マロリー・ワイス症候群(Mallory-Weiss Syndrome)とは、激しい嘔吐や咳などによって急激に腹圧が上昇し、食道と胃をつなぐ食道胃接合部への裂傷により、吐血や下血などの症状が現れる疾患です。
この症候群の原因としては、大量のアルコール摂取、妊娠に伴う重度の悪阻、感染性の胃腸炎、抗がん剤などが挙げられます。
マロリー・ワイス症候群の病型
マロリー・ワイス症候群を発生部位によって分類する方法の一つに、Zeifer分類があります。
この分類では、裂傷の位置に基づいて3つの病型に大別されます。
I型:食道限局型
I型は、裂傷が食道だけに限局している病型です。食道の裂傷は、嘔吐や咳嗽などの急激な圧力上昇によって生じやすいと考えられています。
内視鏡検査では、食道粘膜の線状または不整形の裂傷が確認されます。
II型:食道胃併存型(Fig. 1a)
II型は、食道と胃の両方に裂傷が存在する病型です。嘔吐や咳嗽などの急激な圧力上昇に加え、胃酸の逆流が裂傷の形成に関与しているタイプです。
内視鏡検査では、食道と胃の粘膜に裂傷が確認されます。
III型:胃限局型(Fig. 1b)
III型は、裂傷が胃だけに限局している病型です。胃の急激な蠕動運動や胃内圧の上昇によって、胃粘膜に裂傷が生じると考えられています。
内視鏡検査では、胃粘膜の線状または不整形の裂傷が確認されます。
突発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)との鑑別
マロリー・ワイス症候群と同様、嘔吐後に発生し、急激な腹腔内圧の上昇(嘔吐など)が契機となり発症する病気に「突発性食道破裂」があります。
マロリー・ワイス症候群は、多くの場合で保存的治療で改善する予後良好な病態です。一方、発性食道破裂は左下部食道を好発部位とし、食道壁の破裂を来たします。縦隔炎や膿胸などの重篤な合併症を伴いやすく、緊急手術が必要となる重症度の高い病態です。
マロリー・ワイス症候群の症状
マロリー・ワイス症候群では、激しい嘔吐や悪心を繰り返したあと、鮮血の混じった吐血が起こるのが特徴です。通常、胸痛や腹痛は伴いません。
吐血
マロリー・ワイス症候群で最もよく見られる症状は、吐血です。
吐血は予兆なく突然起きる場合が多く、その他の消化器症状がないのが特徴と言えます。大量に吐血してしまうと、ショック状態に陥る可能性もあるので注意が必要です。
黒色便
吐血に加えて、黒い色をした便が出ることもあります。
黒色便の種類 | 特徴 |
タール便 | コールタールのような黒色の便 |
血便 | 黒色の血液が混じった便 |
黒色便は、上部消化管からの出血を示す大切な症状です。吐血と黒色便が同時に見られる時は、すぐに医療機関を受診する必要があります。
貧血
マロリー・ワイス症候群では、出血の影響で貧血が見られる方もいます。
- 顔色が青白くなる
- 動悸がする
- 息切れがする
- 体がだるい
吐血や黒色便と一緒に貧血の症状が見られる際は、輸血などの処置が必要になる場合があります。
マロリー・ワイス症候群の原因
マロリー・ワイス症候群の主な原因は、アルコールの多飲、激しい嘔吐、慢性的な咳などです。妊娠悪阻や抗がん剤、内視鏡検査が原因となる場合もありますが、最も多いのがアルコールを原因とするものです。
アルコールの過剰摂取
短時間の多量のアルコール摂取により、胃酸の分泌量が増え、食道粘膜を傷つけることがマロリー・ワイス症候群の原因となります。
さらに、アルコールには食道の下部括約筋を緩めてしまう作用もあり、胃酸が食道内に逆流しやすい状態を作り出します。
激しい嘔吐
もう一つの重要な原因は、激しい嘔吐です。激しい嘔吐により食道粘膜に急激な圧力がかかり、食道胃接合部への裂傷を引き起こします。
慢性的な咳
激しい咳をすると腹圧が上がり、食道粘膜に負担がかかります。とくに喫煙者や、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんは注意が必要です。
特発性
何らかの明らかな誘因なしに発症してしまう、特発性のタイプも存在します。 食道粘膜の脆弱性が関与していると推測されてはいますが、詳細なメカニズムについてはまだ解明されていないのが現状です。
マロリー・ワイス症候群の検査・チェック方法
マロリー・ワイス症候群の診断は、主に内視鏡検査により行います。また、血液検査や画像検査が用いられる場合もあります。
これらの検査を組み合わせてマロリー・ワイス症候群の確定診断を行うほか、重症度を評価します。
内視鏡検査
マロリー・ワイス症候群の診断で最も重要な検査が内視鏡検査です。食道の粘膜裂傷を直接観察でき、他の疾患との区別もつけられます。
ただし、マロリー・ワイス症候群を発症している場合、内視鏡検査を行うと再び吐血を誘発する場合があります。
このような場合では出血を助長させるため、鎮静剤を使用したり、吐血が止まり、患者さんの状態が安定してから検査を行うこともあります。
血液検査
血液検査では、貧血の有無や炎症反応の有無を調べます。
マロリー・ワイス症候群では、出血によって貧血になる場合があるため、ヘモグロビン値や赤血球数の低下が見られるケースがあります。
検査項目 | 異常値の例 |
ヘモグロビン値 | 低値 |
赤血球数 | 低値 |
白血球数 | 高値(炎症反応) |
CRP | 高値(炎症反応) |
画像検査
- 胸部X線検査:肺炎や気胸の有無を確認する
- CT検査:食道周囲の状態を詳細に観察する
- 血管造影検査:大量出血時に出血部位を同定する
マロリー・ワイス症候群の治療方法と治療薬について
マロリー・ワイス症候群は、保存的治療によりほとんどが自然止血します。
保存的治療
軽症のマロリー・ワイス症候群の場合、安静と止血剤の投与などの保存的治療が選択されるのが一般的です。入院が必要となり、絶食と静脈内輸液による栄養管理を行います。
また、制酸剤や粘膜保護剤などの投与により、食道粘膜の修復を促進します。
薬剤名 | 効果 |
制酸剤 | 胃酸を中和し、食道への逆流を防ぐ |
粘膜保護剤 | 食道粘膜を保護し、修復を促進する |
プロトンポンプ阻害剤 | 胃酸分泌を強力に抑制する |
内視鏡的止血術
中等症以上のマロリー・ワイス症候群では、内視鏡的止血術が第一選択となります。内視鏡下で出血部位を確認し、以下のような方法で止血を図ります。
- クリップ法:出血部位をクリップで挟み、止血する
- 高周波凝固法:高周波電流で出血部位を焼灼し、止血する
- 薬剤散布法:トロンビンなどの止血剤を出血部位に散布する
内視鏡的止血術は、低侵襲かつ高い止血効果が期待できる治療法です。
インターベンション治療
内視鏡的止血術で止血が得られない場合や、大量出血によりショック状態に陥った際は、インターベンション治療が検討されます。
血管造影下で出血部位を同定し、動脈塞栓術などを行うことで止血を図ります。
治療法 | 適応 |
動脈塞栓術 | 内視鏡的止血術で止血困難な場合 |
ステントグラフト留置術 | 大量出血によるショック状態 |
外科的治療
他の治療法で止血が得られない場合や、穿孔を合併した際は、外科的治療が必要です。出血部位の縫合や血管結紮などを行い、止血を図ります。
また、穿孔部位の修復や縫合も同時に行われます。
マロリー・ワイス症候群の治療期間と予後
マロリー・ワイス症候群は、多量の出血がない場合は、治療により良好な経過が得られます。
治療期間
重症度 | 治療期間 |
軽症 | 1~2週間 |
中等症 | 2~4週間 |
重症 | 4週間以上 |
軽症の場合は、安静と止血剤の投与により1~2週間程度で治癒する場合が多いです。 一方、重症例では、治療に4週間以上を要することもあります。
予後
- 80~90%の患者で自然止血がみられ、合併症なく治癒する
- 再発はほとんど見られない
- 食道破裂の場合、死亡率は10%前後
ただし、高齢者や合併症を有する患者では、予後が悪化する可能性がある点には注意が必要です。
再発防止
マロリー・ワイス症候群の再発を防ぐためには、以下の点に注意が必要です。
注意点 | 具体例 |
過度な飲酒を避ける | 1日の飲酒量を30g以下に抑える |
無理な嘔吐を避ける | 嘔吐を誘発する薬物の使用を控える |
胃食道逆流症の治療 | 胃酸分泌抑制薬の服用 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
マロリー・ワイス症候群の治療では、薬物療法が中心となりますが、使用される薬剤には副作用があります。また、治療には一定のデメリットも存在します。
薬物療法の副作用
薬剤名 | 主な副作用 |
プロトンポンプ阻害薬 | 頭痛、下痢、腹部不快感 |
H2受容体拮抗薬 | 倦怠感、めまい、便秘 |
制酸薬 | 下痢、便秘、電解質異常 |
内視鏡的止血術のリスク
- 出血の再発
- 穿孔
- 感染症
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
基本的に、マロリー・ワイス症候群の治療は保険適用の対象です。ただし、症状の重症度や治療方法によって、保険適用の範囲は異なることがあります。
治療費の目安
マロリー・ワイス症候群の治療費は、症状の重症度や治療方法によって大きく変動します。一般的な目安は下記のとおりです。
治療内容 | 費用の目安 |
初診料 | 2,000円~5,000円 |
再診料 | 1,000円~3,000円 |
内視鏡検査 | 10,000円~30,000円 |
止血処置 | 50,000円~100,000円 |
上記はあくまでも一般的な目安であり、合併症の有無など症状により費用は異なります。また、入院が必要となった場合は、上記の費用に加えて入院費や食事療養費などが発生します。
保険適用の可否や具体的な治療費については、診察時に担当医師に直接ご確認ください。
以上
参考文献
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