糖尿病性腎症による人工透析|原因・導入基準・余命について

糖尿病性腎症による人工透析|原因・導入基準・余命について

糖尿病は、現代社会において多くの方が抱える疾患の一つであり、その合併症として腎臓の機能が低下する糖尿病性腎症が知られています。

進行すると、残念ながら自身の腎臓だけでは生命を維持できなくなり、人工透析が必要になることがあります。

この記事では、糖尿病性腎症による人工透析の原因、どのような状態になったら導入を検討するのか、そして透析導入後の生命予後について、分かりやすく解説します。

目次

糖尿病性腎症とは何か

糖尿病性腎症は、糖尿病が原因で腎臓の機能が徐々に低下していく病気です。初期には自覚症状がほとんどありませんが、進行すると身体に様々な影響が現れます。

腎臓は血液をろ過して老廃物や余分な水分を尿として排泄する重要な臓器であり、その機能が損なわれると生命維持に関わる事態に至ることもあります。

糖尿病と腎臓の密接な関係

糖尿病になると、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高い状態が続きます。この高血糖が、腎臓のフィルター機能を担う糸球体(しきゅうたい)という細かい血管の集まりにダメージを与えます。

長期間にわたる高血糖は、糸球体の血管壁を傷つけ、硬化させ、ろ過機能の低下を引き起こします。これが糖尿病性腎症の始まりです。

腎臓は非常に我慢強い臓器と言われ、機能がある程度低下するまでは自覚症状が出にくい特徴があります。そのため、糖尿病と診断された方は、定期的な腎機能検査を受け、腎症の早期発見と早期対応を心がけることが重要です。

腎症が進行する仕組み

高血糖による糸球体の障害に加え、高血圧も糖尿病性腎症の進行を加速させる大きな要因です。糖尿病患者さんは高血圧を合併しやすく、高い血圧は糸球体にさらなる負担をかけ、腎機能の低下を早めます。

また、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い状態)も動脈硬化を促進し、腎臓の血管に悪影響を与えます。

これらの要因が複合的に作用し、糸球体のろ過機能が低下すると、本来なら尿として排泄されるべき老廃物が体内に蓄積し、逆に必要なタンパク質が尿中に漏れ出てしまうようになります。

この状態が進行すると、最終的には末期腎不全に至り、人工透析や腎移植といった腎代替療法が必要になります。

糖尿病性腎症の病期分類

糖尿病性腎症の進行度は、主に尿中アルブミン値やeGFR(推定糸球体ろ過量)によって評価され、いくつかの病期に分類されます。早期の段階で適切な治療を開始することで、進行を遅らせることが期待できます。

病期尿アルブミン値 (mg/gCr) または 尿タンパク値 (g/gCr)eGFR (mL/分/1.73m²)
第1期 (腎症前期)正常アルブミン尿 (30未満)正常 (90以上)
第2期 (早期腎症期)微量アルブミン尿 (30-299)正常または軽度低下 (60以上)
第3期 (顕性腎症期)顕性アルブミン尿 (300以上) または 持続性タンパク尿 (0.5以上)腎機能低下 (30-59)
第4期 (腎不全期)問わない高度腎機能低下 (15-29)
第5期 (透析療法期)問わない末期腎不全 (15未満)

この表はあくまで目安であり、個々の患者さんの状態によって評価は異なります。定期的な検査と医師の診断が重要です。

早期発見と継続的な管理の重要性

糖尿病性腎症は、初期には自覚症状が乏しいため、気づかないうちに進行していることがあります。

しかし、第2期の微量アルブミン尿の段階で発見し、血糖コントロール、血圧管理、食事療法などを適切に行うことで、顕性腎症期への進行を遅らせたり、阻止したりすることが期待できます。

糖尿病と診断されたら、医師の指示に従い、定期的に尿検査や血液検査を受け、腎臓の状態を把握しておくことが大切です。

また、禁煙、適度な運動、体重管理など、生活習慣全般を見直すことも、腎症の進行を抑制する上で助けとなります。

一度低下した腎機能を完全に元に戻すことは難しい場合が多いですが、早期からの適切な管理によって、透析導入を遅らせ、より良い生活の質を維持することを目指します。

糖尿病性腎症による人工透析の原因

糖尿病性腎症が進行し、末期腎不全に至ると人工透析が必要になります。その主な原因は、長期間にわたる高血糖と、それに伴う様々な要因が腎臓に持続的なダメージを与えることです。

ここでは、人工透析に至る具体的な原因について詳しく見ていきます。

高血糖が腎臓に与える直接的な影響

血液中の過剰なブドウ糖は、腎臓の糸球体に直接的なダメージを与えます。糸球体は毛細血管が球状に集まった構造で、血液をろ過するフィルターの役割を担っています。

高血糖状態が続くと、この糸球体を構成する細胞や基底膜に糖が付着し、変性や肥厚を引き起こします(糖化反応)。

細小血管障害としての腎症

糖尿病の合併症には、網膜症、神経障害、そして腎症があり、これらは細い血管(細小血管)の障害によって起こります。腎臓の糸球体も細小血管の塊であるため、高血糖の影響を強く受けます。

糖化によって血管壁が厚く硬くなると、血液の流れが悪くなり、フィルターとしての機能が低下します。初期にはフィルターの目が粗くなりタンパク質が漏れ出し(タンパク尿)、進行するとフィルターが詰まって老廃物を十分に排泄できなくなります。

糸球体の構造的変化と機能低下

高血糖はまた、糸球体内部の細胞(メサンギウム細胞など)の増殖や、細胞外基質の過剰な産生を促します。これにより糸球体全体が硬く大きくなり(糸球体硬化)、ろ過面積が減少します。

さらに、糸球体に流れ込む血液量を調節する血管も障害を受け、糸球体内圧が上昇し、さらなるダメージを招くという悪循環が生じます。これらの構造的変化が積み重なることで、腎機能は不可逆的に低下していきます。

高血圧による腎機能悪化の加速

糖尿病患者さんの多くが高血圧を合併します。高血圧は、それ自体が腎臓に大きな負担をかける要因です。腎臓には常に大量の血液が流れ込んでおり、血圧が高いと糸球体にかかる圧力も上昇します。

この過剰な圧力が、糸球体のフィルター機能をさらに傷つけ、タンパク尿を増加させ、腎機能低下を加速させます。

血糖コントロールと同時に、厳格な血圧管理を行うことが、糖尿病性腎症の進行を遅らせるために非常に重要です。

降圧目標は個々の状態によって異なりますが、一般的には家庭血圧で125/75mmHg未満、診察室血圧で130/80mmHg未満を目指すことが多いです。

高血圧が腎臓に及ぼす負荷

血圧の状態腎臓への影響対策のポイント
正常血圧腎臓への負荷は比較的少ない維持することが目標
高血圧糸球体内圧の上昇、血管壁へのダメージ生活習慣改善、降圧薬治療
管理不良の高血圧腎機能低下の急速な進行リスク積極的な降圧治療とモニタリング

その他の悪化要因

高血糖や高血圧以外にも、糖尿病性腎症の進行に影響を与える要因があります。これらを総合的に管理することが、腎臓を守るためには必要です。

  • 脂質異常症(高コレステロール血症、高中性脂肪血症)
  • 喫煙
  • 肥満
  • 遺伝的素因

脂質異常症は動脈硬化を促進し、腎臓の血管にも悪影響を及ぼします。喫煙は血管を収縮させ、腎血流量を減少させるだけでなく、酸化ストレスを高めて腎組織を障害します。

これらの要因を一つひとつ丁寧に取り除いていく努力が、腎機能の維持につながります。

人工透析に至るまでの一般的な経過

糖尿病性腎症は、無症状の早期腎症期から始まり、徐々にタンパク尿が増加し、腎機能が低下していきます。eGFRが低下し始めると、体のだるさ、むくみ、食欲不振などの症状が現れることがあります。

腎不全期(eGFR 30mL/分/1.73m²未満)になると、これらの症状が顕著になり、日常生活に支障をきたすようになります。

そして、eGFRが15mL/分/1.73m²未満の末期腎不全になると、自身の腎臓だけでは生命を維持することが困難となり、人工透析の導入が検討されます。

この経過には個人差があり、数年から数十年かかることもあれば、急速に進行する場合もあります。血糖、血圧、脂質の管理状況や、その他の合併症の有無などが進行速度に影響します。

人工透析の導入基準

人工透析は、腎臓の機能が著しく低下し、体内に老廃物や余分な水分が蓄積して生命に危険が及ぶ状態(末期腎不全)になった際に行う治療法です。

どのような状態になったら透析を始めるのか、その基準は一つだけではなく、腎機能の数値、自覚症状、合併症の状況などを総合的に評価して、医師が患者さんと話し合いながら決定します。

腎機能の客観的評価方法

腎機能の評価には、主に血液検査と尿検査が行われます。最も代表的な指標がeGFR(推定糸球体ろ過量)です。これは、血清クレアチニン値、年齢、性別から計算され、腎臓が1分間にどれくらいの血液をろ過できるかを示します。

eGFR(推定糸球体ろ過量)の目安

eGFRの値は腎機能の程度を把握する上で重要な指標となります。健康な人のeGFRは90mL/分/1.73m²以上ですが、この値が低下するほど腎機能が悪化していることを意味します。

eGFR (mL/分/1.73m²)腎機能の状態一般的な対応
60以上正常または軽度低下定期的な検査、原因疾患の管理
45-59軽度~中等度低下腎専門医への相談を検討
30-44中等度~高度低下腎専門医による管理、合併症対策
15-29高度低下 (腎不全期)透析導入の準備を検討
15未満末期腎不全透析導入または腎移植を検討

一般的に、eGFRが15mL/分/1.73m²未満になると透析導入が考慮され始めますが、糖尿病患者さんの場合は、他の合併症の状況により、もう少し高いeGFR値(例えば20mL/分/1.73m²程度)でも導入が検討されることがあります。

その他の腎機能検査

eGFR以外にも、血中尿素窒素(BUN)、血清カリウム値、酸塩基平衡(血液のpH)、貧血の程度(ヘモグロビン値)なども腎機能評価や透析導入の判断材料となります。尿検査では、タンパク尿の量や種類、尿比重なども参考にします。

導入を検討する具体的な症状(尿毒症症状)

腎機能が低下し、老廃物や余分な水分が体内に蓄積すると、様々な症状が現れます。これらを総称して尿毒症症状と呼びます。これらの症状が強く現れ、日常生活に支障をきたすようになった場合、透析導入が検討されます。

主な尿毒症症状

系統主な症状
全身症状全身倦怠感、易疲労感、集中力低下
消化器症状食欲不振、吐き気、嘔吐、口臭(アンモニア臭)
循環器症状息切れ、動悸、むくみ(浮腫)、高血圧、心不全
神経症状頭痛、不眠、イライラ、手足のしびれ、意識障害(重症時)
皮膚症状皮膚のかゆみ、乾燥、色素沈着
血液症状貧血(腎性貧血)による動悸・息切れ

これらの症状の出現には個人差があり、すべての症状が現れるわけではありません。特に糖尿病患者さんの場合は、神経障害を合併していると症状を感じにくいこともあります。

医師による総合的な判断と患者さんとの合意

透析導入の最終的な判断は、eGFRなどの検査データだけでなく、尿毒症症状の程度、栄養状態、心血管系の合併症の有無、年齢、社会生活の状況、そして何よりも患者さん自身の意思や価値観を考慮して、医師が総合的に行います。

糖尿病患者さんの場合、網膜症や神経障害、動脈硬化性疾患(心筋梗塞、脳卒中など)の合併が多く、これらの管理状況も透析導入のタイミングに影響します。

医師は、透析療法の必要性、種類、利点、欠点、合併症のリスク、導入後の生活などについて十分に説明し、患者さんやご家族とよく話し合った上で、最適な治療方針を決定します。

この話し合いの過程は、患者さんが主体的に治療に取り組む上で非常に重要です。

導入時期の決定における注意点

透析導入のタイミングが遅すぎると、尿毒症症状が悪化し、全身状態が著しく不良な状態で透析を開始することになり、導入後の経過が思わしくないことがあります。

逆に、早すぎる導入も、患者さんの生活の質(QOL)を早期に変化させてしまう可能性があります。

そのため、定期的な診察と検査を通じて腎機能の推移を正確に把握し、計画的に導入準備(シャント手術や腹膜カテーテル留置術など)を進め、適切な時期に透析を開始することが望ましいです。

特に糖尿病性腎症の場合、心血管系の合併症のリスクが高いため、体液管理が困難になる前に、比較的早期に透析導入を検討することが、その後の生命予後を改善する可能性も指摘されています。

医師と密に連携を取り、疑問や不安があれば遠慮なく相談することが大切です。

人工透析の種類と特徴

末期腎不全に対する腎代替療法には、主に血液透析(Hemodialysis: HD)と腹膜透析(Peritoneal Dialysis: PD)の2種類の人工透析があります。

どちらの治療法にも利点と注意点があり、患者さんの医学的な状態、ライフスタイル、価値観などを考慮して、医師と相談しながら選択します。ここでは、それぞれの透析方法について詳しく解説します。

血液透析(HD)

血液透析は、体から血液を取り出し、ダイアライザー(人工腎臓)というフィルターを通して老廃物や余分な水分を除去し、浄化された血液を再び体内に戻す治療法です。日本では最も多くの透析患者さんがこの治療法を選択しています。

血液透析の仕組みと流れ

血液透析を行うためには、腕の血管にバスキュラーアクセスと呼ばれる血液の出入り口を作成します。通常は、動脈と静脈をつなぎ合わせて太い血管を作る内シャント(自己血管内シャント)を手術で作成します。

透析時には、このシャントに2本の針を刺し、一方から血液ポンプで血液を体外に導き出し、ダイアライザーへ送ります。ダイアライザー内部では、血液と透析液が半透膜を介して接し、拡散と限外ろ過の原理によって物質交換が行われます。

老廃物や過剰な電解質は血液から透析液へ移動し、不足している物質は透析液から血液へ補充されます。浄化された血液はもう一方の針から体内に戻されます。

通院頻度と1回あたりの治療時間

血液透析は、通常、週に2~3回、医療機関に通院して行います。1回あたりの治療時間は、患者さんの状態や体格によって異なりますが、一般的には3時間から5時間程度です。この間、ベッド上で安静にしている必要があります。

治療時間や頻度は、医師が患者さんの体液バランスや尿毒素の除去効率を考慮して決定します。

血液透析の利点と注意点

血液透析の主な利点は、医療スタッフが治療を管理するため、手技的な安心感があること、確実に老廃物や水分を除去できること、他の患者さんとの交流の機会があることなどが挙げられます。

一方、注意点としては、週に数回の通院が必要であること、1回あたりの拘束時間が長いこと、シャントの管理や食事・水分制限が厳格であること、透析中の血圧変動や不均衡症候群などの合併症のリスクがあることなどがあります。

血液透析の概要

項目内容
治療場所医療機関(クリニック、病院)
治療頻度・時間週2~3回、1回3~5時間程度
バスキュラーアクセス内シャント、人工血管、長期留置カテーテルなど

腹膜透析(PD)

腹膜透析は、患者さん自身の腹腔内にある腹膜を利用して血液を浄化する方法です。腹膜は、お腹の中の臓器を覆っている薄い膜で、毛細血管が豊富に分布しており、フィルターとしての機能を持っています。

この治療法は、主に自宅や職場などで行うことができます。

腹膜透析の仕組みとバッグ交換

腹膜透析を開始する前に、お腹にカテーテルを埋め込む簡単な手術を行います。このカテーテルを通して、透析液(ブドウ糖や電解質を含む液体)を腹腔内に注入します。

注入された透析液と血液との間で、腹膜を介して老廃物や余分な水分が透析液側に移動します。一定時間(通常4~8時間)経過後、老廃物を含んだ透析液を排出し、新しい透析液と交換します。

この透析液の交換(バッグ交換)を1日に数回(通常3~5回)行います。

バッグ交換は、清潔な環境で、患者さん自身またはご家族が行います。1回の交換にかかる時間は30分程度です。夜間に自動腹膜灌流装置(APD装置)を使用して、就寝中に自動的に透析液の交換を行う方法もあります。

自宅や社会生活との両立

腹膜透析の大きな利点は、通院が月1~2回程度で済むため、時間的な制約が少なく、自宅や職場で治療を行えるため、社会生活や日常生活の自由度が高いことです。旅行や出張も比較的容易です。

また、血液透析に比べて残存腎機能(自身の腎臓の機能)が長持ちしやすい傾向があるとも言われています。食事制限も血液透析に比べて緩やかな場合があります。

腹膜透析の利点と注意点

注意点としては、自己管理が重要であること、カテーテル出口部の感染や腹膜炎のリスクがあること、長期間続けると腹膜の機能が低下してくる可能性があること、透析液に含まれるブドウ糖の吸収による体重増加や血糖値への影響などが挙げられます。

また、腹腔内に常に透析液を貯留するため、腹部膨満感を感じることがあります。

血液透析と腹膜透析の選択

どちらの透析方法を選択するかは、患者さんの医学的な状態(心機能、腹部の手術歴など)、ライフスタイル(仕事、家庭環境)、自己管理能力、そして本人の希望を総合的に考慮して決定します。

両方の治療法について医師から十分な説明を受け、それぞれの利点と欠点を理解した上で、自分に合った方法を選ぶことが大切です。また、途中で治療法を変更することも可能です(例:腹膜透析から血液透析へ)。

血液透析と腹膜透析の主な比較

比較項目血液透析 (HD)腹膜透析 (PD)
治療場所医療機関主に自宅
通院頻度週2~3回月1~2回
1日の拘束時間治療日:半日程度バッグ交換:1日数回 (1回30分程度)
自己管理食事・水分管理、シャント管理バッグ交換手技、カテーテル管理、体重・血圧管理
食事制限比較的厳しい (カリウム、リン、水分など)比較的緩やか (塩分、水分は注意)

人工透析導入後の生活と食事療法

人工透析を開始すると、それまでの生活からいくつかの変化が生じますが、多くの方は透析を受けながら仕事や趣味を続け、充実した日々を送っています。

透析生活をより良くするためには、日常生活での注意点を守り、特に食事療法を適切に行うことが重要です。薬物療法との連携や、精神的なサポートも欠かせません。

日常生活で気をつけること

透析療法を安全かつ効果的に続けるためには、日々の自己管理が大切です。特に血液透析の場合はシャント管理、腹膜透析の場合はカテーテル管理と感染予防が重要になります。

シャント管理(血液透析の場合)

血液透析で使用する内シャントは「命綱」とも言える大切なものです。シャントを長持ちさせるために、以下の点に注意します。

  • シャント側の腕で重い物を持たない、腕時計や血圧測定をしない。
  • シャント部分を清潔に保つ。
  • 毎日、シャント音(スリル)や拍動を確認する。異常があればすぐに医療機関に連絡する。

カテーテル管理と感染予防(腹膜透析の場合)

腹膜透析では、カテーテル出口部からの細菌感染や腹膜炎を防ぐことが最も重要です。バッグ交換は清潔操作を厳守し、カテーテル出口部は毎日消毒し、乾燥した状態を保ちます。入浴方法についても医師や看護師の指示に従います。

発熱、腹痛、透析排液の混濁など、感染を疑う症状があれば、速やかに医療機関に連絡する必要があります。

体調管理と適度な運動

透析患者さんは、体重管理、血圧管理、適切な水分摂取が重要です。透析間の体重増加が多いと心臓への負担が増えます。医師の指示に基づいたドライウェイト(透析後の目標体重)を維持するよう心がけます。

また、無理のない範囲での適度な運動は、筋力維持、血行促進、ストレス解消などに役立ちます。ウォーキングや体操など、医師と相談しながら取り入れましょう。

食事療法の基本原則

透析導入後の食事療法は、体内に老廃物や余分な水分、電解質が蓄積するのを防ぎ、良好な栄養状態を維持することを目的とします。制限が多く大変に感じるかもしれませんが、ポイントを押さえることで、食事を楽しむことも可能です。

管理栄養士の指導を受けながら、バランスの取れた食事を心がけましょう。

エネルギーとたんぱく質の適切な摂取

透析患者さんは、エネルギー不足になりやすいため、十分なエネルギーを摂取することが大切です。主食(ごはん、パン、麺類)をしっかり食べることが基本です。

たんぱく質は、体を作る上で重要な栄養素ですが、摂りすぎると老廃物(尿素窒素など)が増えるため、適量に制限する必要があります。良質なたんぱく質(肉、魚、卵、大豆製品など)をバランス良く選びます。

食事療法の主なポイント

栄養素管理のポイント備考
エネルギー十分に摂取する不足すると体力低下や栄養不良の原因に
たんぱく質適量に制限する摂りすぎは老廃物増加、不足は栄養不良に
塩分厳しく制限する (通常1日6g未満)水分貯留、高血圧、心不全のリスク軽減
水分厳しく制限する透析間の体重増加を抑え、心臓への負担を軽減
カリウム制限する高カリウム血症は不整脈や心停止のリスク
リン制限する高リン血症は骨のもろさや血管石灰化の原因に

塩分・水分制限の重要性

塩分を摂りすぎると喉が渇き、水分を多く摂取してしまいます。体内に水分が溜まりすぎると、むくみ、高血圧、心不全などを引き起こし、透析時に多くの水分を除去する必要があるため、身体への負担が大きくなります。

塩分は1日6g未満を目安とし、だしや香辛料、酸味などを上手に利用して薄味に慣れることが大切です。水分量は、尿量や透析間の体重増加を考慮して医師が指示します。一般的には「前日の尿量+500~700mL程度」が目安となることが多いです。

カリウムとリンのコントロール

カリウムは、野菜、果物、いも類、豆類などに多く含まれます。血中のカリウム濃度が高くなりすぎると(高カリウム血症)、不整脈や心停止を引き起こす危険があるため、摂取量を制限します。

野菜は茹でこぼしたり、水にさらしたりすることでカリウムを減らすことができます。リンは、乳製品、魚介類、肉類、加工食品などに多く含まれます。

血中のリン濃度が高い状態が続くと(高リン血症)、骨がもろくなったり(腎性骨症)、血管壁にカルシウムが沈着して動脈硬化を進行させたりします。リンの吸収を抑える薬(リン吸着薬)を食直前に服用することも重要です。

薬物療法との連携

透析患者さんは、腎機能低下に伴う様々な合併症(貧血、高血圧、ミネラル異常など)を管理するために、多くの薬を服用する必要があります。

例えば、赤血球を作るホルモン(エリスロポエチン製剤)、血圧を下げる薬(降圧薬)、リンの吸収を抑える薬(リン吸着薬)、活性型ビタミンD3製剤などがあります。

これらの薬は、食事療法と合わせて透析治療の効果を高め、合併症を予防するために重要です。医師や薬剤師の指示通りに正しく服用し、疑問点があれば必ず相談しましょう。

社会的サポートと精神的ケアの活用

人工透析を導入すると、生活への影響や将来への不安などから、精神的に不安定になることもあります。医療費の助成制度(特定疾病療養受療証、身体障害者手帳など)や、患者会、ソーシャルワーカーなどのサポート体制を利用することも検討しましょう。家族や医療スタッフとよく話し合い、悩みや不安を抱え込まないことが大切です。精神的な安定は、治療を継続していく上で大きな力となります。

糖尿病患者の人工透析と余命

糖尿病が原因で人工透析を導入された方にとって、治療後の経過や余命は大きな関心事の一つです。

透析技術や合併症管理の進歩により、透析患者さんの生命予後は年々改善していますが、糖尿病は全身の血管に影響を及ぼす疾患であるため、糖尿病でない透析患者さんと比較すると、依然として厳しい側面もあります。

ここでは、糖尿病患者さんの人工透析と余命について、現状と予後改善のためにできることを解説します。

人工透析導入後の平均的な生命予後

日本の透析医療は世界でもトップレベルであり、透析導入後の生命予後は比較的良好です。しかし、糖尿病性腎症による透析患者さんの平均余命は、糖尿病以外の原因(慢性糸球体腎炎など)で透析を導入した患者さんと比較して短い傾向にあります。

これは、糖尿病患者さんが心血管疾患(心筋梗塞、脳卒中など)や感染症といった重篤な合併症を抱えている場合が多いことが影響しています。

具体的な平均余命のデータは、年齢や合併症の状況によって大きく異なるため一概には言えませんが、例えば、日本透析医学会の統計調査によると、透析導入時の年齢が60~64歳の糖尿病患者さんの5年生存率は約60%、10年生存率は約30%という報告があります(これはあくまで統計データであり、個々の患者さんの予後を示すものではありません)。

透析導入患者の死因(2021年末時点、日本透析医学会調査より)

透析患者さん全体の死因を見ると、心不全や感染症が多いことが分かります。糖尿病患者さんでは特にこれらのリスクが高いと考えられます。

順位死因割合 (%)
1心不全22.7
2感染症22.2
3悪性腫瘍9.5
4脳血管障害6.6
5心筋梗塞3.6

このデータは糖尿病患者に限定したものではありませんが、傾向を把握する参考になります。

余命に影響を与える主な要因

糖尿病患者さんの透析導入後の余命には、様々な要因が複雑に関与します。これらの要因を理解し、可能な範囲で対策を講じることが、より良い予後につながります。

年齢と全身の合併症の状況

透析導入時の年齢が高いほど、また、心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、脳卒中、閉塞性動脈硬化症など)、網膜症、神経障害といった糖尿病による全身の合併症が進行しているほど、予後は厳しくなる傾向があります。

特に、動脈硬化が進行していると、透析中の血圧変動や体液量の変化が心臓や脳血管に大きな負担をかける可能性があります。

透析導入時の栄養状態と炎症の程度

透析導入時の栄養状態が良好であること、また、体内の慢性的な炎症が少ないことは、その後の生命予後にとって重要です。低栄養状態や炎症は、感染症への抵抗力を弱めたり、心血管疾患のリスクを高めたりします。

血清アルブミン値などが栄養状態の指標として用いられます。

自己管理(食事療法、服薬遵守など)の状況

透析療法を続けていく上で、食事療法(塩分、水分、カリウム、リンの制限)、適切な体重管理、処方された薬の確実な服用、シャントやカテーテルの管理といった自己管理を継続することが極めて重要です。

これらを怠ると、高血圧、心不全、高カリウム血症、高リン血症による合併症のリスクが高まり、生命予後に悪影響を及ぼします。医療スタッフと協力し、積極的に治療に参加する姿勢が求められます。

生命予後を改善するためにできること

糖尿病患者さんが人工透析を導入した後も、より長く元気に過ごすためには、いくつかの重要なポイントがあります。これらは、医師や医療スタッフの指導のもと、患者さん自身が主体的に取り組むことが大切です。

  • 血糖コントロールの継続(インスリン治療など)
  • 厳格な血圧管理
  • 脂質管理(スタチンなどの薬物療法を含む)
  • 禁煙の徹底
  • 適切な体重管理と栄養状態の維持
  • 定期的なフットケア(足病変の予防)
  • 感染症の予防(ワクチン接種、早期発見・早期治療)
  • 心血管合併症の定期的な検査と管理

透析導入後も、糖尿病そのものの管理を怠らないことが重要です。血糖値が不安定だと、感染症にかかりやすくなったり、動脈硬化が進行しやすくなったりします。

また、足の血流障害や神経障害が進行すると、小さな傷から壊疽(えそ)に至り、下肢切断を余儀なくされることもあります。毎日の足の観察とケアが大切です。

糖尿病以外の透析患者との比較における留意点

糖尿病性腎症による透析患者さんの生命予後は、他の原因疾患による透析患者さんと比較して厳しい傾向があることは事実ですが、これはあくまで集団としての統計的な話です。

個々の患者さんにおいては、適切な自己管理と治療、合併症のコントロールによって、長期にわたり安定した透析生活を送っている方も多くいらっしゃいます。

重要なのは、ご自身の状態を正確に把握し、医師や医療スタッフと密に連携を取りながら、前向きに治療に取り組むことです。糖尿病があっても、合併症の進行を抑え、生活の質を維持することは十分に可能です。

希望を持って、日々の治療と自己管理を続けていくことが何よりも大切です。疑問や不安があれば、遠慮なく医療チームに相談しましょう。

よくある質問

糖尿病性腎症による人工透析に関して、患者さんやご家族から寄せられることの多い質問とその回答をまとめました。

ここに記載されている内容は一般的なものであり、個々の状況によって異なる場合がありますので、詳細は必ず主治医にご確認ください。

透析を始めたら旅行や外出はできますか

はい、多くの場合可能です。血液透析を受けている方は、旅行先の透析施設と連携を取ることで、旅行先でも透析を受けることができます(臨時透析)。事前に主治医や医療ソーシャルワーカーに相談し、手配を進める必要があります。

体調管理をしっかり行い、無理のない計画を立てることが大切です。

腹膜透析(PD)の場合は、透析液や関連物品を旅行先に持参または配送することで、比較的自由に旅行ができます。海外旅行も可能です。ただし、清潔操作やカテーテル管理には十分注意が必要です。

仕事を続けることは可能ですか

多くの方が仕事を続けています。透析導入前に比べると、通院や体調管理のための時間が必要になりますが、職場の理解と協力を得ながら、仕事と治療を両立させている方は少なくありません。

血液透析の場合、夜間透析や長時間透析を行っている施設を選ぶことで、日中の仕事への影響を少なくすることもできます。腹膜透析は、自宅や職場で治療を行えるため、比較的仕事との両立がしやすいと言えます。

体調や仕事内容に応じて、勤務時間や業務内容の調整が必要になる場合もあります。主治医や会社の産業医、医療ソーシャルワーカーなどと相談しながら、無理のない働き方を見つけることが重要です。

透析治療にかかる医療費の助成制度はありますか

はい、人工透析は医療費が高額になりますが、日本には手厚い公的助成制度があります。主なものとして以下の制度が利用できます。

主な医療費助成制度

制度名概要申請窓口など
特定疾病療養受療証人工透析が必要な慢性腎不全は「特定疾病」に該当し、この証を提示することで医療機関での自己負担限度額が月額1万円(上位所得者は2万円)になります。加入している健康保険(国民健康保険、協会けんぽ、組合健保など)の窓口
身体障害者手帳腎機能障害の程度により交付され、等級に応じて様々な福祉サービス(医療費助成、税金の控除・減免など)を受けることができます。市区町村の福祉担当窓口
重度心身障害者医療費助成制度(自治体による)身体障害者手帳1級・2級などの方が対象で、医療費の自己負担分を助成する制度です。内容は自治体によって異なります。市区町村の福祉担当窓口

これらの制度を利用することで、医療費の負担を大幅に軽減できます。手続きについては、病院の医療ソーシャルワーカーや市区町村の窓口にご相談ください。

腎移植という選択肢はありますか

はい、腎移植も末期腎不全に対する有効な腎代替療法の一つです。腎移植には、亡くなった方から腎臓の提供を受ける献腎移植と、健康なご家族などから腎臓の提供を受ける生体腎移植があります。

移植が成功すれば、透析療法から離脱でき、食事制限も大幅に緩和され、より自由な生活を送ることが期待できます。

ただし、腎移植を受けるためには、全身状態が手術に耐えられること、免疫抑制剤を生涯服用し続ける必要があること、ドナー(腎臓提供者)が必要であることなど、いくつかの条件や課題があります。

糖尿病患者さんの場合でも腎移植は可能ですが、血糖コントロールが良好であることや、重篤な合併症がないことなどが重要になります。腎移植に関心がある場合は、主治医や腎移植を専門とする医療機関にご相談ください。

以上

透析センター(人工透析) | 大垣中央病院(医療法人社団豊正会 )

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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