特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)(Boerhaave syndrome)とは、激しい嘔吐などが原因で食道壁が破れたり、穴が開いたりするような裂傷です。
食道破裂が発生すると、胸の痛みや呼吸が困難になったり、ショック状態に陥ったりするなど、重篤な症状が現れることがあります。
特発性食道破裂は比較的珍しい疾患ではありますが、ひとたび発症してしまうと命に関わる危険性が高いため、素早い対応が必要不可欠となります。
特発性食道破裂の病型(穿孔形式)
特発性食道破裂の穿孔形式は、縦隔内限局型と胸腔内穿破型に分けられます。
縦隔内限局型
縦隔内限局型は、食道の破裂が縦隔内にとどまり、胸腔内への穿破を伴わない病型です。
この病型の場合、食道破裂部位から漏れ出した消化管内容物が縦隔内にたまり、縦隔炎を引き起こします。
胸腔内穿破型
胸腔内穿破型は、食道の破裂が縦隔を越えて胸腔内へ穿破する病型です。食道破裂部位から漏れ出した消化管内容物が胸腔内に流れ込み、膿胸や縦隔炎を併発する場合があります。
胸腔内穿破型は、縦隔内限局型と比べて重症度が高く、速やかな診断と治療が不可欠だとされています。
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の症状
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の主な症状は、激しい胸痛や背部痛、嘔吐、呼吸困難などです。
激しい胸痛・背部痛
特発性食道破裂では、激しい胸痛や背部痛が特徴的な症状です。この痛みは、食道の破裂によって mediastinum(縦隔)に消化液が漏出し生じます。
痛みは突然発症し、持続的で耐え難いものであることが多いです。
嘔吐
特発性食道破裂が起きた場合、嘔吐を伴う場合もあります。
嘔吐は、食道の破裂部位を通過する際の痛みや不快感によって引き起こされると考えられているほか、縦隔への消化液の漏出に伴う炎症反応も嘔吐の原因となり得ます。
呼吸困難
食道破裂に伴う縦隔気腫や胸水貯留などにより、呼吸困難が生じる場合があります。
これは、縦隔への空気や液体の貯留が、肺の膨張を妨げるためです。呼吸困難は特発性食道破裂の重篤な合併症の一つであり、迅速な対応が必要とされます。
その他の症状
特発性食道破裂では、上記の主要症状以外にも、以下のような症状がみられることがあります。
- 発熱
- 頻脈
- 低血圧
- 皮下気腫
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の原因
特発性食道破裂の主な原因は、激しい嘔吐や咳などによる食道内圧の急激な上昇です。そのほか、アルコールの多飲や食道の解剖学的特徴なども発症に関与していると考えられています。
激しい嘔吐や咳などによる食道内圧の上昇
特発性食道破裂のほとんどは、激しい嘔吐や咳などが原因で食道内圧が急激に高まり発症します。
嘔吐や咳によって腹圧が上がると、食道内の圧力が急激に高くなり、食道壁に強い力が加わります。この力が食道壁の耐久限界を上回ったとき、食道の破裂につながることがあるのです。
アルコール多飲との関連性
特発性食道破裂を発症した方の中には、アルコールを過剰に飲んでいる人が少なくありません。
アルコールの取りすぎは嘔吐を引き起こす要因の一つであり、特発性食道破裂のリスクを高めてしまう可能性があります。
また、長年にわたるアルコール多飲は食道粘膜を脆くし、食道破裂のリスクを大きくする要因になり得ます。
食道の解剖学的特徴
食道は、胃と比べると壁が薄く、伸びにくいという解剖学的特徴があります。そのため、急激な内圧上昇に対して弱く、破裂しやすい臓器だと言えます。
また、食道の下部は筋層が薄いため、破裂が起きやすい部位であることが分かっています。
その他の原因や誘因
- 過食や早食い
- 妊娠中の嘔吐
- 上部消化管内視鏡検査
- 食道の病変(潰瘍、腫瘍、憩室など)
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の検査・チェック方法
特発性食道破裂が疑われるときは、胸部エックス線検査や胸部CTスキャンといった画像検査を行います。
これらの検査で縦隔気腫や胸水貯留などの特徴的な所見が見つかった際は、特発性食道破裂の可能性が高いと判断します。
問診と身体所見
身体の診察では、次の点を重点的に調べます。
- 頸部から胸部にかけての皮下気腫の有無
- 胸部聴診における呼吸音の減弱や異常音の有無
- 腹部所見における圧痛や筋性防御の有無
画像検査
問診と身体所見から特発性食道破裂の疑いがある場合、以下の画像検査を行います。
検査 | 目的 |
胸部X線検査 | 縦隔気腫、胸水貯留の有無を確認 |
胸部CTスキャン | 詳細な縦隔気腫、胸水貯留の評価、食道壁の断裂の有無を確認 |
上部消化管内視鏡検査
画像検査によって特発性食道破裂の可能性が高いと判断されたときは、上部消化管内視鏡検査を行うこともあります。
内視鏡検査では、食道粘膜の破れや裂け目を直接確認できます。
しかし、内視鏡検査は食道の破裂部分を広げてしまう危険性があるため、検査を行うかどうかは慎重に判断する必要があります。
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療方法
特発性食道破裂の治療は、大きく保存的治療と外科的治療の2つに分けられます。
症状が軽く、感染が重篤でないときは保存的治療が選ばれ、胸腔内に穿破しているときは外科的治療が原則となります。
保存的治療の適応と内容
- 破裂が縦隔内に限局している
- 破裂孔から内容物が食道内にドレナージされている
- 症状が軽度である
- 重篤な感染がない
保存的治療の内容
- 食道内ドレナージ・縦隔内ドレナージ
- 胸腔内ドレナージ(胸水など胸腔内に所見がある場合)
- 中心静脈栄養や経管栄養
- 抗生物質投与
外科的治療の適応と方法
外科的治療の適応は、胸腔内穿破型であることが原則です。
外科的治療の主な内容は次の3つです。
- 破裂創の閉鎖・修復、被覆術による補強
- 洗浄とドレナージ
- 栄養管理のための胃瘻や腸瘻の造設
縦隔内・胸腔内ドレナージの重要性
縦隔内と胸腔内のドレナージは極めて重要です。保存的治療や外科的治療後の遺残膿瘍に対しては、超音波やCTガイド下に非開胸下ドレナージを行います。
内視鏡的治療の選択肢
内視鏡的治療としては、次のような方法があります。
- 破裂部位のクリッピング
- 食道ステント留置
- 食道穿孔部を経由した縦隔ドレナージ
ただし、これらの治療法は症例ごとに慎重に適応を判断する必要があります。
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療期間と予後
特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)は、過去には予後不良な疾患と考えられていましたが、近年の治療成績は目覚ましく改善しています。
治療成績
1970年代から1980年代にかけては、特発性食道破裂の死亡率は高く、30%から50%程度と報告されていました。
1990年代以降、特発性食道破裂の治療成績は著しく改善しています。
1993年から2001年までの9年間に集計された156例の死亡率は7.9%1)であり、1990年以降の98例の死亡率は7.1%と報告されています2)。
2000年代以降の報告では、多くの症例で生存が得られており、死亡例は80歳を超える高齢者などの一部に限られています。
発症から治療開始までの時間と死亡率
特発性食道破裂では、発症から治療開始までの時間が長引くほど合併症のリスクが高まり、予後が悪化しやすくなります。
発症から治療開始までの時間 | 死亡率 |
24時間以内 | 0% |
24時間~48時間以内 | 29% |
48時間以後 | 40% |
esophageal perforation. Am Surg 53: 183,
1987
治療期間
手術後は、以下のような合併症のリスクがあり、合併症が生じたケースでは治療期間が長期化します。
- 縫合不全
- 膿胸
- 敗血症
- 呼吸不全
合併症の有無 | 平均的な回復期間 |
合併症なし | 2〜3週間 |
合併症あり | 数週間〜数ヶ月 |
治療のリスク・デメリットについて
特発性食道破裂の治療には、感染や縫合不全のリスクがあります。
感染のリスク
特発性食道破裂の治療で最も深刻な合併症の一つが、感染です。 破裂部位から細菌が体内に侵入すると、敗血症や膿胸などの重篤な感染症が引き起こされる可能性があります。
感染症 | 発生頻度 |
敗血症 | 10-20% |
膿胸 | 5-15% |
縫合不全のリスク
食道破裂部位の縫合が適切でないと、縫合不全が生じ、治癒の遅れや感染リスクの増大につながります。
縫合不全の発生頻度は5-10%程度とされ、縫合不全が生じると再手術が必要となる場合があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
特発性食道破裂の治療費用は、医療保険の対象です。
治療費の内訳
- 診断費用(CT検査、内視鏡検査など)
- 手術費用(開胸手術、胸腔鏡手術など)
- 入院費用(病室料、食事料など)
- 薬剤費用(抗菌薬、鎮痛薬など)
治療費の例
重症度 | 入院期間 | 総治療費 |
軽症 | 2週間 | 約150万円 |
重症 | 1ヶ月以上 | 約500万円 |
通常、以下のような自己負担割合となります。
- 70歳未満:3割負担
- 70歳以上75歳未満:2割負担(一定以上の所得がある場合は3割負担)
- 75歳以上:1割負担(一定以上の所得がある場合は3割負担)
高額療養費制度
治療費が高額になる場合、高額療養費制度が適用され、自己負担額が一定の上限額に抑えられます。
上限額は年齢や所得によって異なりますので、詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。
以上
参考文献
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