胃食道逆流症(GERD)は、胃酸を含む胃液が食道に逆流し、その結果、食道粘膜が炎症を起こしたり、粘膜の表層が傷ついたりする病気です。
この病気によって、胸焼けや逆流のほか、咳や声のかすれ、喉の違和感、胸部不快感などの症状が現れます。
さらに進行すると、粘膜欠損が治癒する際に瘢痕組織が形成され、食道狭窄をきたすことも。また、バレット食道と呼ばれる食道粘膜の形態変化をきたし、食道がんのリスクを高めると指摘されています。
この記事では、胃食道逆流症の症状や原因、治療法について解説します。
胃食道逆流症(GERD)の病型
胃食道逆流症(GERD)は食道疾患の中でも特に多く見られる病気で、主にびらん性GERD(逆流性食道炎)と非びらん性GERD(NERD)の2つのタイプに分けられます。
びらん性GERD(逆流性食道炎)
びらん性GERD(逆流性食道炎)は、内視鏡検査により食道粘膜のびらん(粘膜欠損)が確認される病型です。
逆流性食道炎は、GERDの約3分の1を占め、びらんの程度に応じてロサンゼルス分類(LA分類)ではさらに細かく分類されます。
逆流性食道炎の診断には内視鏡検査が必要で、びらんの程度に応じた重症度分類が行われます。
びらんの程度 | 内視鏡所見 |
Grade N (正常) | 食道粘膜に傷害が見られない正常な状態です。 |
---|---|
Grade M (微小変化型) | 食道粘膜に発赤やわずかな傷害が見られますが、明らかなびらんは認められません。 |
Grade A (軽症型) | 粘膜のびらんが5mm以下で、粘膜傷害がある状態。 |
Grade B (軽症型) | 粘膜のびらんが5mmを超え、粘膜傷害がある状態。 |
Grade C (重症型) | 粘膜のびらんが食道の周囲長の75%未満を占めていますが、全周性ではありません。 |
Grade D (重症型) | 全周75%以上の粘膜障害が見られます。 |
グレードA,Bは軽症型、C,Dは重症型に分類されます。重症度が高くなるほど食道粘膜の傷害が広範囲になり、合併症のリスクも高まります。
非びらん性GERD(NERD)
非びらん性GERD(NERD)は、内視鏡検査で明らかな粘膜傷害が見られないにもかかわらず、胸やけなどの典型的な逆流症状がある病型です。
- 内視鏡検査で明らかな粘膜傷害が見られない
- 酸逆流に関連する症状(胸やけ、逆流感など)がある
- 症状と酸逆流との関連性を評価するために、食道内pH モニタリングが有用な場合がある
NERDは、GERD全体の約3分の2を占めています。
NERDの病態はまだ完全には解明されておらず、酸逆流以外の要因(食道知覚過敏、心理社会的要因など)の関与も考えられています。
胃食道逆流症(GERD)の症状
胃食道逆流症(GERD)の症状は、胸やけや喉の灼熱感、呑酸(酸っぱい味覚)が一般的です。
症状 | 説明 |
胸やけ | 胸の奥から喉にかけての灼熱感や痛み |
---|---|
酸逆流 | 胃酸が食道に逆流し、口の中に酸っぱい液体が流れ込む |
嚥下困難 | 食べ物や液体を飲み込むのが困難になる |
慢性的な咳 | 胃酸の逆流により、慢性的な咳が起こる |
胸やけ(heartburn)
GERDの最も一般的な症状は、胸やけです。胸やけは、胸の奥から喉にかけて感じる灼熱感や痛みを指します。
この症状は、胃酸が食道に逆流した結果生じます。食事の後や、就寝時に胸やけを感じるのが特徴的です。ストレスや特定の食品(脂肪分の多い食事、チョコレート、コーヒーなど)が、この胸やけを悪化させる場合があります。
酸逆流(acid reflux)
酸逆流は、胃酸が食道に逆流し、口内に酸っぱい液体が流れ込む症状です。この症状も、胸やけと同様に食後や就寝時に発生しやすいです。
嚥下困難(dysphagia)
GERDの患者さんは、食べ物や液体を飲み込む際に困難を感じる場合があります。この症状は、食道の炎症や狭窄が原因で起こります。
慢性的な咳
GERDによる慢性的な咳も見られます。この咳は、胃酸の気道への逆流により引き起こされます。
特に夜間に悪化する場合が多く、睡眠の質を低下させる場合もあります。
胃食道逆流症(GERD)の原因
胃食道逆流症(GERD)の原因は多岐にわたりますが、ここでは主なものを詳しく解説します。
下部食道括約筋(LES)の弛緩や機能不全
下部食道括約筋(LES)は、食道と胃の間に位置する筋肉の輪で、通常は閉じています。しかし、何らかの理由でLESが弛緩すると、胃酸が食道内に逆流しやすくなります。
LESの弛緩や機能不全を引き起こす要因には以下のようなものがあります。
- 肥満やメタボリックシンドローム
- 喫煙やアルコール摂取
- 脂肪分の多い食事
- ストレスや不規則な生活習慣
食道裂孔ヘルニアの存在
食道裂孔ヘルニアは、胃の一部が横隔膜の食道裂孔から胸腔内に脱出する状態です。この状態になると、LESの機能が低下し、胃酸が食道内に逆流しやすくなります。
食道裂孔ヘルニアの発生には、加齢による組織の脆弱化や肥満、妊娠などが関与しているとされます。
胃酸分泌の亢進
胃酸の分泌が過剰になると、逆流した際の食道粘膜へのダメージが大きくなります。胃酸分泌が亢進する原因としては、以下のような事柄が挙げられます。
- ヘリコバクター・ピロリ菌感染
- ガストリン産生腫瘍(ゾリンジャー・エリソン症候群)
- ストレスや喫煙による迷走神経の刺激
食道クリアランスの低下
食道クリアランスは、逆流した胃酸を食道から胃に戻す機能です。この機能が低下すると、逆流した胃酸が食道内に長時間留まり、粘膜障害が生じやすくなります。
- 加齢
- 食道運動機能の低下
- 唾液分泌量の減少
- 肥満
胃食道逆流症(GERD)の検査・チェック方法
胃食道逆流症(GERD)の検査では、内視鏡検査や食道内圧測定検査、24時間pHモニタリング検査などが用いられます。
内視鏡検査
内視鏡検査は食道や胃の内部を直接確認できるため、GERDの診断には欠かせません。この検査を通じて、食道炎の有無やその程度、バレット食道があるかどうかを判断します。
内視鏡所見 | 重症度 |
粘膜のわずかな発赤 | 軽度 |
---|---|
明らかな発赤や浮腫 | 中等度 |
びらん、潰瘍、狭窄 | 重度 |
食道内圧測定検査
食道の動きを調べる食道内圧測定検査では、食道の収縮力や下部食道括約筋の機能を測定します。これにより、食道の動きに問題があるかどうかを検査できます。
24時間pHモニタリング検査
24時間pHモニタリング検査では、食道内の酸度を一日中測定します。胃酸がどの程度逆流しているか、正確に把握できる検査です。
pH値 | 胃酸逆流の程度 |
4以上 | 正常 |
4未満 | 異常(胃酸逆流あり) |
食道造影検査
食道造影検査では、造影剤を飲んでいただき、その後の食道の形状や動きをレントゲンで撮影します。これにより、食道の状態や逆流の有無を確認できます。
胃食道逆流症(GERD)の治療方法と治療薬について
胃食道逆流症(GERD)の治療では、まず生活習慣の改善を基本とし、薬物療法や外科的治療も検討されます。
生活習慣の改善による治療
GERDの治療においては、生活習慣の改善が最初に考慮されます。
- 食事は1日3回、少量ずつ摂る
- 就寝前の食事は控えめにし、就寝までに3時間以上の間隔を空ける
- 脂肪分の多い食品、チョコレート、コーヒー、アルコールなどは避ける
- 喫煙は控える
- 体重を適正範囲に保つ
- 就寝時は上半身を高くする工夫をする
薬物療法による治療
生活習慣の改善だけでは効果が不十分な場合、薬物療法が行われます。GERD治療に用いられる主な薬剤は以下の通りです。
薬剤名 | 作用機序 |
プロトンポンプ阻害薬(PPI) | 胃酸の分泌を強力に抑制 |
---|---|
H2受容体拮抗薬 | 胃酸の分泌を抑制 |
消化管運動機能改善薬 | 下部食道括約筋の圧を高め、胃排出を促進 |
これらの薬剤は症状の程度に応じて選択され、通常は4〜8週間の投与が行われます。PPIは特に効果が高いとされ、多くの場合、第一選択薬として用いられます。
外科的治療
薬物療法でも改善が見られない重症のGERDには、外科的治療が検討されます。代表的な手術には、腹腔鏡下逆流防止術(Nissen手術)があります。
この手術は食道の周囲を胃の一部で巻き、逆流を防ぐのが目的です。手術は侵襲性が高いものの、良好な成績が報告されており、薬物療法が効果を示さない症例には有効な選択肢となります。
GERDの治療薬
GERDの治療に用いられる代表的な薬剤は、以下のとおりです。
分類 | 一般名 | 商品名 |
PPI | オメプラゾール | オメプラール |
---|---|---|
ランソプラゾール | タケプロン | |
ラベプラゾール | パリエット | |
H2受容体拮抗薬 | ファモチジン | ガスター |
ラニチジン | ザンタック | |
ロキサチジン | アルタットなど |
胃食道逆流症(GERD)の治療期間と予後
GERDは慢性疾患ではありますが、治療により良い予後を期待できます。
治療期間
- 軽症:4〜8週間
- 中等症:8〜12週間
- 重症:12週間以上
GERDが軽度の場合は、生活習慣の見直しと短期間の薬物治療で改善が見込まれます。しかし、重度の症状や合併症がある場合には、より長期にわたる薬物治療や手術が必要になる場合があります。
予後
GERDは治療の継続により良い結果を得られる傾向です。しかし、治療を途中でやめたり、生活習慣の改善が不充分だったりすると、症状が再び現れたり悪化する恐れがあります。
GERD の予後に影響する因子 | 詳細 |
治療の継続性 | 症状が軽減しても、医師の指示に従い治療を続けることが大切 |
---|---|
生活習慣の改善 | 食事の見直し、喫煙・飲酒の制限、体重の管理が求められる |
合併症の有無 | バレット食道や食道狭窄などの合併症があると、予後が不良になる場合がある |
バレット食道と食道がんのリスク
GERDが長期間治療されない場合、バレット食道という食道の粘膜変化が起こるリスクがあります。バレット食道は、食道がんのリスクを増加させることが分かっています。
- バレット食道の発生率:GERD患者の10〜15%
- 食道がんの発生率:バレット食道患者の0.5〜1%/年
薬の副作用や治療のデメリットについて
胃食道逆流症の治療は、症状を軽減し、合併症を避けるために必要ですが、治療法によっては副作用や不都合が生じることがあります。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)の副作用
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は胃酸の生成を抑える効果が高い薬剤ですが、長期にわたる使用は副作用を引き起こす可能性があります。PPIを長く使用すると、次のような副作用が起こる可能性が報告されています。
PPI長期使用の主な副作用 | 説明 |
骨粗しょう症・骨折リスク上昇 | カルシウムの吸収を妨げたり、骨の代謝に影響を及ぼす |
---|---|
低マグネシウム血症 | マグネシウムの吸収を妨げる |
腎機能低下 | 腎臓にかかる負担が増える |
肺炎のリスク上昇 | 胃酸の分泌を抑えることで細菌が増殖しやすくなる |
H2受容体拮抗薬の副作用
H2受容体拮抗薬も胃酸の分泌を抑える薬の一種ですが、以下のような副作用が報告されています。
- 頭痛や眠気、疲労感
- 便秘や下痢などの消化器系の症状
- 肝機能障害(稀)
- 血液障害(稀)
これらの副作用は通常、軽度であり、薬の使用を停止すれば改善するケースが多いです。しかし、肝機能障害や血液障害などの重大な副作用が現れた時は、すぐに受診する必要があります。
外科的治療のデメリット
胃食道逆流症の外科的治療は、薬物療法では効果が不十分な場合や、合併症のリスクが高い患者に対して考慮されます。外科的治療には、以下のようなデメリットがあります。
- 手術による身体への負担や合併症のリスク
- 手術後に必要な回復時間
- 術後も症状が再発する可能性がある
- 手術後に一定期間、食事を制限する必要がある
生活習慣の改善が必要
胃食道逆流症の治療には、生活習慣の見直しが不可欠です。患者さんによっては、制限を負担に感じる方も多く、治療のデメリットとなります。
- 食事の内容や時間に制約が出る
- 就寝前の食事を控える必要がある
- 喫煙や飲酒を制限する必要がある
- 体重の管理
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
胃食道逆流症に関する治療は、多くのケースで健康保険が適用されます。
治療費の目安
治療方法 | 費用目安 |
投薬治療(経口薬) | 月額数千円~1万円程度 |
---|---|
内視鏡検査 | 1回につき1~3万円程度 |
内視鏡的治療 | 10~30万円程度 |
外科手術 | 50~100万円程度 |
上記で挙げた治療費はあくまで目安であり、実際の費用はこれよりも高くなる可能性があります。治療費について詳しくは、医療機関へ直接ご確認ください。
参考文献
KAHRILAS, Peter J. Gastroesophageal reflux disease. New england journal of medicine, 2008, 359.16: 1700-1707.
KELLERMAN, Rick; KINTANAR, Thomas. Gastroesophageal reflux disease. Primary care, 2017, 44.4: 561-573.
GYAWALI, C. Prakash; FASS, Ronnie. Management of gastroesophageal reflux disease. Gastroenterology, 2018, 154.2: 302-318.
MARET-OUDA, John; MARKAR, Sheraz R.; LAGERGREN, Jesper. Gastroesophageal reflux disease: a review. Jama, 2020, 324.24: 2536-2547.
KATZ, Philip O.; GERSON, Lauren B.; VELA, Marcelo F. Guidelines for the diagnosis and management of gastroesophageal reflux disease. Official journal of the American College of Gastroenterology| ACG, 2013, 108.3: 308-328.
VANDENPLAS, Yvan; HASSALL, Eric. Mechanisms of gastroesophageal reflux and gastroesophageal reflux disease. Journal of pediatric gastroenterology and nutrition, 2002, 35.2: 119-136.
RICHTER, Joel E.; RUBENSTEIN, Joel H. Presentation and epidemiology of gastroesophageal reflux disease. Gastroenterology, 2018, 154.2: 267-276.
LACY, Brian E., et al. The diagnosis of gastroesophageal reflux disease. The American journal of medicine, 2010, 123.7: 583-592.
BADILLO, Raul; FRANCIS, Dawn. Diagnosis and treatment of gastroesophageal reflux disease. World journal of gastrointestinal pharmacology and therapeutics, 2014, 5.3: 105.
LOCKE, G. RICHARD, et al. A new questionnaire for gastroesophageal reflux disease. In: Mayo Clinic Proceedings. Elsevier, 1994. p. 539-547.