がん抗原の役割– category –

基礎・仕組みがん抗原の役割

がん細胞は自分の体から生まれた細胞でありながら、遺伝子の変異によって「異物の目印」を表面にまとっています。

この目印こそが「がん抗原」と呼ばれるタンパク質の断片であり、免疫細胞ががん細胞を見つけ出し攻撃するための手がかりとなります。

がん抗原の種類や免疫原性の違いを知ることで、なぜ免疫療法が効く人と効きにくい人がいるのか、その理由が見えてきます。

本記事では、がん抗原が生まれる背景から免疫細胞がそれを認識する流れ、さらにがん細胞が免疫をかわす巧妙な手口まで、わかりやすく解説します。

がん抗原は免疫細胞ががん細胞を「敵」と見破るための目印

がん抗原とは、がん細胞の表面に現れる異常なタンパク質の断片のことで、免疫細胞がこの目印を頼りにがん細胞と正常細胞を見分けています。

私たちの体には約37兆個の細胞があり、そのすべてが正常に働いているわけではありません。細胞分裂のたびにDNAのコピーミスが起こり、ごくまれに異常な細胞が生まれます。

通常、こうした異常な細胞は免疫システムが素早く察知して排除しています。その際に免疫細胞が「この細胞は異常だ」と判断する根拠が、細胞の表面に提示されたがん抗原です。

つまり、がん抗原が存在しなければ、免疫細胞はがん細胞を見逃してしまいかねません。

がん細胞だけが持つ「異物のしるし」が免疫のスイッチを入れる

すべての細胞は、自分が何者であるかを示す「名札」を表面に出しています。この名札はMHC(主要組織適合遺伝子複合体)分子と呼ばれるタンパク質で、細胞内で作られたタンパク質の断片を載せて外に向けて提示しています。

正常な細胞が提示する断片は「自己」として免疫細胞にスルーされますが、がん細胞の場合は遺伝子変異によって生じた異常なタンパク質の断片がMHC分子に載ります。

免疫細胞、特にキラーT細胞はこの「見慣れない断片」を発見すると、攻撃のスイッチが入るのです。

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正常細胞との違いをどうやって見分けているのか

免疫システムには「自己」と「非自己」を区別する精巧な仕組みが備わっています。

私たちが胎児のころから持つ正常なタンパク質に対しては、胸腺という器官で「これは攻撃してはいけない」と教育を受けたT細胞だけが体内に残ります。この教育を「免疫寛容」と呼びます。

がん細胞が作り出す変異タンパク質は、この教育リストに載っていない「未知の存在」です。そのため免疫寛容の網をすり抜け、T細胞から「異物」として認識されます。

正常細胞と遺伝子レベルでわずかに違うだけで、免疫の攻撃対象になりうるという事実は、がん治療を考えるうえで大切なポイントといえます。

がん抗原の種類によって免疫の攻撃力は大きく変わる

がん抗原は一括りにされがちですが、実際には由来や構造の違いによって複数のタイプに分かれており、それぞれ免疫細胞を刺激する力(免疫原性)が異なります。

免疫原性が高い抗原ほどT細胞が強く反応し、がん細胞を効率よく排除できる可能性が高まります。

がん抗原の分類と免疫原性

抗原の種類特徴免疫原性
ネオアンチゲン遺伝子変異により新たに生じた抗原で正常細胞には存在しない高い
がん精巣抗原通常は精巣など限られた組織でのみ発現する中程度
がん関連抗原正常細胞にもわずかに存在するががん細胞で過剰に発現する低~中程度
ウイルス由来抗原ウイルス感染に起因するがんで発現する異物タンパク質高い

ネオアンチゲンはなぜ強い免疫反応を引き起こせるのか

ネオアンチゲン(新生抗原)は、がん細胞がDNAの複製ミスを繰り返す過程で生まれる、完全に新しいタンパク質の断片です。

体にとっては「今まで一度も出会ったことのない物質」であるため、免疫寛容の対象外となり、T細胞が遠慮なく攻撃態勢をとります。

この性質はがんワクチンの標的としても注目されています。ただし、ネオアンチゲンは患者一人ひとりのがん細胞に固有のものが多く、万人共通のワクチンを作ることが難しいという課題も抱えています。

近年は次世代シーケンサーの技術発展により、個々の患者の遺伝子変異を解析してネオアンチゲンを特定し、個別化ワクチンを設計する研究が進んでいます。

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がん関連抗原とウイルス由来抗原の特徴

がん関連抗原は正常細胞にもわずかに存在するタンパク質ががん細胞で過剰に作られるもので、CEA(がん胎児性抗原)やHER2などが代表的です。正常組織にも存在するため、免疫系が「自己」として見逃しやすいという弱点があります。

一方、HPV(ヒトパピローマウイルス)や肝炎ウイルスが原因で発生するがんでは、ウイルス由来のタンパク質ががん抗原として働きます。

ウイルスは体にとって明らかな異物ですから、免疫反応が非常に強く起こりやすいという特長があります。HPVワクチンが子宮頸がんの予防に有効なのも、この原理に基づいています。

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樹状細胞とT細胞が連携してがんを叩く攻防戦

がん抗原は免疫細胞の目に触れて初めて攻撃命令のきっかけとなりますが、その橋渡し役を担うのが樹状細胞(じゅじょうさいぼう)です。

樹状細胞はがん細胞の破片やタンパク質を取り込み、その断片をT細胞に「提示」することで、がんへの攻撃部隊を組織します。

抗原提示細胞がT細胞に「敵の顔」を教える

樹状細胞は体内をパトロールしながら、異常な細胞や死んだ細胞の残骸を貪食します。取り込んだがん抗原を自らの表面にあるMHC分子に載せて、リンパ節へと移動します。

リンパ節には多種多様なT細胞が待機しており、樹状細胞が提示した抗原とぴったり合うT細胞受容体を持つT細胞が選び出されます。

選ばれたT細胞は増殖・活性化し、キラーT細胞として全身に放たれ、同じ抗原を持つがん細胞を探し出して攻撃します。この一連の流れは「がん免疫サイクル」と呼ばれ、すべての段階が円滑に回ることで効果的な抗腫瘍免疫が成立します。

  • 樹状細胞ががん細胞の断片を取り込んで消化する
  • がん抗原をMHC分子に載せてリンパ節へ運ぶ
  • リンパ節でT細胞に「敵の顔」を見せて活性化する
  • 活性化したキラーT細胞が血流に乗ってがん細胞を攻撃する

ただし、がん細胞が抗原の提示を妨害したり、T細胞の活性化を阻む物質を出したりすると、このサイクルは途中で止まってしまいます。

がんワクチンや免疫チェックポイント阻害薬は、このサイクルを再び回転させることを目指した治療法です。

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がん細胞は免疫から逃げるために抗原を隠す

がん細胞は免疫システムの監視をすり抜けるため、自らの表面からがん抗原を隠す多彩な戦略を駆使しています。

免疫の攻撃を受けたがん細胞集団のなかで、抗原の発現が弱い細胞やMHC分子を減らした細胞だけが生き残り、やがて免疫に見つかりにくい集団へと変化していきます。

免疫逃避をどう突破してがんを攻撃するか

がん細胞が免疫から逃げる方法は一つではありません。MHC分子の発現をなくしてT細胞に認識されにくくしたり、PD-L1などの分子を細胞表面に出してT細胞に「攻撃中止」の信号を送ったりします。

さらに、がん細胞の周囲には「腫瘍微小環境」と呼ばれる特殊な空間が形成され、免疫を抑えるサイトカインや制御性T細胞が集まることで、攻撃部隊の機能を鈍らせます。

こうした複合的な防御を突破するために、複数のネオアンチゲンを標的としたがんワクチンや、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法が研究されています。

がんの免疫逃避を知ることは、治療法を選択するうえでも大切です。たとえば、免疫チェックポイント阻害薬はT細胞へのブレーキ信号を解除する薬剤であり、がんワクチンは新たな攻撃部隊を育成する治療です。

両者を組み合わせることで、がん細胞の防御網をより効果的に崩すことが期待されています。

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よくある質問

がん抗原は血液検査で測定できるものですか?

がん抗原のなかには、血液中に放出されて腫瘍マーカーとして測定できるものがあります。たとえば、PSA(前立腺特異抗原)やCEA(がん胎児性抗原)、CA19-9などは血液検査で数値を確認できます。

ただし、免疫細胞が攻撃の標的とするがん抗原(ネオアンチゲンなど)は細胞の表面に提示されるものであり、通常の腫瘍マーカー検査とは異なります。ネオアンチゲンを調べるには、がん組織の遺伝子解析が必要となります。

がん抗原の量が多いほど免疫療法は効きやすくなりますか?

一般的に、がん細胞が持つ遺伝子変異の数が多いほどネオアンチゲンも多くなり、免疫細胞ががん細胞を認識しやすくなります。遺伝子変異の数が多い悪性黒色腫や肺がんなどで免疫チェックポイント阻害薬の効果が高い傾向がある背景には、こうした関連があると考えられています。

しかし、抗原の量だけで治療効果が決まるわけではありません。がん細胞がMHC分子を減らして抗原提示を妨げていたり、腫瘍微小環境が免疫を抑制していたりすると、抗原が多くても十分な攻撃が起こらない場合もあります。

がん抗原を標的にしたワクチンは誰でも受けられますか?

がん抗原を標的にした治療ワクチンは、現時点では多くが臨床試験(治験)段階にあり、すべてのがん患者さんが受けられる状況にはなっていません。ペプチドワクチンや樹状細胞ワクチンなどがさまざまながんの種類を対象に研究されていますが、標準治療として広く承認されているものはまだ限られています。

なお、HPVワクチンのように感染症を原因とするがんに対する予防ワクチンは、すでに広く普及しています。治療を目的としたがんワクチンとは区別して考える必要があります。

がん抗原に対する免疫反応が強すぎると正常な細胞まで傷つきますか?

がん特有の抗原(ネオアンチゲンやウイルス由来抗原)を標的にする場合、正常な細胞にはその抗原が存在しないため、正常組織へのダメージは起こりにくいとされています。

一方、がん関連抗原のように正常細胞にも少量発現しているタンパク質を標的にすると、免疫細胞が正常組織まで攻撃してしまう「自己免疫反応」が生じる可能性があります。免疫チェックポイント阻害薬でも、免疫の過剰活性化による皮膚や甲状腺、肝臓などへの影響が報告されることがあります。治療中は担当医と密に連携し、体調の変化に注意することが大切です。

がん抗原と腫瘍マーカーは同じものですか?

がん抗原と腫瘍マーカーは関連する概念ですが、厳密には同じものではありません。腫瘍マーカーはがんの診断や経過観察のために血液中で測定する物質の総称であり、タンパク質やホルモン、酵素なども含まれます。

一方、がん抗原は免疫学的な観点から「免疫細胞が認識する標的分子」として定義されるものです。腫瘍マーカーの一部はがん抗原としても機能しますが、すべての腫瘍マーカーが免疫の攻撃対象になるわけではなく、逆にすべてのがん抗原が血液中に放出されるわけでもありません。

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