大動脈弁狭窄症(AS)

大動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis:AS)とは、心臓の大動脈弁の開口部が狭くなることにより、左心室から大動脈への血液の流れが妨げられる疾患です。

心臓が全体的に大きくなる心臓肥大を引き起こすおそれがあり、病気が進行すると、息切れ、胸痛、失神などの症状が現れます。

高齢者に多い疾患ですが、先天性の二尖弁やリウマチ熱などの炎症性疾患、カルシウム代謝異常などの基礎疾患を有する場合には、若年でも発症する可能性があります。

目次

大動脈弁狭窄症(AS)の病型

大動脈弁狭窄症(AS)は、先天性、リウマチ性、変性性(加齢性)の3つのタイプに分類できます。

先天性大動脈弁狭窄症

生まれつき大動脈弁の形成に異常がある、あるいは弁尖が癒合していることにより発症するものです。

弁尖の数が2枚(二尖弁)や1枚(単尖弁)である場合、正常な3枚(三尖弁)の場合と比べると狭窄を来しやすくなります。

弁尖数頻度
二尖弁比較的多い
単尖弁

リウマチ性大動脈弁狭窄症

リウマチ性大動脈弁狭窄症は、リウマチ熱に伴って弁に炎症が生じることにより発症します。弁尖の肥厚、癒着、石灰化の進行により、徐々に狭窄が悪化していく病態となります。

病態特徴
弁尖の肥厚弁の可動性が低下
弁尖の癒着弁口面積の縮小
弁の石灰化弁の硬化と狭窄の進行

変性性(加齢性)大動脈弁狭窄症

高齢者に多くみられるタイプの大動脈弁狭窄症です。加齢に伴って弁の変性や石灰化が生じることにより、狭窄が引き起こされます。

年齢頻度
65歳以上高い
65歳未満低い

変性性大動脈弁狭窄症の進行に関与する因子

  • 高血圧
  • 脂質異常症
  • 糖尿病
  • 喫煙

大動脈弁狭窄症の重症度分類

大動脈弁狭窄症は、狭窄の程度によって以下のように分類されます。

重症度大動脈弁口面積平均圧較差
軽度>1.5 cm2<20 mmHg
中等度1.0〜1.5 cm220〜40 mmHg
重度<1.0 cm2>40 mmHg

重症度が進むにつれて左室への圧負荷が増大し、左室肥大や心不全が起こりやすくなります。また、狭窄によって冠動脈の血流が低下し、狭心症を生じる可能性もあります。

合併症頻度
左室肥大高い
心不全高い
狭心症比較的多い

大動脈弁狭窄症(AS)の症状

大動脈弁狭窄症(AS)は初期段階では無症状であることが多く、中等度以上になると呼吸困難や胸痛などが現れます。重症化すると安静時にも症状が出現し、日常生活にも支障が出るようになります。

初期段階での症状

大動脈弁狭窄症の初期段階では無症状であることが多く、症状が現れていない場合でも、心エコー検査などで診断される場合があります。

軽度の大動脈弁狭窄症であっても息切れや胸部不快感などの症状はみられますが、日常生活に大きな支障をきたすことは少ないでしょう。

初期のうちは、症状が運動時のみに現れ、安静時には消失する点が特徴です。

症状特徴
息切れ軽度で、運動時のみ
胸部不快感軽度で、一時的

中等度以上の症状

病気が進行し中等度以上になると、息切れ(呼吸困難)、胸痛、失神(意識消失)、動悸(心拍数の増加)などが起こるようになります。

症状特徴
息切れ中等度以上、日常生活に影響
胸痛中等度以上、運動時に増悪

重症化した場合の症状

  • 安静時の呼吸困難
  • 起座呼吸(夜間、横になると呼吸が苦しくなる)
  • 下腿浮腫(足のむくみ)
  • 全身の倦怠感 など

大動脈弁の狭窄が重症化すると、安静時にも症状が現れるようになります。重症化すると心不全が進行し、命にかかわることもあるため、早期診断・早期治療が必要です。

症状の進行と予後

大動脈弁狭窄症(AS)の症状は徐々に進行し、重症化すると予後不良となります。症状が現れてから治療を開始しない場合、平均余命は2〜3年程度と言われています。

したがって、大動脈弁狭窄症(AS)の症状が現れた場合は、速やかに専門医を受診し治療を受けることが重要です。

症状出現からの期間予後
1年以内比較的良好
2〜3年不良

大動脈弁狭窄症(AS)の原因

大動脈弁狭窄症(AS)は、大動脈弁の開口部が狭くなり、左心室から大動脈への血液の流れが妨げられることにより起こります。原因としては、加齢に伴う変性や先天性の二尖弁、リウマチ熱などの炎症性疾患、カルシウム代謝異常などが挙げられます。

年齢原因
高齢者加齢に伴う変性
若年者先天性二尖弁、リウマチ熱など
小児先天性大動脈弁狭窄症
新生児重症の先天性大動脈弁狭窄症

加齢に伴う変性

年を重ねるにつれ、心臓の大動脈弁には脂質(特にコレステロール)が蓄積されます。この蓄積により、弁は徐々に硬くなり、石灰化が進行します。

その結果、弁の開口部が狭くなり、最終的に大動脈弁狭窄症(AS)を引き起こすことになります。

高齢者は動脈硬化のリスク因子である高血圧、脂質異常症、喫煙、糖尿病などを有する頻度が高いため、ASの発症リスクも上昇します。

リスク因子影響
高血圧大動脈弁への負荷増大
脂質異常症弁尖への脂質沈着
喫煙動脈硬化の促進
糖尿病血管壁の障害

先天性の二尖弁

先天的に大動脈弁が2枚の弁尖からなる二尖弁の場合には、正常な3枚の弁尖からなる三尖弁と比較すると弁への負荷が大きくなり、早期に変性や石灰化が進行する可能性があります。

若年でもASを発症してしまう可能性があり、注意が必要です。

リウマチ熱などの炎症性疾患

リウマチ熱などの炎症性疾患の既往がある場合には、大動脈弁の弁尖に炎症が波及し、弁の変性や癒着が生じることがあります。

炎症により弁尖が肥厚し、可動性低下によってASを引き起こす可能性があります。

炎症性疾患弁への影響
リウマチ熱弁尖の癒着
感染性心内膜炎弁尖の破壊

カルシウム代謝異常

慢性腎臓病や副甲状腺機能亢進症などの疾患では、カルシウム代謝異常を合併することが多く、ASの発症リスクが高くなります。

疾患カルシウム代謝への影響
慢性腎臓病カルシウム排泄障害
副甲状腺機能亢進症カルシウム吸収増加
ビタミンD過剰症カルシウム吸収増加
甲状腺機能低下症カルシウム代謝低下

大動脈弁狭窄症(AS)の検査・チェック方法

大動脈弁狭窄症(AS)の診断では、心電図検査や胸部レントゲン検査、心エコー検査などを実施します。

聴診による心雑音の確認

まずは心音を聴取し、大動脈弁狭窄症に特徴的とされる収縮期駆出性雑音が存在するかどうかを確認していきます。胸骨右縁上部で最も明瞭に聴取される場合が多く、時には頸動脈にまで放散していくことがあるのが特徴です。

聴診部位心尖部胸骨左縁胸骨右縁
心雑音±++

心電図検査による左室肥大の評価

心電図検査では、左室肥大の所見が認められるかどうかを評価していきます。

大動脈弁狭窄症が進行すると、圧負荷によって左室肥大を来たすことが多いため、心電図上では高電位差や左室肥大所見を呈するのが一般的です。

心電図所見高電位差左室肥大ST-T変化
大動脈弁狭窄症(重症)++++

胸部レントゲン検査による心拡大の確認

胸部レントゲン検査では、心拡大の有無を確実に確認することが大切です。大動脈弁狭窄症が進行した状態では、左室拡張末期容量の増大によって心拡大を来たすことが少なくありません。

胸部レントゲン所見心拡大肺うっ血大動脈弁石灰化
大動脈弁狭窄症(重症)++

心エコー検査による大動脈弁の評価

心エコー検査では、以下の項目を詳細に評価し、大動脈弁狭窄症の重症度を判定します。

・大動脈弁の形態(弁尖の肥厚、石灰化、可動性の低下など)
・大動脈弁口面積(AVA)
・大動脈弁最大血流速度(Vmax)
・平均圧較差(mPG)

心エコー所見大動脈弁の形態変化大動脈弁口面積(AVA)大動脈弁最大血流速度(Vmax)
大動脈弁狭窄症(重症)++<1.0cm²>4.0m/s

確定診断のためには、カテーテル検査による圧較差の測定が必要となるケースもありますが、心エコー検査で十分な情報が得られている場合には、侵襲的な検査を行わずに診断可能となります。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療方法と治療薬について

大動脈弁狭窄症(AS)の治療は、症状が軽度な場合は薬物治療で経過観察しますが、重症になると人工弁に置き換える手術(外科的または経カテーテル)が一般的です。

薬物療法

薬物療法は症状の緩和を目的とするため、根本的な治療ではありません。

利尿薬は、心不全症状を軽減するために処方します。ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬は、体内のナトリウム・水分の排泄促進により、心臓の負担を軽減する効果があります。

また、血管拡張薬は、心臓が血液を送り出す際の抵抗である後負荷を軽減し、心機能の改善に寄与します。ACE阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は、血管を拡張することで後負荷を軽減する働きがあります。

薬剤の種類主な作用
ループ利尿薬ナトリウムと水分の排泄を促進し、心不全症状を軽減
サイアザイド系利尿薬
ACE阻害薬血管を拡張し、心臓の後負荷を軽減
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)
β遮断薬心拍数を減少させ、心機能を保護
カルシウム拮抗薬血管拡張作用による後負荷の軽減、不整脈の予防

外科的治療

ASが重症化した場合、外科的治療が必要となります。

大動脈弁置換術(AVR)

狭窄した大動脈弁を人工弁に置換する手術です。人工弁には機械弁と生体弁の2種類があり、年齢や併存疾患、抗凝固療法の必要性などを考慮した上で選択します。

人工弁の種類特徴
機械弁耐久性が高いが、抗凝固療法が必要
生体弁抗凝固療法が不要だが、耐久性が機械弁に比べて低い

経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)

開胸手術を行わずに、カテーテルを用いて人工弁を大動脈弁の位置に留置する治療法です。高齢の方や開胸手術のリスクが高い方が適応となります。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療期間

大動脈弁狭窄症(AS)の治療期間は、治療法によって大きく異なります。薬物療法では、症状の改善や病状の進行抑制を目的として、長期的な服用が必要となります。

外科的治療や経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)などの侵襲的治療の入院期間は、通常1〜2週間程度となります。術後のリハビリテーションや回復期間を含めると、治療全体では数週間から数ヶ月が目安です。

治療法入院期間治療全体の期間
薬物療法通院治療長期的な服用が必要
外科的治療1〜2週間数週間から数ヶ月
TAVI1〜2週間数週間から数ヶ月

治療後の経過観察

大動脈弁狭窄症(AS)の治療後も、定期的に経過観察を続けていきます。

経過観察項目目的
症状の変化や日常生活の質の評価治療効果の評価、再発や進行の早期発見
心エコー検査大動脈弁の機能評価
血液検査炎症反応や心不全マーカーのチェック
検査方法検査頻度
診察・問診1〜3ヶ月ごと
心エコー検査6〜12ヶ月ごと
血液検査3〜6ヶ月ごと

薬の副作用や治療のデメリットについて

大動脈弁狭窄症(AS)の治療で使用される薬によっては、低血圧、むくみ、腎機能障害などの副作用が生じる可能性があります。手術治療では出血、感染、麻酔のリスクや、人工弁に関する長期的な問題など合併症のリスクが伴います。

薬物療法の副作用

薬剤の種類起こりうる副作用
利尿薬電解質バランスの異常、脱水症状、血圧の低下
血管拡張薬頭痛、めまい、血圧の低下

外科的治療の合併症

大動脈弁置換術(AVR)では、以下のような合併症が発生する可能性があります。

合併症の種類発生頻度
出血1-5%
感染1-3%
刺激伝導系の損傷1-3%
人工弁の機能不全1-2%

カテーテル治療における合併症

経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)は、の主な合併症としては、以下のようなものが挙げられます。

合併症の種類発生頻度
血管の損傷1-5%
脳卒中1-3%
心臓の刺激伝導系の障害5-10%
弁周囲逆流(弁の周囲から血液が逆流すること)5-10%

治療後の長期的リスク

人工弁置換後は血栓の形成や感染のリスクが高まるため、抗凝固療法や予防的な抗菌薬の投与が必須となります。

長期的なリスク対策方法
血栓形成抗凝固療法の実施
感染予防的な抗菌薬の投与

また、人工弁の機能は経年的に低下していく可能性があるため、定期的な経過観察を欠かすことはできません。

TAVIを受けた患者さんでは、弁の位置異常や弁周囲逆流が遠隔期(長期経過後)に問題となる場合があります。

遠隔期に起こりうる問題発生頻度
弁の位置異常1-2%
弁周囲逆流5-10%

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療は、原則として健康保険が適用されます。自己負担額は1~3割となり、保険証の種類により割合が異なります。

治療方法ごとの費用の目安

治療方法費用の目安
薬物療法月額1万円~5万円
バルーン大動脈弁形成術(BAV)150万円~250万円
経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)500万円~800万円
外科的大動脈弁置換術(SAVR)400万円~600万円

高額療養費制度

高額な医療費がかかる場合、高額療養費制度により自己負担額を軽減できます。

高額療養費制度は、1カ月にかかる医療費が一定額を超えた場合、その超えた分を国が払い戻してくれる制度です。病気やケガで医療費が高額になることを防ぎ、経済的な負担を軽減するための制度です。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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