僧帽弁閉鎖不全症(MR)

僧帽弁閉鎖不全症(Mitral Regurgitation:MR)とは、心臓の弁の一つである「僧帽弁(そうぼうべん)」がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう病気です。

加齢に伴い発症リスクが上昇する傾向がありますが、若年層であっても、先天性心疾患や感染性心内膜炎などが原因で発症することがあります。

目次

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の病型

僧帽弁閉鎖不全症(MR)は、一次性MR(器質性MR)と二次性MR(機能性MR)に分類されます。

一次性MR(器質性MR)

一次性MR(器質性MR)は僧帽弁の構造に直接的な問題があるものを指し、僧帽弁の弁尖や腱索、乳頭筋などに異常が見られます。

原因としては、僧帽弁逸脱症、感染性心内膜炎、リウマチ性心疾患、先天性心疾患などがあります。

一次性MRの主な原因特徴
僧帽弁逸脱症弁尖が心房側に反り返る
感染性心内膜炎弁に細菌が付着し、損傷を引き起こす
リウマチ性心疾患弁尖の肥厚や癒着が生じる
先天性心疾患弁の形成異常が見られる

二次性MR(機能性MR)

二次性MR(機能性MR)は、僧帽弁自体には異常がなく、左心室の拡大や変形によって僧帽弁の閉鎖不全が起こるタイプです。

主な原因には、虚血性心疾患、拡張型心筋症、肥大型心筋症などの心疾患が挙げられます。

二次性MRの主な原因特徴
虚血性心疾患心筋梗塞後の左室リモデリング
拡張型心筋症左室の全体的な拡大
肥大型心筋症左室壁の肥厚と変形

MRの重症度分類

MRの重症度は、逆流量や左心房・左心室の拡大の程度により、軽度、中等度、重度の3段階で評価します。

重症度逆流量左心房・左心室の拡大
軽度少量ほとんどなし
中等度中等量軽度から中等度
重度多量高度

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の症状

僧帽弁閉鎖不全症(MR)では、息切れや疲労感、動悸などが症状として現れます。

息切れ・疲労感

僧帽弁閉鎖不全症(MR)では、階段を上る際や軽い運動をする時、通常よりも早く息が上がったり、息苦しさを感じたりすることがあります。

また、日中の活動後に極度の疲労感に襲われ、通常の休息では回復しにくくなります。

症状特徴
息切れ軽度の運動でも発生
疲労感日常的な活動後に顕著

動悸・不整脈

動悸や不整脈もよくみられる症状です。心臓に過度な負荷がかかることで引き起こるもので、突然発生し、数分から数時間にわたって持続することがあります。

患者さんによっては、胸部の不快感や圧迫感を伴う場合もあります。

症状持続時間
動悸数分から数時間
不整脈断続的に発生

浮腫・体重増加

僧帽弁閉鎖不全症(MR)が進行すると、体内に水分が貯留し、浮腫(むくみ)が生じることがあります。特に足首や脚部に顕著に現れ、心臓の機能低下により血液が体内を十分に循環できないことが原因となっています。

浮腫に伴い急激な体重増加が見られる場合もあり、数日間で数キログラム増加するようなケースもあります。

症状特徴
浮腫主に足首や脚部に発生
体重増加短期間で急激に増加

その他の症状

  • 咳(特に夜間や横になった時に悪化する)
  • めまい、失神
  • 食欲不振
  • 冷や汗
  • 頻尿(特に夜間に増加)

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の症状は初期段階では軽微であるため、患者さん自身が気づかない場合も多いですが、症状が進行すると日常生活に大きな支障をきたす可能性が高くなります。

上記のような症状が持続したり、悪化したりする場合は、速やかに医療機関を受診することが推奨されます。

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の原因

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の主な原因は、僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)が正常に閉じることができなくなり、血液が左心房に逆流することです。

構造的な原因

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の構造的な原因には、弁尖の異常、腱索の断裂、乳頭筋の機能不全などが含まれます。先天性の異常や加齢による変性、感染症などによって起こります。

構造的原因説明
弁尖の異常弁尖(弁の薄い膜状の部分)の肥厚や変形
腱索の断裂弁を支える腱索(弁と心筋をつなぐひも状の組織)の破断
乳頭筋の機能不全弁を支える筋肉の異常

弁尖の異常は、リウマチ性心疾患や粘液腫様変性(弁の組織が粘液状に変化する病態)などによって生じます。腱索の断裂は、特に高齢者や心筋梗塞の既往がある患者さんに見られる場合が多いです。

乳頭筋の機能不全は、虚血性心疾患や心筋症などによって起こることがあります。

機能的な原因

機能的な僧帽弁閉鎖不全症(MR)の主な原因には、左心室の拡大や形状の変化、心房細動などがあります。

機能的原因関連疾患
左心室拡大心筋梗塞、拡張型心筋症(心臓の筋肉が薄くなり、拡張する病気)
心房細動不整脈(心臓の拍動が不規則になる状態)

その他の原因

  • 感染性心内膜炎
  • 外傷(胸部への強い衝撃など)
  • 特定の薬剤の長期使用
  • 放射線治療の影響

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の検査・チェック方法

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の診断では、聴診器による心音の確認をはじめ、心エコー検査や心電図検査、胸部X線検査、血液検査などを実施します。

身体診察・聴診

身体診察では、聴診器を用いて心音を聴取し、特徴的な心雑音の有無を確認します。MRでは、収縮期雑音が聴こえることが多く、その音の特徴や強さから病態の程度を推測できます。

心雑音の特徴推測される病態
収縮期雑音MRの可能性大
拡張期雑音他の弁膜症疑い

画像診断

心エコー検査では、超音波を用いて心臓の構造や機能をリアルタイムで観察することができます。僧帽弁の形態異常や逆流の程度を評価し、病態の重症度を判断することが可能です。

心臓の大きさや壁の動きなども同時に確認できるため、総合的な心機能評価も可能です。

また、胸部X線検査では心臓の拡大や肺うっ血の有無を確認し、MRによる心臓への負荷の程度を推測することができます。

画像検査主な評価項目
心エコー僧帽弁の形態、逆流の程度、心機能
胸部X線心拡大、肺うっ血

電気生理学的検査

心電図検査は、心臓の電気的活動を詳細に記録する検査です。MRそのものの診断は難しいですが、心房細動などの不整脈の有無や、心肥大の程度を評価するために役立つ検査となります。

長時間心電図(ホルター心電図)検査を実施することで、日常生活における不整脈の出現頻度や程度を把握していきます。

血液検査・生化学的検査

血液検査では、心臓の負荷や炎症の状態を反映する各種マーカーを測定します。

特に、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNPの値は心不全の程度を鋭敏に反映するため、MRの重症度評価に有用です。また、貧血や腎機能障害などの合併症の有無も同時に確認します。

検査項目意義
BNP心不全の程度を反映
CRP炎症の有無を確認

確定診断と重症度評価

MRの確定診断では、特に心エコー検査の所見が決め手となる場合が多くなります。重症度評価は以下の点を考慮して行います。

  • 逆流の程度
  • 左心房・左心室の拡大の有無
  • 肺高血圧の程度
  • 症状の有無と程度

検査結果を基に軽症から重症までの段階分けを行い、治療方針を決定します。

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療方法と治療薬について

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療方法には薬物療法や手術療法があり、症状の程度や状態に応じて選択します。

治療法メリットデメリット適応
薬物療法低侵襲、症状改善根本的治療ではない軽度MR、高齢者
手術療法根本的治療可能侵襲性が高い重度MR、若年者
カテーテル治療低侵襲、回復が早い長期成績が不明確手術高リスク患者
経過観察侵襲なし進行のリスク無症状の軽度MR

薬物療法

症状が軽度から中等度のケースでは、まず薬物療法を行います。薬物療法の目的は、心臓への負担を軽減し、症状を改善することにあります。

薬剤の種類主な効果
利尿薬体内の余分な水分を排出する
ACE阻害薬血管の拡張
β遮断薬心拍数を抑え、心臓の負担を軽減します
アンジオテンシン受容体拮抗薬血圧を下げる

薬物療法を開始した後は定期的に効果を評価し、必要に応じて薬剤の種類や用量を調整していきます。

手術療法

薬物療法で症状の改善が見られない場合や、重度のMRでは手術療法を検討します。手術療法には、主に以下の2つの方法があります。

  1. 僧帽弁形成術(患者さん自身の弁を可能な限り温存しながら修復する方法)
  2. 僧帽弁置換術(患者さんの弁を人工弁に置き換える手術)
手術方法特徴
僧帽弁形成術自己の弁を温存するため、抗凝固療法が不要です
僧帽弁置換術人工弁を使用するため、長期的な抗凝固療法が必要となります

手術方法は、年齢、全身状態、弁の状態などを総合的に判断して決定します。

カテーテル治療

MRに対するカテーテル治療としては、MitraClip(ミトラクリップ)という装置を用いた治療法があります。開胸手術が困難な高齢者や、合併症のある患者さんに対して有効とされている方法です。

カテーテル治療の利点

  • 開胸手術に比べて体への負担が少ない
  • 入院期間が短くて済む
  • 回復が早いため、日常生活への復帰が早い
  • 局所麻酔で行えるため、全身麻酔のリスクを避けられる

※カテーテル治療にが適応の制限があるため、すべての患者さんに実施できるわけではありません。

生活習慣の改善

患者さん自身による生活習慣の改善も治療の一環として重要です。

  • 塩分制限(1日6g未満を目安とします)
  • 適度な有酸素運動
  • 禁煙
  • 適正体重の維持(BMI 25未満を目指します)
  • ストレス管理

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療期間

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療期間は、薬物治療であれば数週間から数か月、カテーテル治療であれば数日間の入院で済みますが、外科手術の場合は数週間から数か月程度の入院が必要となる場合もあります。

治療期間の目安

軽度のMRの場合は、定期的な経過観察と生活習慣の改善で数年間にわたり症状をコントロールできます。一方、重度のMRでは外科的治療が必要となる可能性が高く、手術後の回復期間を含めると半年から1年程度の治療期間を要します。

薬物療法の期間

薬物療法は、症状の改善や進行の抑制を目的としており、多くの場合、長期間の服用が必要です。

薬剤の種類一般的な投与期間
利尿薬症状改善まで継続
ACE阻害薬長期的に継続
β遮断薬長期的に継続

外科的治療後の一般的な回復期間の目安

  • 入院期間:1〜2週間
  • 日常生活への復帰:4〜6週間
  • 完全回復:3〜6か月

※個々の状態や手術の種類により期間は変動します。

リハビリテーションの期間

外科的治療後のリハビリテーションは、3〜6か月程度継続します。

リハビリテーションの段階期間の目安主な内容
早期離床手術後1〜3日ベッドから起き上がる、歩行練習
基本的な日常動作の訓練1〜2週間着替え、入浴、階段昇降など
有酸素運動の導入2〜4週間ウォーキング、軽い体操
筋力トレーニング1〜3か月軽い重りを使った筋力強化

薬の副作用や治療のデメリットについて

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療における薬の副作用としては、利尿剤による電解質バランスの乱れや、ACE阻害剤による咳などが挙げられます。

薬物療法の副作用

利尿剤の使用により電解質バランスの乱れが生じ、血清カリウム値の低下や脱水症状を引き起こすことがあります。

また、血管拡張薬では低血圧や頭痛、めまいなどの副作用が報告されています。

薬剤主な副作用
利尿剤電解質異常、脱水
血管拡張薬低血圧、頭痛、めまい
ACE阻害薬空咳、腎機能低下

手術療法のリスク

手術自体に伴う一般的なリスクには、出血や感染症、麻酔に関連する合併症などがあります。また、僧帽弁の修復や置換には特有のリスクがあり、弁周囲の逆流、人工弁の機能不全、血栓塞栓症が発生する可能性があります。

リスク説明
出血手術中や術後に発生する可能性がある
感染症創部や人工弁の感染のリスク
弁周囲逆流修復や置換後に血液が逆流する
人工弁機能不全人工弁が正常に機能しない

カテーテル治療のリスクと副作用

カテーテル治療では血管を通じて僧帽弁にアプローチするため、血管損傷や心臓穿孔、心タンポナーデなどのリスクがあります。

また、治療効果が不十分で再治療が必要となる場合や、デバイスの位置異常による合併症が生じることもあります。

カテーテル治療後の副作用として、一時的な不整脈や心臓の伝導障害が生じ、ペースメーカー植込みが必要となる場合もあります。

さらに、まれではありますが、脳梗塞などの塞栓症のリスクも報告されており、術後の抗凝固療法が重要となります。

合併症頻度対策
血管損傷1-3%適切なカテーテル操作と画像ガイド
心タンポナーデ0.5-2%迅速な心嚢穿刺と外科的対応
脳梗塞0.5-1%術中の抗凝固療法と慎重な操作
デバイス位置異常1-2%術中エコーによる確認と適切な留置

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の治療は健康保険が適用されるため、自己負担額は軽減されます。入院期間や手術の種類によっては高額な医療費がかかるため、高額療養費制度の対象となる可能性があります。

検査費用の目安

項目費用(3割負担の場合)
心エコー検査4,500円
胸部レントゲン1,500円
血液検査3,000円

薬剤費は処方される薬の種類や量によって変わりますが、月額10,000円程度が目安となります。

入院治療の費用の目安

※手術料、入院料、薬剤費、検査費用などが含まれ、治療内容や入院期間によって大きく異なります。

治療法入院期間概算費用(3割負担の場合)
弁形成術2週間100万円
弁置換術3週間130万円
カテーテル治療1週間75万円

その他の費用

  • 定期検査(心エコー、血液検査など)7,500円/回
  • 抗凝固薬(ワーファリンなど)3,500円/月
  • 心臓リハビリテーション 2,000円/回

以上

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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