透析治療を受けている方でも、適切な方法と強度を守れば運動は可能です。むしろ、身体を動かさないまま過ごすことのほうが筋力低下や心肺機能の衰えを招き、日常生活に支障をきたすリスクを高めます。
運動療法は透析患者さんの体力を維持し、血圧の安定や透析効率の改善、気分の落ち込みの軽減など、多くの面で良い影響をもたらすと報告されています。透析中にエルゴメーター(自転車こぎ)を行う方法も近年注目を集めており、実施する医療機関も増えてきました。
ただし、すべての方が同じ運動を同じ量だけ行えるわけではありません。この記事では、透析患者さんが安心して運動に取り組むための方法や注意点を、お伝えします。
透析を受けていても運動はできる 制限の範囲と正しい知識
透析治療中であっても、多くの方は医師の指導のもとで安全に運動を行えます。「透析=運動禁止」ではなく、個々の体調や合併症に応じた適切な範囲があるというのが正しい認識です。
「透析をしていると運動してはいけない」は思い込み
透析を始めたばかりの方や、ご家族から「無理をしないで」と言われてきた方の中には、身体を動かすこと自体が危険だと感じている方が少なくありません。しかし、国内外の研究で透析患者さんでも適度な運動が安全に行えることが繰り返し示されています。
もちろん、心臓や骨に重い合併症がある場合は制限が必要になることもあります。それでも「何もしない」のが最善という時代ではなくなりました。まずは主治医に相談し、自分に合った運動の範囲を確認することが出発点です。
身体を動かさない生活が招く筋力低下と体力の衰え
透析患者さんは一般の方と比較して、日常の身体活動量が大幅に少ないことが報告されています。透析日は通院と治療で数時間を費やし、非透析日も疲労感から外出を控えがちで、こうした生活が続くと筋肉量が減り、歩行速度や立ち上がり動作が徐々に衰えていきます。
筋力が落ちると転倒のリスクが高まり、骨折をきっかけに寝たきりになる危険も出てきます。活動量の低下は心血管疾患の発生や死亡率の上昇とも関連しており、透析患者さんにとって「動かない」ことは決して安全な選択とはいえません。
運動を始める前に主治医と共有しておくべきポイント
運動を始める前には、現在の心機能、骨・関節の状態、血圧のコントロール状況、貧血の程度などを主治医に確認しましょう。シャントのある腕への負荷制限や、血糖値が不安定な糖尿病合併例での低血糖対策など、個別のリスクを把握しておいてください。
目標を共有しておくのも大切な準備です。「週に3回、1回20分のウォーキングから始めたい」のように具体的に伝えると、医師も適切なアドバイスを出しやすくなります。
透析患者さんに運動療法がもたらす身体の変化
運動療法を継続すると、筋力や体力の維持だけでなく、血圧管理や精神面にも良い効果が期待できます。主な変化を分野ごとに整理しました。
| 分野 | 期待される変化 | 関連する指標 |
|---|---|---|
| 筋力・体力 | 歩行速度や立ち上がり回数の向上 | 6分間歩行距離、STS60 |
| 心肺機能 | 最大酸素摂取量の改善 | VO2 peak |
| 血圧 | 降圧薬の使用量が減る場合がある | 収縮期・拡張期血圧 |
| 精神面 | うつ症状や倦怠感の軽減 | QOL(生活の質)スコア |
| 透析効率 | 老廃物の除去率が向上する可能性 | Kt/V |
筋力と体力の低下を食い止める
透析患者さんは尿毒症性の筋萎縮を起こしやすく、放置すると日常動作が徐々に困難になります。有酸素運動とレジスタンス運動(筋トレ)を組み合わせたプログラムでは、下肢の筋力や歩行能力の改善が多数の研究で確認されています。
特に60秒間椅子立ち上がりテスト(STS60)の回数は、運動を行ったグループで有意に増加し、通常ケアだけのグループでは減少したという結果も報告されています。筋力を保つことは転倒予防にも直結するため、透析生活の安全を守る土台となるでしょう。
心肺機能と血圧管理への好影響
定期的な有酸素運動は、心臓のポンプ機能と肺の換気効率を高め、息切れの軽減につながります。透析患者さんでは最大酸素摂取量(VO2 peak)が一般の方の半分程度まで低下しているケースも珍しくなく、運動による改善の余地が大きい領域です。
また、運動を続けることで末梢血管の抵抗が下がり、血圧が安定しやすくなる傾向も示唆されています。降圧薬の種類や量を減らせる可能性がある点は、薬の副作用に悩む方にとって見逃せない利点です。
うつ症状の軽減と生活の質の向上
透析患者さんのうつ有病率は一般集団よりも高く、気分の落ち込みが食事や服薬への意欲にも影響することがあります。運動にはエンドルフィンの分泌を促し、気分を明るくする効果が知られています。
実際に、透析中に軽い自転車こぎを12週間行ったグループで、うつスコアの改善が見られたとする報告もあります。体力がつくと外出や趣味への意欲が湧き、社会的なつながりが保たれることも、心の健康を支える大きな要素です。
透析効率の改善につながる報告も
運動中は血流が促進されるため、透析中に運動を行うと老廃物の除去効率(Kt/V)が向上する可能性があると複数のメタアナリシスで示されています。ただし、すべての研究で一貫した結果が得られているわけではなく、効果の大きさには個人差もあります。
透析効率の向上は治療時間の短縮につながる可能性がありますが、現時点では補助的な効果と位置づけるのが妥当でしょう。主治医と透析スタッフに相談しながら、自分に合った方法を探していくことが大切です。
透析患者さんに適した運動の種類と安全な強度設定
週150分程度の中等度有酸素運動が一般的に推奨されていますが、透析患者さんは体調の変動が大きいため、低い強度から始めて段階的に増やすのが安全な進め方です。
ウォーキングや軽いサイクリングなどの有酸素運動
もっとも取り組みやすいのは、平地でのウォーキングです。透析のない日に20〜30分、「少し息が弾むが会話ができる」程度のペースで歩くだけでも、心肺機能や下肢の筋持久力に好影響をもたらします。
自覚的運動強度(ボルグスケール)で11〜13(「楽に感じる」から「ややきつい」)の範囲を目安にすると、無理なく継続しやすいでしょう。最初は10分程度から始めて、体調をみながら徐々に時間を延ばしていくことをおすすめします。
ゴムチューブやダンベルを使ったレジスタンス運動
筋力を維持・向上するためには、筋肉に負荷をかけるレジスタンス運動が欠かせません。透析患者さんにはゴムチューブを用いた運動が安全性と実施のしやすさの両面から推奨されることが多く、座った姿勢でも行えるのが利点です。
代表的な種目には、膝の伸展、足首の背屈、股関節の屈曲・伸展などがあります。1セット10回を3セット、週に2〜3回を目安に行うと効果的です。ただし、シャントのある腕に過度な握力負荷をかけることは避けてください。
ストレッチと柔軟体操で関節の動きを保つ
透析治療中は同じ姿勢で長時間過ごすため、関節の可動域が狭くなりがちです。運動前後にストレッチを取り入れると、筋肉の柔軟性を保ち、けがの予防にもつながります。
ふくらはぎ、太ももの前後、肩まわりのストレッチを各20〜30秒ずつゆっくり伸ばす方法が手軽で効果的です。反動をつけず、痛みを感じない範囲で行うことが基本になります。
運動強度のめやす(ボルグスケール)
| スケール | 自覚的なきつさ | 適性 |
|---|---|---|
| 9〜10 | 非常に楽 | ウォーミングアップ向き |
| 11〜12 | 楽に感じる | 初心者の有酸素運動に適当 |
| 13 | ややきつい | 中等度の運動目標 |
| 15以上 | きつい〜非常にきつい | 透析患者さんには推奨しない |
透析中に行う運動療法(透析中運動)で得られる効果とは?
透析中に行う運動、いわゆるイントラダイアリティック・エクササイズは、限られた時間を有効に使える点と医療スタッフの見守りのもとで安全に実施できる点が大きなメリットです。
透析中に行うエルゴメーター運動の実際
ベッドの足元にペダル付きのエルゴメーター(小型自転車こぎ装置)を設置し、透析開始後の前半2時間以内に20〜30分程度こぐのが一般的な方法です。負荷はボルグスケール13程度に設定し、透析スタッフが血圧や心拍数を定期的に確認します。
日本でも一部の透析施設で導入が進んでおり、理学療法士やトレーナーが付き添うケースが増えています。「透析中は寝ているだけ」という印象が変わりつつある分野です。
透析中運動が身体機能にもたらす改善
大規模なクラスターランダム化比較試験では、12か月間の透析中運動を行ったグループで椅子立ち上がりテストの成績が有意に向上し、通常ケア群では低下したという結果が報告されました。歩行速度や握力にも改善傾向がみられ、入院リスクの低下を示唆するデータもあります。
ただし、生活の質(QOL)スコアについては統計的に有意な改善が得られなかった試験もあり、効果の範囲は研究によって異なります。「やれば必ずすべてが良くなる」と断言するのではなく、総合的に判断する姿勢が大切です。
高齢の透析患者さんでも実施できる?
高齢の透析患者さんは体力や認知機能の面で若年者よりもハードルが高いのは事実です。しかし、70歳以上の方を対象にした6か月間の透析中運動試験では、レジスタンス運動と有酸素運動を組み合わせたプログラムで握力や膝伸展筋力の維持が確認されたという報告があります。
高齢者では運動による大きな改善よりも「機能低下を遅らせる」ことに価値があります。転倒や骨折の予防、歩行能力の維持といった観点から、穏やかなペースであっても継続する意味は十分に大きいです。
運動を控えるべきタイミングと透析患者さんの活動制限
運動が良いからといって、いつでも誰でも同じように行えるわけではありません。体調や合併症によって運動を中止・延期すべき場面を知っておくことが、安全確保の大前提です。
透析直後や体調不良時は無理をしない
透析直後は除水(体から余分な水分を抜くこと)による血圧低下や倦怠感が残りやすい時間帯です。この状態でウォーキングなどを行うと、めまいや転倒の原因になりかねません。運動は透析のない日か、透析日であれば治療前の時間帯に行うのが基本です。
発熱、強い疲労感、胸痛、息苦しさがある日は運動を控え、症状が治まるまで安静にしましょう。
血圧・心拍数が不安定なときの判断
安静時の収縮期血圧が180mmHgを超えている場合や、逆に90mmHg以下に低下している場合は運動を見合わせるのが一般的な基準です。心拍数についても、安静時に100拍/分を超えている場合は主治医への確認が必要になります。
運動中に動悸、強い息苦しさ、胸部の圧迫感を感じたら、すぐに運動を中止してください。こうした症状を我慢して続けることは絶対に避けなければなりません。
- 収縮期血圧180mmHg超または90mmHg未満で運動中止
- 安静時心拍数100拍/分超で要確認
- 胸痛・強い息苦しさ・動悸は即座に中止
シャント側の腕に負荷をかけない
透析用のシャント(内シャント)がある腕で重い物を持ったり、握力を強く使う運動を行ったりすると、血管に過度な圧力がかかりシャントトラブルの原因となる場合があります。ダンベルを使う際はシャントのない側の手で行い、反対側は軽い関節運動にとどめるのが安全です。
バスキュラーアクセスの種類(自己血管、人工血管、カテーテルなど)によっても制限の内容が異なるため、透析スタッフに確認しておきましょう。
合併症によって注意すべき運動の種類
糖尿病を合併している方は、運動後の低血糖に注意が必要です。運動前の血糖値が低めの場合は補食をとるなどの対策を講じてください。また、重度の末梢神経障害がある方は足の感覚が鈍いため、傷や靴ずれに気づきにくく、足元の安全管理が大切です。
骨粗しょう症が進行している場合はジャンプや急な方向転換をともなう運動を避け、椅子に座った状態でのトレーニングを中心に組み立てます。腎性骨症(透析患者さん特有の骨のもろさ)がある場合も同様の配慮が必要です。
安全に透析中の運動を続けるための注意点と体調管理
運動を始めた後は、日々の体調管理を丁寧に行うことで安全性が高まります。水分やカリウムの摂取量、バイタルサインの把握が日常的な習慣として定着すると、トラブルの早期発見にもつながるでしょう。
運動前後の水分とカリウム管理
透析患者さんは水分摂取量に制限があるため、運動で汗をかいた分だけ自由に水を飲むことはできません。運動前後の体重を測り、発汗量を把握したうえで次回の透析までの水分バランスを調整することが大切です。
カリウム値が高い方は、運動直後にカリウムを多く含むスポーツドリンクを飲むと高カリウム血症のリスクが上がります。水分補給は主治医や管理栄養士と相談のうえ、適したものを選びましょう。
| 管理項目 | 運動時のポイント |
|---|---|
| 水分 | 運動前後に体重を測り発汗量を把握する |
| カリウム | 高カリウム血症に注意しスポーツドリンクを避ける |
| 血糖 | 糖尿病合併時は低血糖に備え補食を用意する |
| 体温 | 暑い環境での運動は短時間にとどめる |
バイタルサインの自己チェック方法
運動の前後に血圧と脈拍を測定する習慣をつけましょう。家庭用の血圧計で十分に対応可能です。運動前に安静を5分ほど保ってから測定し、基準値を大きく逸脱していないかを確認します。
自覚症状がなくても数値が普段と大きく異なる場合は無理をせず、その日の運動はお休みにしてください。記録をノートやアプリに残しておくと、主治医への報告もスムーズになります。
ドライウェイトと運動量の関連
ドライウェイト(透析後の目標体重)は、体液量が適正な状態の体重です。運動を続けて筋肉量が増えると体重が変化し、ドライウェイトの再設定が必要になることがあります。逆に、運動量が減って筋肉が落ちた場合にもドライウェイトを見直す必要があります。
ドライウェイトのずれは透析中の血圧低下やむくみの原因となるため、定期的に体組成を評価してもらうことが大切です。運動を始めたことは必ず透析スタッフに伝えてください。
運動療法の習慣を透析患者さんが無理なく続けるコツ
どれほど効果がある運動でも、続けられなければ意味がありません。負担を減らし、小さな達成感を積み重ねることが長期継続の鍵です。
無理のない目標設定と段階的な進め方
最初の2週間は「1日10分歩く」「椅子からの立ち上がりを5回やる」といった小さな目標で十分です。達成できたら少しずつ時間や回数を増やしていきます。急に高い目標を掲げると体への負担だけでなく、精神的なストレスも大きくなりがちです。
運動内容を記録する日誌やアプリを活用すると、努力の可視化がモチベーションにつながります。1か月ごとに振り返る機会を設け、主治医やリハビリスタッフと一緒に目標を更新していくのも効果的です。
透析施設のスタッフと取り組む運動プログラム
透析中の運動は、理学療法士やトレーナーが常駐する施設で始めるのが理想的です。専門家の目があることで安全性が担保されるだけでなく、フォームの修正や負荷の調整をリアルタイムで受けられます。
同じ施設の患者さん同士で声を掛け合いながら運動できると、孤独感が和らぎ、継続率が高まるという研究結果もあります。施設によっては運動プログラムを導入しているところもあるため、通院先に確認してみる価値があるでしょう。
在宅でも手軽にできるメニュー
非透析日の運動は、自宅でも無理なく行えます。椅子に座って足踏みをする、ゴムチューブで膝を伸ばす、テーブルに手をついてかかと上げをする、といった動きは特別な器具がなくても始められます。
テレビを見ながら、音楽を聴きながらなど、ながら運動を取り入れると時間が苦にならず習慣化しやすいものです。大切なのは「毎日完璧にやる」ことよりも「やらない日があっても週の合計で目標を満たす」という柔軟な考え方でしょう。
- 椅子に座った足踏み(1セット20回×3)
- ゴムチューブを使った膝伸展運動(10回×3セット)
- テーブルに手をついたかかと上げ(10回×3セット)
- 腕を大きく回す肩まわりのストレッチ(各方向10回)
よくある質問
- 透析患者さんはどのくらいの頻度で運動するのが望ましいですか?
-
一般的には週に3〜5回、1回あたり20〜30分の中等度の有酸素運動が望ましいとされています。透析日は透析中に軽い運動を行い、非透析日にウォーキングなどの自主トレーニングを組み合わせると、週の運動量を無理なく確保しやすいです。
ただし、これはあくまで目安であり、心臓や関節に疾患を抱えている方は頻度を減らす必要があることもあります。まずは週2回・1回10分程度の軽い運動から始め、体調をみながら徐々に増やしていく方法が安全です。
- 透析患者さんが運動を始める前に必要な検査はありますか?
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運動を始める前には、心電図検査と心エコー検査で心臓の状態を評価しておくことをおすすめします。不整脈や虚血性心疾患がないかを確認し、運動の安全性を判断する材料とします。必要に応じて運動負荷試験を行う場合もあります。
加えて、血液検査で貧血の程度やカリウム値、骨密度の評価なども参考になります。これらの結果をもとに主治医が運動の種類・強度・頻度の指針を示してくれるので、自己判断で始めるのではなく、検査結果を踏まえた計画を立てることが大切です。
- 透析患者さんの運動療法は高齢でも効果が期待できますか?
-
高齢の透析患者さんでも、運動療法による身体機能の維持や転倒リスクの軽減が報告されています。70歳以上を対象にした研究では、6か月間の透析中レジスタンス運動と有酸素運動の組み合わせにより、握力や下肢筋力の低下が通常ケア群と比べて抑えられたという結果が出ています。
高齢者の場合、劇的な筋力アップを目指すよりも、現在の身体機能をできるだけ長く保つことに焦点を当てたプログラムが効果的です。歩行能力を維持することで日常の自立度が保たれ、介護の必要度を下げることにもつながります。
- 透析の非透析日と透析日、どちらに運動すべきですか?
-
どちらか一方に限定する必要はなく、両方を組み合わせるのが理想的です。透析日は透析中にエルゴメーターや軽いレジスタンス運動を行い、非透析日にはウォーキングやストレッチを中心とした自主トレーニングを取り入れると、週全体の運動量を確保しやすくなります。
ただし、透析直後は血圧が低下しやすく倦怠感も強いため、透析日に追加で屋外運動を行う場合は十分な休息を挟んでからにしてください。非透析日であれば比較的体調が安定している午前中が運動に適した時間帯です。
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