人工透析は、腎臓の機能が低下した方にとって生命を維持するために重要な治療です。しかし、治療が長期間にわたるため、その費用について不安を感じる方も少なくありません。
この記事では、人工透析や在宅透析にかかる費用の基本的な考え方、公的医療保険の適用、そして自己負担を軽減するための各種医療費助成制度について詳しく解説します。
費用への正しい理解は、安心して治療に専念するための第一歩です。
人工透析治療の基本的な費用
人工透析治療を開始するにあたり、まずどのくらいの費用がかかるのかを把握することが大切です。ここでは、治療費の全体像と、その内訳について解説します。
人工透析とはどのような治療か
人工透析は、腎不全などにより正常に機能しなくなった腎臓の代わりに、血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療法です。
主に、医療機関に通院して治療を受ける「施設透析(血液透析)」と、ご自宅で治療を行う「在宅透析」の2つの方法があります。在宅透析には、血液透析(HHD)と腹膜透析(PD)の2種類が存在します。
いずれの治療法も定期的に行う必要があり、長期的な医療計画が求められます。
透析治療にかかる医療費の内訳
人工透析の医療費は、複数の項目から構成されています。これには、透析手技そのものにかかる費用のほか、関連する薬剤費や検査費などが含まれます。
これらの費用はすべて、診療報酬点数に基づいて計算します。
医療費の構成要素
項目 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
透析管理料 | 透析手技、人件費、設備費など | 治療の根幹をなす費用 |
薬剤費 | 透析液、エリスロポエチン製剤など | 貧血改善薬などが含まれる |
検査費 | 定期的な血液検査など | 治療効果の確認に必要 |
医療費の目安(保険適用前)
公的医療保険を適用する前の人工透析の医療費は、非常に高額になります。一般的に、施設での血液透析の場合、1人あたり月額でおよそ40万円から50万円程度の費用がかかります。
年間で計算すると約500万円にも上りますが、実際にこの全額を自己負担することはありません。各種の公的制度を利用することで、自己負担額は大幅に軽減されます。
人工透析で適用される公的医療保険
日本の公的医療保険制度は、高額な医療費がかかる透析治療を受ける患者さんの経済的負担を大きく和らげます。ここでは、その中心となる高額療養費制度について解説します。
公的医療保険の役割
透析治療は、国民健康保険や社会保険といった公的医療保険の適用対象です。これにより、医療費の大部分が保険から支払われ、患者さんの自己負担は原則として1割から3割に軽減されます。
しかし、それでもなお月々の負担は大きくなるため、次に説明する高額療養費制度の利用が重要になります。
高額療養費制度の仕組み
高額療養費制度は、1か月の医療費の自己負担額が一定の上限額を超えた場合に、その超えた部分が払い戻される制度です。
所得区分によって上限額が設定されており、透析患者さんのような長期にわたる高額な治療でも、負担が過大にならないように配慮しています。
所得区分別の自己負担上限額(70歳未満)
所得区分 | 月収の目安 | 自己負担上限額(月額) |
---|---|---|
上位所得者 | 約83万円以上 | 252,600円+α |
一般所得者 | 約28万円~83万円 | 80,100円+α |
低所得者 | 住民税非課税世帯 | 35,400円 |
保険適用後の自己負担額の計算方法
高額療養費制度を利用しても、透析治療の場合はさらに負担を軽減する制度があります。それが「特定疾病療養受療制度」です。この制度を利用することで、自己負担上限額は原則として月額1万円(または2万円)になります。
自己負担をさらに軽減する医療費助成制度
公的医療保険に加え、国や自治体が設ける医療費助成制度を活用することで、透析治療の自己負担額をさらに抑えることが可能です。
特定疾病療養受療制度とは
この制度は、血友病や人工透析が必要な慢性腎不全など、長期にわたり高額な治療を要する特定の疾病を対象としています。
加入している公的医療保険の窓口(市町村の国民健康保険課や勤務先の健保組合など)に申請し、「特定疾病療養受療証」の交付を受けることで適用されます。
特定疾病療養受療制度の自己負担限度額
対象者 | 自己負担上限額(月額) |
---|---|
人工透析が必要な慢性腎不全(70歳未満の上位所得者を除く) | 10,000円 |
人工透析が必要な慢性腎不全(70歳未満の上位所得者) | 20,000円 |
身体障害者手帳の交付と医療費助成
腎機能の低下が一定の基準に達した場合、身体障害者手帳(腎臓機能障害)の交付を申請できます。手帳の等級は障害の程度に応じて決まり、多くの自治体ではこの手帳を持つことを条件に、独自の医療費助成制度を設けています。
- 1級 永久的に腎臓機能の回復が見込めない状態
- 3級 腎臓機能の障害により、日常生活が著しく制限される状態
- 4級 腎臓機能の障害により、日常生活が相当な制限を受ける状態
自治体独自の医療費助成制度
お住まいの市区町村によっては、重度心身障害者(児)医療費助成制度など、独自の助成制度を設けている場合があります。これらの制度は、特定疾病療養受療制度で生じる自己負担額(1万円または2万円)をさらに助成するものです。
結果として、自己負担がゼロまたは数百円程度になることもあります。制度の内容は自治体によって大きく異なるため、詳細は市区町村の障害福祉担当課などに確認することが重要です。
重度心身障害者医療費助成制度
この制度は、身体障害者手帳1級または2級(自治体によっては3級も対象)の方などを対象に、医療費の自己負担分を助成するものです。透析患者さんの多くがこの制度の対象となり、経済的負担を大幅に軽減できます。
所得制限を設けている自治体もあるため、申請前に条件を確認しましょう。
施設透析と在宅透析の費用の違い
透析治療には通院する「施設透析」と自宅で行う「在宅透析」があり、それぞれで費用構造が少し異なります。ここでは両者の違いを比較し、在宅透析で発生する特有の費用について説明します。
施設透析(通院透析)の費用構造
施設透析の費用は、主に医療機関に支払う医療費で構成されます。これには透析治療費、薬剤費、検査費などが含まれます。
前述の通り、各種助成制度の利用で自己負担は月額1〜2万円に抑えられますが、これとは別に通院のための交通費が定期的に発生します。
在宅透析の種類とそれぞれの特徴
在宅透析には、自宅に血液透析の装置を設置する「在宅血液透析(HHD)」と、お腹にカテーテルを留置し、透析液を交換して行う「在宅腹膜透析(PD)」の2種類があります。
どちらも通院回数が大幅に減るため、時間的な自由度が高まるという利点があります。医療費の自己負担上限は施設透析と同様ですが、その他の費用に違いが出ます。
在宅透析で発生する追加費用
在宅透析を選択すると、医療費の自己負担とは別に、ご家庭で負担する費用が発生します。これらは医療費助成の対象外となる場合が多いため、事前に把握しておくことが大切です。
施設透析と在宅透析の費用項目比較
費用項目 | 施設透析 | 在宅透析 |
---|---|---|
医療費自己負担 | 月1〜2万円(上限) | 月1〜2万円(上限) |
水道光熱費 | 自己負担なし | 自己負担(電気・水道代が増加) |
交通費 | 定期的な通院で発生 | 月1〜2回の通院で済む |
在宅透析の費用メリットとデメリット
在宅透析の大きなメリットは、通院に伴う時間的・身体的・金銭的負担が軽減されることです。特に交通費は大幅に削減できます。一方で、水道光熱費の増加や、住宅の改修が必要になった場合の初期費用がデメリットとして挙げられます。
ただし、一部自治体では在宅透析にかかる水道光熱費の助成や、改修費用の補助制度を設けている場合があります。
在宅血液透析(HHD)にかかる費用
在宅血液透析(HHD)は、ご自宅に透析装置を設置して行う治療法です。医療費そのものの自己負担上限額は施設透析と変わりませんが、環境を整えるための初期費用や日々の運営費用が発生します。
HHDの初期費用(環境整備)
HHDを始めるには、安全に透析を行える環境を自宅に整える必要があります。これには、専用の電源コンセントの設置や、給排水設備の工事などが含まれる場合があります。
これらの費用は自己負担となり、住宅の状況によって金額は変動します。
HHD導入時の初期費用の例
工事内容 | 費用の目安 | 備考 |
---|---|---|
電気工事 | 数万円~10万円程度 | 専用回路の設置など |
水道工事 | 数万円~20万円程度 | 給排水管の分岐や設置 |
その他 | 変動あり | 床の補強などが必要な場合 |
HHDの月々のランニングコスト
月々の費用として最も大きいのが水道光熱費です。血液透析では多くの水と電力を使用するため、通常の生活よりも水道代と電気代が増加します。
増加額は透析の頻度や時間によって異なりますが、月額で1万円から2万円程度を見込むのが一般的です。
HHDにおける医療費助成の活用
HHDの導入に伴う住宅改修費や、月々の水道光熱費に対して、助成金を出している自治体があります。例えば、身体障害者手帳を持つ方を対象とした「日常生活用具給付等事業」や、自治体独自の在宅透析患者支援事業などが該当します。
お住まいの地域の障害福祉課や保健所などに問い合わせて、利用できる制度がないか確認しましょう。
在宅腹膜透析(PD)にかかる費用
在宅腹膜透析(PD)は、ご自身の腹膜を利用して透析を行う方法です。HHDのような大掛かりな設備工事は不要ですが、透析液の保管場所の確保や、日々の衛生管理が重要になります。
PDの初期費用と準備
PDを開始するにあたり、大規模な住宅改修は通常必要ありません。
ただし、清潔な環境で透析液バッグを交換するためのスペースと、毎月送られてくる段ボール数十箱分の透析液や関連物品を保管するスペース(畳1枚分程度)を確保する必要があります。
そのための整理や家具の購入費用などがかかる場合があります。
PDの月々の費用内訳
PDの医療費自己負担も、各種制度の利用により月額1〜2万円が上限となります。
HHDと比べて水道代の増加はほとんどありませんが、透析液を温めるための加温器などで電気を使用するため、電気代が月額1,000円〜2,000円程度増加します。
PDの月々の自己負担費用(医療費以外)
項目 | 費用の目安 | 備考 |
---|---|---|
電気代 | 月額1,000円~2,000円程度 | 透析液の加温器など |
消耗品費 | ほぼ医療費に含まれる | 自己判断で購入する衛生用品など |
PDにおける医療費助成の活用
PDに関しても、HHDと同様に自治体による水道光熱費の助成制度の対象となる場合があります。また、身体障害者手帳に基づく各種サービスも利用可能です。
医療費以外の負担を軽減するために、利用できる制度は積極的に活用しましょう。
医療費助成制度の申請手続き
透析治療の経済的負担を軽減するためには、各種助成制度を正しく理解し、ご自身で申請手続きを行う必要があります。ここでは、一般的な申請の流れと注意点を説明します。
申請に必要な書類と準備
制度によって必要書類は異なりますが、一般的には以下のものが必要となります。申請をスムーズに進めるために、事前に準備しておくとよいでしょう。
- 申請書(各窓口で入手)
- 医師の意見書または診断書
- 健康保険証
- マイナンバーが確認できる書類
- 所得を証明する書類(課税証明書など)
申請窓口と手続きの流れ
申請先は制度によって異なります。主に市区町村役場の担当窓口や、加入している健康保険組合、社会保険事務所などです。
まずは医療機関のソーシャルワーカーなどに相談し、どの制度が利用でき、どこに申請すればよいかを確認することをお勧めします。
主な制度の申請窓口
制度名 | 主な申請窓口 | 備考 |
---|---|---|
特定疾病療養受療制度 | 加入する公的医療保険の窓口 | 国保、健保組合など |
身体障害者手帳 | 市区町村の障害福祉担当課 | 指定医の診断書が必要 |
重度心身障害者医療費助成 | 市区町村の障害福祉担当課 | 手帳取得後に申請 |
制度利用時の注意点
医療費助成制度には、毎年更新手続きが必要なものや、所得状況によって助成内容が変わるものがあります。また、転居した際には、新しい居住地の自治体で改めて申請手続きをしなければなりません。
受給資格を失わないよう、制度のルールをよく理解し、必要な手続きを忘れずに行うことが重要です。不明な点があれば、ためらわずに医療機関の相談員や役所の窓口に質問しましょう。
よくある質問(Q&A)
最後に、透析治療の費用に関して多くの方が抱く疑問について、Q&A形式で回答します。
- 透析治療を始めると仕事は続けられますか?
-
多くの方が仕事と透析治療を両立しています。特に、夜間透析に対応している施設を選んだり、時間的な制約が少ない在宅透析を選択したりすることで、日中の就労を継続しやすくなります。
障害者雇用制度の活用や、職場の理解と協力を得ることも大切です。
- 医療費の支払いが困難な場合はどうすればよいですか?
-
まずは、病院の医療ソーシャルワーカーや、市区町村の福祉担当課に相談してください。利用できる公的制度が他にもないかを確認したり、分割払いなどの相談に応じたりしてもらえます。
また、状況によっては生活保護制度の医療扶助を利用することも選択肢の一つです。一人で抱え込まず、専門家に相談することが解決への近道です。
- 在宅透析の水道代や電気代も助成対象になりますか?
-
全ての自治体ではありませんが、在宅透析患者を対象に水道光熱費の一部を助成する制度を設けているところがあります。
助成の有無や金額、申請方法は自治体によって異なりますので、お住まいの地域の障害福祉担当課や保健所に直接問い合わせて確認することが必要です。
自治体による水道光熱費助成の例
自治体 助成内容(例) 備考 A市 月額5,000円を上限に助成 所得制限あり B町 水道料金の基本料金を免除 申請が必要 C区 助成制度なし – - 転居した場合、医療費助成はどうなりますか?
-
医療費の助成制度は、お住まいの自治体が主体となって運営しているものが多いため、転居した場合は、それまで受けていた助成が一旦終了します。
転居先の市区町村で、改めて身体障害者手帳の住所変更手続きや、医療費助成の新規申請を行う必要があります。制度内容が異なる場合があるため、転居前に新しい居住地の制度について調べておくと安心です。
以上
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