透析治療を受けるにあたり、多くの方がヘパリンという薬の名前を耳にし、ヘパリンは、安全な透析治療を続ける上でとても大切な役割を担っています。
ダイアライザー(人工腎臓)というフィルターで、きれいにしてから再び体内に戻す流れの中で、血液が体の外に出ると、空気に触れたり、透析の回路(チューブ)に接触したりすることで、固まりやすくなる性質があります。
もし血液が固まってしまうと透析回路が詰まり、治療を続けられなくなるだけでなく、体に重大な影響を及ぼす危険性があるので、そうした事態を防ぐために、抗凝固薬であるヘパリンを使い、血液をサラサラの状態に保ちます。
この記事では、なぜ透析治療でヘパリンが必要なのか、働きや投与量の決め方、副作用について、詳しく解説していきます。
透析治療と血液凝固の基本的な関係
透析治療を安全に行うためには、血液が固まらないように管理することが非常に重要です。体の外で血液を循環させるという特殊な状況が、血液凝固のリスクを高める要因となります。
人工透析とはどのような治療か
人工透析は、腎臓の機能が低下した方のために、腎臓の働きの代わりをする治療法です。
腎臓は、血液中の老廃物や余分な水分を尿として体の外に排出し、血液をきれいに保つ役割を担っていますが、腎臓の機能が著しく低下すると、老廃物や水分が体内に溜まり、さまざまな健康上の問題を起こします。
そこで、人工透析では、血液を一度体の外に取り出し、ダイアライザーと呼ばれる人工の膜を通して老廃物や余分な水分を取り除き、きれになった血液は、再び体の中に戻されます。
この治療を定期的(通常は週に3回、1回4時間程度)に行うことで、体内の環境を正常に近い状態に保ち、生命を維持します。
なぜ透析中に血液は固まりやすいのか
体には出血した際に血を止めるための仕組み、つまり血液凝固の働きが備わっていて、体を守るための大切な機能ですが、透析治療中にはこの働きが治療の妨げになることがあります。
体外循環という特殊な環境
透析治療では、血液が体内から出て、血液回路というチューブを通り、ダイアライザーを通過して、再び体内に戻るという体外循環を行います。
血液が血管の外に出ると、体は出血と認識し、血液を固めようとする凝固システムが働き始め、これは、体を守るための自然な反応ですが、透析中においては回路の詰まりの原因です。
血液と人工物の接触
血液が血液回路やダイアライザーといった人工物に触れることも、血液凝固を促進する大きな要因です。
血液中の血小板という成分が、人工物に触れると刺激を受けて活性化し、血液を固める働きを開始するため、何もしなければ、血液は透析回路の内部で固まってしまいます。
血液凝固が起こす問題
透析中に血液が固まってしまうと治療にさまざまな支障が生じ、最も直接的な問題は、血液回路やダイアライザーが詰まってしまい、これが凝血です。
凝血が起こると、血液の流れが滞り、予定していた透析を最後まで行えなくなることがあります。治療が不十分になると、体内に老廃物や余分な水分が残り、体調不良の原因となります。
血液凝固による主なトラブル
| 問題点 | 具体的な影響 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| 透析効率の低下 | 老廃物の除去が不十分になる | 抗凝固薬による凝固防止 |
| 血液回路の閉塞 | 治療の中断や残血が生じる | 適切な抗凝固薬の選択 |
| シャントのトラブル | シャント血管が詰まるリスク | シャント管理と凝固管理 |
抗凝固薬の役割と重要性
血液凝固の問題を防ぐために、抗凝固薬が使われ、抗凝固薬は、血液を固まりにくくする、いわゆる血液をサラサラにする薬です。
透析治療では、治療の開始から終了まで、血液が固まることなくスムーズに体外を循環するように、抗凝固薬を投与して血液の状態を管理し、安全で効果的な透析治療が可能になります。
数ある抗凝固薬の中でも、透析治療ではヘパリンが広く用いられています。
ヘパリンが血液凝固を防ぐ働き
透析治療で広く使われているヘパリンは、血液が固まるのを防ぐ強力な作用を持っています。ヘパリンは、体にもともと存在する物質を利用して、凝固の連鎖反応を効果的に止めます。
ヘパリンとはどのような薬か
ヘパリンは、血液の凝固を防ぐ作用を持つ多糖類の一種で、もともとは人間の肝臓などで作られている物質で、血液が血管の中で固まらないようにする役割の一部を担っています。
医薬品として使われるヘパリンは、主にブタの腸の粘膜などから抽出・精製されたものです。注射薬として用いられ、透析治療のほか、心筋梗塞や脳梗塞の治療、血栓ができやすい状態の予防など、さまざまな医療現場で使われています。
効果は非常に早く現れ、また、体内で分解されるのも比較的早いです。
アンチトロンビンとの連携
ヘパリンが効果を発揮するためには、アンチトロンビンという物質の存在が重要です。
アンチトロンビンは、血液中にもともと存在するタンパク質で、血液を固める働きを持つ凝固因子を抑制する作用を持っていますが、通常の状態ではその働きはそれほど強くありません。
ヘパリンはアンチトロンビンに結合すると、アンチトロンビンの構造が変化し、凝固因子を抑制する力が数百倍から数千倍にまで増強されます。
つまり、ヘパリンは、アンチトロンビンというブレーキ役を強力にサポートすることで、血液凝固を強力に防ぐのです。
血液凝固因子の働きを止める流れ
血液が固まる際には、トロンビンをはじめとする多くの血液凝固因子が、ドミノ倒しのように連鎖的に働きます。
ヘパリンによって活性化されたアンチトロンビンは、この連鎖反応の特に重要な部分を担う凝固因子(主にトロンビンと第Xa因子)の働きを強力に阻害します。
この作用により、凝固の連鎖反応が早い段階でストップし、血液が固まるのを防ぐことが可能です。
透析でヘパリンが選ばれる理由
透析治療において、数ある抗凝固薬の中からヘパリンが標準的に用いられるのには、いくつかの理由があります。
- 強力で速やかな抗凝固作用
- 作用時間の調節のしやすさ
- 半減期が短く体内に残りにくい
- 万が一の際の中和薬の存在
- 長年の使用実績と豊富な知見
透析で使われるヘパリンの種類と特徴
一口にヘパリンといってもいくつかの種類があり、それぞれに特徴があります。透析治療では主に未分画ヘパリンと低分子量ヘパリンが使われ、患者さんの体の状態や出血のリスクなどを考慮して、選択されます。
未分画ヘパリン
未分画ヘパリンは、古くから使われている標準的なヘパリンです。分子の大きさがさまざまなヘパリン分子の混合物であり、強力な抗凝固作用を持っていて、血液凝固の最終段階で中心的な役割を果たすトロンビンを強く阻害します。
効果の発現が非常に速いのが特徴ですが、作用の強さに個人差が出やすいため、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などの血液検査で効果を定期的に確認し、投与量を細かく調整することが必要です。
また、半減期(薬の効果が半分になるまでの時間)が短いため、透析中は持続的に投与を続けます。
低分子量ヘパリン
低分子量ヘパリンは、未分画ヘパリンを処理して分子量を小さくし、大きさを均一に近づけたもので、未分画ヘパリンに比べて、第Xa因子という凝固因子を選択的に阻害する作用が強いことが特徴です。
このため、未分画ヘパリンと同等の抗凝固作用を得ながら、出血の副作用が起こるリスクが低いとされていて、また、作用時間が長く、効果の個人差も少ないため、投与量の管理が比較的しやすいという利点があります。
透析開始時に一度投与するだけで、治療終了まで効果が持続する場合が多いです。
ヘパリンの種類の比較
| 項目 | 未分画ヘパリン | 低分子量ヘパリン |
|---|---|---|
| 主な作用点 | トロンビンと第Xa因子 | 主に第Xa因子 |
| 作用時間 | 短い(持続投与が必要) | 長い(1回投与で済むことも) |
| モニタリング | APTTなどの検査が頻繁に必要 | 必須ではないことが多い |
ヘパリンの種類による使い分け
未分画ヘパリンと低分子量ヘパリンは、それぞれの特徴を活かして使い分けられ、どちらを選択するかは、患者さん一人ひとりの状態によって総合的に判断します。
患者さんの状態に合わせた選択
出血のリスクが高い患者さんや、手術直後で厳密な管理が大事な場合には、作用時間の短い未分画ヘパリンが選ばれる傾向にあります。作用時間が短いため、万が一出血が起きた際にも、投与を中止すれば比較的速やかに薬の効果が薄れます。
状態が安定している患者さんには、管理がしやすく出血リスクも低いとされる低分子量ヘパリンが選択されることが多いです。
長所と短所の比較
未分画ヘパリンの長所は、作用の調節がしやすく、中和薬(プロタミン)で効果を打ち消すことができる点です。
短所は、頻繁なモニタリングが必要なことや、副作用の一つであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)のリスクが低分子量ヘパリンより高いことです。
一方、低分子量ヘパリンの長所は、長時間作用し、投与管理が簡便であることで、短所としては、腎臓で排泄されるため腎機能がほとんどない方には使いにくい場合があることや、中和薬の効果が不完全であることが挙げられます。
ヘパリン投与量の決定と計算方法
ヘパリンの投与量は、安全な透析を行うために非常に重要で、多すぎれば出血のリスクが高まり、少なすぎれば血液が固まって透析を続けられなくなる可能性があります。
ヘパリン投与量を決める上で大切なこと
ヘパリンの適切な投与量を決めるためには、抗凝固作用と出血リスクのバランスをとることが最も大切です。透析回路内での凝固を防ぎつつ、患者さんの体が出血しやすい状態にならないように、最適な量を見つける必要があります。
バランスは、患者さんの体調や他の病気の有無、服用している他の薬などによっても変わるため、常に個別の評価が求められます。
投与量の計算で考慮する要素
ヘパリンの投与量を計算する際には、画一的な式があるわけではなく、さまざまな要素を総合的に評価して決定します。医療スタッフは情報を基に、初期の投与量を設定し、透析中の状態を観察しながら微調整を行っていきます。
- 体重・年齢・性別
- 血液検査データ(血小板数、凝固機能など)
- 過去の透析での凝固や出血の状況
- 併用している他の薬剤
- シャントの状態
初回投与量と維持投与量の考え方
ヘパリンの投与は、大きく分けて初回投与と維持投与の2段階で行われるのが一般的で、まず透析を開始する直前に、ある程度の量を一度に投与します。
これが、初回投与(初期投与、ワンショット)で、透析開始と同時に血液回路内での凝固を速やかに防ぐことが可能です。
その後、透析中はポンプを使って少量ずつ持続的にヘパリンを注入し続け(維持投与)、透析終了まで安定した抗凝固状態を保ちます。
初回投与と維持投与の違い
| 種類 | 目的 | 投与タイミング |
|---|---|---|
| 初回投与 | 透析開始直後の凝固を速やかに防ぐ | 透析開始直前 |
| 維持投与 | 透析中の抗凝固状態を維持する | 透析中、持続的に注入 |
投与量の調整はどのように行うか
ヘパリンの投与量は一度決めたら終わりではなく、毎回の透析の状態に応じて調整し、透析終了時にダイアライザーや血液回路に凝血が残っていないか、透析後の止血にかかる時間は長すぎないか、といった情報を評価します。
もし凝血が多いようであればヘパリンの増量を検討し、出血傾向が見られる、あるいは止血に時間がかかりすぎる場合には減量を検討します。きめ細やかな調整を繰り返すことで、患者さんにとって最適な投与量を見つけることが大切です。
ヘパリン投与の具体的な流れと注意点
実際の透析治療では、ヘパリンは計画的に、注意深く投与されます。透析の開始から終了まで、安全に血液の体外循環を維持するための流れを理解しておきましょう。
透析開始時のヘパリン投与
透析治療が始まる際、まず体に穿刺(針を刺すこと)を行い血液回路を接続し、血液が体外循環を始める直前に、血液回路の体に血液が戻る側(静脈側)のラインからヘパリンを投与します(初回投与)。通常は計算された量を一度に注入します。
最初の投与により、血液がダイアライザーなどに触れて固まり始めるのを未然に防ぎ、スムーズな治療のスタートを可能にします。
透析中の持続的な投与方法
初回投与の後、透析治療中はヘパリンを持続的に投与し続けますが、これは、ヘパリンの効果が時間とともに薄れてしまうのを防ぐためです。
透析装置にはシリンジポンプという専用の機器が組み込まれており、このポンプを使って、あらかじめ設定した速度で少量ずつヘパリンを血液回路内に注入し続けます。
4時間といった長時間の透析であっても、常に血液が固まりにくい状態を安定して維持することができます。
ヘパリン投与量のモニタリング
ヘパリンの投与中は、その効果が適切に得られているか、また効きすぎていないかを確認するために、モニタリングを行います。
未分画ヘパリンを使用している場合は、特に活性化全血凝固時間(ACT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)といった血液凝固能を測る検査を定期的に行い、投与量が適切であるかを客観的な指標で評価します。
また、透析中はダイアライザー内の圧力の変化を監視したり、回路内に凝血ができていないかを目で見て確認したりすることも大切なモニタリングの一部です。
ヘパリン投与モニタリングの指標
| 検査・観察項目 | 評価内容 |
|---|---|
| 活性化全血凝固時間(ACT) | 血液が固まるまでの時間を測定し、効果を評価 |
| 回路・ダイアライザーの観察 | 凝血の有無を目視で確認 |
| 透析後の止血時間 | 穿刺部の止血にかかる時間で出血傾向を評価 |
透析終了時のヘパリンの扱い
透析終了が近づくと、ヘパリンの持続投与を停止します。一般的には、透析終了の30分から1時間ほど前に投与を中止しますが、これは、透析終了後に穿刺した場所からの出血を速やかに止めるためです。
ヘパリンは体内で比較的速やかに分解されるため、早めに投与を止めておくことで、透析終了時には抗凝固作用がある程度弱まった状態になり、タイミングは、患者さんの止血状態などを見ながら個別に調整されます。
ヘパリン使用時に考えられる副作用と対策
ヘパリンは透析治療に欠かせない重要な薬で医薬品である以上、副作用の可能性も念頭に置く必要があります。最も注意すべきなのは出血に関するものですが、それ以外にも知っておくべき副作用があります。
出血のリスクについて
ヘパリンの最も頻度の高い副作用は、その薬理作用の延長線上にある出血です。血液を固まりにくくする作用が過剰になると、体のさまざまな場所で出血しやすくなったり、一度出血すると血が止まりにくくなったりします。
透析後の穿刺部の止血に時間がかかる、鼻血が出やすい、歯茎から出血する、あざができやすいといった症状が見られることがあります。
注意すべき初期症状
ヘパリンによる出血傾向に早く気づくためには、日頃からご自身の体の変化に注意を払うことが大切です。以下のような症状が見られた場合は、早めに医療スタッフに相談してください。
- 鼻血、歯茎からの出血
- 皮膚の軽い打撲による内出血(青あざ)
- 尿に血が混じる(血尿)
- 便が黒くなる(血便)
- 頭痛やめまい
日常生活での注意点
ヘパリンを使用している間は、出血のリスクを避けるために日常生活でもいくつかの注意が必要です。歯磨きの際は柔らかい歯ブラシを使い、歯茎を傷つけないように優しく磨きましょう。
転倒や打撲を避けるため、足元に注意し、滑りにくい履物を選ぶなどの工夫も大切で、また、ひげそりは、カミソリよりも電気シェーバーの方が肌を傷つけにくく、安全です。
ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
頻度はまれですが、ヘパリンの重篤な副作用としてヘパリン起因性血小板減少症(HIT)があります。
これは、ヘパリンに対するアレルギー反応の一種で、ヘパリンが血小板と結合することでできた複合体に対して、体内で抗体が作られてしまう病態です。
抗体が血小板を活性化させるため、血液を固まりにくくする薬を使っているにもかかわらず、逆に血栓(血の塊)ができやすくなるという深刻な状態を引き起こします。
急激な血小板数の減少が見られた場合に疑い、診断された場合は直ちにヘパリンの使用を中止し、別の抗凝固薬に変更することが必要です。
副作用とその対策
| 副作用名 | 主な症状 | 対応策 |
|---|---|---|
| 出血傾向 | 鼻血、内出血、血尿など | ヘパリンの減量・中止、中和 |
| HIT | 血小板減少、血栓症 | ヘパリンの中止、代替薬への変更 |
| 骨粗しょう症 | 長期使用で骨密度が低下 | 定期的な骨密度検査、適切な治療 |
その他の副作用(骨粗しょう症など)
ヘパリンを長期間にわたって使用していると、骨の代謝に影響を与え、骨密度が低下して骨粗しょう症のリスクが高まることが報告されています。
透析を長期に受けている方は、もともと骨がもろくなりやすい傾向があるため、定期的に骨の状態をチェックし、必要に応じて骨粗しょう症の治療を行うことが大切です。
このほか、アレルギー反応として皮膚の発疹やかゆみが現れることもあります。
副作用が起きたときの対応
もし副作用が疑われる症状が現れた場合は、速やかに医療機関に連絡し、指示を仰ぐことが重要です。出血がひどい場合や、普段と違う強い症状がある場合は、ためらわずに相談してください。
出血に対してはヘパリンの投与量を減らしたり、投与を中止したりし、緊急時には、ヘパリンの作用を打ち消す中和薬(プロタミン硫酸塩)を投与することもあります。
HITが疑われる場合は、直ちにヘパリンを中止し、専門的な治療を開始します。
ヘパリンを使わない・減らす透析治療
すべての透析患者さんにヘパリンが使われるわけではありません。出血のリスクが非常に高い方や、過去にヘパリンで副作用を経験した方などには、ヘパリンを使わない、あるいは使用量を最小限に抑える方法が選択されます。
無ヘパリン透析とは
無ヘパリン透析は、ヘパリンをはじめとする抗凝固薬を一切使わずに行う透析治療です。出血の危険性が極めて高い、大きな手術の直後の方や、消化管から出血している方、脳出血を起こした直後の方などが対象となります。
抗凝固薬を使わないため、血液が固まりやすくなるリスクがあり、リスクを軽減するために、通常よりも血液の流量を多くしたり、定期的に生理食塩水で血液回路内を洗い流したり(リンス)するなどの工夫を行います。
ただし、それでも回路が詰まってしまう可能性はあり、治療の難易度は高いです。
- 手術直後の方
- 消化管出血など活動性の出血がある方
- 出血傾向が著しい方
- 過去にHITを起こした方
低分子量ヘパリンの使用
厳密にはヘパリンを使わないわけではありませんが、出血リスクを低減する方法として、前述の低分子量ヘパリンを選択することがあります。
未分画ヘパリンに比べて出血のリスクが低いとされているため、出血傾向のある患者さんに対して、より安全な治療の選択肢となり得ます。
ナファモスタットメシル酸塩の使用
ヘパリンの代替薬として、ナファモスタットメシル酸塩という薬が使われることがあり、ヘパリンとは異なる仕組みで血液凝固を防ぎます。最大の特徴は、作用時間が非常に短いことです。
体外循環している血液回路内では強力な抗凝固作用を示しますが、体内に戻るとすぐに分解されて効果を失います。透析中の回路の凝固は防ぎつつ、患者さんの体全体への影響が少なく、出血のリスクを大幅に低減できるのが利点です。
出血性病変を持つ患者さんや、膵炎を合併している場合の透析にも用いられます。
ヘパリン以外の抗凝固薬
| 薬剤名 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| ナファモスタット | 作用時間が極めて短い | アレルギー反応に注意が必要 |
| アルガトロバン | HITの患者さんに使用 | 肝機能によって調整が必要 |
ヘパリンを使わない治療の対象となる方
ヘパリンを使わない、あるいは代替薬を使用する治療は、主に「出血のリスク」と「ヘパリンへの不耐性」という2つの観点から判断されます。
最近手術を受けた方、胃潰瘍などから出血している方、血小板の数が著しく少ない方、そして過去にヘパリン起因性血小板減少症(HIT)と診断された方などが対象です。
どの治療法を選択するかは、患者さんの状態を総合的に評価し、医師が慎重に決定します。
透析治療のヘパリンに関するよくある質問
ここでは、透析治療で使われるヘパリンに関して、患者さんからよく寄せられる質問と回答をまとめました。
- ヘパリンを自己注射することはありますか
-
透析治療で用いるヘパリンは、透析施設の医療スタッフが管理し、透析中に血液回路へ投与するもので、患者さん自身がご自宅で自己注射することはありません。
ただし、透析治療とは別に、血栓症の予防や治療のために、ご自宅で低分子量ヘパリンなどを自己注射するケースはあります。これはあくまで別の疾患の治療であり、透析治療の一環ではありません。
- ヘパリンを使っていると血が止まりにくくなりますか
-
ヘパリンは血液を固まりにくくする薬ですので、効果が続いている間は血が止まりにくくなります。
透析終了直後は、穿刺した部分からの止血に通常より時間がかかることがあるため、透析後はしっかりと圧迫止血を行うことが大切です。
また、日常生活においても、けがをしないように注意したり、鼻血や歯茎からの出血、あざができやすくなるなどの変化に気づいたら、医療スタッフに伝えてください。
- ヘパリンの量を自分で調整してもよいですか
-
ヘパリンの投与量は、患者さんの体重や血液検査の結果、毎回の透析の状態などを基に、医師や医療スタッフが専門的な判断のもとで決定・調整しています。
自己判断で量を変更すると、回路内で血液が固まってしまったり、出血が止まらなくなったりするなど、非常に危険な事態を招く可能性があります。
ヘパリンの量について疑問や不安がある場合は、必ず医師や医療スタッフに相談してください。
- ヘパリンのアレルギーはありますか
-
頻度は低いですが、ヘパリンに対するアレルギー反応が起こる可能性はあり、症状は、皮膚のかゆみや発疹、じんましんなどです。また、重篤なアレルギー反応として、前述したヘパリン起因性血小板減少症(HIT)があります。
もしヘパリンの投与中や投与後に、体に何らかの異常を感じた場合は、すぐに医療スタッフに知らせてください。過去にアレルギー歴がある方は、治療開始前に必ず申し出ましょう。
以上
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