がん治療の新たな選択肢として注目される個別化がんワクチン療法。その根幹を支えるのが、患者様一人ひとりのがん細胞だけが持つ「目印(特異的抗原)」を見つけ出す精密な検査です。
標準的な治療薬とは異なり、ご自身の免疫細胞が攻撃すべき標的を正確に指示するためには、がんの遺伝子情報を深く読み解く解析が必要となります。
本記事では、この高度な検査がどのような流れで行われ、何が必要となるのか、受診からワクチン設計に至るまでの全容を詳しく解説します。
自分だけの治療法を確立するための第一歩について理解を深めてください。
がん抗原検査の全体像と個別化医療における重要性
がん抗原検査は、患者様固有の遺伝子変異を網羅的に解析し、免疫システムが攻撃目標とすべき「ネオアンチゲン(新生抗原)」を特定するために行います。
一般的な抗がん剤治療が、がん細胞の分裂を阻害することを主な目的としているのに対し、個別化がんワクチン療法では、がん細胞の表面に提示されている特異的な目印を見つけ出し、それを標的として免疫力を活性化させます。
この「目印」は患者様ごとに千差万別であり、同じ種類のがんであっても、人によって異なる抗原を持っています。
そのため、既存の決められた薬を使うのではなく、検査結果に基づいてゼロからワクチンを設計する必要があります。この検査は、まさに自分だけの治療薬を作るための設計図を描く作業と言えます。
個別化医療における抗原特定の役割
個別化医療において、抗原の特定は治療の成否を分ける極めて重要な要素です。私たちの体には、ウイルスや細菌などの異物を排除する免疫機能が備わっています。
がん細胞も本来は排除すべき異物ですが、正常な細胞に似た性質を持っているため、免疫細胞が見逃してしまうことが多々あります。
そこで、がん細胞にだけ発生している遺伝子の変異由来のタンパク質断片、すなわちネオアンチゲンを見つけ出します。
正常細胞には存在せず、がん細胞にだけ存在するこの抗原をワクチンとして投与することで、免疫細胞に対して「これを攻撃せよ」という明確な指令を出せるようになります。
正確な抗原特定がなければ、免疫細胞はどこを攻撃してよいかわからず、十分な治療効果を発揮できません。
したがって、高精度な解析技術を用いて、数ある変異の中から、実際に免疫反応を引き起こす力が強い抗原を選び出す作業が必要不可欠です。
検査を受けるタイミングと条件
この検査を受けるタイミングについては、がんの診断が確定し、標準治療の効果が薄れてきた段階や、あるいは手術後の再発予防を検討する段階など、患者様の状況によって様々です。
ただし、解析には「がん細胞を含む組織」と「正常な細胞(血液中の白血球など)」の両方が必要となります。
そのため、過去に手術や生検を行って検体が保存されているか、あるいはこれから安全に組織を採取できることが前提条件となります。
抗がん剤治療や放射線治療を行っている最中でも検査自体は可能ですが、免疫状態が著しく低下している場合は、ワクチンの効果が出にくい可能性も考慮しなければなりません。
医師と相談し、ご自身の体調や治療スケジュールに合わせて、検査に進む適切な時期を見極めることが大切です。
従来のがん検査との違い
病院で一般的に行われる病理検査や遺伝子パネル検査と、がんワクチンのための抗原特定検査には明確な違いがあります。
保険診療で行われる病理検査は、がんの種類や悪性度を判定するためのものであり、遺伝子パネル検査は、既存の分子標的薬が使えるかどうかを調べるために特定の遺伝子変異を探すものです。
対して、ここで解説する抗原特定検査は、全エクソーム解析などを用いて、がん細胞の遺伝子全体を読み取り、患者様固有のすべての変異を洗い出した上で、ワクチンに適した抗原を探すという目的を持っています。
目的が異なるため、解析の深度や対象範囲が大きく異なります。
従来検査と抗原特定検査の比較
| 比較項目 | 一般的な遺伝子パネル検査 | 抗原特定検査(ネオアンチゲン解析) |
|---|---|---|
| 検査の主目的 | 効果が期待できる既存の薬剤(分子標的薬)を見つけること | 患者様固有のワクチンを作成するための標的抗原を見つけること |
| 解析対象 | 薬剤に関連する数百個の特定の遺伝子 | 数万個に及ぶ全遺伝子のタンパク質コード領域(エクソーム) |
| 結果の活用 | 適合する薬剤があれば処方を検討 | 解析結果を基に新規にワクチン物質を合成・製造 |
医療機関への受診と事前の準備
検査を開始するには、自由診療としてがんワクチン療法を取り扱っている専門の医療機関を受診し、十分なカウンセリングを経て同意書を取り交わす必要があります。
この段階で最も重要なのは、検査に必要な情報や検体がスムーズに入手できるかどうかを確認することです。
多くの場合、がんの診断や手術を受けた「主治医のいる病院」と、ワクチン療法を行う「専門クリニック」は異なります。
その結果、患者様ご自身やご家族が両者の橋渡し役となり、情報の連携を図る動きが求められます。初回の受診を実りあるものにするためにも、事前の準備を入念に行うことが大切です。
専門外来の予約方法
がんワクチン療法を提供するクリニックは完全予約制を採用していることがほとんどです。まずはウェブサイトや電話窓口を通じて初診の予約を取ります。
その際、現在のがんの進行度や治療歴、保管されている検体の有無などを簡単に伝えることを推奨します。
医療機関によっては、事前に医療コーディネーターが電話で状況をヒアリングし、そもそも検査の対象となり得るかどうかの一次判断を行ってくれる場合もあります。
遠方にお住まいの場合は、オンラインでの相談が可能かどうかも確認しておくと良いでしょう。
予約当日は、十分な時間を確保して医師からの説明を受け、検査の意義、費用、期間、リスクについて納得いくまで質問することが重要です。
持参すべき紹介状と画像データ
初診時には、これまでの治療経過を正確に把握するために、主治医からの診療情報提供書(紹介状)を持参することが強く望まれます。
紹介状には、診断名、病理診断の結果、これまでに行われた手術や化学療法の詳細、現在の病状などが記載されており、ワクチン療法の適応判断に大きく役立ちます。
また、CTやMRIなどの画像検査データ(CD-ROM形式などで提供されることが一般的です)も併せて持参することで、腫瘍の大きさや位置、転移の状況を視覚的に確認でき、より具体的な治療計画の立案が可能になります。
これらの資料は、主治医に依頼してから発行までに数週間かかる場合もあるため、早めの手配が必要です。
既往歴や現在の服薬情報の整理
医師は、がん以外の健康状態についても詳しく把握する必要があります。
高血圧や糖尿病などの慢性疾患、アレルギーの有無、自己免疫疾患の既往などは、免疫療法を行う上で注意すべき要因となり得ます。
現在服用している薬がある場合は、お薬手帳を持参するか、薬剤情報提供書を用意してください。
特に、ステロイド剤や免疫抑制剤を使用している場合、ワクチンの効果に影響を与える可能性があるため、正確な情報の伝達が必要です。
ご自身の医療情報を整理し、医師に正しく伝えることが、安全かつ効果的な検査と治療への第一歩となります。
初診時に準備・確認しておくべき事項
- これまでの経過が記載された診療情報提供書(紹介状)
- 直近の血液検査結果および画像データ(CT、MRIなど)
- 手術を受けた病院に病理検体(パラフィンブロック等)が残っているかの確認
- 現在服用しているすべての薬がわかるお薬手帳
- がん以外の病気の治療歴やアレルギー情報
検体採取の方法と手術検体の活用
特異的抗原を見つけるためには、がん細胞の遺伝子情報が含まれる「腫瘍組織」そのものを入手する必要があります。
最も一般的な方法は、過去の手術や生検で採取され、病院の病理部で保管されている検体(パラフィンブロック)を借用することです。
新たに体にメスを入れる負担を避けられるため、この既存検体の活用が第一選択となります。しかし、検体が古い場合や量が少ない場合は、解析に十分な品質のDNAやRNAが抽出できないこともあります。
その場合は、改めて組織を採取する生検(バイオプシー)を検討します。いずれの方法を採るにせよ、質の高い検体を確保することが、後のワクチン設計の精度を左右します。
手術済み検体(パラフィンブロック)の取り寄せ
過去に手術や検査を受けた病院には、採取された組織がホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックとして保管されています。
このブロックの借用を依頼するには、患者様本人の同意に基づき、現在受診しているワクチン外来の医師から元々の病院へ依頼状を作成してもらう手続きが必要です。
保管期間は病院によって異なりますが、一般的には5年から10年程度とされています。
取り寄せには数週間を要することがあり、また病院によっては貸出に関する規定が厳格な場合もあるため、事務手続きを含めた時間的な余裕を持つことが大切です。
借り受けたブロックからは、薄くスライスした切片を作成し、解析に使用します。
新規生検が必要になるケース
手術から長い年月が経過していて検体が廃棄されている場合や、保管されていた検体の劣化が激しくDNA解析に不向きな場合は、新たにがん組織を採取する必要があります。
また、がんは時間の経過や治療の影響によって遺伝子の性質を変化させるため、数年前の検体と現在の体内にあるがん細胞では特徴が異なっている可能性があります。
そのため、より現在の状態に即したワクチンを作るために、可能であれば直近の腫瘍組織を採取する新規生検が推奨されることもあります。
これには、針を刺して組織を採る針生検や、内視鏡を用いた採取などが含まれます。
検体の品質が解析精度に与える影響
解析の成功率は、検体に含まれるがん細胞の割合(腫瘍含有率)や、保存状態の良し悪しに大きく依存します。正常な細胞ばかりが多く含まれている検体では、がん特有の変異を見つけることが難しくなります。
また、ホルマリン固定の時間が長すぎたり、保存環境が悪かったりすると、DNAやRNAが断片化してしまい、シーケンサーで正確に読み取ることができなくなります。
解析センターでは、届いた検体の品質チェックを厳密に行い、解析に耐えうると判断された場合のみ、次の遺伝子解析の段階へと進みます。
検体の種類と特徴
| 検体の種類 | 特徴およびメリット | 注意点 |
|---|---|---|
| FFPEブロック(パラフィン包埋) | 既存の手術検体を利用するため、患者様の身体的負担がない。最も一般的に用いられる。 | 保存期間や固定方法によっては核酸(DNA/RNA)が劣化している場合がある。 |
| 未染標本(スライド) | ブロックから薄切したスライドガラス。ブロックの貸出が難しい場合に用いられる。 | 解析に必要な枚数(通常10〜20枚程度)を用意する必要がある。表面積が小さいと量が不足する。 |
| 新鮮凍結検体 | 採取直後に凍結保存したもの。核酸の品質が非常に高く、解析精度が向上する。 | 特殊な設備が必要であり、通常の手術・検査フローでは保存されないことが多い。 |
血液採取による免疫状態の把握
がん組織の提出と並行して、患者様の血液検査も実施します。血液は、単に健康状態を見るだけでなく、遺伝子解析における「正常細胞のコントロール(対照群)」としての役割と、免疫細胞の型を調べるという二つの重要な役割を担います。
がん細胞で見つかった遺伝子変異が、生まれつき持っている変異(生殖細胞系列変異)なのか、がん化する過程で後天的に生じた変異(体細胞変異)なのかを見分けるためには、血液中の正常なDNAとの比較比較が必要です。
また、ワクチンが体内で機能するための相性確認とも言えるHLA検査も、この採血によって行われます。
採血によるHLA検査の実施
HLA(ヒト白血球抗原)は、白血球の型を示すもので、いわば細胞のIDカードのようなものです。がんワクチン療法において、HLAの型を特定することは極めて重要です。
なぜなら、ワクチンとして投与された抗原ペプチドは、体内の細胞表面にあるHLA分子の上に乗ることで初めて、免疫細胞(T細胞)に認識されるからです。
このHLA分子と抗原ペプチドの結合には厳密な相性があり、鍵と鍵穴の関係に似ています。患者様のHLA型に適合しない抗原を選んでしまうと、免疫反応は起きません。
したがって、血液検査でHLA型を高精度に判定し、その型に合致する抗原を候補として絞り込む準備を行います。
免疫細胞の数と機能の確認
ワクチンを投与しても、実際にがん細胞を攻撃するのは患者様ご自身の免疫細胞です。
そのため、治療を開始する前のベースラインとして、免疫細胞が十分な数存在しているか、そしてその機能が保たれているかを確認します。
リンパ球数や、その中のT細胞、樹状細胞などの比率を調べ、免疫システム全体の状態を把握します。
抗がん剤治療の直後などで免疫機能が著しく低下している場合は、少し期間を空けて回復を待ってからワクチン投与を開始する判断をすることもあります。
この事前評価は、治療スケジュールの策定において大切な指標となります。
腫瘍マーカーとの関係性
血液検査では、一般的な腫瘍マーカーの測定も行います。腫瘍マーカー自体は抗原特定の直接的な材料にはなりませんが、現在のがんの勢いを測る指標として有用です。
抗原特定検査の結果が出るまでには一定の期間が必要となるため、その間の病勢の変化をモニタリングする目的もあります。
また、ワクチン投与開始後に治療効果を判定する際、画像診断と合わせて腫瘍マーカーの数値の推移を見ることが多いため、検査時点での基準値を記録しておくことには大きな意味があります。
血液検査が果たす役割の整理
| 検査項目 | 目的と意義 | ワクチン設計への影響 |
|---|---|---|
| 正常DNA解析 | がん細胞の変異と比較するための正常データの取得 | がん特有の変異(体細胞変異)を確定させるために必要 |
| HLAタイピング | 患者様固有の白血球の型(HLA型)の特定 | HLA型に結合できるペプチドを選定するために不可欠 |
| 免疫機能検査 | リンパ球数や分画など、免疫の基礎体力の測定 | 治療開始時期の決定や、予後の予測に寄与する |
次世代シーケンサーによる遺伝子解析
検体と血液が揃うと、いよいよ解析の中核である「次世代シーケンサー(NGS)」を用いた遺伝子解読に移ります。
ここでは、ヒトの膨大な遺伝子情報の中から、がん細胞特有の変異を超高速かつ高感度で検出します。この解析技術の進歩のおかげで、以前は不可能だったレベルでの詳細な変異情報の抽出が可能になりました。
解析センターでは、抽出されたDNAとRNAをライブラリ化し、シーケンサーにかけてデータを読み取ります。
得られた生のデータは、スーパーコンピュータを用いたバイオインフォマティクス(生物情報科学)解析によって処理され、ワクチン候補となる情報の宝庫へと変わります。
がん細胞と正常細胞の遺伝子比較
解析の第一段階は、がん組織から得られたDNA配列と、血液中の正常細胞から得られたDNA配列の比較です。私たち人間のDNAには個人差があり、正常な状態でも多くの変異を持っています。
これをSNP(一塩基多型)と呼びます。がんワクチンで標的としたいのは、生まれつき持っているSNPではなく、がん細胞が発生・増殖する過程で獲得した「後天的な変異」です。
両者のデータを突き合わせ、正常細胞にもある変異を差し引くことで、がん細胞だけに生じている真の変異(体細胞変異)のみをあぶり出します。
この引き算の精度が、副作用の少ない安全なワクチンを作るための鍵となります。
遺伝子変異の特定手法
変異には様々な種類があります。DNAの塩基が一つだけ入れ替わる点突然変異、一部が欠落する欠失、逆に余分に入る挿入などです。次世代シーケンサーはこれらの変異を網羅的に検出します。
さらに、DNAの情報だけでなく、RNAシーケンス(RNA-seq)を行うことも重要です。
遺伝子(DNA)に変異があっても、それが実際にタンパク質として発現していなければ、免疫細胞の標的(抗原)にはなり得ないからです。
RNAを調べることで、その変異遺伝子ががん細胞の中で「どれくらいの量、実際に作られているか(発現量)」を確認し、抗原として有力な候補かどうかをさらに絞り込んでいきます。
ネオアンチゲンの探索プログラム
DNAとRNAの解析から得られた膨大な変異データの中から、ネオアンチゲン(新生抗原)となり得る候補を探索します。ここでは高度な計算科学が駆使されます。
検出された変異がアミノ酸配列の変化を引き起こすかどうか、そしてその変化した部分が新たな抗原として提示される可能性があるかをシミュレーションします。
数千、数万という変異の中から、実際にワクチンの材料として使える可能性のある候補は、わずか数十個程度まで絞り込まれます。
この探索の精度が、ワクチンの「切れ味」を決定づけると言っても過言ではありません。
解析対象となる主な遺伝子変異
| 変異の種類 | 内容 | ワクチン候補としての価値 |
|---|---|---|
| 一塩基変異(SNV) | DNAの塩基が1つだけ別の塩基に置き換わる変異 | 最も頻度が高く、有力なネオアンチゲンの供給源となる |
| 挿入・欠失(InDels) | 塩基配列の一部が抜けたり、入り込んだりして読み枠がずれる変異 | タンパク質の構造を大きく変えるため、強い免疫反応を誘導する可能性がある |
| 遺伝子融合 | 本来離れている別々の遺伝子が結合してしまう変異 | がん特有の全く新しいタンパク質を生み出すため、標的として有望 |
特異的抗原の選定とワクチン設計
遺伝子解析によってリストアップされた変異候補の中から、実際にワクチンとして製造する最終的な抗原(ペプチド)を決定します。
この工程は「エピトープ予測」とも呼ばれ、コンピュータによる予測アルゴリズムを用いて行われます。
単に変異があるというだけでなく、それが体内で免疫細胞に見つけられやすく、かつ攻撃のスイッチを強く押すことができるかどうかが選定の基準となります。
数多くの候補の中から、治療効果が最も期待できるトップ数個から十数個の抗原を厳選し、それらを組み合わせたカクテルとしてワクチンを設計します。
親和性の高いペプチドの絞り込み
選定において最も重視される指標の一つが「HLA結合親和性」です。前述の通り、抗原ペプチドは患者様のHLA分子と結合しなければ機能しません。
コンピュータ上で、候補となるペプチドと患者様のHLA分子の構造的な結合力をシミュレーションし、強固に結合すると予測されるものを優先的に選びます。
結合力が弱いと、細胞表面に提示される時間が短くなり、免疫細胞に見つけてもらうチャンスが減ってしまうからです。
この結合予測の精度は年々向上しており、実際に体内に入れた時の反応を高い確率で予測できるようになっています。
免疫反応を誘導する力の予測
HLAに結合するだけでなく、その複合体をT細胞(免疫の司令塔や実行部隊)が「敵だ」と認識できるかも重要です。これを免疫原性と呼びます。
正常な自己タンパク質とあまりにも似ていると、免疫細胞は攻撃を躊躇してしまいます(免疫寛容)。逆に、正常とは明確に異なる構造を持っていれば、強い免疫反応が期待できます。
また、その変異ががん細胞の生存にとって重要な遺伝子上に位置しているかどうかも考慮します。
重要な遺伝子を標的にすれば、がん細胞が変異を捨てて逃げる(抗原消失)リスクを減らすことができるからです。
個々の患者に合わせた製造計画
最終的に選ばれた5種類から10種類程度のペプチド情報を基に、ワクチンの製造仕様書が作成されます。
ペプチドは化学合成によって人工的に作られますが、医療用グレード(GMP準拠)の環境で厳密な品質管理の下に製造する必要があります。
患者様一人ひとりのために異なる物質を合成するため、大量生産品とは異なる製造ラインを用います。
この設計図が完成した時点で、医師から患者様へ結果の説明が行われ、実際に製造を発注するかどうかの最終確認が行われます。
抗原選定における主な基準
- 患者様固有のHLA型に対して強い結合親和性を持っていること
- がん細胞内での遺伝子発現量が高く、抗原が豊富に提示されると予測されること
- 正常細胞には存在しない変異配列であり、副作用のリスクが低いこと
- T細胞による認識効率(免疫原性)が高いと予測されること
- がん細胞の増殖や生存に不可欠な遺伝子の変異であること(可能な場合)
検査結果の報告と治療方針の決定
検体提出から約4週間から6週間程度を経て、解析レポートが完成します。患者様は再度クリニックを受診し、医師から詳細なレポートの解説を受けます。
このレポートには、今回のがんで見つかった遺伝子変異の数、特定されたネオアンチゲンの候補リスト、そしてそれに基づいたワクチンの構成案が記載されています。
この結果説明は、単なるデータの提示ではなく、これからの治療戦略を共有する大切な場です。
解析の結果、残念ながら有力な抗原が見つからないケースも稀にありますが、そうした場合の代替案も含めて議論します。
解析レポートの読み方
レポートには専門用語が多く並びますが、医師がポイントを絞って解説します。注目すべきは「Tumor Mutational Burden (TMB)」と呼ばれる遺伝子変異量です。
一般的に、変異の数が多いほどネオアンチゲンも多く発生しやすく、免疫療法の効果が高い傾向にあります。
また、リストアップされた各ペプチド候補のスコア(結合予測値など)を確認し、なぜこの組み合わせが選ばれたのかという根拠を理解します。
ご自身の体の中で起きている変化を遺伝子レベルで知ることは、病気と向き合う上での精神的な納得感にもつながります。
ワクチン投与が可能かどうかの判断
解析が成功し、有望な抗原候補が見つかったとしても、直ちに治療開始とはならない場合があります。
現在の病状、全身状態(パフォーマンスステータス)、肝機能や腎機能の数値などを総合的に評価し、ワクチン療法に耐えうる体力があるか、十分な効果が期待できる状態かを医師が判断します。
また、併用する他の治療(抗がん剤や放射線など)とのスケジュール調整も行います。
場合によっては、先に他の治療を行ってがんの勢いを抑えてから、維持療法としてワクチンを開始するという戦略をとることもあります。
治療スケジュールと費用の確認
治療へ進むことが決定すれば、ワクチンの製造依頼を行います。製造にはさらに数週間を要するため、実際に投与が始まるのは検査開始からトータルで2ヶ月から3ヶ月後になることが一般的です。
この待機期間中の過ごし方や、全何回の投与をどのくらいの間隔で行うか(通常は2週間に1回など)という具体的なスケジュールを確定させます。
また、自由診療であるため、検査費用とは別に、ワクチン製造費や投与ごとの技術料が発生します。総額の費用見積もりと支払い方法についても、この段階で明確にしておくことが大切です。
解析レポートに含まれる主な項目
| 項目名 | 内容の説明 |
|---|---|
| 遺伝子変異総数(TMB) | がん細胞100万塩基あたりの変異の数。免疫原性の高さの目安となる。 |
| HLA型判定結果 | クラスIおよびクラスIIのHLAアレル情報。 |
| ネオアンチゲン候補リスト | 解析によって同定された特異的抗原候補の配列と予測スコア。 |
| 推奨ペプチド構成 | ワクチンとして採用を推奨するペプチドの組み合わせ。 |
| パスウェイ解析結果 | がんの増殖に関わっている細胞内シグナル伝達経路の分析(参考情報)。 |
よくある質問
- 検査のために手術をする必要はありますか?
-
必ずしも検査だけのために手術をする必要はありません。基本的には、過去の手術や検査で採取され、病院に保管されている病理検体(パラフィンブロック)を取り寄せて使用します。
ただし、検体が古い場合や品質が不十分な場合、あるいは組織が既に廃棄されている場合には、新たに組織を採取する生検(バイオプシー)をお願いすることがあります。
生検の方法は、針を刺すだけのものから内視鏡を使うものまで様々ですので、患者様の負担が少ない方法を医師が検討します。
- 検査結果が出るまでにどれくらいの期間がかかりますか?
-
検体(がん組織と血液)が検査機関に到着してから、通常は約4週間から6週間程度で解析結果のレポートが出ます。
ただし、検体の取り寄せに時間がかかったり、検体の品質に問題があって再抽出が必要になったりした場合は、さらに日数を要することがあります。
また、その後ワクチンを製造する期間としてさらに4週間から6週間程度が必要となるため、初診から実際の治療開始までにはトータルで2ヶ月から3ヶ月程度を見込んでおくのが一般的です。
- 検査をしても抗原が見つからないことはありますか?
-
稀ですが、抗原が見つからない、あるいはワクチンに適した強い抗原が特定できないというケースは存在します。
例えば、遺伝子の変異数が極端に少ないタイプのがん(Cold Tumorと呼ばれます)の場合、免疫を刺激するのに十分なネオアンチゲンが発生していないことがあります。
また、検体の量が少なすぎたり劣化していたりして解析不能となることもあります。そのような場合は、医師が別の免疫療法や治療方針を提案いたします。
- この検査に年齢制限や体力的な条件はありますか?
-
検査自体は、血液採取と既存検体の提出のみですので、年齢や体力に関わらず受けていただくことが可能です。
ただし、その後のワクチン治療に関しては、免疫機能を利用する治療法であるため、ご自身の免疫細胞がある程度元気に働ける状態でなければ効果が期待できません。
そのため、全身状態が極端に悪い場合や、重篤な自己免疫疾患がある場合などは、治療の適応とならないことがあります。まずは検査が可能かどうか、主治医にご相談ください。
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