乳頭部癌(Peripapillary carcinoma)は、胆道癌のうちVater乳頭(ファーター乳頭)と呼ばれる部分に発生するがんのことです。
Vater乳頭は十二指腸にある、胆管と膵管が合流する部分です。この部分から、肝臓で作られる胆汁と、膵臓で作られる膵液が十二指腸へと流れ込み、食物の消化を助けています。
典型的な症状には黄疸(おうだん)、腹痛、体重減少などがありますが、初期段階では無症状で進行することもあります。
乳頭部癌の症状
乳頭部癌は、黄疸、腹痛、発熱、体重減少などが主な症状です。
黄疸・皮膚の変化
乳頭部癌の代表的な症状は黄疸(おうだん)で、胆管が腫瘍によって閉塞されることで起こります。
腹部の不快感・痛み
乳頭部癌の患者さんの多くに、上腹部の不快感・痛みがみられます。
これは腫瘍の増大に伴い、周囲の組織を圧迫することによるもので、痛みの強さや頻度は病状の進行とともに変化していきます。
痛みの特徴 | 説明 | 患者さんの主訴 |
持続性 | 常に痛みを感じる | 「終日、お腹が重い感じが続きます」 |
断続性 | 痛みが来たり去ったりする | 「食後に痛みが強くなることがあります」 |
鈍痛 | にぶい、はっきりしない痛み | 「どこが痛いか特定できない不快感があります」 |
発熱と倦怠感
腫瘍による炎症反応や胆管炎(胆管の炎症)の併発により、発熱や全身倦怠感が起こることもあります。
症状 | 特徴 |
発熱 | 軽度から中程度、持続的 |
倦怠感 | 全身的な疲労感 |
寝汗 | 夜間の発汗 |
悪寒 | 体が震えるような寒気 |
体重減少・食欲不振
乳頭部癌が進行すると、食欲不振や消化機能の低下によって体重が減少していきます。
消化器症状
- 嘔気や嘔吐
- 消化不良
- 便秘または下痢
- 腹部膨満感
乳頭部癌の原因
乳頭部癌の原因はまだ完全に解明されていませんが、慢性炎症、胆石症などの長期的な刺激によって、細胞の異常増殖が起こると考えられています。
慢性炎症との関連性
胆道系の慢性炎症、特に原発性硬化性胆管炎や慢性胆管炎の患者さんは、乳頭部癌の発症リスクが顕著に高くなることが分かっています。
胆石症による影響
胆石症も、乳頭部癌の発症要因のひとつです。
胆石が胆管や乳頭部を長期間にわたって刺激し続けると、局所的な炎症や組織損傷が起こり、それがきっかけとなってがん化のリスクが上昇すると考えられています。
胆石の種類 | 乳頭部癌との関連性 | 特徴 |
コレステロール胆石 | 中程度 | 最も一般的な胆石 |
ビリルビン胆石 | 高い | 慢性胆管炎と関連 |
混合胆石 | 中〜高程度 | コレステロールとビリルビンの混合 |
生活習慣による影響
- 喫煙(特に長期間の喫煙歴)
- 過度の飲酒(慢性的なアルコール摂取)
- 高脂肪食の継続的な摂取
- 長期にわたる肥満状態
このような生活習慣がある場合、直接的または間接的に胆道系に悪影響を与えていき、乳頭部癌の発症リスクを高める要因となることが分かっています。
年齢・性別
乳頭部癌は、高齢者、特に60歳以上の方々で発症率が高くなります。また、男性の方が女性よりもやや発症リスクが高いことが分かっています。
年齢層 | 相対的発症リスク | 注意点 |
40歳未満 | 低い | 稀ではあるが発症例あり |
40-60歳 | 中程度 | 定期検査の開始を検討 |
60歳以上 | 高い | 積極的な検査が推奨される |
遺伝的要因・家族歴
一部の乳頭部癌は、遺伝的要因や家族歴と関連があるとされています。
例えば家族性大腸腺腫症(FAP、大腸にポリープが多発する遺伝性疾患)や、遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC、Lynch症候群とも呼ばれる遺伝性大腸がん)の患者さんは、乳頭部癌を含む消化器系のがんのリスクが高いです。
また、乳頭部癌では、KRAS遺伝子(細胞増殖に関わる遺伝子)やTP53遺伝子(がん抑制遺伝子)の変異が高頻度で観察されることも報告されています。
乳頭部癌の検査・チェック方法
乳頭部癌の診断では、血液検査や画像診断、内視鏡検査などを実施します。
乳頭部癌の診断から治療までの一般的な流れ
- 症状の評価、身体検査
- 血液検査、腫瘍マーカーの測定
- 画像診断(超音波、CT、MRI、MRCP)
- 内視鏡検査、組織採取
- 病理診断と病期分類
- 治療方針の決定
血液検査による評価
血液検査では、肝臓の機能や胆道系の酵素に異常がないかを調べます。
検査項目 | 主な意義 |
総ビリルビン | 黄疸の程度を数値化 |
ALP(アルカリホスファターゼ) | 胆汁のうっ滞を示す指標 |
γ-GTP(ガンマグルタミルトランスペプチダーゼ) | 胆道系酵素の上昇を確認 |
CEA(がん胎児性抗原) | 腫瘍マーカーとして活用 |
画像診断
画像診断では、乳頭部癌の位置や広がり具合を評価していきます。
- 超音波検査(US):最初のスクリーニングとして、胆管の拡張や腫瘤の有無を確認します。
- CT検査/MRI検査:周りの組織への浸潤や、転移を評価します。
- MRCP(磁気共鳴胆管膵管造影):体に負担をかけずに胆管や膵管の状態を調べることができます。
内視鏡検査・生検
十二指腸内視鏡検査では、乳頭部を直接観察し、組織を採取(生検)することができます。
また、ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)は、胆管を詳しく調べると同時に組織を採取できる利点があります。
検査名 | 主な特徴 |
十二指腸内視鏡 | 乳頭部の直接観察、組織採取が可能 |
ERCP | 胆管の造影と組織採取を同時に実施 |
超音波内視鏡 | 乳頭部周囲の詳細な観察が可能 |
確定診断と病期分類
乳頭部癌の確定診断には、組織を顕微鏡で調べる病理学的検査が必要です。内視鏡で採取した組織や手術中に行う迅速病理診断により、確定診断となります。
病気の進行度(病期)分類は、TNM分類システムを用いて行い、治療方針を決める際に活用します。
乳頭部癌の治療方法と治療薬について
乳頭部癌の治療は、主に外科的切除と化学療法を組み合わせて実施します。
外科的治療
乳頭部癌の主な治療法は外科的切除となります。 腫瘍の進行度や全身状態を見ながら、手術方法を選択していきます。
一般的に、膵頭十二指腸切除術(ファーター乳頭部を含む十二指腸、胆管、膵頭部を一括して切除する手術)を行います。
化学療法
手術後の再発リスクを抑えるため、補助化学療法を実施します。
薬剤名 | 主な副作用 |
ゲムシタビン(代謝拮抗薬) | 骨髄抑制、倦怠感 |
S-1(経口抗がん剤) | 食欲不振、下痢 |
オキサリプラチン(白金製剤) | 末梢神経障害、悪心 |
イリノテカン(トポイソメラーゼ阻害薬) | 下痢、脱毛 |
緩和ケア
進行期の乳頭部癌では、症状緩和と生活の質(QOL)向上が治療の主な目的となります。
- 疼痛管理:オピオイド系鎮痛薬(モルヒネ、フェンタニルなど)の使用
- 黄疸対策:内視鏡的または経皮的胆管ステント留置による胆汁流出の確保
- 栄養サポート:経腸栄養(経鼻胃管や胃瘻)や中心静脈栄養の導入
- 消化器症状の管理:制吐剤や下痢止めの適切な使用
分子標的薬・免疫療法
近年、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤による治療法の研究が進んでいます。
治療法 | 作用機序 | 代表的な薬剤 |
分子標的薬 | 特定の分子を標的に腫瘍の増殖を抑制 | エルロチニブ、スニチニブ |
免疫療法 | 体の免疫システムを活性化し、がん細胞を攻撃 | ペムブロリズマブ、ニボルマブ |
乳頭部癌の治療期間
乳頭部癌の治療期間は、通常3〜6ヶ月程度が目安となりますが、個々の状態や治療方法によって大きく異なります。
治療期間の目安
外科的手術を実施する場合、入院期間を含めて2〜3ヶ月程度が治療期間の目安となります。手術後の回復期間や補助療法(手術後に行う追加の治療)を入れると、全体で3〜6ヶ月の治療期間をみていきます。
ただし、進行した癌の場合や合併症が生じた際には、さらに長期にわたる治療が必要です。
治療法別の期間目安
治療法 | 期間 |
手術療法 | 2〜3ヶ月 |
化学療法 | 3〜6ヶ月 |
放射線療法 | 1〜2ヶ月 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
乳頭部がんの治療における薬物療法(化学療法)や放射線療法には、吐き気、嘔吐、脱毛、食欲不振、疲労感などの副作用があります。
また、特定の薬剤によっては、腎機能障害、神経障害、心機能障害などの重篤な副作用が起こる場合もあります。
手術に伴うリスク
手術では、術後の出血や感染のリスクがあります。また、胆管や膵管の損傷により、胆汁や膵液の漏出が起こることがあります。
リスク | 発生頻度 |
出血 | 5-10% |
感染 | 3-8% |
胆汁漏 | 2-5% |
化学療法の副作用
- 吐き気・嘔吐
- 食欲不振
- 脱毛
- 疲労感
- 免疫力低下
放射線療法の影響
放射線療法では、がん細胞を破壊する高エネルギーの放射線を患部に照射しますが、同時に周囲の健康な組織にもダメージを与えることがあります。
放射線照射部位の皮膚炎や粘膜炎、疲労感などが副作用となりますが、多くは治療終了後に徐々に改善します。
まれに、長期的な影響として周辺臓器の機能低下や二次がん(放射線治療が原因で新たに発生するがん)のリスクが報告されています。
治療後の長期的な影響
乳頭部癌の治療後、長期的な影響として消化吸収機能の低下や胆管狭窄(胆管が狭くなる状態)などが生じる可能性があります。
長期的影響 | 管理方法 |
消化吸収障害 | 酵素補充療法、栄養指導 |
胆管狭窄 | 定期的な画像検査、必要に応じたステント留置 |
二次がんリスク | 定期的な検診 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
乳頭部癌の治療には公的医療保険が適用されます。70歳未満の患者の場合、所得に応じて月額の自己負担限度額が設定され、これを超える分は高額療養費制度により払い戻されます。
手術療法が主な選択肢であり、化学療法や放射線療法を組み合わせるケースも多くみられることから、長期治療や入院が必要なため治療費の総額は高額になります。
乳頭部癌の主な治療法と概算費用
治療法 | 概算費用(3割負担) |
膵頭十二指腸切除術 | 90万円〜170万円 |
化学療法(1クール) | 15万円〜35万円 |
放射線療法(全期間) | 35万円〜70万円 |
入院期間中の費用内訳
- 入院基本料(1日)6,000円〜18,000円
- 食事療養費(1食)460円程度
- 術後管理料15,000円〜35,000円
- 各種検査料数千円〜数万円
高度な医療機器を使用する検査や処置を行う際は、追加の費用が発生します。
以上
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