食道癌(esophageal cancer)とは、食道の粘膜から発生する悪性腫瘍を指し、その位置に応じて胸部上部食道癌、胸部中部食道癌、胸部下部食道癌と分類されます。
多くの食道癌は扁平上皮癌であり、初期には飲み込む際の困難さや違和感が見られます。
病気が進行するにつれて、食物が喉を通らなくなる、体重が減少する、声がかすれるなどの症状が出現するのが特徴です。
この記事では、食道癌の原因、症状、診断方法や治療について詳しく解説します。
食道癌の病型
食道癌は、発生部位に応じて胸部上部食道癌、胸部中部食道癌、胸部下部食道癌の3つの病型に分けられます。
病型 | 発生部位 | 特徴 |
---|---|---|
胸部上部食道癌 | 食道入口部から気管分岐部まで | リンパ節転移が多い 早期発見が難しい 急速な腫瘍成長 |
胸部中部食道癌 | 気管分岐部から横隔膜まで | 比較的早期に発見されやすい リンパ節転移は胸部上部よりも少ない 周囲臓器への浸潤が問題となる場合がある |
胸部下部食道癌 | 横隔膜から食道胃接合部にかけて発生 | 胃癌との区別が重要 リンパ節転移のパターンが他の部位と異なる 詳細な評価が必要 |
胸部上部食道癌
胸部上部食道癌は、食道の入り口から気管分岐部にかけて見られる癌です。この部位の癌はリンパ節への転移が頻繁に見られ、早期発見が困難です。
血流が豊富なため、腫瘍の成長が速い傾向にあります。
胸部中部食道癌
胸部中部食道癌は、気管分岐部から横隔膜にかけて発生します。この部位の癌は、早期発見が比較的容易であり、胸部上部に比べリンパ節転移が少ないです。
腫瘍が拡大すると、周囲の臓器に影響を及ぼすリスクがあります。
胸部下部食道癌
胸部下部食道癌は、横隔膜から食道胃接合部にかけて発生します。胃癌との区別が重要で、リンパ節転移のパターンが他の部位と異なるため、詳細な評価が必要です。
食道癌の症状
食道癌は早期発見が難しく、症状が現れる段階で多くの場合、病気は進行しています。
嚥下困難、体重減少、食欲不振、胸部不快感、嗄声、慢性的な咳などが持続する場合は、専門医の診断を受けましょう。
嚥下困難(えんげこんなん)
食道癌における最も一般的な症状は、嚥下困難です。食物や液体の摂取が難しくなり、食道を通る際に痛みや違和感を伴います。
この症状は、腫瘍によって食道が狭くなるために生じます。
段階 | 症状 |
---|---|
初期 | 固形物の嚥下困難 |
中期 | 半固形物の嚥下困難 |
後期 | 液体の嚥下困難 |
体重減少と食欲不振
食道癌の患者さんは嚥下困難により適切な栄養が摂れず、体重減少が見られるのが一般的です。食欲不振もしばしば伴います。
これらの症状は、がんが進行するにつれて悪化する傾向にあります。
胸やけや胸部不快感
- 胸やけ
- 胸部の灼熱感
- 胸部の圧迫感
- 胸部の鈍痛
食道癌が原因で、胸やけや胸部の不快感が生じる場合があります。これは、腫瘍の食道圧迫、炎症によるものです。
嗄声(させい)や慢性的な咳
食道癌が進行し、喉頭や気管に影響を及ぼすと、嗄声や慢性的な咳が出る場合があります。これらの症状は、がんが神経や気道を圧迫することによって引き起こされます。
食道癌の原因
食道癌の発症には、喫煙や過度の飲酒などの生活習慣が深く関わっています。
喫煙
喫煙は、食道癌の発症における主要なリスク要因です。タバコの中の発癌物質が食道の粘膜を損傷し、がん化を促します。
喫煙の期間が長いほど、また多くタバコを吸う方ほど食道癌のリスクは増加します。
喫煙状況 | 食道がんのリスク |
---|---|
非喫煙者 | 1倍 |
現在の喫煙者 | 2.5〜5倍 |
過去の喫煙者 | 1.5〜2倍 |
アルコール摂取
- 1日当たりのアルコール摂取量が30g以上の場合、食道癌のリスクが2〜3倍に上昇します。
- 喫煙とアルコール摂取を併せて行うと、リスクが相乗的に増大します。
アルコールの過剰な摂取も食道癌のリスクを高める要因です。アルコールは食道の粘膜を直接刺激し、炎症や損傷を引き起こすします。
また、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドは発癌性があります。
食生活
不適切な食生活も食道癌の発症に寄与するとされています。
熱い食べ物や飲み物の摂取 | 粘膜の損傷やがん化を促進 |
---|---|
野菜や果物の摂取不足 | 抗酸化物質の不足によるがんリスクの上昇 |
塩分の過剰摂取 | 食道粘膜の炎症や損傷を引き起こす |
その他の食道癌のリスク要因
主要な要因の他にも、以下の因子が食道癌の発症に関与しています。
- バレット食道:胃酸の逆流により食道粘膜が変化する状態で、食道癌のリスクが高いです。
- 肥満:食道胃接合部付近の食道癌(バレット食道癌)のリスクを上昇させます。
- ウイルス感染:ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が、食道癌の一部の症例に関与していると考えられています。
食道癌の検査・チェック方法
食道癌を検査するには、主に上部消化管の内視鏡検査が用いられます。
内視鏡検査
この方法では、カメラを搭載した細長い内視鏡を口腔から挿入し、食道内部を直接視覚化します。
検査は約10分で完了し、食道の粘膜の異常や腫瘍の存在を検出できます。
食道がん検診時の注意点
検査前の食事制限 | 検査の4時間前からは飲食を避ける |
---|---|
服装 | 上半身の動きを妨げない服装を選ぶ |
バリウム検査
内視鏡検査に加え、バリウム検査も食道全体の検査に利用されます。この検査では、バリウムを摂取した後にX線撮影を行い、食道の形状や粘膜の状態を詳しく観察します。
バリウムが食道の粘膜をコーティングすることにより、X線撮影で食道の輪郭がより鮮明に映し出され、食道癌、食道炎、逆流性食道炎、食道ポリープ、食道憩室、食道静脈瘤などの病変を発見できます。
しかし、バリウム検査では小さな病変を見逃す可能性があるため、通常は内視鏡検査と組み合わせて使用されます。
精密検査
スクリーニングで異常が指摘された場合は、さらなる精密検査が行われます。
検査名 | 説明 |
---|---|
超音波内視鏡検査 | 食道壁の構造を詳細に調べる。 |
CT検査 | がんの拡がりや他臓器への転移を検出する。 |
PET検査 | がん細胞の代謝活動を評価する。 |
生検 | 組織片を採取し、顕微鏡下で検査する。 |
これらの検査結果に基づき、がんの進行度合いを判定し、治療方針を決定します。
食道癌の治療方法と治療薬について
食道癌の治療は、がんの進行具合や患者の健康状態に応じて、外科手術、化学療法、放射線療法の組み合わせで行われます。
外科手術
食道癌に対する基本的なアプローチは外科手術で、がんの位置や進行度に基づいて、胸腔鏡下手術または開胸手術が選ばれるケースが多いです。
手術では、がんを含む食道の部分を除去し、残された食道と胃を接続する食道胃管吻合術が一般的に行われます。
手術方法 | 適応 | 特徴 |
---|---|---|
胸腔鏡下手術 | 比較的早期の食道癌 | 低侵襲で、回復が早い |
開胸手術 | 進行した食道癌 | がんの完全切除が可能 |
近年、食道癌の手術は低侵襲な胸腔鏡下手術が主流になりつつあります。胸腔鏡下手術では、胸部に小さな穴を数か所開け、そこからカメラや手術器具を挿入して操作します。開胸手術に比べて傷が小さく、術後の痛みや回復期間が短くなります。
一方、開胸手術は、胸骨を切開して胸腔内を大きく開いて行う手術です。進行度の高い癌や、周囲臓器への広がりがある場合などに選択されます。
化学療法
化学療法では、抗がん剤を使用してがん細胞を攻撃します。食道癌治療においては、シスプラチンやフッ化ピリミジン系薬剤(5-FU、カペシタビンなど)がよく用いられます。
- シスプラチン:DNA合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑える。
- 5-FU:がん細胞のDNA合成を阻害し、細胞分裂を妨げる。
- カペシタビン:体内で5-FUに変換され、がん細胞に作用する。
放射線療法
放射線療法は、高エネルギーのX線や粒子線を使ってがん細胞を破壊します。
食道癌における放射線療法には、外部照射と腔内照射の二つの方法があります。外部照射は体外から放射線を照射する手法で、腔内照射は食道内に放射線源を挿入して直接照射を行う手法です。
食道癌の治療期間と予後
食道癌の治療期間とその後の生存率は、がんの進行具合や選択される治療手段によって大きく変わります。
治療期間の目安
手術を伴う治療 | 入院期間:通常2週間~3週間、手術後の治療期間:数週間~数ヶ月 |
---|---|
化学療法 | 1サイクル:3週間~4週間、サイクル数:2~6サイクル、全体の治療期間:数ヶ月 |
放射線治療 | 照射期間:約5週間~7週間、全体の治療期間:約6週間~8週間 |
化学放射線治療 | 照射期間:約5週間~7週間、全体の治療期間:約6週間~8週間 |
上記はあくまで目安であり、患者さんの状態や治療への反応によって、期間は短くなったり長くなったりすることがあります。
また、治療以外にも、検査やリハビリテーション等にかかる時間もあります。
それぞれの治療法の詳細や、具体的なスケジュールについては、担当医にご相談ください。
食道癌の予後
ステージ | 5年生存率 |
0期 | 87.0% |
---|---|
I期 | 75.4% |
II期 | 58.6% |
III期 | 35.2% |
IVa期 | 17.7% |
IVb期 | 0% |
進行度が高まるにつれて、生存率は低下する傾向にあります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
手術療法の副作用とデメリット
食道癌の手術治療では、がん組織の除去と周囲のリンパ節を取り除きます。手術を受けた後、以下のような副作用が起きる場合があります。
副作用 | 症状 |
---|---|
嚥下障害 | 食物や液体の摂取が困難になる |
逆流性食道炎 | 胃酸の逆流による炎症や痛み |
吻合部狭窄 | 手術箇所の狭窄が食物の通過を妨げる |
手術は体への負荷が大きく、完全な回復までには時間がかかるという点も考慮すべきです。
化学療法の副作用とデメリット
抗がん剤を用いた食道癌の化学療法は、がん細胞を体系的に攻撃しますが、正常細胞にも影響を及ぼします。これにより、以下のような副作用が現れることがあります。
- 悪心や嘔吐
- 口内炎
- 脱毛
- 疲労
- 免疫機能の低下
放射線療法の副作用とデメリット
放射線療法では、がん細胞を破壊するために高エネルギー放射線を使用します。
周囲の健康な組織にも影響を与える場合があり、その結果、以下のような副作用が起こり得ます。
副作用 | 症状 |
---|---|
放射線食道炎 | 食道の粘膜が炎症を起こし、痛みや飲み込みにくさが生じる |
皮膚炎 | 照射された皮膚が赤くなり、乾燥やかゆみを感じる |
疲労感 | 体がだるく、疲れやすくなる |
治療後の長期的な影響
食道癌治療を終えた後も、食道機能の変化(嚥下機能障害など)により、食事の制限や逆流症状が現れる場合があります。
また、化学療法や放射線療法などの治療後には、味覚障害、嗅覚障害、脱毛、皮膚障害、倦怠感などの副作用や、神経障害、肺機能障害、心臓機能障害などの後遺症が現れる可能性があります。
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
食道癌の治療においては、手術や化学療法、放射線療法などの一般的な治療法は健康保険の対象です。
ただし、最新の治療法や特定の高度医療技術は保険の適用外となる可能性があります。
食道癌の手術費用
食道癌の手術にかかる費用は、病期や手術の種類によって変動します。大まかな費用は以下のとおりです。
これらの費用の大部分は保険でカバーされるため、実際に支払う金額は3割となります。※自己負担額は患者さんの状況によります。
手術方法 | 概算費用 |
---|---|
内視鏡的粘膜下層剥離術 (ESD) | 50万円~100万円 |
食道亜全摘術 | 100万円~200万円 |
食道全摘術 | 150万円~300万円 |
食道癌の化学療法費用
食道癌治療に用いられる代表的な抗がん剤と、その費用は次のとおりです。
- シスプラチン: 1回の治療につき約5万円
- 5-フルオロウラシル: 1回の治療につき約1万円
- パクリタキセル: 1回の治療につき約10万円
化学療法は通常数クールにわたって行われるため、全体の治療費は数十万円から数百万円に及ぶ場合もあります。保険が適用されるため、実質的な負担は抑制されます。
食道癌の放射線療法費用
食道癌に対する放射線療法には外部からの照射と、体内への直接照射(腔内照射)の二種類があります。
放射線療法の種類 | 概算費用 |
---|---|
外部照射 | 50万円~100万円 |
内部照射(腔内照射) | 30万円~50万円 |
放射線療法も、一般的には保険の適用が受けられます。
治療費は患者の状態や治療計画によって変動するため、上記の金額よりも高額になる可能性があります。詳しくは担当医、医療機関へご確認ください。
当記事に掲載されている情報は、信頼できる情報源に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療的助言や診断、治療の代替となるものではありません。
また、記事に掲載されている情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。医療に関する判断や行動を行う際は、必ず医療専門家にご相談ください。
なお、当記事の内容は予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
参考文献
ZHANG, Yuwei. Epidemiology of esophageal cancer. World journal of gastroenterology: WJG, 2013, 19.34: 5598.
SHORT, Matthew W.; BURGERS, Kristina G.; FRY, Vincent T. Esophageal cancer. American family physician, 2017, 95.1: 22-28.
KAMANGAR, Farin, et al. Environmental causes of esophageal cancer. Gastroenterology Clinics of North America, 2009, 38.1: 27-57.
RICE, Thomas W., et al. Worldwide esophageal cancer collaboration. Diseases of the Esophagus, 2009, 22.1: 1-8.
HOLMES, Rebecca S.; VAUGHAN, Thomas L. Epidemiology and pathogenesis of esophageal cancer. In: Seminars in radiation oncology. WB Saunders, 2007. p. 2-9.
HUANG, Fang-Liang; YU, Sheng-Jie. Esophageal cancer: risk factors, genetic association, and treatment. Asian journal of surgery, 2018, 41.3: 210-215.
ENZINGER, Peter C.; MAYER, Robert J. Esophageal cancer. New England Journal of Medicine, 2003, 349.23: 2241-2252.
UHLENHOPP, Dustin J., et al. Epidemiology of esophageal cancer: update in global trends, etiology and risk factors. Clinical journal of gastroenterology, 2020, 13.6: 1010-1021.
NAPIER, Kyle J.; SCHEERER, Mary; MISRA, Subhasis. Esophageal cancer: A Review of epidemiology, pathogenesis, staging workup and treatment modalities. World journal of gastrointestinal oncology, 2014, 6.5: 112.
YANG, Chung S. Research on esophageal cancer in China: a review. Cancer research, 1980, 40.8_Part_1: 2633-2644.