胃静脈瘤(Gastric varices)とは、門脈圧亢進症によって胃壁の静脈が怒張し、重症化すると大量出血を引き起こす可能性がある疾患です。
主な原因は肝硬変や肝外門脈閉塞症などの門脈圧亢進症であり、食道静脈瘤と比較すると破裂はしにくいものの、止血困難に陥りやすいとされています。
症状としては吐血や下血などの消化管出血が挙げられますが、無症状のケースもみられます。
胃静脈瘤の病型
胃静脈瘤の内視鏡所見は、占居部位、形態、色調、発赤の度合い、出血の有無、粘膜の状態の6つから、次のように分類されます。
占居部位による分類
分類 | 説明 |
Lg-c | 噴門部に限局 |
Lg-f | 穹窿部に限局 |
Lg-cf | 噴門部から穹窿部に連なる |
形態による分類
分類 | 説明 |
F1 | 直線状のもの |
F2 | 結節状・連珠状のもの |
F3 | 腫瘤状のもの |
特に、F2やF3の形を示すタイプは、出血のリスクが高いことが知られています。
色調による分類
分類 | 説明 |
Cw | 白色調 |
Cb | 青色調 |
Cw+b | 白色調と青色調の混在 |
青色調(Cb)のものは、血液の流れが多いことを表しています。
発赤所見による分類
- RC0:発赤所見を認めない
- RC1:軽度の発赤所見を認める
- RC2:中等度の発赤所見を認める
- RC3:高度の発赤所見を認める
出血所見による分類
出血中 | 湧出性出血 | 大きく湧き出るような出血 |
---|---|---|
噴出性出血 | 破裂部が小さくjet様の出血 | |
滲出性出血 | 滲み出る出血 | |
止血直後 | 赤色栓 | 出血から24時間以内の所見 |
白色栓 | 出血から2~4日後の所見 |
粘膜所見による分類
分類 | 説明 |
E | びらん |
UI | 潰瘍 |
S | 瘢痕 |
胃静脈瘤の症状
多くの場合、胃静脈瘤は無症状であり、偶然の検査で発見されるのが一般的です。ただし、胃静脈瘤が破裂した場合や、瘤が大きくなりすぎると症状が現れやすくなります。
胃静脈瘤は重篤な合併症を引き起こす危険性のある疾患です。 症状を見逃さずに早期発見・早期治療が重要となります。
吐血
胃静脈瘤が破裂した際には、大量の吐血(血を吐くこと)を引き起こす可能性があります。
吐血は胃静脈瘤の最も重大な症状の一つで、吐血が起こった場合には速やかな医療機関への受診が必要です。
その他、喀血(血痰)、タール便(消化された血による黒い便)などが見られるケースもあります。
貧血
胃静脈瘤からの出血が長引くと、血液のヘモグロビン濃度が低下し、貧血を引き起こす場合があります。
- 倦怠感
- 動悸
- 息切れ
貧血が進行した際には、重篤な合併症を引き起こす危険性があるため注意が必要です。
腹痛
稀に、瘤が大きくなりすぎると腹部に痛みや圧迫感が生じるケースもあります。持続的な腹痛がある場合には、医療機関での検査が必要です。
部位 | 症状 |
上腹部 | 鈍痛、圧痛 |
心窩部 | 灼熱感、不快感 |
ショック状態
大量出血が発生した場合、急速にショック状態に陥る可能性があります。これは血圧の低下、意識の混濁、極度の弱さなどを伴います。
胃静脈瘤の原因
胃静脈瘤の主な原因は門脈圧亢進症であり、肝硬変などの慢性肝疾患に伴って発症するケースが多いです。肝硬変以外の原因で胃静脈瘤が発生する例は少なく、全体の約10%未満とされています。
原因疾患 | 発生頻度 |
肝硬変 | 約90%以上 |
非肝硬変性 | 全体の約10%未満 |
門脈圧亢進症とは
門脈圧亢進症は、肝臓へ血液を運ぶ門脈系の血管内圧が異常に上昇している状態です。 肝硬変などの慢性肝疾患が原因で、肝臓内の血管抵抗増大により門脈圧が上昇します。
血流のうっ滞と側副血行路の形成
門脈圧が亢進すると、肝臓への血流がうっ滞し、スムーズに流れなくなります。そうすると側副血行路が形成され、本来肝臓に流入するはずだった血液が、迂回路を通って全身に流れてしまいます。
胃静脈瘤の発生メカニズム
側副血行路の一つである左胃静脈が拡張し、蛇行することによって胃静脈瘤が形成されます。この静脈瘤は胃壁の粘膜下層や粘膜層に存在しており、破裂してしまうと大量出血を引き起こす危険性が高くなります。
胃静脈瘤の部位 | 頻度 |
胃上部 | 80-90% |
胃下部 | 10-20% |
胃静脈瘤の検査・チェック方法
胃静脈瘤の診断では、内視鏡検査(上部消化管内視鏡検査)が最も一般的に用いられる方法です。
内視鏡検査の所見と臨床所見、画像検査の結果を総合的に判断し、胃静脈瘤の確定診断を行います。
内視鏡検査
内視鏡検査は胃静脈瘤の存在や形態、発赤所見の有無、出血の有無などを直接観察でき、治療方針の決定に役立ちます。
また、内視鏡検査では、胃静脈瘤以外の胃や食道の病変の有無も同時に評価可能です。
臨床所見の評価
臨床所見 | 評価ポイント |
吐血・黒色便 | 消化管出血の有無と程度 |
腹水 | 門脈圧亢進症の有無と重症度 |
食道静脈瘤 | 併存する食道静脈瘤の有無と程度 |
脾腫 | 門脈圧亢進症の有無と重症度 |
画像検査
内視鏡検査に加えて、超音波検査やCT検査、MRI検査などの画像検査も胃静脈瘤の評価に有用です。
これらの検査では、胃静脈瘤の位置や大きさ、血流の状態などを詳細に評価できるほか、肝臓の状態や門脈系の血行動態の評価にも役立ちます。
画像検査 | 評価ポイント |
超音波検査 | 胃静脈瘤の位置や大きさ、血流の評価 |
CT検査 | 胃静脈瘤の位置や大きさ、肝臓の状態、門脈系の血行動態の評価 |
MRI検査 | 胃静脈瘤の位置や大きさ、肝臓の状態、門脈系の血行動態の評価 |
胃静脈瘤の治療方法と治療薬について
胃静脈瘤の治療は、出血時の緊急止血と待機的な予防的治療に大別されます。治療法には、内視鏡的治療、薬物療法、外科的治療などがあります。
出血時の緊急止血
胃静脈瘤からの出血に対しては、迅速な止血処置が必要です。胃バルーンによる圧迫止血や、シアノアクリレートモノマー(CA)法による一時止血が行われます。
治療法 | 概要 |
胃バルーンによる圧迫止血 | 胃内にバルーンを挿入し、圧迫により止血を図る |
CA法による一時止血 | 内視鏡下で静脈瘤にシアノアクリレート系化合物を注入し、血流を遮断 |
また、バソプレシン系薬剤やオクトレオチドなどの血管収縮作用を持つ薬剤が使用される場合もあります。
待機的な予防的治療
出血のリスクが高い胃静脈瘤に対しては、予防的な治療が行われます。内視鏡的硬化療法(EIS)や、バルーン下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO)、CA法単独などが選択されるのが一般的です。
治療法 | 概要 |
内視鏡的硬化療法(EIS) | 内視鏡下で硬化剤を注入し、静脈瘤を硬化・消退させる |
バルーン下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO) | バルーンカテーテルを用いて静脈瘤を塞栓する |
CA法単独 | 内視鏡下でシアノアクリレートを注入し、静脈瘤を閉塞させる |
また、βブロッカーなどの薬物療法により、門脈圧の低下を図る場合もあります。脾機能亢進症を伴う場合は、ハッサブ手術(脾臓摘出術)が検討されます。
治療に用いられる主な薬剤
- バソプレシン系薬剤:血管収縮作用により止血効果を発揮
- オクトレオチド:血管収縮作用と門脈血流量の減少により止血効果を発揮
- βブロッカー:門脈圧を下げ、静脈瘤の出血リスクを減らす
胃静脈瘤の治療期間と予後
胃静脈瘤の治療期間と予後は、病状の重症度や選択された治療法によって大きく異なりますが、治療後も再発する可能性がある疾患です。
治療期間
内視鏡的治療や薬物療法の場合の治療期間は比較的短く、数日から数週間で完了するケースが多いです。一方、外科的治療を要する場合は、入院期間が長くなる傾向です。
治療法 | 平均的な治療期間 |
内視鏡的治療 | 数日から1週間程度 |
薬物療法 | 数週間から数ヶ月 |
外科的治療 | 2週間から1ヶ月以上 |
予後
早期発見と治療により予後は改善されますが、進行した肝硬変を伴う際は予後不良となることがあります。
肝硬変の重症度 | 3年目の累積生存率 |
Child-Pugh分類 A | 93.5% |
Child-Pugh分類 B | 71.0% |
Child-Pugh分類 C | 30.7% |
分担研究報告書)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/20150501_04.pdf
再発の可能性
内視鏡的治療後の胃静脈瘤の再発率は比較的高く、研究によっては30%から50%の再発率が報告されています。再発は治療後数ヶ月から数年の間の発生が一般的です。
外科的治療後の胃静脈瘤の再発率は比較的低いですが、手術自体にリスクが伴います。
再発を防ぐためには、根本的な原因である門脈圧の上昇に対する治療が欠かせません。
- 内服薬(非選択的β遮断薬)による門脈圧のコントロール
- 肝硬変に対する根本的治療(抗ウイルス療法、肝移植など)
薬の副作用や治療のデメリットについて
胃静脈瘤の治療を行う際には、副作用やリスクが伴います。
出血のリスク
胃静脈瘤の治療後は、出血のリスクが高まる場合があります。
血管内治療や外科的治療によって静脈瘤が閉塞されると、門脈圧が上昇し、他の部位に新たな静脈瘤ができやすくなるのです。
そのため、定期的な内視鏡検査によって、新たな静脈瘤ができていないかどうかを確認し、必要であれば追加治療の検討が重要となります。
治療法 | 出血リスク |
内視鏡的硬化療法 | 中程度 |
内視鏡的結紮術 | 低~中程度 |
バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO) | 低程度 |
治療部位の合併症
- 潰瘍形成
- 食道炎
- 血管損傷
内視鏡的硬化療法では、硬化剤が血管の外に漏れ出ることで、潰瘍や組織の壊死などが起きる危険性があります。
静脈瘤が食道と胃の境目までできている場合は、治療後に逆流性食道炎に注意する必要もあります。
一方、B-RTOでは、カテーテルの操作によって血管が損傷したり、塞栓物質が目的としない血管に入り込んだりすることが心配されます。
再発と追加治療
門脈圧亢進症による胃静脈瘤は、再発しやすい病気です。
再発した場合にはさらなる治療が必要となりますが、治療を繰り返すごとに、静脈瘤の状態によっては治療がより難しくなる場合があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
胃静脈瘤の治療は、多くのケースで健康保険の適用対象となります。
治療法別の費用
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)は、比較的低侵襲で治療費用も比較的安価です。
一方、バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO)は、より高度な技術と設備を必要とするため、治療費用はEVLと比べて高くなる傾向にあります。
治療法 | 概算費用 |
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL) | 30万円~50万円 |
バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO) | 100万円~150万円 |
B-RTOでは、使用するカテーテルや塞栓物質の一部が保険適用外となる場合があり、自己負担額が増加する可能性があります。
入院期間と費用
EVLでは通常2~3日程度の入院で済む場合が多いのに対し、B-RTOでは1週間以上の入院が必要となるケースもあり、入院期間が長くなるほど費用も増加します。
治療法 | 平均入院期間 |
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL) | 2~3日 |
バルーン閉塞下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO) | 7~10日 |
費用助成制度
以下のような費用助成制度の活用により、経済的な負担を軽減できます。
- 高額療養費制度
- 医療費控除制度
- 自治体の医療費助成制度
以上
参考文献
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