食道静脈瘤

食道静脈瘤(esophageal varices, EV)とは、食道の壁内の静脈が異常に拡大し、瘤状に盛り上がったものです。

この病状は、肝硬変をはじめとする慢性の肝疾患により門脈圧が上昇すると、食道静脈瘤が発生しやすくなります。

食道静脈瘤自体は無症状ですが、静脈瘤が破裂した際には吐血や下血を伴い、場合によっては命にかかわる危険な状況に至る場合もあります。

この記事では、食道静脈瘤の原因や症状、治療方法について解説します。

目次

食道静脈瘤の病型

食道静脈瘤は、重症度や形態によって分類されます。

日本門脈圧亢進症学会の分類

日本門脈圧亢進症学会では、内視鏡所見に基づいて食道静脈瘤を以下のように分類しています。

記号形態
F0治療後に静脈瘤が認められないもの
F1直線的な比較的細い静脈瘤
F2連珠状の中等度の静脈瘤
F3結節状または腫瘤状の静脈瘤

静脈瘤の占拠部位に関しても、以下のように分類されています。

  • Ls:上部食道にまで認められる
  • Lm:中部食道にまで及ぶ
  • Li:下部食道のみに限局

これらの分類を組み合わせることで、食道静脈瘤の重症度を総合的に評価します。

重症度が高い場合、静脈瘤破裂のリスクが高くなるため、予防的な治療を検討する必要があります。軽度の病態であれば、経過観察を中心とした対応が可能です。

食道静脈瘤の症状

食道静脈瘤の症状は人によって大きく異なり、無症状の場合もあれば、吐血などの重篤な症状が現れる場合もあります。

初期症状は無症状のことが多い

食道静脈瘤の初期では症状が表れず、静脈瘤が小さいうちは、自覚症状がないのが普通です。

定期的な内視鏡検査を受けることで、早期に発見し治療を開始できます。

進行すると吐血や下血などの症状が出現

食道静脈瘤が大きくなると、以下のような症状が出る可能性があります。

  • 吐血(血液を吐く)
  • 下血(黒色便や血便)
  • 貧血症状(顔色が悪くなり、めまいや動悸が起こる)
  • 嚥下困難(飲み込むのが難しくなる)

これらの症状は静脈瘤の破裂を示しており、非常に緊急を要する状態です。

重症度によって症状は異なる

食道静脈瘤の重症度は、静脈瘤の大きさや形状によって分類されます。重症度が高まると、より重篤な症状が現れる可能性が高くなります。

重症度静脈瘤の大きさ主な症状
F1直径5mm未満無症状
F2直径5~10mm無症状~軽度の症状
F3直径10mm以上吐血、下血、貧血など

静脈瘤の破裂は命に関わる重大な問題ですので、早急な医療機関への受診が必要です。

食道静脈瘤の原因

食道静脈瘤は、肝臓の病気が原因で起こります。

原因詳細
門脈圧亢進症肝臓への血流を運ぶ門脈の圧力が異常に上昇した状態
肝硬変肝臓の線維化と再生結節の形成により、肝機能が低下した状態

門脈圧亢進症が主な原因

食道の周りにある血管が太くなり、静脈瘤と呼ばれる状態になる主な理由は、門脈圧亢進症です。

これは、肝臓に血液を運ぶ「門脈」という血管の圧力が、通常よりも高くなる病状を指します。この圧力が高い状態が続くと、食道の近くの血管が拡がり、静脈瘤ができやすくなります。

肝硬変による血流障害

門脈圧亢進症を引き起こす一般的な原因は、肝硬変にあります。肝硬変になると、肝臓の中の血管が狭くなり、血液がスムーズに流れにくくなります。

これにより、門脈の圧力が高まり、食道の血管にも影響が及び、静脈瘤ができる可能性が増します。

肝硬変を引き起こす原因には、以下のようなものがあります。

  • ウイルス性肝炎(B型肝炎、C型肝炎など)
  • アルコール性肝障害
  • 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)
  • 自己免疫性肝疾患(原発性胆汁性胆管炎、自己免疫性肝炎など)

側副血行路の発達

門脈圧亢進症が長く続くと、血液が肝臓を避けて他の道を通るようになります。これを側副血行路と呼び、食道の血管が拡がって静脈瘤ができる原因の一つとなります。

血管壁の脆弱化

静脈瘤ができた血管は、壁が薄くなり弱くなっています。これは、長い間高い圧力がかかることで血管壁が伸びてしまうためです。

この弱った血管は、少しの刺激でも破れやすく、出血を起こす危険があります。

食道静脈瘤の検査・チェック方法

食道静脈瘤を調べるには、内視鏡検査が中心となります。また、CT検査やMRI検査が行われる場合もあります。

検査方法目的
内視鏡検査食道内部の直接観察、静脈瘤の有無・大きさ・赤色徴候の確認
CT検査静脈瘤の大きさや周囲臓器への影響の詳細な把握
MRI検査静脈瘤の大きさや周囲臓器への影響の詳細な把握

内視鏡検査

内視鏡を使って食道の内側を直接確認し、静脈瘤があるかどうか、その大きさや表面の赤みなどをチェックできます。

静脈瘤の表面に赤い徴候が見られる場合は、破裂する危険性が高いとされ、注意深く経過を見守る必要があります。

CT検査やMRI検査

内視鏡検査の他にも、CT検査やMRI検査が食道静脈瘤の評価に利用される場合があります。

この検査では、静脈瘤の大きさや他の臓器への影響を詳しく知ることができ、特に肝臓の状態や血液の流れの変化を把握するのに有効です。

超音波内視鏡検査の役割

超音波内視鏡検査も、食道静脈瘤の診断に役立つ検査方法です。この検査では、食道の壁の構造や血流を観察できますので、破裂の危険性がある静脈瘤を特定するのに有効です。

内視鏡検査と組み合わせることで、より正確な診断が期待されます。

定期検査の重要性

食道静脈瘤の管理には、定期的な検査が欠かせません。最初の検査で静脈瘤が見つかった際には、その後半年から1年ごとの検査が推奨されています。

静脈瘤が見つからなかった場合でも、肝硬変などのリスクを持つ方は、1〜2年ごとの検査が望ましいとされています。

初回検査結果推奨される検査間隔
静脈瘤あり半年〜1年ごと
静脈瘤なし(リスク因子あり)1〜2年ごと
静脈瘤なし(リスク因子なし)2〜3年ごと

食道静脈瘤の治療方法と治療薬について

食道静脈瘤の治療には、内視鏡を使った治療、薬物療法が用いられます。

内視鏡的治療や薬物療法で効果が見られない場合や、肝臓の機能が著しく低下している場合には、手術が検討されます。

内視鏡的治療

食道静脈瘤に対する最初の治療選択として、内視鏡を使った方法があります。この治療では、出血の可能性を減らすために、静脈瘤を縛ったり、専用の薬剤を注入したりします。

治療法概要
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)ゴムのリングで静脈瘤を縛り、血液の流れを止める
内視鏡的硬化療法(EIS)静脈瘤に硬化剤を注入し、血管を塞ぐ

薬物療法

予防や再発を防ぐためには、薬物療法が役立ちます。

β遮断薬やバソプレシンといった薬が、門脈の圧力を下げることで静脈瘤の悪化を抑える効果を発揮します。

外科的治療

内視鏡的治療や薬物療法が効かない時や、肝臓の機能が大きく落ちている時には、手術が考慮されることがあります。

治療法概要
経頸静脈的肝内門脈大循環シャント術(TIPS)肝臓内で新しい通路を作り、門脈の圧を下げる
食道離断術食道と胃のつながりを断ち切り、静脈瘤への血流を止める

食道静脈瘤の治療期間と予後

一般的に、食道静脈瘤の予後は良好ではありません。 特に、静脈瘤が破裂して出血した場合、死亡率は非常に高くなります。しかし、近年では、治療法の進歩により予後が改善しつつあります。

治療期間の目安

症状が軽い場合は生活習慣を見直したり、薬を服用しながら定期的に状態をチェックする場合が多いです。

一方で、症状が重い場合には、内視鏡を使った治療や手術が必要になり、入院が伴うこともあります。

重症度治療方法治療期間
軽度生活習慣の改善、内服薬数か月~数年
中等度内視鏡的治療数週間~数か月
重度外科的手術数か月~1年以上

因子ごとの予後

肝硬変が原因の食道静脈瘤は、門脈圧亢進症に伴う他の合併症(腹水、肝性脳症など)も起こしやすく、予後が不良です。

一方、脾腫大や膵臓静脈血栓症などが原因の食道静脈瘤は、肝硬変ほど予後が悪くない場合があります。

また、大きくて数の多い静脈瘤は破裂しやすい傾向があり、予後が不良です。

静脈瘤が破裂して出血した場合、死亡率は非常に高くなります。特に、大量出血の場合は救命が困難になることがあります。

治療後の予後

食道静脈瘤の治療後の状態は、根本的な病気である門脈圧亢進症の管理状況に左右されます。

根本的な病気がしっかりと管理されていれば、食道静脈瘤が再び問題を起こす可能性は低くなります。しかし、管理が不十分であれば、再発する危険性が高まります。

薬の副作用や治療のデメリットについて

食道静脈瘤の治療には内視鏡を使った硬化療法や結紮術がありますが、副作用やデメリットが伴います。

内視鏡的硬化療法の副作用

内視鏡的硬化療法では、静脈瘤に硬化剤を注入し、血管を塞ぐ治療を行います。この方法では次のような副作用が起こる場合があります。

  • 硬化剤が漏れ出し、周辺の組織が炎症を起こしたり、潰瘍ができたりすることがあります。
  • 発熱や胸の痛みなど、体全体に影響する症状が出ることがあります。
  • まれに、肺に血栓ができたり、血液感染が起こるなど、重大な合併症につながることがあります。

内視鏡的静脈瘤結紮術の副作用

内視鏡的静脈瘤結紮術では、静脈瘤をゴムの輪で縛り、血流を止めて治療します。

比較的まれですが、以下のような副作用があります。

  • 出血
  • 発熱
  • 胸痛
  • 穿孔

長期的な合併症の可能性

治療の後には、長期にわたる合併症にも注意が必要です。たとえば、硬化療法を受けた後に食道が狭くなる、結紮術の後に潰瘍ができるなどの合併症が考えられます。

保険適用の有無と治療費の目安について

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

食道静脈瘤の治療は、内視鏡的治療、薬物療法、外科的治療などがあり、ほとんどが保険の適用対象となっています。

内視鏡的治療の一つである内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)は、食道静脈瘤に対する主流の治療法で、保険が適用されます。内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)も同様に保険の対象です。

薬物療法においては、非選択的β遮断薬や血管収縮薬が用いられることがあり、これらの薬も保険でカバーされます。

外科的治療としての食道離断術や経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)は、重症の患者さんや他の治療法が効果を示さない場合に考慮されることがありますが、これらの治療も保険の適用を受けられます。

治療の一般的な費用

治療法費用(円)
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)10万~20万
内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)15万~30万
薬物療法(月額)5千~1万

外科的治療の費用は、治療法や患者さんの状態によって大きく異なりますが、一般的に以下のような費用がかかります。

治療法費用(円)
食道離断術100万~200万
経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)150万~300万

※治療費は一般的な目安となり、実際の費用はこれよりも高くなる可能性があります。

また、食道静脈瘤の治療費は高額療養費制度の対象です。この制度により、月々の医療費の自己負担額には上限が設定されています。

負担額は所得により異なりますので、詳細は厚生労働省のホームページをご確認ください。

当記事に掲載されている情報は、信頼できる情報源に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療的助言や診断、治療の代替となるものではありません。

また、記事に掲載されている情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。医療に関する判断や行動を行う際は、必ず医療専門家にご相談ください。

なお、当記事の内容は予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。

参考文献

日本門脈圧亢進症学会 https://jsph.gr.jp/

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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