに横になる、肥満、妊娠、便秘などで引き起こると考えられています。
下部食道括約筋の機能低下
下部食道括約筋(LES)は、食道と胃の間に位置する筋肉の輪で、通常は閉じて胃内容物の逆流を防ぐ役割を担っています。
しかし、LESの弛緩や機能低下が生じると、胃酸が食道内に逆流しやすくなり、逆流性食道炎のリスクが増加します。
LESの機能低下を引き起こす要因
- 加齢による筋力の低下
- 肥満によるLESへの圧迫
- 喫煙や飲酒による筋肉の弛緩
- 妊娠中のホルモンバランスの変化
裂孔ヘルニアの存在
裂孔ヘルニアとは、横隔膜の一部が弱くなり、胃の上部が胸腔内に飛び出した状態を指します。この状態では、LESが正常に機能せず、胃酸の逆流が起こりやすくなります。
裂孔ヘルニアは、加齢や肥満、妊娠などが原因で発症する場合が多いです。
胃酸分泌の亢進
胃酸の分泌が過剰になると、逆流した際の食道粘膜の損傷がより重症化する可能性があります。
胃酸分泌を亢進させる因子
- ヘリコバクター・ピロリ菌感染
- ストレスや不規則な食生活
- 特定の薬剤(NSAIDsなど)の長期服用
食道クリアランスの低下
食道クリアランスとは、逆流した胃酸を食道から速やかに排出する機能です。
この機能が低下すると、胃酸が食道内に長時間留まることになり、粘膜の炎症や損傷が進行しやすくなります。
食道クリアランスの低下を引き起こす要因
要因 | 機序 |
唾液分泌の低下 | 唾液による中和作用の低下 |
食道蠕動運動の低下 | 逆流物の排出効率の低下 |
食道粘膜の抵抗力低下 | 粘膜バリア機能の破綻 |
逆流性食道炎の検査・チェック方法
逆流性食道炎は、内視鏡検査や食道内圧測定、24時間pHモニタリングなどを用いて検査を行います。
問診と症状の確認
胸焼けやゲップ、喉の異常感などの症状の有無、頻度、生活習慣についての問診を行い、病気の可能性を判断します。
内視鏡検査による食道粘膜の観察
逆流性食道炎を確かめるためには、内視鏡検査が有効です。細い内視鏡を口から挿入し、食道の粘膜を直接見て炎症やびらんの有無、範囲、重さを判断します。
食道内圧測定による逆流の評価
食道内圧測定は、食道の動きや下部食道括約筋の働きを調べる検査です。鼻からカテーテルを入れて、食道内の圧力を測ります。
この検査で、胃酸の逆流の度合いや頻度を確認できます。
24時間pHモニタリング
24時間pHモニタリングは、食道内の酸度を1日中測る検査です。鼻から細いチューブを入れて、食道の酸度の変化を記録します。
この検査で、1日のうちどれくらいの時間胃酸が逆流しているか、どれくらいの回数逆流しているかを正確に把握できます。次の表は、24時間pHモニタリングでの異常値の基準です。
項目 | 異常値 |
食道内pH4以下の時間の割合 | 4%以上 |
食道内pH4以下の回数 | 50回以上 |
最も長い食道内pH4以下の期間 | 20分以上 |
バリウム造影検査
バリウム造影検査は、バリウムを飲んでX線写真を撮る方法です。食道の形や動き、逆流があるかどうかを確認できます。
しかし、粘膜の詳しい状態は見にくいため、通常は内視鏡検査と一緒に使われます。
逆流性食道炎の治療方法と治療薬について
逆流性食道炎の治療方法は、大きく分けて薬物療法と生活習慣の改善の2つがあります。重症の場合には、手術療法が検討される場合もあります。
生活習慣の改善
逆流性食道炎の治療には、生活習慣の見直しが基本です。
- 1日3回の食事を心がけ、食べ過ぎない
- 寝る3時間前には夕食を終える
- タバコを控える
- ストレスが溜まらないようにする
- 適正な体重を保つ
薬物療法
生活習慣の改善だけでは症状が改善しない時は、薬物療法が検討されます。主に用いられる薬には以下のものがあります。
薬剤の種類 | 代表的な薬剤名 | 作用機序 |
プロトンポンプ阻害薬(PPI) | オメプラゾール、ランソプラゾールなど | 胃酸の分泌を強く抑える |
H2受容体拮抗薬 | ファモチジン、ラニチジンなど | 胃酸の分泌を抑制する |
消化管運動機能改善薬 | モサプリドクエン酸塩など | 食道から胃への排出を促す |
これらの薬を使い分け、症状を管理します。特にPPIは、酸の分泌を抑える効果が高いためよく処方されます。
外科的治療
薬物療法だけでは改善が見られない場合、外科的な治療が考えられます。一般的な手術は、腹腔鏡下逆流防止術(Nissen手術)です。
この手術は、食道の下部を胃の一部で包むことで、胃酸の逆流を防ぎます。手術に伴うリスクは低く、治療成績が良いとされています。
逆流性食道炎の治療期間と予後
逆流性食道炎の治療期間は、一般的には数週間から数ヶ月です。治療を受ければ、多くの患者さんの症状は改善します。
食道粘膜の炎症が治癒するまでには約8週間かかると言われていますが、完全に治癒するのは難しく、再発しやすい病気です。生活習慣改善の継続により、再発を予防できます。
逆流性食道炎の治療期間
重症度 | 治療期間 |
軽度 | 4〜8週間 |
中等度 | 8〜12週間 |
重度 | 12週間以上 |
軽度の場合は、約4〜8週間のプロトンポンプ阻害薬(PPI)の服用で改善されるケースが多いです。一方で、重度の症状を持つ方や、他の病気を併発している方は、より長い期間の治療が必要です。
逆流性食道炎の予後
逆流性食道炎の予後は、治療と生活習慣の改善により良好です。多くの患者さんは、PPIによる治療で症状が改善し、粘膜の治癒が得られます。
治療を中断すると再発のリスクが高まるため、医師の指示に従った継続的な治療が重要です。また、生活習慣の改善も逆流性食道炎の予後に大きな影響を与えます。
合併症のリスクと対策
逆流性食道炎を放置すると、バレット食道や食道狭窄などの合併症を引き起こすリスクがあります。これらの合併症は食道がん発生リスクを高める可能性があるため、早期発見と適切な対処が必要です。
定期的な内視鏡検査により、合併症の有無を確認し、必要に応じて治療を行います。
薬の副作用や治療のデメリットについて
逆流性食道炎の治療で使用される多くの薬は、胃酸の分泌を抑える効果があります。しかし、これらの薬を長期にわたって使用すると、次のような副作用が出る可能性があります。
- 胃腸障害(下痢、便秘、腹痛など)
- 頭痛やめまい
- アレルギー反応(発疹、かゆみなど)
- 低マグネシウム血症(長期使用時)
特に、プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、強力な胃酸抑制効果がある一方で、長期使用による副作用のリスクが高いです。
手術療法のリスク
手術療法には、出血や感染、合併症のリスクが伴います。また、手術後には一時的に嚥下障害や腹部膨満感を感じる場合があり、回復までには時間が必要です。
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
逆流性食道炎の治療は、通常、健康保険が適用される範囲内です。医師による診断を受け、処方される薬や実施される検査、手術などは、基本的に保険の対象となります。
逆流性食道炎の一般的な治療費
治療法 | 費用目安(保険適用の場合) |
薬物療法(プロトンポンプ阻害薬) | 月額 1,000円〜5,000円 |
内視鏡検査 | 1回 10,000円〜30,000円 |
食道pH・インピーダンスモニタリング | 1回 50,000円〜100,000円 |
生活習慣の改善に関する費用
逆流性食道炎の治療においては、生活習慣の見直しが非常に重要です。
生活習慣改善に関連する費用の例
- 禁煙外来の利用:1回 5,000円〜10,000円
- 栄養指導:1回 1,000円〜5,000円
- 運動指導:1回 1,000円〜5,000円
外科的治療の費用
外科的治療にかかる費用は、手術の種類や入院の長さによって大きく異なりますが、一般的な費用の目安は以下のとおりです。
手術法 | 費用目安(保険適用の場合) |
腹腔鏡下噴門形成術 | 100万円〜200万円 |
開腹噴門形成術 | 150万円〜300万円 |
実際の治療費は、患者さんの状態や治療法、医療機関によって変わるため、これらはあくまで参考としてください。
詳しい費用については、診察時に医師にご確認ください。
参考文献
WIENBECK, M.; BABNERT, J. Epidemiology of reflux disease and reflux esophagitis. Scandinavian Journal of Gastroenterology, 1989, 24.sup156: 7-13.
VIGNERI, Sergio, et al. A comparison of five maintenance therapies for reflux esophagitis. New England Journal of Medicine, 1995, 333.17: 1106-1110.
CHANG, Chi-Sen, et al. The incidence of reflux esophagitis among the Chinese. American Journal of Gastroenterology (Springer Nature), 1997, 92.4.
SOUZA, Rhonda F. From reflux esophagitis to esophageal adenocarcinoma. Digestive diseases, 2016, 34.5: 483-490.
TYTGAT, G. N. J.; NIO, C. Y.; SCHOTBORGH, R. H. Reflux esophagitis. Scandinavian Journal of Gastroenterology, 1990, 25.sup175: 1-12.
BEHAR, J.; BIANCANI, P.; SHEAHAN, D. G. Evaluation of esophageal tests in the diagnosis of reflux esophagitis. Gastroenterology, 1976, 71.1: 9-15.
PILOTTO, Alberto, et al. Clinical features of reflux esophagitis in older people: a study of 840 consecutive patients. Journal of the American Geriatrics Society, 2006, 54.10: 1537-1542.
AVIDAN, Benjamin, et al. Risk factors for erosive reflux esophagitis: a case-control study. Official journal of the American College of Gastroenterology| ACG, 2001, 96.1: 41-46.
OKAMOTO, Kazuyo, et al. Clinical symptoms in endoscopic reflux esophagitis: evaluation in 8031 adult subjects. Digestive diseases and sciences, 2003, 48: 2237-2241.