腎臓の機能が低下した方にとって、透析治療は生命を維持するために必要な治療法です。しかし、日中の時間を拘束されることが多く、仕事や学業、趣味など、これまでの生活を続けるのが難しくなる場合があります。
夜間透析は主に夕方から夜の時間帯に行う透析治療であり、日中の活動時間を確保し、QOL(生活の質)の維持・向上を目指せる選択肢として利用されています。
この記事では夜間透析の基本的な情報から、メリット、注意点、費用までを詳しく解説します。
夜間透析とは何か?基本的な知識
夜間透析について理解を深めるために、まずは透析治療そのものの役割と、夜間透析がどのような治療法なのかを知ることが大切です。通常の透析との違いも合わせて解説します。
透析治療の基本的な役割
腎臓は血液中の老廃物や余分な水分をろ過し、尿として体外へ排出する重要な臓器です。腎不全などにより腎臓の機能が著しく低下すると、これらの有害物質が体内に蓄積し、様々な健康問題を引き起こします。
透析治療はこの腎臓の機能を人工的に代替し、血液をきれいにする治療法です。主に血液透析と腹膜透析の2種類があります。
透析治療が担う主な機能
機能 | 内容 | 重要性 |
---|---|---|
老廃物の除去 | 尿素などの毒素を血液から取り除く | 尿毒症の予防 |
余分な水分の除去 | 体内の水分バランスを調整する | むくみや心不全の予防 |
電解質の調整 | カリウム、ナトリウムなどのバランスを整える | 不整脈などの予防 |
夜間透析の定義と目的
「夜間透析」とは、主に夕方から夜間の時間帯にかけて行う血液透析を指します。通常、週3回、1回あたり4時間から5時間程度の透析を行います。
主な目的は、日中の時間を透析治療に費やすことなく、仕事、学業、家事、趣味といった社会生活や個人的な活動を継続できるようにすることです。
これにより、患者さんの生活の質(QOL)の維持・向上を目指します。
夜間透析の概要
項目 | 内容 |
---|---|
主な時間帯 | 夕方~夜 |
1回の時間(目安) | 4~5時間 |
場所 | 医療機関 |
目的 | 日中の活動時間の確保、QOL維持 |
通常の透析(日中透析)との違い
一般的な血液透析(日中透析)も、夜間透析と同様に週3回、1回あたり4時間から5時間程度で行いますが、実施する時間帯が異なります。
日中透析は主に午前や午後の時間帯に行われるため、その時間帯に仕事や用事がある方は調整が必要になります。夜間透析は、この時間的な制約を解消する選択肢となります。
透析時間帯による比較
項目 | 通常の透析(日中) | 夜間透析 |
---|---|---|
時間帯 | 主に午前・午後 | 主に夕方~夜 |
1回の透析時間 | 4~5時間程度 | 4~5時間程度 |
日中の活動 | 時間帯により制限あり | 比較的自由 |
場所 | 医療機関 | 医療機関 |
夜間透析が選ばれる理由
多くの透析患者さんが、なぜ日中透析ではなく夜間透析を選択するのでしょうか。そこには、日中の活動を続けたいというニーズに応える、明確な理由があります。
日中の時間を有効活用したい方へ
日中に仕事や学業、趣味など、やりたいことや、やるべきことがある方にとって、透析治療のために時間を割くことは大きな負担となります。
夜間透析は、日中の時間を活動にあて、夕方以降に治療を受けるため、活動的な生活を送りたいと考える方にとって魅力的な選択肢となります。
社会生活や就労との両立
透析治療を受けながら仕事を続けることは、経済的な安定だけでなく、社会とのつながりを保つ上でも重要です。
日中の透析では、勤務時間の調整や休職が必要になるケースも少なくありません。夜間透析であれば、日中の勤務時間への影響を最小限に抑えることができるため、就労継続の可能性が高まります。
学業や地域活動など、様々な社会参加も続けやすくなります。
夜間透析で可能になる日中活動の例
- フルタイム勤務
- 日中の学業(大学、専門学校など)
- 日中に行う趣味やスポーツ
- 家族との時間、日中の用事
生活リズムの維持
日中に透析を受ける場合、治療日は午前または午後が透析に費やされ、生活リズムが不規則になりがちです。夜間透析を選択することで、日中は透析のない日と同じように活動でき、比較的規則正しい生活リズムを維持しやすくなります。
夜間透析のメリットと留意点
夜間透析は日中の時間を確保できる点が最大のメリットですが、治療を受ける上で留意すべき点もあります。
最大のメリット 日中の自由時間確保
繰り返しになりますが、夜間透析の最大のメリットは、日中の時間を仕事、学業、家事、趣味、家族との時間などに自由に使えることです。
これにより、透析導入前になるべく近い生活を維持し、QOLの低下を防ぐことが期待できます。
治療効果について
夜間透析の1回あたりの透析時間は、標準的な日中透析と同等(4~5時間)です。そのため、透析効率や老廃物の除去能力といった治療効果自体は日中透析と大きく変わるものではありません。
十分な透析効果を得るためには、決められた透析時間を守り、食事・水分管理などの自己管理をしっかり行うことが重要です。
食事や自己管理の重要性
夜間透析であっても、日中透析と同様に、食事制限(カリウム、リン、塩分、水分など)や体重管理は必要です。透析時間が特別に長いわけではないため、自己判断で制限を緩めることはできません。
医師や管理栄養士の指導をしっかり守り、日々の自己管理を継続することが良好な体調を維持するために大切です。
自己管理のポイント
管理項目 | 重要性 | 具体的な行動 |
---|---|---|
食事管理 | 栄養バランス、制限の遵守 | 医師・栄養士の指導を守る |
水分管理 | むくみ、心臓への負担軽減 | 指示された水分量を守る |
体重管理 | 適切な除水量の決定 | 毎日の体重測定と記録 |
身体的負担について
夜間透析の身体的負担は、基本的に日中透析と同程度と考えられます。
透析中の血圧低下や足のつりなどの症状が起こる可能性も同様にあります。透析後に疲労感を感じることもありますので、帰宅後は無理せず休息をとるようにしましょう。
夜間透析のスケジュールと流れ
実際に夜間透析を受ける場合、どのようなスケジュールで、どのような流れで進むのでしょうか。クリニックでの一般的な流れや、ご自宅での準備について解説します。
クリニックでの一般的な流れ
多くのクリニックでは、仕事や学校が終わる夕方の時間帯に患者さんが来院し、透析の準備を始めます。体重測定、血圧測定、体調チェックなどを行った後、穿刺(針を刺すこと)を行い、透析を開始します。
透析時間は通常4時間から5時間程度です。
夜間透析のタイムスケジュール例
時間 | 内容 |
---|---|
17:00 – 18:00 | 来院、体重・血圧測定、体調確認 |
18:00 – 18:30 | 穿刺、透析開始 |
18:30 – 22:30 | 透析実施(読書や仮眠など) |
22:30 – 23:00 | 透析終了、止血、体調確認、退院 |
※上記は一例であり、開始・終了時間はクリニックや個人の状況によって異なります。
自宅での準備と注意点
夜間透析の日は、クリニックへ行く前に、可能であれば夕食を軽めに済ませておくと透析中の胃腸への負担が少なくなります。
クリニックで過ごす時間に備え、リラックスできる服装で来院すると良いでしょう。また、透析中に読書や勉強をする場合は、必要なものを忘れずに持参しましょう。
体調がすぐれない場合は、無理せず事前にクリニックへ連絡することが重要です。
透析中の過ごし方
夜間透析の時間は4~5時間程度です。この間、読書をしたり、音楽を聴いたり、仮眠をとったりと、比較的自由に過ごすことができます。
テレビが設置されている施設もあります。ただし、透析中は腕を動かせないなどの制限はあります。看護師が定期的に巡回し、容態を確認します。
透析後のケア
透析終了後は、穿刺部位の止血を確認し、血圧や体調に問題がないかチェックを受けてから退院となります。帰宅が夜遅くなるため、公共交通機関の有無や、家族の送迎などを事前に確認しておくと安心です。
帰宅後はゆっくり休息し、翌日の活動に備えましょう。
夜間透析を受ける上での注意点
夜間透析を選択するにあたって、いくつか注意すべき点もあります。生活リズムや自己管理について理解しておきましょう。
生活リズムの調整
夜間透析を始めると、週に数回、夕方から夜の時間をクリニックで過ごすことになります。帰宅時間が遅くなるため、就寝時間もそれに合わせて調整する必要があります。
特に治療開始当初は、生活リズムの変化に慣れるまで時間がかかるかもしれません。日中の眠気などを感じる場合は、無理せず休息を取り、医師やスタッフに相談しましょう。
クリニック選びのポイント
夜間透析は、すべての透析施設で実施しているわけではありません。また、開始時間や終了時間、設備、雰囲気なども施設によって異なります。
自宅や職場からの通いやすさ、緊急時の対応、スタッフとの相性などを考慮し、自分に合ったクリニックを選ぶことが治療を長く続ける上で大切です。見学や相談を受け付けている施設も多いので、事前に情報を集め、比較検討しましょう。
緊急時の対応体制
夜間の時間帯は、日中に比べてスタッフの人数が限られている場合があります。
透析中に体調が急変した場合や、何らかのトラブルが発生した場合に、迅速かつ適切な対応が取れる体制が整っているかを確認しておくことは非常に重要です。
クリニックを選ぶ際には、夜間の緊急時対応についてもしっかりと説明を受けて納得できる施設を選びましょう。
夜間透析にかかる費用と医療制度
透析治療は長期間にわたるため、費用に関する不安を持つ方も少なくありません。夜間透析にかかる費用や、利用できる医療費助成制度について解説します。
保険適用の範囲
人工透析治療は、基本的に健康保険が適用されます。夜間透析も同様に保険診療の範囲内で行われるため、治療費の大部分は保険によって賄われます。
高額療養費制度の対象にもなるため、自己負担額には上限が設けられています。
自己負担額の目安
透析治療を受けている患者さんの多くは、「特定疾病療養受療証」の交付を受けることで、医療機関の窓口での自己負担額が原則として月額1万円(所得によっては2万円)となります。
夜間透析だからといって、この自己負担上限額が変動することは基本的にありません。
自己負担上限額(特定疾病療養受療証利用時)
所得区分 | 自己負担上限額(月額) |
---|---|
標準報酬月額26万円以下など | 1万円 |
標準報酬月額28万円~50万円など | 1万円 or 2万円 ※ |
標準報酬月額53万円以上など | 2万円 |
※所得や年齢により細かく区分されます。詳細は加入している保険者にご確認ください。
利用できる医療費助成制度
透析治療を受けている方は、前述の特定疾病療養受療証に加え、お住まいの自治体によっては独自の医療費助成制度(例:重度心身障害者医療費助成制度など)を利用できる場合があります。
これらの制度を活用することで、自己負担額をさらに軽減できる可能性があります。利用できる制度については、市区町村の窓口や、クリニックの医療ソーシャルワーカーなどに相談してみましょう。
夜間透析と日中活動の両立を支える工夫
夜間透析を選択することで日中の時間は確保できますが、治療と活動をうまく両立させるためには、いくつかの工夫や周囲の協力も大切になります。
仕事や学業とのバランス
夜間透析を受けていても、透析後の疲労感などで翌日のパフォーマンスに影響が出る可能性もゼロではありません。
無理のない勤務・学習スケジュールを心がけ、必要であれば職場や学校に自身の状況を伝え、理解や配慮を求めることも大切です。
例えば、透析翌日の午前中は重要な業務を避ける、休憩時間を適切にとるなどの工夫が考えられます。
趣味や社会活動への参加
日中の時間が確保できることで、趣味や社会活動への参加がしやすくなります。ただし、体力を過度に消耗しないよう、活動量や内容を調整することが重要です。
自分の体調と相談しながら、無理のない範囲で楽しみを見つけ、生活に彩りを加えることが精神的な健康維持にもつながります。
家族や周囲の理解と協力
夜間透析を続ける上で、家族や職場、友人など、周囲の人々の理解と協力は大きな支えとなります。
透析治療を受けていること、夜間に治療のため時間を要することを伝え、必要なサポート(例えば、帰宅が遅くなる日の家事の分担など)をお願いすることも時には必要です。
一人で抱え込まず、周囲と良好な関係を築くことが、治療と生活の両立を助けます。
夜間透析に関するよくある質問 (Q&A)
夜間透析を検討されている方から寄せられることの多い質問とその回答をまとめました。
- 夜間透析は誰でも受けられますか?
-
夜間透析は、日中の活動(仕事、学業など)のために夜間の時間帯での透析を希望される方が主な対象となります。全身状態が安定していることが前提ですが、医学的な適応基準は日中透析と大きく変わりません。
ただし、夜間透析を実施している施設は限られていますので、まずは主治医やかかりつけのクリニック、または夜間透析を行っている施設に直接相談し、受け入れが可能か確認することが必要です。
- 夜間透析の時間は変更できますか?
-
夜間透析の開始時間や終了時間は、クリニックの診療体制によって決まっている場合がほとんどです。多少の調整が可能か、あるいは固定されているかは、利用するクリニックによって異なります。
希望がある場合は、事前にクリニックに確認することが重要です。自己都合で透析時間を短縮することは、治療効果の低下につながるため避けるべきです。
- 旅行や出張は可能ですか?
-
可能です。事前に計画を立て、旅行先や出張先で透析を受けられる施設(臨時透析施設)を予約する必要があります。
夜間透析を受けている場合でも、旅行先では日中透析の施設を利用することが一般的ですが、タイミングによっては夜間透析が可能な施設が見つかる場合もあります。
主治医やクリニックのスタッフに相談し、紹介状や透析条件などの情報を提供してもらい、受け入れ先の施設と連携をとります。早めに準備を始めることが大切です。
- 夜間透析のデメリットはありますか?
-
夜間透析の主なデメリットとしては、帰宅時間が遅くなり、生活リズムが夜型になりやすい点が挙げられます。また、実施している施設が限られているため、通院可能な範囲に施設がない場合もあります。
緊急時の対応体制が日中と異なる場合がある点も、事前に確認が必要です。治療効果や身体的負担については、基本的に日中透析と同等と考えられます。
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