これから透析治療を始める方や、ご家族が透析を受けることになった方にとって、「この先、どのくらい生きられるのだろうか」という問いは、心に重くのしかかる切実な不安だと思います。
ご自身の病状や年齢を考えると、その不安はさらに大きくなるかもしれません。
この記事では、透析患者さんの5年生存率に関する公的なデータを、糖尿病などの原因疾患別、年齢別、性別といった様々な角度から詳しく解説します。
同時に、生存率が年々着実に改善している背景や、より良い透析生活を送り、生命予後を延ばすために大切なポイントも紹介します。データはあくまで平均値ですが、ご自身の状況を正しく理解し、前向きに治療に取り組むための一助となれば幸いです。
日本の透析患者における5年生存率の現状
まず、現在の日本における透析治療と5年生存率の全体像を把握しましょう。我が国の透析医療は世界的に見ても高い水準にあり、多くの患者さんが治療を受けながら社会生活を送っています。
我が国の透析医療の全体像
日本の透析患者数は年々増加傾向にあり、2022年末の時点(日本透析医学会統計調査より)で約35万人にのぼります。この背景には、社会全体の高齢化や、生活習慣病である糖尿病や高血圧を原因とする腎臓病の増加があります。
一方で、透析導入患者の平均年齢も上昇しており、高度な医療技術と手厚いサポート体制が、多くの患者さんの生命を支えている現状を示しています。
5年生存率の全体的な数値
日本透析医学会の「わが国の慢性透析療法の現況」によると、透析治療を始めた患者さん全体の5年生存率は、およそ50%台後半から60%前後で推移しています。
これは、透析を始めた100人のうち、5年後も約55人から60人がご存命であることを示す統計データです。
この数字だけを見ると厳しいと感じるかもしれませんが、これはあくまで全ての年齢、全ての原因疾患を含んだ平均値であることを理解することが重要です。
全透析患者の生存率データ
期間 | 1年生存率 | 5年生存率 |
---|---|---|
2020年末時点のデータ | 約83% | 約59% |
生存率データの正しい見方
統計データは客観的な事実ですが、個々の患者さんの未来を予測するものではありません。生存率は、年齢、性別、透析導入の原因となった疾患、そして心臓や血管などの合併症の有無によって大きく変わります。
データはあくまで全体的な傾向を知るための目安と捉え、過度に一喜一憂することなく、ご自身の主治医と密に連携を取りながら、日々の治療に真摯に取り組むことが何よりも大切です。
【原因疾患別】透析導入後の5年生存率
透析治療を必要とするに至った腎臓病の原因は、患者さん一人ひとり異なります。この原因疾患の違いが、透析導入後の生命予後に大きく影響します。ここでは、代表的な原因疾患別の5年生存率を見ていきましょう。
最も多い原因「糖尿病性腎症」
現在、透析導入の原因として最も多いのが糖尿病性腎症です。長期間の高血糖状態が全身の血管、特に腎臓の細い血管を傷つけることで腎機能が低下します。
糖尿病が原因で透析を始める患者さんの5年生存率は、他の原因疾患に比べて低い傾向にあり、約45%前後と報告されています。
これは、腎臓だけでなく、心臓や脳の血管にも動脈硬化が進んでいる場合が多く、心血管系の合併症を起こしやすいためです。
糖尿病性腎症患者の5年生存率
項目 | 5年生存率の目安 | 特徴 |
---|---|---|
糖尿病性腎症 | 約45% | 全身の血管合併症のリスクが高い |
慢性糸球体腎炎(慢性腎炎)の場合
かつて透析導入の最も多い原因であったのが、慢性糸球体腎炎です。これは、腎臓の糸球体という部分に慢性的な炎症が起こる病気の総称です。
この疾患が原因で透析を始める患者さんの5年生存率は約65%前後と、糖尿病性腎症に比べて良好です。比較的若い年齢で発症するケースも多く、透析導入時に心血管系の合併症が少ないことが一因と考えられます。
腎硬化症の場合
高齢化に伴い増加しているのが、高血圧や動脈硬化が原因で腎臓の血管が硬くなり、腎機能が低下する腎硬化症です。主に高齢の患者さんに多く見られます。
腎硬化症が原因の場合の5年生存率は約50%前後で、糖尿病性腎症と慢性糸球体腎炎の中間に位置します。年齢因子が大きく関わるため、心臓や脳の血管の状態が予後に影響します。
主な原因疾患別の5年生存率比較
原因疾患 | 5年生存率の目安 | 主な対象者 |
---|---|---|
糖尿病性腎症 | 約45% | 生活習慣病を持つ方 |
慢性糸球体腎炎 | 約65% | 比較的若年層も含む |
腎硬化症 | 約50% | 主に高齢者、高血圧の方 |
【年齢・性別】で見る5年生存率の違い
透析治療後の生命予後には、透析を始めた時点での年齢や性別も影響します。ここでは、これらの要素が5年生存率にどのように関わるのかをデータと共に見ていきます。
年齢が生存率に与える影響
透析導入時の年齢は、生存率を左右する最も大きな因子の一つです。当然ながら、若い年齢で透析を始めた方が、高齢で始めた方よりも生命予後は長くなります。
これは、加齢に伴い心臓や血管などの予備能力が低下することや、様々な合併症を持つ割合が高くなるためです。
年齢階級別の5年生存率
透析導入時の年齢 | 5年生存率の目安 |
---|---|
40~44歳 | 約85% |
60~64歳 | 約68% |
80~84歳 | 約35% |
若年層と高齢層の比較
上記の表が示すように、若い世代では5年生存率が非常に高い一方、高齢になるにつれてその数値は低下します。
しかし、80歳以上で透析を始めても、5年後も3人に1人以上が元気に生活を送っているという事実は、高齢者にとっても透析治療が生命を維持する上で有効な手段であることを示しています。
重要なのは年齢そのものよりも、個々の体力や合併症の状態です。
性別による生存率の差
わずかではありますが、性別によっても生存率に差が見られます。一般的に、女性の方が男性よりも生存率が若干高い傾向にあります。2020年末のデータでは、5年生存率は男性が約57%、女性が約61%でした。
この差の明確な理由は完全には解明されていませんが、女性ホルモンの血管保護作用や、生活習慣の違いなどが関係している可能性が考えられています。
透析患者の生存率は年々改善している
透析治療を取り巻く状況で最も希望の持てる事実は、生存率が着実に改善し続けていることです。過去のデータと比較すると、その進歩は明らかです。
この背景には、医療技術の発展と、患者さん自身の努力、そして社会全体のサポート体制の充実があります。
長期的な生存率の推移
日本の透析医療が始まってから半世紀以上が経過し、その間に治療成績は大きく向上しました。1980年代には30%台だった5年生存率は、現在では60%に迫る勢いです。
これは、透析医療に関わる多くの人々の絶え間ない努力の賜物と言えるでしょう。
5年生存率の年代別推移
調査年代 | 5年生存率の目安 |
---|---|
1980年代 | 約35% |
2000年代 | 約52% |
2010年代以降 | 約59% |
生存率が改善した医学的要因
生存率向上の背景には、目覚ましい医療技術の進歩があります。透析膜(ダイアライザ)の性能が向上し、より効率的に老廃物を除去できるようになったこと。
また、オンラインHDF(血液透析濾過)のような、より体に優しい新しい治療法が普及したことも大きな要因です。
さらに、透析患者さんに起こりやすい貧血や骨・ミネラル代謝異常に対する治療薬が進歩し、合併症をうまく管理できるようになったことも、生命予後の改善に大きく貢献しています。
患者自身の管理意識の向上
医療の進歩だけでなく、患者さん自身の自己管理への意識の高まりも、生存率の改善に欠かせない要素です。
医師や管理栄養士の指導のもと、日々の食事における水分、塩分、リン、カリウムの管理を徹底すること。処方された薬を正しく服用すること。これらの地道な努力が、長期的な健康維持につながっています。
生存率に影響を与える合併症とその管理
透析患者さんの生命予後を考える上で、避けては通れないのが合併症の問題です。腎臓の働きを機械で代替しているため、様々な身体的負担がかかり、特有の合併症が起こりやすくなります。
これらの合併症をいかに管理するかが、生存率を大きく左右します。
心血管系合併症のリスク
透析患者さんの死因として最も多いのが、心不全、心筋梗塞、脳卒中といった心血管系の合併症です。腎機能が低下すると、体内の水分量や電解質のバランスが崩れやすく、血圧も高くなりがちです。
また、リンの蓄積などが血管の石灰化(動脈硬化)を促進し、心臓や血管に大きな負担をかけます。このリスクを管理するためには、厳格な体重管理と血圧コントロールが重要です。
主な心血管系合併症
- 心不全
- 虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)
- 脳血管障害(脳梗塞・脳出血)
- 末梢動脈疾患(足の血流障害など)
感染症のリスクと対策
透析治療では、バスキュラーアクセス(血液を体外に取り出すための出入り口)の管理が極めて重要です。特に、自己血管内シャントや人工血管内シャントは、皮膚を介して体内に細菌が侵入する感染症のリスクを常に伴います。
シャント部分を清潔に保ち、日々の観察を怠らないことが感染予防の基本です。また、透析患者さんは一般的に免疫機能が低下しやすいため、肺炎などの感染症にも注意が必要です。
骨・ミネラル代謝異常
腎臓は、体内のカルシウム、リン、ビタミンDなどを調整し、骨の健康を保つ重要な役割も担っています。
腎機能が失われるとこのバランスが崩れ、骨がもろくなる「腎性骨症」や、リンが血管に沈着して動脈硬化を進める「異所性石灰化」が起こります。
これを防ぐためには、食事からのリン摂取を制限することと、リン吸着薬やビタミンD製剤などの薬を正しく服用することが大切です。
合併症予防のための自己管理の柱
管理項目 | 具体的な行動 | 目的 |
---|---|---|
ドライウェイト管理 | 透析間の体重増加を抑える | 心臓への負担軽減 |
血圧管理 | 家庭血圧の測定と記録、降圧薬の服用 | 動脈硬化の進行抑制 |
栄養管理 | リン・カリウム・塩分・水分の制限 | ミネラル異常や高血圧の予防 |
より良い透析生活を送るためのポイント
5年生存率といったデータも重要ですが、それ以上に大切なのは、透析治療を受けながらも、いかに自分らしく、質の高い生活を送るかということです。ここでは、そのための具体的なポイントをいくつか紹介します。
定期的な透析治療の遵守
基本中の基本ですが、決められたスケジュール通りに、十分な時間の透析治療を受けることが最も重要です。
自己判断で透析時間を短縮したり、休んだりすると、体内に老廃物や余分な水分が溜まり、体調不良や深刻な合併症の原因となります。安定した体調を維持することが、長期的な生命予後の改善につながります。
食事療法と水分・塩分管理
透析患者さんにとって、食事療法は治療そのものと言えるほど重要です。管理栄養士と相談しながら、ご自身の状態に合わせた食事を心がけましょう。
特に、リン、カリウム、塩分、水分の管理は、心血管系の合併症や骨の異常を防ぐ上で直接的な効果があります。最初は難しく感じるかもしれませんが、工夫次第で美味しく食事を楽しむことは十分に可能です。
適度な運動の習慣化
「透析をしているから安静にしなければ」と考える必要はありません。むしろ、無理のない範囲での適度な運動は、筋力の維持、心肺機能の向上、ストレス解消、睡眠の質の改善など、多くのメリットをもたらします。
ウォーキングやストレッチ、透析中の軽い足の運動など、主治医や理学療法士に相談しながら、できることから始めてみましょう。
生活の質を高める習慣
習慣 | 期待される効果 |
---|---|
適度な運動 | 筋力維持、心肺機能向上、ストレス軽減 |
趣味や社会参加 | 精神的な充足感、QOL(生活の質)向上 |
服薬遵守 | 合併症の予防とコントロール |
処方された薬の正しい服用
透析患者さんは、貧血を改善する薬、血圧を下げる薬、リンの吸収を抑える薬など、多くの薬を服用する必要があります。これらの薬は、透析だけでは補えない体の機能を助け、合併症を予防するために欠かせないものです。
飲み忘れや自己判断での中断はせず、処方通りに正しく服用する習慣をつけましょう。薬について疑問があれば、遠慮なく医師や薬剤師に質問してください。
よくある質問
- 透析を始めたら、もう仕事や旅行は続けられませんか?
-
いいえ、そんなことはありません。多くの方が透析治療を受けながら仕事を続けていますし、旅行も十分に可能です。旅行の場合は、事前に旅行先の近くで透析を受けられる施設(臨時透析)を探して予約する必要があります。
現在の治療状況に関する情報を共有すれば、旅先でもいつも通り安全に治療が受けられます。まずは、病院の医師やソーシャルワーカーに「仕事や旅行を続けたい」という希望を伝えて相談することが第一歩です。
- 糖尿病が原因の透析は特に予後が悪いと聞きますが、どうすれば良いですか?
-
統計的には、糖尿病性腎症が原因の場合、心血管系の合併症が多いため生命予後が他の疾患より短い傾向にあるのは事実です。しかし、これは諦める理由にはなりません。
血糖値や血圧の厳格なコントロール、定期的な心臓の検査、適切な食事療法と運動療法を徹底することで、そのリスクを大幅に減らし、生命予後を改善することは可能です。
重要なのは、糖尿病そのものと合併症の管理を、これまで以上に真剣に行うことです。
- 生存率のデータを見ると、どうしても将来が不安になります。
-
データは過去の多くの人々の結果を平均したものであり、あなたの未来そのものを表すものではありません。
大切なのは、数字に一喜一憂するのではなく、ご自身の体と向き合い、医療スタッフとチームを組んで、日々の治療と自己管理を一つひとつ丁寧に行っていくことです。
今日一日の体重管理、食事管理、服薬が、未来の健康につながります。前向きな気持ちで治療に取り組むことが、何よりも良い結果を生む原動力になります。
- シャントの管理で最も気をつけるべきことは何ですか?
-
シャントは透析治療を行うための「命綱」です。日々の観察が何よりも重要です。
毎日、シャント部分の皮膚に「赤み、腫れ、痛み、熱っぽさ」がないかを確認し、シャントにそっと触れて「ザーザー」という血流の振動(スリル)があるかを確かめてください。
また、シャントがある側の腕で重い荷物を持ったり、血圧を測ったり、腕時計をきつく締めたりすることは絶対に避けてください。少しでも異常を感じたら、すぐに病院に連絡しましょう。
以上
透析センター(人工透析) | 大垣中央病院(医療法人社団豊正会 )
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