食道アカラシア

食道アカラシア(esophageal achalasia)とは、食道の筋肉の働きに異常が生じ、食物や液体が胃へと移動する過程で障害が起こる疾患です。

具体的には、蠕動運動が減弱して協調性が失われ、下部食道括約筋が適切なタイミングで弛緩しなくなるため、食べ物が食道内に滞留します。その結果、飲み込む際の困難や胸部の痛み、ゲップなどの症状が現れます。

食道アカラシアの発症原因は完全には解明されていないものの、近年では神経伝達物質であるアセチルコリンやカルシトニン遺伝子関連タンパク質(CGRP)などの関与が示唆されています。

また、遺伝子異常や自己免疫反応なども関与している可能性が考えられています。

この記事では、食道アカラシアの症状や原因、診断・治療方法について解説します。

目次

食道アカラシアの病型

食道アカラシアは、高解像度食道内圧測定(HRM)を用いたシカゴ分類により、3つのタイプに分けられます。

スクロールできます
病型食道蠕動食道内圧食道拡張症状
タイプ1完全に欠如高い進行しやすい比較的強い
タイプ2部分的に保たれるが無効タイプ1より軽度タイプ1より軽度食物通過障害
タイプ3過剰高い高い強い嚥下困難や胸痛

タイプ1(古典的アカラシア)

タイプ1は、食道の蠕動運動が完全に失われている状態です。HRM検査では、食道体部の収縮波が一切見られません。

このタイプの患者さんは、食道内の圧力が高まり、食道が拡張しやすくなるため、飲み込みにくさや胸の痛みが顕著に現れる場合が多いです。

タイプ2(無蠕動収縮を伴うアカラシア)

タイプ2では、食道体部の蠕動運動は部分的に残っていますが、効果的な収縮は行われません。HRM検査で、食道体部に不規則な無蠕動収縮波が確認されます。

このタイプでは、タイプ1に比べて食道内の圧力上昇や食道の拡張が少ないですが、食物の通過が妨げられます。

タイプ3(痙攣性アカラシア)

タイプ3は、食道体部の収縮が過剰に起こるタイプです。HRM検査では、通常よりも強い収縮波が食道体部で観察されます。

このタイプの患者さんは、強い食道収縮のために食物が通りにくくなり、飲み込みにくさや胸の痛みが生じやすいです。

さらに、食道内の圧力が高まるため、食道が拡張したり、最悪の場合は食道が破裂するリスクも増えます。

食道アカラシアの症状

食道アカラシアは、飲み込みにくさや胸痛、食べ物の逆流や吐き気などが症状の特徴です。

嚥下困難食べ物や液体を飲み込むのが難しい
喉の詰まり感食べ物が喉に詰まる感じがする
体重減少栄養摂取が困難になるため、体重が減る
食欲不振飲み込みの困難さや胸の痛みにより食事量が減る

嚥下困難

食道アカラシアで最も一般的に見られる症状は、飲み込む際の困難さです。食べ物や液体がうまく飲み込めず、喉に詰まるような感じがします。

特に、固形の食べ物を飲み込む時に、この症状が顕著に現れる場合が多いです。

胸痛

食道アカラシアの患者さんは、胸の痛みを感じる場合があります。この痛みは、食道の動きが不正常であるために生じるとされています。

食事をしている時や食後に特に痛みが出やすく、時には強い圧迫感を伴う場合もあります。

逆流と吐き気

食道アカラシアの場合、食道に留まった食べ物が胃へ移動せず、逆流することがあります。この逆流により吐き気が起こったり、口の中に酸っぱい味や苦味を感じさせたりする場合もあります。

胸やけやゲップ、喉の不快感も症状の特徴です。

体重減少

食道アカラシアが進行すると、栄養を十分に摂取できなくなり、体重が減少する場合があります。

これは、飲み込みが困難であったり、胸の痛みがあったりするため、食事の量が減って必要な栄養が取れなくなるためです。

食道アカラシアの原因

食道アカラシアの原因は完全には解明されていませんが、食道の神経の異常が関係していると考えられています。

食道の神経叢の異常

食道をコントロールする神経の集まりである「神経叢」に異常があると、食道アカラシアを引き起こすとされています。

神経叢がうまく機能しないと、食道が食べ物を押し下げる動きが弱まったり、食道の出口の筋肉がリラックスできなくなったりします。

神経叢の異常症状への影響
アウエルバッハ神経叢の変性・消失食道の蠕動運動の低下
一酸化窒素(NO)を作る神経細胞の減少下部食道括約筋の弛緩不全
バソアクティブ・インテスティナル・ペプチド(VIP)を作る神経細胞の減少食道の蠕動運動の低下

自己免疫性の機序の関与

自己免疫反応が食道アカラシアの発症に関わっているという見方もあります。食道の神経叢に対する自己抗体が見つかった例や、他の自己免疫疾患と一緒に発症する例があります。

自己免疫性の機序食道アカラシアとの関連
食道の神経叢に対する自己抗体神経叢の障害を引き起こす可能性
他の自己免疫疾患との合併共通の免疫学的異常の存在を示唆

ただし、これらが直接の原因なのか、それとも他の要因によるものなのかは、今後の研究が期待されています。

遺伝的要因の関与

家族間での発症例や、特定の人種に多いという報告がありますが、この病気がどのように遺伝するのかはまだはっきりしていません。

遺伝的な背景は、環境や免疫の要因と組み合わさって、病気の発症に影響を及ぼしているとされています。

感染症の関与

感染症が食道アカラシアの発症に関わっている可能性も指摘されています。特に、ヘルペスウイルスやトリパノソーマといった病原体の感染が関連しているとされています。

これらの感染が直接的に神経叢を傷つけたり、自己免疫反応を引き起こしたりすることで、病気を引き起こす可能性がありますが、詳しい因果関係については今後の研究によって解明が待たれます。

食道アカラシアの検査・チェック方法

食道アカラシアの診断には、食道造影検査や内視鏡検査が用いられます。

検査方法目的
食道造影検査食道の形態や運動機能の評価
上部消化管内視鏡検査食道の直接観察と他疾患との鑑別
食道内圧測定検査食道の運動機能の評価
胸部CT検査食道の拡張や合併症の評価

食道造影検査

食道造影検査は、食道アカラシアを診断するために欠かせない検査です。バリウムを使用し、X線を用いて食道の形状を詳細に観察します。

この検査により、食道が拡がっているか、動きが悪いか、食道と胃の接続部分が狭くなっているかなど、特有の症状が見られます。

上部消化管内視鏡検査

上部消化管内視鏡検査は、食道や胃、十二指腸を直接調べられる検査です。この検査により、食道の拡張や狭窄を確認でき、他の病気との区別も可能です。

さらに、内視鏡を使って食道胃接合部の圧力を測る高解像度マノメトリーも行われる場合があり、より精密な診断に役立ちます。

食道内圧測定検査(マノメトリー)

食道内圧測定検査は、食道の動きを評価するために重要な検査です。この検査で、食道内の圧力変化を測定し、食道アカラシアに典型的な症状を確認します。

具体的には、下部食道括約筋の弛緩不全や食道体部の無蠕動、圧力の上昇が見られる場合があります。

胸部CT検査

胸部CT検査では、食道の拡張や周囲の臓器への影響を評価します。また、肺炎などの合併症の有無も確認できます。

食道アカラシアの治療方法と治療薬について

食道アカラシアの治療にはいくつかの方法があり、それぞれ特徴があります。

  • 内視鏡的食道筋層切開術 (POEM):内視鏡を使って食道の筋肉を切る手術で、体への負担が少なく、効果も高いです。
  • バルーン拡張術:食道の入り口の筋肉をバルーンで広げる方法で、必要に応じて繰り返すことができますが、症状が戻る可能性があります。
  • ヘラー筋層切開術:お腹を切って食道の筋肉を切る手術で、長期的な効果が期待できますが、患者さん個々の状態や術後の経過によって効果の持続期間は異なります。
  • ボツリヌス毒素注射療法:食道の筋肉に特殊な薬を注射して緊張をほぐす方法で、高齢者や手術が難しい方に適しています。

どの治療を選ぶかは、患者さんの年齢や健康状態、症状の重さなどを考慮する必要があります。

食道アカラシアの治療薬

食道アカラシアの薬物治療は、症状を一時的に楽にするために使われる場合があります。主な薬には以下のようなものがあります。

薬剤名作用機序
硝酸薬 (ニトログリセリンなど)食道下部括約筋の弛緩
カルシウム拮抗薬 (ニフェジピンなど)食道平滑筋の弛緩
抗コリン薬 (ブチルスコポラミンなど)食道平滑筋の弛緩

これらの薬は、食道の動きを良くして、飲み込みにくさや胸の痛みを一時的に和らげる効果があります。しかし、これらの薬は根本的な解決にはならず、長期間の使用は推奨されていません。

食道アカラシアの治療期間と予後

食道アカラシアは、早期発見・治療により、多くの場合で症状の改善と、良好なQOL(生活の質)の維持が可能となります。

ただし、食道アカラシアは完治が難しい病気であり、長期的な経過観察や治療継続が必要となります。

食道アカラシアの治療期間

内視鏡を用いた治療や手術を選択した場合、通常、入院は1週間ほどですが、術後のリハビリテーションを含めると、完全な回復には数ヶ月を要します。

薬物治療を選択した場合、症状が改善するまでには数週間から数ヶ月必要です。この治療法は症状を和らげるためのもので、長期間にわたって薬の服用が必要な場合もあります。

治療法入院期間完全回復までの期間
内視鏡的治療約1週間数か月
外科的手術約1週間数か月
薬物療法数週間〜数か月

食道アカラシアの予後

食道アカラシアの予後は一般的に良好です。治療を終えた多くの患者さんは、症状の改善を実感できます。しかし、治療後も症状が残存したり、再発するリスクも存在します。

また、食道アカラシアは根本的な原因がまだ完全には解明されていないため、薬物療法や外科的治療によっても完治は難しいです。

治療により症状を改善し、日常生活を送ることが可能になりますが、根本的な解決には至りません。

長期的な経過観察の必要性

食道アカラシアは慢性的な病気であるため、治療後も長期にわたる経過観察が欠かせません。定期的な検査を通じて、症状の再発や合併症のチェックが重要です。

経過観察の項目目的
症状の評価治療効果の確認、再発のチェック
内視鏡検査食道の状態の確認、合併症のチェック
バリウム造影検査食道の拡がりや動きの評価

薬の副作用や治療のデメリットについて

食道アカラシアの治療は効果が見込めるものの、副作用やデメリットもあります。

内視鏡的治療の副作用・リスク

内視鏡的治療は体への負担が少ない方法とされていますが、次のような副作用やリスクがあります。

  • 手術後に胸が痛んだり、胸焼けを感じる場合がある
  • 食道に穴が開いたり、出血するリスクがある
  • 病気が再び起こる可能性が他の治療法に比べて高い
  • 治療を何度か繰り返す必要が出てくる場合がある

薬物療法の副作用

薬物療法は症状を和らげる効果が期待できるものの、長期間にわたって使用すると副作用が心配されます。

薬剤主な副作用
硝酸薬頭痛やめまい、血圧が下がる
カルシウム拮抗薬足がむくむ、便秘、頭痛
抗コリン薬口が渇く、便秘、尿が出にくくなる

さらに、薬物療法では症状を抑えるだけで、病気を根本から治すわけではありません。

外科手術の副作用・リスク

外科手術は食道アカラシアを根本から治す方法ですが、体への負担が大きく、次のような副作用が伴います。

  • 手術後の痛みや不快感
  • 食道に穴が開いたり、出血するリスク
  • 胃酸の逆流による炎症
  • 手術によって他の合併症が起こる場合がある(例えば、肺炎や傷口の感染など)

長期的な影響とデメリット

治療を受けた後も、次のような長期的な影響を及ぼす可能性があります。

  • 飲み込むのが難しくなったり、胸痛が再び起こる場合がある
  • バレット食道や食道がんが起こるリスクがある
  • 栄養が不足したり、体重が減る

これらの影響を最小限に抑えるために、治療後も定期的な通院・検査が重要です。

保険適用の有無と治療費の目安について

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

食道アカラシアの治療は、保険適用の対象です。

治療費の目安

治療法保険適用自己負担額の目安
内視鏡的バルーン拡張術適用あり3〜5万円程度
POEM(経口内視鏡的筋層切開術)適用あり10〜20万円程度
腹腔鏡下Heller筋層切開術適用あり20〜30万円程度
開腹Heller筋層切開術適用あり30〜50万円程度

また、食道アカラシアの診断や治療には、以下のような検査や処置が必要になる場合がありますが、保険の対象となります。

  • 上部消化管内視鏡検査
  • 食道造影検査
  • 食道内圧検査
  • CT検査
  • 術前・術後の薬剤処方

治療費はあくまで目安であり、実際にはこれよりも高額になる場合があります。

治療費について詳しくは、担当医や各医療機関へご確認ください。

当記事に掲載されている情報は、信頼できる情報源に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療的助言や診断、治療の代替となるものではありません。

また、記事に掲載されている情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。医療に関する判断や行動を行う際は、必ず医療専門家にご相談ください。

なお、当記事の内容は予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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