先天性胆道拡張症(Congenital biliary dilatation)とは、生まれつき胆道(肝臓で作られた胆汁を十二指腸に運ぶ管)が異常に拡張している状態を指す疾患です。
日本人、特に女性に多く見られる比較的珍しい疾患であり、発症年齢は乳児期から成人期まで幅広く、症状の現れ方も個人によって大きく異なります。
先天性胆道拡張症の病型
先天性胆道拡張症は、戸谷分類によって大きく5つのタイプに分けられています。
戸谷分類
戸谷分類は先天性胆道拡張症の形態学的特徴を分類した方法で、広く使用されています。
タイプ | サブタイプ | 特徴 |
I型 | Ia(普通型) | 総胆管全体の嚢状または紡錘状の拡張 |
---|---|---|
Ib(分節型) | 総胆管の一部分の限局的な拡張 | |
Ic(びまん型) | 総胆管全体のびまん性拡張、肝内胆管の軽度拡張を伴う | |
II型 | 総胆管の憩室状拡張 | |
III型 | 総胆管末端部の限局性拡張(胆管瘤) | |
IV-A型 | 肝内外胆管の多発性拡張 | |
IV-B型 | 肝外胆管のみの多発性拡張 | |
V型 | 肝内胆管の多発性拡張(カロリ病) |
I型
I型は先天性胆道拡張症の中で最も頻繁に見られ、さらに3つに細分類されています。
総胆管全体が嚢状(のうじょう:袋状)または紡錘状に拡張するタイプです。最も一般的なもので、典型的な「先天性胆道拡張症」のイメージに近いものです。
胆管壁が全体的に薄くなっており、合併症のリスクが高まる可能性があります。
総胆管の一部分のみが限局的に拡張するもので、拡張部分の前後の胆管は正常径を保っていることが特徴です。胆管壁の局所的な脆弱性や圧力の不均衡によって生じると考えられています。
総胆管全体がびまん性に拡張し、さらに肝内胆管にも軽度の拡張が見られます。IV-A型との鑑別が必要であり、詳細な画像診断が重要です。
II型(憩室型)
比較的珍しく、総胆管から袋状の突出(憩室)が形成されている型を指します。憩室内に胆汁がたまりやすく、結石形成や感染のリスクが高いタイプです。
III型(胆管瘤型)
総胆管の末端部、つまり十二指腸に近い部分が限局的に拡張しているものです。膵・胆管合流異常を伴うことが多く、長期的には悪性化のリスクも懸念されます。
IV-A型(多発型:肝内外)
肝臓の内部と外部の胆管に複数の拡張が見られ、複雑な形態のため、診断や治療に際しては総合的な評価が必要となります。
IV-B型(多発型:肝外のみ)
肝臓の外側にある胆管にのみ、複数の拡張が見られるタイプです。胆汁の流れが滞りやすく、胆管炎や胆石形成のリスクが高いとされています。
V型(肝内型:カロリ病)
肝臓内部の胆管に多数の拡張が見られます。遺伝性疾患であり、肝臓の線維化や門脈圧亢進症を合併することが多く、長期的な管理が必要です。
先天性胆道拡張症の症状
先天性胆道拡張症の主な症状は、腹痛、黄疸、発熱などが特徴であり、患者さんの年齢や病態によって様々な形で現れます。
症状の多様性と特徴
先天性胆道拡張症は、症状の現れ方が患者さんによって大きく異なる病気です。小児期には腹痛、黄疸、発熱の典型的な3徴候が見られることが多いです。
一方、成人期になると症状がより複雑化し、慢性的な腹痛や消化器系の不快感が現れる方が増えます。
症状の程度も個人差が大きく、軽度から重度の痛みまで、幅広い範囲で現れることが分かっています。
年齢層 | 主な症状 |
小児期 | 腹痛、黄疸、発熱 |
成人期 | 慢性腹痛、消化器不快感 |
腹痛の特徴
腹痛は、小児期には間欠的な痛みとして現れることが多く、食事との関連性が低いのが特徴的です。
成人期になると痛みの性質は変化し、食後に増強したり、長時間持続したりすることが報告されています。
痛みの部位も様々で、上腹部全体に広がることもあれば、右上腹部に限局することもあり、患者さんごとに異なります。
黄疸と関連症状
黄疸は胆汁の流れが阻害されることで生じる症状で、皮膚や眼球の白い部分(強膜)が黄色く変色します。
また、黄疸に伴って、尿の色が濃くなる、便の色が薄くなるなどの症状も見られます。
症状 | 特徴 |
黄疸 | 皮膚・強膜の黄染 |
尿の変化 | 色が濃くなる |
便の変化 | 色が薄くなる |
発熱と感染症のリスク
発熱は胆道系の感染症を示している可能性があり、特に38度以上の高熱が続く場合は、早急な医療介入が求められる状況となります。
その他の関連症状
- 嘔吐や吐き気
- 食欲不振
- 体重減少
- 腹部膨満感
- 掻痒感(かゆみ)
先天性胆道拡張症の原因
先天性胆道拡張症の主な原因は、胆管と膵管の合流異常による膵液の胆道への逆流です。
胆管膵管合流異常による影響
先天性胆道拡張症は、胆道系の先天的な形成異常により起こる疾患であり、その原因は胆管膵管合流異常です。
胆管膵管合流異常とは、胆管と膵管が十二指腸壁の外で合流する解剖学的異常を指します。
この異常により膵液が胆道内に逆流し、胆道壁に慢性的な炎症が起こり胆管の拡張が進行していくと考えられています。
遺伝的要因
一卵性双生児での発症報告や、家族内で複数の発症例が見られることから、先天性胆道拡張症の発症には遺伝的要因も少なからず関与していると考えられます。
しかしながら、現時点では特定の遺伝子変異との明確な関連は証明されておらず、さらなる研究が求められています。
胆道壁の構造的脆弱性
正常な胆道壁は、粘膜、筋層、結合組織から構成されていますが、本疾患ではこの3つの層の発達が不十分である傾向が顕著です。特に、筋層の欠如や菲薄化(ひはくか:薄くなること)が特徴的な所見として挙げられます。
この構造的脆弱性により、胆道内圧の上昇に対する抵抗性が著しく低下し、結果として胆管の拡張が進行しやすくなります。 言わば、風船のゴムが薄くて弱いために、少しの空気で大きく膨らんでしまうような状態といえるでしょう。
先天性胆道拡張症の検査・チェック方法
先天性胆道拡張症の診断には、超音波検査、CT、MRIなどの画像診断と、血液検査、胆道シンチグラフィーなどの機能検査を実施します。
診察の基本と初期評価
先天性胆道拡張症の診察では、症状や病歴を聴取し、腹痛や黄疸(皮膚や白目が黄色くなる症状)の有無、発熱の経験などを確認します。
また、身体診察では、腹部の腫瘤や圧痛の有無を診ていきます。
画像診断
検査方法 | 特徴 | 診断的価値 |
超音波検査 | 体への負担が少なく、繰り返し可能 | 初期スクリーニングに適する |
CT検査 | 高解像度、短時間で撮影可能 | 周囲臓器との関係を詳細に把握 |
MRI/MRCP | 体への負担が少なく、詳細な胆道描出が可能 | 胆道系の全体像を正確に把握 |
特にMRCP(磁気共鳴胆道膵管造影)は胆道系の全体像を体への負担なく描出できるため、診断に大変有用です。
血液検査・生化学的評価
血液検査では、以下の項目を中心に検査を行います。
- 肝臓の酵素(AST、ALT、γ-GTP)
- 胆道系の酵素(ALP)
- ビリルビン値(黄疸の指標)
- 炎症の指標(CRP、白血球数)
機能検査
検査項目 | 評価内容 |
胆道シンチグラフィー | 胆汁の流れ |
肝胆道スキャン | 肝臓から十二指腸への胆汁排泄状況 |
胆汁酸負荷試験 | 体内での胆汁酸の代謝能力 |
胆道シンチグラフィーは、胆汁の流れを視覚化する特殊な検査です。放射性同位元素を用いて胆汁の産生から排泄までを追跡し、胆道系の機能を評価します。
胆道の閉塞や狭窄の有無、胆汁うっ滞(胆汁の流れが滞ること)の程度を判断するために実施していきます。
確定診断
最終的な確定診断には、以下の条件を満たす必要があります。
- 画像検査による胆管拡張
- 臨床症状との一致(腹痛や黄疸などの症状が画像所見と合致する)
- 他の胆道疾患の除外
- 必要に応じて、遺伝子検査や詳細な家族歴の確認
確定診断後は、患者さんの状態に応じて治療方針を決定していきます。
先天性胆道拡張症の治療方法と治療薬について
先天性胆道拡張症の治療は、主に外科的手術と薬物療法を組み合わせて行います。
外科的治療
先天性胆道拡張症では胆道系(胆汁を運ぶ管)の異常な拡張が見られるため、手術によって拡張部分を切除し、正常な胆汁の流れを再建します。
- 拡張した胆管の切除
- 胆道再建術(肝管空腸吻合術など)
- 胆嚢摘出術
手術により胆汁うっ滞や胆管炎のリスクを軽減し、長期的な合併症の予防につなげていきます。
薬物療法
薬剤分類 | 主な目的 | 具体例 |
抗生物質 | 胆管炎の予防・治療 | セフトリアキソン、ピペラシリン |
利胆薬 | 胆汁の分泌促進 | ウルソデオキシコール酸 |
鎮痛薬 | 術後の痛み管理 | アセトアミノフェン |
術後の経過観察
手術後も定期的な血液検査や画像診断を通じて、胆道系の機能や形態を評価し、再発や合併症の早期発見に努めます。
一般的な経過観察のスケジュール
観察項目 | 頻度 | 目的 |
血液検査 | 3-6か月ごと | 肝機能、炎症マーカーの確認 |
画像診断 | 6-12か月ごと | 胆道系の形態評価 |
身体診察 | 3-6か月ごと | 全身状態の確認 |
先天性胆道拡張症の治療期間
先天性胆道拡張症の治療期間は、6か月から1年程度の期間が目安となります。
治療期間の目安
一般的な流れとしては、まず手術のための入院があり、退院後の自宅での療養を経て、外来での定期的な経過観察を6か月から1年程度継続します。
治療段階 | 期間 | 主な内容 |
手術入院 | 2〜4週間 | 手術と初期回復 |
自宅療養 | 2〜4週間 | 日常生活への復帰 |
外来経過観察 | 6か月〜1年 | 定期検査と合併症予防 |
手術後の回復には個人差が大きく、通常術後1〜2週間で基本的な日常生活動作を行えるようになりますが、完全な回復には数か月かかる場合もあります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
先天性胆道拡張症の治療では、手術に伴う合併症や長期的な健康上の問題が生じる可能性があります。
手術に関連するリスクと合併症
手術中や術後早期に発生する可能性がある合併症には、出血、感染、胆汁漏(胆汁が漏れ出すこと)などがあります。
合併症 | 発生率 |
出血 | 5-10% |
感染 | 3-8% |
胆汁漏 | 2-5% |
長期的な健康上の問題
手術後の長期的な問題として、胆管炎の再発や肝内結石(肝臓内にできる石)の形成があります。
胆管炎の再発は、正しく胆汁排泄が維持できない場合に起こります。再発性の胆管炎は肝機能障害や敗血症などの深刻な合併症につながる恐れがあるため、注意が必要です。
また、胆汁の停滞や胆管内の細菌増殖が原因で肝内結石が形成されることがあり、その場合は追加の治療が必要になります。
術後の栄養吸収障害
手術後、一部の患者さんで栄養吸収障害が見られることがあります。
これは胆道系の変更により、脂肪の消化と吸収に影響が出る可能性があるためで、栄養吸収障害が起きると、下痢、体重減少、ビタミン欠乏症、骨密度の低下などの症状が起こる場合があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
先天性胆道拡張症の治療費は、健康保険の適用により経済的負担が軽減されます。
年齢区分 | 自己負担率 |
0-6歳 | 2割 |
7-69歳 | 3割 |
70-74歳 | 2割 |
また、先天性胆道拡張症は、小児慢性特定疾病に指定されています。詳しくは小児慢性特定疾病情報センターのホームページをご確認ください。
手術費用の内訳
費用項目 | 概算金額(円) |
手術室使用料 | 180,000 |
麻酔費 | 130,000 |
技術料 | 350,000 |
材料費 | 100,000 |
入院費用
手術後の回復期間中は入院が必要です。入院期間は通常1〜2週間程度で、その間の病室代や食事代、投薬費用などが発生します。
- 病室代(1日あたり)10,000円(一般病床)
- 食事代(1日3食)1,920円
- 投薬・処置費 日々の状態により変動(約5,000〜15,000円/日)
総費用の目安
項目 | 概算金額(円) |
手術費用 | 760,000 |
入院費用(2週間) | 280,000 |
術後検査・投薬(半年) | 150,000 |
自己負担は保険適用後約30〜40万円程度が目安となりますが、高額療養費制度の利用により、さらに負担は軽減されます。
以上
参考文献
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