心臓と腎臓は、私たちの体の中で生命を維持するために片時も休まず働き続けている重要な臓器で、一見すると独立して機能しているように思えますが、実際には互いに密接な影響を及ぼし合う深い関係にあります。
どちらか一方の働きが悪くなると、もう一方の臓器にも負担がかかり、機能低下を起こすことがあり、この心臓と腎臓の複雑な相互作用が心腎連関です。
本記事では、心不全と腎不全の関係性、悪循環が生じる理由、そして現在の治療戦略について詳しく解説します。
心臓と腎臓の密接な関係性と心腎連関の基本
心臓と腎臓は、それぞれ異なる役割を持ちながらも、体内の血液循環と体液バランスを維持するという共通の目的のために協力し合っていて、神経系やホルモンなどを介して常に情報をやり取りし、互いの機能を調整しています。
生命維持における心臓の役割
心臓は強力な筋肉でできたポンプであり、全身に血液を送り出す役割を担っていてます。
血液は酸素や栄養素を体の隅々の細胞まで届け、細胞から排出された二酸化炭素や老廃物を回収して戻ってきて、この絶え間ない循環が生命活動の基盤です。
心臓が力強く拍動し、十分な量の血液を送り出すことで、他のすべての臓器は正常に機能することができます。
血液浄化と体液調整を担う腎臓の働き
腎臓は背中側の腰のあたりに左右一つずつある臓器で、主に血液をろ過して尿を作る働きをしており、心臓から送り出された血液の約5分の1は腎臓に流れ込みます。
腎臓は血液中の老廃物や余分な水分、塩分などを取り除き、尿として体外に排出すると同時に、体に必要な水分や電解質(ナトリウム、カリウムなど)は再吸収して体内に留め、体内の環境を常に一定に保つ重要な役割を果たしているのです。
また、血圧を調整するホルモンや、赤血球を作る働きを助けるホルモンを分泌する機能も持っています。
心臓と腎臓の主な機能比較
| 機能 | 心臓の主な役割 | 腎臓の主な役割 |
| 基本機能 | 血液を全身に送り出すポンプ機能 | 血液をろ過し、尿を生成する浄化機能 |
| 体液バランスへの寄与 | 血流を維持し、体液を循環させる | 水分や電解質の排出量を調整し、体液量を一定に保つ |
| 血圧調節への関与 | 心拍出量や血管抵抗を変化させて血圧を調整する | 体液量やホルモン分泌を通じて血圧を長期的に調整する |
互いに依存し合う臓器のパートナーシップ
心臓と腎臓は、互いの機能が正常であることを前提に成り立っているパートナーシップの関係にあり、心臓が元気に動くためには、腎臓が体液バランスを適切に保ち、心臓への過度な負担を防ぐことが必要です。
腎臓が正常に働いて尿を作るためには、心臓から十分な圧力と量の血液が送られてくることが必須で、微妙なバランスの上に私たちの健康は成り立っています。どちらか一方のバランスが崩れると、影響は直ちにもう一方へと波及します。
心臓のポンプ機能が低下すると腎臓への血流が不足し、腎機能が低下し、逆に腎機能が低下して体内に水分が溜まると、心臓にかかる負荷が増大し、心機能が悪化します。
心不全が腎臓に与える影響とメカニズム
心不全とは、心臓のポンプ機能が低下し、全身が必要とするだけの血液を十分に送り出せなくなった状態です。心不全になると、体全体の臓器が血液不足やうっ血の状態に陥りますが、特に腎臓はその影響を強く受けます。
腎血流量の低下による機能障害
心不全により心臓から送り出される血液量(心拍出量)が減少すると、腎臓に流れ込む血液量(腎血流量)も減少し、腎臓は豊富な血流を利用して血液をろ過しているため、血流量の低下は致命的です。
腎臓内の糸球体と呼ばれるろ過装置にかかる圧力が不足し、十分に老廃物をこし取ることができなくなり、尿量が減少し、体内に水分や老廃物が蓄積し始めます。
また、腎臓の細胞自体も酸素や栄養不足に陥り、ダメージを受けることで、長期的な腎機能の低下につながります。
静脈うっ血が引き起こす腎臓の圧迫
心不全では、心臓が血液を十分に送り出せないだけでなく、全身から戻ってくる血液をスムーズに受け入れることも難しくなり、全身の静脈に血液が滞るうっ血が生じ、腎臓にも及びます。
腎静脈の圧力が上昇すると、腎臓からの血液の出口が詰まったような状態になり、腎臓内部の圧力が高まり、圧力上昇が腎臓の組織を圧迫し、血液のろ過機能をさらに妨げる要因となります。
これを腎うっ血と呼び、心不全に伴う腎機能悪化の大きな原因の一つです。
心不全が腎臓に及ぼす主なストレス要因
- 心拍出量低下に伴う腎動脈への血流不足
- 全身のうっ血に伴う腎静脈圧の上昇(腎うっ血)
- 交感神経系の過剰な活性化による腎血管の収縮
- レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)の亢進による体液貯留
神経・ホルモン系の過剰反応による悪影響
心不全によって体全体の血流が不足すると、体は危機感を感知し、血圧や血流を維持しようとして様々な防御反応を起こし、中心となるのが交感神経系とレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)と呼ばれるホルモンシステムです。
システムが活性化すると、血管を収縮させて血圧を上げたり、腎臓での水分や塩分の再吸収を増やして血液量を増やそうとしたりします。
これは短期的な緊急対応としては有効ですが、心不全の状態が長く続くと、反応が過剰になり、かえって腎臓の血管を締め付けすぎて血流を悪化させたり、過剰な体液貯留を招いて心臓の負担を増やしたりする結果となります。
腎不全が心臓に与える影響とメカニズム
腎不全とは、腎臓の働きが悪くなり、体内の老廃物や余分な水分を十分に排泄できなくなった状態で、腎機能が低下すると、体内の環境が大きく乱れ、その影響は心臓に直接的な負担としてのしかかります。
体液貯留による心負荷の増大
腎臓の最も基本的な機能は尿を作ることです。腎不全になり尿量が減少すると、本来排泄されるべき水分が体内に溜まっていき(体液貯留)、血液量が増加し、血管の中がパンパンの状態になります。
心臓は増えた血液を循環させるために、より強い力で働かなければなりません(容量負荷(前負荷)の増大)。
長期間にわたって過剰な負荷がかかり続けると、心臓の筋肉は疲れ果て、肥大したり拡張したりして、最終的にはポンプ機能が低下してしまい、これが腎不全からくる心不全の典型的なパターンの一つです。
血圧上昇と心肥大の進行
腎臓は血圧調整の司令塔でもあり、腎機能が低下すると、体内のナトリウム(塩分)と水分のバランスが崩れ、高血圧になりやすいです。
また、腎臓からの血流不足を補おうとして、血圧を上げるホルモン(レニンなど)が過剰に分泌されることも高血圧の原因となり、高い血圧に抗して血液を送り出すために、心臓の壁は厚く硬くなっていきます(心肥大)。
心肥大は初期の適応反応ですが、進行すると心臓のしなやかさが失われ、拡張機能(血液をため込む力)が低下し、拡張不全型の心不全の原因となります。
慢性腎臓病(CKD)ステージと心血管リスクの関係
| CKDステージ | 腎機能の状態(eGFR) | 心血管疾患発症リスクの目安 |
| ステージ1-2 | 正常または軽度低下 | 従来のリスク因子(高血圧、糖尿病など)の影響が大きい |
| ステージ3 | 中等度低下 | リスクが有意に上昇し始める。積極的な管理が必要となる |
| ステージ4 | 高度低下 | リスクは非常に高い。心血管イベントが腎不全進行より先に起こることも多い |
| ステージ5 | 末期腎不全 | リスクは極めて高い。透析や移植が必要となり、心血管管理が生命予後を左右する |
尿毒素蓄積と貧血による心筋障害
腎臓が老廃物を排泄できなくなると、血液中に様々な有害物質(尿毒素)が蓄積し、物質の中には、心臓の筋肉(心筋)や血管に直接ダメージを与えるものがあります。
また、腎臓は赤血球を作るホルモン(エリスロポエチン)を分泌していますが、腎不全では分泌が減少し、貧血(腎性貧血)になります。
貧血になると血液が運ぶ酸素の量が減るため、心臓は酸素不足を補うために回転数を上げてより多くの血液を送り出そうとするので、心臓への負担となり、心不全を悪化させたり、心筋の酸素不足(虚血)を起こしたりする原因になります。
カルシウムやリンなどのミネラルバランスの崩れも、血管の石灰化を促進し、動脈硬化を進めることで心臓病のリスクを高める要因です。
心腎連関の悪循環
心臓が悪くなれば腎臓に影響し、腎臓が悪くなれば心臓に影響し、互いに影響し合って状況をどんどん悪化させる悪循環(負のスパイラル)を形成してしまいます。悪循環が一度始まると、病状は加速的に進行し、治療を難しくします。
相互作用による病状進行の加速
心不全の患者さんが、治療のために利尿薬を使用したとします。利尿薬は体内の余分な水分を尿として出して心臓の負担を減らすために重要ですが、使いすぎると脱水傾向になり、腎臓への血流が減少して腎機能が悪化することがあります。
腎機能が悪化すると、今度は利尿薬が効きにくくなり、体液が貯留して心不全がさらに悪化する、というジレンマに陥ることがあります。
また、腎不全の治療中に、血圧管理が不十分で高血圧が続くと心臓への負担が増し、心機能が低下して腎血流がさらに減る、といったことも起こります。
一方の治療がもう一方の臓器に負担をかけてしまうこともあり、両方のバランスを見ながら慎重に治療を進めることが重要です。
急性心腎症候群と慢性心腎症候群
心腎連関は、発症の仕方によって急性と慢性に分類されます。
- 急性心腎症候群: 急性心不全が原因で急激に腎機能が悪化する場合(タイプ1)、または急性腎障害が原因で急激に心機能が悪化する場合(タイプ3)を指します。短期間で急激に状態が変化するため、迅速かつ集中的な治療が必要です。
- 慢性心腎症候群: 慢性心不全が長期にわたって腎機能を徐々に低下させる場合(タイプ2)、または慢性腎臓病(CKD)が長期にわたって心血管疾患を進行させる場合(タイプ4)を指します。じわじわと進行するため自覚症状が出にくく、定期的な検査による管理が重要です。
- タイプ5: 全身性の疾患(例えば、重症感染症、糖尿病、アミロイドーシスなど)が、心臓と腎臓の両方に同時に障害を起こす場合を指します。
全身への影響と予後への懸念
心腎連関による悪循環は、単に心臓と腎臓だけの問題にとどまりません。
全身の血管、神経系、ホルモンバランスなど、体の広範なシステムに異常をきたし、動脈硬化の進行、脳卒中リスクの上昇、筋力の低下(フレイル)、栄養状態の悪化など、様々な合併症を起こしやすくなります。
心不全の患者さんが腎不全を合併すると、そうでない場合に比べて入院回数が増え、生命予後(病気の見通し)が悪くなることが多くの研究で示されています。同様に、慢性腎臓病の患者さんにとって、心血管疾患は最大の死亡原因です。
心腎連関の早期発見と診断アプローチ
心腎連関の悪循環を防ぐためには、早期発見が何よりも大切ですが、初期の段階では自覚症状が乏しいことも少なくありません。心臓と腎臓の両方の状態を定期的にチェックし、小さな変化を見逃さないことが重要です。
自覚症状と身体所見のチェック
患者さん自身が気づくことができる症状としては、以下のようなものがあります。症状は心不全と腎不全のどちらでも見られることが多く、両者が合併している可能性も示唆します。
早期発見のためのセルフチェックポイント
- 足のすねや甲を指で押すとへこんで戻らないむくみ(浮腫)がある
- 以前より体重が急に増えた(短期間で数キロ単位)
- 階段や坂道で息切れがしやすくなった、疲れやすくなった
- 夜寝ていると息苦しくて起きてしまう、体を起こすと楽になる
- 尿の量が減った、または夜中に何度もトイレに起きる
診察時には、医師が聴診器で心音や呼吸音に異常がないかを確認したり、首の静脈の張り具合を見てうっ血の有無を判断したり、足のむくみの程度を触診したりします。
血液検査と尿検査による評価
血液検査と尿検査は、心腎連関の状態を客観的に評価するための必須の検査です。
- 腎機能の評価: 血液中のクレアチニン値(Cr)や、それを基に計算した推算糸球体濾過量(eGFR)で腎臓の働き具合を評価します。尿検査では、尿タンパク(特に微量アルブミン尿)の有無を調べます。尿タンパクは腎臓の障害を早期に示すサインであり、同時に将来の心血管疾患リスクの指標でもあります。
- 心機能の評価: 血液中のBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)またはNT-proBNPという物質の濃度を測定します。これらは心臓に負担がかかると分泌されるホルモンで、心不全の程度を鋭敏に反映します。数値が高いほど心臓の負担が大きいことを示唆します。
- その他の指標: 貧血の有無(ヘモグロビン値)、電解質バランス(ナトリウム、カリウムなど)、ミネラル代謝(カルシウム、リンなど)も確認します。
心腎連関を評価する主な検査項目
| 検査の種類 | 主な測定項目 | 評価できる内容と意義 |
| 血液検査 | eGFR, クレアチニン(Cr) | 腎臓のろ過機能の現在の状態を把握する |
| 血液検査 | BNP または NT-proBNP | 心臓にかかっている負荷の程度、心不全の状態を評価する |
| 尿検査 | 尿タンパク、尿アルブミン | 腎臓の初期障害の有無、将来の心腎リスクを予測する |
画像診断による形態と機能の確認
画像診断は、臓器の形や動きを直接見ることで、機能の変化を捉えるのに役立ちます。
- 心エコー検査(超音波検査): 心臓の動き、大きさ、壁の厚さ、弁の状態などをリアルタイムで観察します。心臓のポンプ機能(収縮力)だけでなく、血液をため込む力(拡張能)も評価でき、心不全のタイプを診断するのに不可欠です。
- 腎エコー検査: 腎臓の大きさ、形、血流の状態などを観察します。慢性的な腎障害では腎臓が萎縮して小さくなることがあります。また、尿路の閉塞など、他の腎臓病を除外するためにも行われます。
- 胸部X線検査(レントゲン): 心臓の大きさ(心拡大の有無)や、肺に水が溜まっていないか(肺うっ血の有無)を確認します。
検査結果を総合的に判断し、心臓と腎臓が現在どのような関係にあり、どちらが原因で悪循環が起きているのか、あるいは両方が同時に進行しているのかを見極めます。
心腎連関に対する治療戦略の基本方針
心臓だけ、あるいは腎臓だけを診ていては不十分であり、両方の臓器のバランスを常に考慮しながら包括的なアプローチを行う必要があります。
治療の目標は、現在の症状を緩和することだけでなく、悪循環を断ち切り、将来的な臓器機能の低下や深刻なイベント(心筋梗塞、脳卒中、末期腎不全への進行など)を防ぐことです。
両臓器の保護を目的とした包括的治療
治療戦略の基本は、心臓と腎臓の両方を保護することです。心不全の治療薬を選ぶ際には、腎機能への影響を考慮して薬剤の種類や量を調整し、腎不全の管理においては、心臓への負担となる体液貯留や高血圧を厳格にコントロールします。
一つの治療行為が、両方の臓器にとってプラスに働くような選択肢を優先します。近年登場したいくつかの薬剤は、心臓と腎臓の両方に対して保護効果を示すことがわかっており、心腎連関治療の鍵となってきました。
原疾患の管理とリスク因子の是正
心不全や腎不全を引き起こす根本的な原因(原疾患)がある場合は、その治療が最優先で、高血圧、糖尿病、脂質異常症(高コレステロール血症)などは、心臓と腎臓の両方を痛めつける共通の強力なリスク因子です。
病気をしっかりとコントロールすることは、心腎連関の進行を食い止めるための土台となります。特に糖尿病は、糖尿病性腎症と糖尿病性心筋症の両方を起こし、心腎連関を加速させる大きな要因となるため、厳格な血糖管理が必要です。
多職種チームによる連携医療の重要性
心腎連関の管理は複雑であり、医師一人の力では限界があるので、循環器内科医と腎臓内科医が密に連携し、情報を共有しながら治療方針を決定することが理想的です。
さらに、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士など、多職種の専門家がチームとなって患者さんをサポートする体制が重要になります。
チーム医療における各専門職の役割例
- 循環器・腎臓内科医: 診断、薬物療法の調整、全体的な治療方針の決定
- 看護師: 日々の体調変化のモニタリング、生活指導、患者さんの精神的サポート
- 薬剤師: 薬の相互作用や腎機能に応じた用量調整のチェック、服薬指導
- 管理栄養士: 塩分・水分制限や適切なタンパク質摂取などの食事指導
- 理学療法士: 心機能や腎機能に応じた適切な運動療法(心臓リハビリテーションなど)の指導
治療アプローチと選択肢
心腎連関の治療は、生活習慣の改善から薬物療法、そして進行した場合の特殊な治療まで多岐にわたり、患者さんの状態に合わせて組み合わせて行います。
生活習慣の修正と食事療法
日々の生活習慣を見直すことは、すべての治療の基本であり、かつ強力な治療法でもあります。
- 塩分制限: 心臓と腎臓の両方の負担を減らすために最も重要です。塩分を摂りすぎると体内に水分が溜まり、血圧が上がり、うっ血が悪化します。1日6g未満を目標とすることが一般的ですが、病状によってはさらに厳しい制限が必要な場合もあります。
- 水分管理: うっ血やむくみが強い場合は、飲水量の制限が必要になることがあります。ただし、脱水も腎機能悪化の原因となるため、医師の指示に従って適切な量を守ることが大切です。毎日体重を測定し、急な増加がないかチェックすることが水分管理の目安になります。
- 禁煙と節酒: タバコは血管を収縮させ動脈硬化を進行させるため、厳禁です。アルコールも適量を超えると心臓や血圧に悪影響を与えます。
- 適度な運動: 状態が安定していれば、医師の指導のもとで行う有酸素運動(ウォーキングなど)は、心肺機能を高め、血圧を下げ、腎保護にもつながります。
心腎保護効果を持つ薬物療法
薬物療法は心腎連関治療の中心です。心臓と腎臓の両方に良い影響を与える薬を中心に組み立てます。
- RAAS阻害薬(ACE阻害薬、ARB、ARNI): 血圧を下げ、心臓の負担を減らし、心肥大を抑制する効果があります。同時に、腎臓の糸球体にかかる圧力を下げて腎臓を保護する効果も持っています。心不全とタンパク尿のある慢性腎臓病の第一選択薬となることが多い重要な薬剤です。ただし、腎機能が高度に低下している場合や高カリウム血症がある場合は慎重に使用します。
- SGLT2阻害薬: 元々は糖尿病治療薬として開発されましたが、尿中に糖と一緒に余分な塩分と水分を排泄させる作用があり、心不全の増悪を防ぎ、心血管死のリスクを減らす効果が証明されました。さらに、腎機能の低下速度を緩やかにする強力な腎保護効果も併せ持つことが明らかになり、糖尿病の有無に関わらず心腎連関治療のキードラッグとして注目されています。
- ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA): 過剰な体液貯留を防ぎ、心臓や血管の線維化(硬くなること)を抑制します。心不全の予後を改善する効果がありますが、カリウム値を上昇させるリスクがあるため、定期的な血液検査が必要です。近年、高カリウム血症のリスクを抑えた新しいタイプのMRAも登場しています。
- 利尿薬: 体内の余分な水分を尿として排泄し、うっ血やむくみを改善する対症療法として重要です。ループ利尿薬などが用いられますが、前述の通り、過剰投与による脱水と腎機能悪化には十分な注意が必要です。
主な治療薬の分類と心腎への作用
| 薬剤分類 | 主な作用メカニズム | 心腎連関における期待される効果 |
| RAAS阻害薬 (ACE阻害薬/ARB/ARNI) | 血圧上昇ホルモンの働きを抑える | 血圧低下、心負荷軽減、心筋・腎組織の保護、タンパク尿減少 |
| SGLT2阻害薬 | 尿への糖・ナトリウム排泄を促進 | 体液量適正化、心不全入院リスク低減、腎機能低下の抑制 |
| 利尿薬 (ループ利尿薬など) | 腎臓での水分再吸収を抑制し尿量を増やす | うっ血・浮腫の改善による迅速な心負荷軽減(対症療法) |
進行期における透析と補助循環
腎機能が高度に低下し、薬物療法や食事療法では体液バランスや尿毒素を管理できなくなった末期腎不全の段階では、透析療法が必要です。透析は腎臓の代わりをする治療ですが、心臓の状態に大きな影響を与えます。
- 血液透析: 週に数回、短時間で体内の血液を大量に体外に出して浄化し、水分を除去します。この急激な体液量の変化が心臓に大きな負担をかけることがあり、透析中や透析後に血圧が下がったり、不整脈が起きたりすることがあります。心機能が悪い患者さんでは、透析条件の慎重な調整が必要です。
- 腹膜透析: 自分自身の腹膜(お腹の壁を覆う膜)を使って、毎日ゆっくりと時間をかけて透析を行います。血液透析に比べて体液量の変化が緩やかであるため、心臓への負担が比較的少ないという利点があります。心不全を合併している患者さんにとって、選択肢の一つとなります。
重症の心不全に対しては、心臓のポンプ機能を補助する機械(補助循環装置)が用いられることもあります。
高度な治療が必要な段階では、循環器医と腎臓医、透析スタッフがさらに緊密に連携し、患者さん一人ひとりの心臓と腎臓の状態に合わせたオーダーメイドの治療管理が必要です。
よくある質問(FAQ)
- 心不全と言われましたが、腎臓が悪いという自覚症状はありません。それでも検査は必要ですか?
-
必ず検査を受ける必要があります。 心不全と診断された時点で、すでに心臓から腎臓への血流が減っていたり、うっ血による負担がかかっていたりする可能性が高いためです。
腎臓の機能低下は初期には自覚症状がほとんどなく、沈黙の臓器とも呼ばれ、むくみや尿量減少などの症状が出たときには、すでにかなり進行していることも少なくありません。
血液検査(クレアチニン、eGFR)や尿検査(尿タンパク)を行うことで、症状が出る前の早期の段階で腎臓のSOSをキャッチし、対策を立てることができます。
- 心臓の薬を飲み始めたら、腎臓の数値が悪くなったと言われました。薬をやめるべきですか?
-
自己判断で薬をやめるのは危険ですので、必ず主治医に相談してください。 心不全の治療薬の中には、飲み始めに一時的に腎臓の数値(クレアチニン値など)を少し上昇させるものがあります(例えばACE阻害薬やSGLT2阻害薬など)。
これは薬が効いて腎臓内の血液の流れ方が変化したためで、多くは一過性であり、長期的にはむしろ腎臓を守る働きをします。
ただし、急激な悪化や高度な上昇が見られる場合は、脱水や他の原因が隠れている可能性もあるため、医師が薬の量や種類を調整する必要があります。
- 塩分制限が大切と言われますが、どのような工夫をすれば良いですか?
-
まずはかける調味料を減らし、出汁(だし)や酸味、香辛料を活用することから始めましょう。 醤油やソースを直接かけるのではなく、小皿に出して少しつけるようにし、味噌汁は具だくさんにして汁の量を減らします。
昆布やカツオの出汁をしっかり効かせたり、レモンや酢などの酸味、唐辛子やカレー粉などのスパイス、シソやミョウガなどの香味野菜を利用したりすることで、塩味が薄くても美味しく食べることができます。
加工食品や外食は塩分が多いので、栄養成分表示の食塩相当量を確認する習慣をつけましょう。
- 将来、透析になるのを防ぐために、今できることは何ですか?
-
現在の治療(薬物療法と生活習慣改善)を継続し、定期的な受診を絶対に中断しないことです。 心腎連関の悪循環を断ち切るために処方された薬(SGLT2阻害薬やRAAS阻害薬など)は、長期的に腎機能を守る効果が期待できます。
また、定期的な検査で心臓と腎臓の状態をチェックし、小さな変化があれば早期に治療内容を微調整することが、透析導入を遅らせる、あるいは回避するための鍵です。
以上
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