横隔膜ヘルニア(diaphragmatic hernia)とは、胸とお腹を分ける筋肉の膜である横隔膜に穴が開き、胃や腸などの腹部臓器が胸腔内に飛び出す病気です。
横隔膜ヘルニアには、生まれつき横隔膜に欠損孔のある先天性横隔膜ヘルニアと、交通事故などの外傷や、肥満・加齢に伴う脊椎の変形などが原因で発症する後天性横隔膜ヘルニアがあります。
この記事では、横隔膜ヘルニアの症状や原因、診断方法について詳しく解説していきます。
横隔膜へルニアの病型
横隔膜ヘルニアは、大きく先天性と後天性の二つに分けられます。
先天性横隔膜ヘルニア
先天性横隔膜ヘルニアは、胎児期の横隔膜の発育異常により発生します。発生頻度は2,000~5,000出生に対して1例とされていて、主な病型には、Bochdalek (ボホダレク)孔ヘルニアとMorgagni(モルガニ)孔ヘルニアがあります。
Bochdalek孔ヘルニアは、横隔膜の左後方部の不完全な部分から、胃、小腸、大腸、結腸などの腹部の臓器が脱出するものです。一方、Morgagni孔ヘルニアは、右側の胸骨後部に発生します。
Bochdalek孔ヘルニアは、先天性横隔膜ヘルニアの80~90%を占めます。
病型 | 発生部位 |
Bochdalek孔ヘルニア | 横隔膜の左後方部 |
---|---|
Morgagni孔ヘルニア | 右側の胸骨後部 |
後天性横隔膜ヘルニア
後天性横隔膜ヘルニアは、外傷や加齢による横隔膜の弱化が原因で起こります。主な病型には、食道裂孔ヘルニアと外傷性ヘルニアがあります。
食道裂孔ヘルニアは、食道が通る横隔膜の開口部が広がり、胃などの臓器が胸部に移動する病型です。外傷性ヘルニアは、鈍いまたは鋭い外力によって横隔膜が損傷し、臓器が胸部に移動します。
病型 | 原因 |
食道裂孔ヘルニア | 食道裂孔の拡大 |
---|---|
外傷性ヘルニア | 外傷による横隔膜損傷 |
まれな横隔膜ヘルニア
他にも、まれな横隔膜ヘルニアが存在します。Larrey孔ヘルニアは胸骨後部に発生し、先天性で無症状の場合が多い横隔膜ヘルニアです。
また、横隔膜弛緩症は、横隔膜の筋肉が薄くなり、弛緩により胸部への臓器移動を引き起こします。
これらのまれな病型は見逃されがちですが、注意深い診察が求められます。
横隔膜へルニアの症状
横隔膜ヘルニアは、消化器の症状だけでなく、呼吸器の症状も伴う場合があります。
胸やけや逆流症状
横隔膜ヘルニアでは、胃酸が食道へ逆流し、胸やけや酸逆流の症状が見られます。特に、食事の後や就寝時に症状が強まる傾向です。
嚥下困難や食事のつかえ感
食道を通る際の障害により、飲み込む際の困難さや食べ物が詰まる感じが生じます。
呼吸困難や咳嗽
ヘルニアサック(腹膜の弱い部分を通って突き出した袋状の膜)の胸腔内への突出により、肺が圧迫され、呼吸困難や咳嗽が起こる場合があります。特に、横になった際に症状が悪化する傾向です。
その他の症状
- 胃部の不快感や膨満感
- 吐き気や嘔吐
- 体重減少や食欲不振
横隔膜へルニアの原因
先天性横隔膜ヘルニアは、遺伝や胎児期の異常、染色体異常が原因です。後天性は加齢、肥満、喫煙が原因となります。
また、外傷性は交通事故や手術中の誤操作が原因です。
先天性横隔膜ヘルニアの原因
先天性横隔膜ヘルニアは、胎児が母体内にいる間に横隔膜が正常に形成されないことで起こります。主な原因には以下のものがあります。
- 遺伝的な影響
- 胎児期の横隔膜の発育障害
- 染色体の異常
横隔膜が形成される過程で異常が生じると、ヘルニアが形成される可能性があります。
また、ダウン症候群などの染色体異常がある子どもには、先天性横隔膜ヘルニアが見られるケースが多いです。これは、染色体異常が横隔膜の正常な発育を妨げるためです。
原因 | メカニズム |
遺伝 | 遺伝的素因 |
---|---|
発生異常 | 横隔膜形成不全 |
染色体異常 | 横隔膜発生の障害 |
後天性横隔膜ヘルニアの原因
後天性横隔膜ヘルニアは、以下のような要因によって引き起こされます。
原因 | メカニズム |
加齢 | 横隔膜筋の弱化 |
---|---|
肥満 | 腹圧の上昇 |
喫煙 | 組織の損傷 |
特に年齢が高くなると横隔膜の筋肉が弱まり、食道裂孔が広がりやすくなります。肥満の場合は、腹部の圧力が増えるため、臓器が胸腔内に移動しやすくなります。
また、喫煙は食道や横隔膜周辺の組織を弱らせ、ヘルニアの発生を促進します。
外傷性横隔膜ヘルニアの原因
外傷性横隔膜ヘルニアは、以下のような外力によって横隔膜が損傷して発生します。
- 交通事故による強い衝撃
- 刺傷や銃創による直接的なダメージ
- 手術中の誤った操作による損傷
交通事故で強い力が胸部に加わると、横隔膜が裂け、ヘルニアが形成される場合があります。刺傷や銃創では、横隔膜が直接傷つけられると発症します。また、手術中に横隔膜を誤って傷つけるような医療ミスもヘルニアの一因となり得ます。
横隔膜へルニアの検査・チェック方法
横隔膜ヘルニアの検査では、バリウム造影検査や内視鏡検査を用いて診断を確定します。
バリウム造影検査
バリウム造影検査は、横隔膜ヘルニアの診断において最も一般的な方法です。この検査では、食道や胃の形状を詳しく観察できます。
以下のような所見が見られた場合、横隔膜ヘルニアの可能性が高まります。
所見 | 滑脱型ヘルニア | 傍食道型ヘルニア |
胃の脱出部位 | 食道裂孔 | 食道側面 |
---|---|---|
脱出する胃の範囲 | 一部 | 大部分 |
バリウムの通過 | スムーズ | 通過障害あり |
内視鏡検査
内視鏡検査では、食道や胃の内部を直接観察でき、横隔膜ヘルニアの確定診断に役立ちます。
評価項目 | 内容 |
食道粘膜 | 発赤、びらん、潰瘍の有無 |
---|---|
胃粘膜 | 炎症性変化の有無 |
ヘルニア門 | 大きさ、位置 |
ヘルニア嚢 | 状態 |
内視鏡検査により、ヘルニアの型や重症度を正確に評価し、治療方針を決定します。
食道内圧測定検査
食道内圧測定検査は、食道の運動機能を評価するために行われます。この検査により、食道内の圧力変化を測定し、異常を検出します。
- 下部食道括約筋の弛緩不全
- 食道蠕動運動の低下
- 食道裂孔ヘルニアによる食道内圧の異常
横隔膜へルニアの治療方法と治療薬について
食道疾患の一種である横隔膜ヘルニアは、適切な治療を行わないと重症化する危険性があります。
生活習慣の改善
横隔膜ヘルニアの治療では、まず生活習慣の改善が求められます。
- 食事は少量ずつ、ゆっくりと摂取する
- 就寝前の食事は避ける
- 食後は上体を起こした状態を保つ
- 禁煙する
- 肥満の場合は体重を適正範囲に維持する
薬物療法
生活習慣の改善だけでは症状が改善しない場合、薬物療法が行われます。
薬剤名 | 作用 |
H2ブロッカー | 胃酸の分泌を抑制 |
---|---|
プロトンポンプ阻害薬 | 胃酸の分泌を強力に抑制 |
消化管運動機能改善薬 | 食道や胃の運動機能を改善 |
これらの薬剤は、胸やけや逆流症状などを緩和できます。
外科的治療
重症の横隔膜ヘルニアや、薬物療法でも改善が見られない場合は、外科的治療が検討されます。代表的な手術法は以下の通りです。
手術法 | 概要 |
噴門形成術 | 食道と胃の接合部を縫縮し、逆流を防ぐ |
---|---|
ニッセン手術 | 胃の上部を食道の周りに巻き付け、バルブを形成 |
腹腔鏡下手術 | 小さな傷口から内視鏡を挿入し、低侵襲で手術を行う |
手術により、ヘルニアの根本的治療を目指します。
定期的な経過観察が必要
横隔膜ヘルニアは慢性的な疾患であるため、治療後も定期的な経過観察が必要不可欠です。医師と相談の上、定期的な検査を受けることで、症状の再発や合併症の早期発見・治療へとつながります。
横隔膜へルニアの治療期間と予後
横隔膜ヘルニアの治療期間は、症状や治療法により異なります。軽症の場合、生活習慣の改善や薬物療法で症状の改善を目指せ、一般的に数週間から数ヶ月の治療期間が必要です。
一方、重症の場合や外科的治療を行う際は、より長期的な治療期間が必要です。
横隔膜ヘルニアの一般的な治療期間
治療法 | 平均的な治療期間 |
生活習慣の改善 | 数週間から数ヶ月 |
---|---|
薬物療法 | 数ヶ月から半年程度 |
外科的治療 | 手術後の回復期間を含め、数ヶ月から1年程度 |
ただし、これはあくまで目安であり、治療期間には個人差があります。
後天性横隔膜ヘルニアの予後
後天性横隔膜ヘルニアでは、合併症にもよるものの、多くの症例で良好な予後が得られます。ただし、ヘルニアの再発に注意が必要です。
先天性横隔膜ヘルニアの予後
先天性横隔膜ヘルニアの新生児症例では、過去長らく生存率の改善が見られませんでしたが、ここ数年で治療法が進歩し、その普及によって生存率が著しく向上しています。
2011年に実施された全国的な調査によると、新生児症例全体の4分の3が生存退院し、重篤な合併奇形や染色体異常を伴わない単独症例では、84%もの高い生存退院率を示しました。
特に、出生から24時間以上経過してから発症する軽症例では、ほぼ全例が救命されています。
軽症例では、いったん救命されれば長期予後は良好で、後遺症や障害を残さないものの、重症例では在宅医療を必要とする例も15%程度存在します。
薬の副作用や治療のデメリットについて
横隔膜ヘルニアの治療には、副作用やリスクが伴います。
手術療法における副作用とリスク
横隔膜ヘルニアの手術は全身麻酔を使用するため、麻酔関連の副作用が発生する可能性があります。また、非常にまれですが、手術中の神経や血管の損傷により重大な合併症が生じる場合があります。
手術の種類 | 副作用・リスク |
開腹手術 | 手術部位の感染、出血、術後疼痛 |
---|---|
腹腔鏡下手術 | 気腹に伴う合併症(気胸、皮下気腫など) |
薬物療法における副作用とリスク
横隔膜ヘルニアの治療に用いられる薬には、制酸剤や消化管運動機能改善薬があります。これらの薬剤からは、下痢、便秘、腹部膨満感、頭痛、めまいといった副作用が報告されています。
また、長期的な使用により、以下のようなリスクが指摘されています。
薬剤の種類 | 長期使用によるリスク |
プロトンポンプ阻害剤 | 骨粗鬆症、腎機能障害、肺炎 |
---|---|
H2受容体拮抗薬 | 認知機能障害、肝機能障害 |
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
横隔膜ヘルニアの治療は医療費が高額になる場合もあります。しかし、多くのケースで健康保険が適用されるため、医療費の負担を軽減できます。さらに、高額療養費制度などの助成制度の利用も可能です。
治療費の目安
手術方法 | 概算治療費 |
腹腔鏡下手術 | 100万円~150万円 |
---|---|
開腹手術 | 150万円~200万円 |
治療費は患者さんの状況によって異なるため、詳しくは担当医や医療機関で直接ご確認ください。
横隔膜ヘルニアの治療費助成制度
横隔膜ヘルニアの治療費が高額になる可能性があるため、助成制度の利用が可能です。
- 高額療養費制度
- 難病医療費助成制度(先天性横隔膜ヘルニアの場合)
- 小児慢性特定疾病医療費助成制度(先天性横隔膜ヘルニアの場合)
これらの制度を利用するには、特定の条件を満たす必要があります。詳細は、医師や医療機関の相談窓口でご確認ください。
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