心筋疾患の一種である肥大型心筋症(HCM)とは、心臓の筋肉が過度に厚くなってしまう遺伝性の心臓病で、主に心臓の左心室に影響を及ぼす特徴的な疾患です。
この病気の特徴は、心臓の壁が通常以上に肥厚することにより、心臓のポンプ機能が低下し、全身への十分な血液供給が困難になることです。
現代の日本では約500人に1人の割合で確認されており、幅広い年齢層で発症する可能性があることから、若年層の方々にも注意が必要な心疾患として認識されています。
肥大型心筋症(HCM)の病型
肥大型心筋症(HCM)は、心筋の肥大を特徴とする疾患ですが、その表現型は多岐にわたります。本記事では、HCMの主要な病型について詳細に解説します。各病型の特徴や違いを理解することは、HCMの全体像を把握する上で重要です。
閉塞性、非閉塞性、心尖部、心室中部閉塞型、拡張相の5つの病型に焦点を当て、それぞれの特徴を明確にします。
閉塞性肥大型心筋症
閉塞性肥大型心筋症は、HCMの中でも最も一般的な病型です。この型では、左心室の流出路が狭くなることが特徴です。心室中隔の肥厚により、左心室から大動脈への血液の流れが妨げられます。
心臓の収縮時に、肥厚した心室中隔と僧帽弁の前尖が接触することで、さらに流出路の狭窄が悪化することがあります。
特徴 | 詳細 |
---|---|
主な部位 | 左心室流出路 |
血流の特徴 | 流出路狭窄 |
心エコー所見 | 収縮期の流出路狭窄、僧帽弁の収縮期前方運動 |
非閉塞性肥大型心筋症
非閉塞性肥大型心筋症は、心筋の肥厚はあるものの、左心室流出路の狭窄を伴わない病型です。
この型では、心室中隔の肥厚が見られますが、閉塞性型のように血流を妨げるほどではありません。しかし、心筋の肥厚により心臓の拡張機能が低下し、心臓が十分に血液を充満できなくなることがあります。
非閉塞性型の特徴:
- 心室中隔の肥厚
- 左心室流出路狭窄なし
- 拡張機能障害の可能性
心尖部肥大型心筋症
心尖部肥大型心筋症は、左心室の心尖部に限局した肥厚を特徴とする病型です。日本人に比較的多いとされ、心電図で巨大陰性T波を示すことが多いです。
心エコー検査では、左心室長軸像で心尖部の肥厚が観察され、短軸像では特徴的な「エースオブスペード」サインが見られることがあります。
特徴 | 所見 |
---|---|
肥厚部位 | 左心室心尖部 |
心電図 | 巨大陰性T波 |
心エコー | エースオブスペードサイン |
心室中部閉塞型心筋症
心室中部閉塞型心筋症は、左心室の中部に肥厚が生じ、そこで狭窄が起こる病型です。この型では、心室中部で砂時計様の狭窄が見られ、心室が上部と下部に分かれるような形態を示すことがあります。
心エコーで特徴的な所見が得られ、診断の大切な手がかりとなります。
心室中部閉塞型の特徴:
- 左心室中部の肥厚
- 砂時計様の狭窄
- 心室の上部と下部の分離
拡張相肥大型心筋症
拡張相肥大型心筋症は、HCMの末期段階として認識されることが多い病型です。この型では、長期間の経過の中で心筋の線維化が進行し、心室の拡大と収縮機能の低下が見られます。
初期のHCMとは異なり、心筋の肥厚が目立たなくなり、代わりに心室の拡大が顕著になります。
特徴 | 変化 |
---|---|
心筋の状態 | 線維化の進行 |
心室の形態 | 拡大 |
心機能 | 収縮機能低下 |
肥大型心筋症(HCM)の病型は多様で、各型によって心臓の形態や機能に特徴的な変化が見られます。
これらの病型を理解することは、HCMの診断や経過観察において必要です。患者さんごとに適切な対応を行うためには、個々の病型の特徴を十分に把握することが重要です。
肥大型心筋症(HCM)の症状
肥大型心筋症(HCM)の主な症状について詳しく説明します。
HCMには様々な病型があり、それぞれ特徴的な症状を示すことがあります。症状の程度は個人差が大きく、無症状の方から重度の症状を呈する方まで幅広いことが特徴です。
HCMの一般的な症状
HCMの症状は多岐にわたり、患者さんによって異なるのが特徴です。一般的に見られる主な症状には、息切れ(特に運動時や階段を上る時)、胸痛や胸部圧迫感、動悸(心臓がドキドキする感覚)、疲労感や易疲労性、めまいや失神などがあります。
これらの症状は、心臓の機能低下に起因します。心臓の筋肉が厚くなると、心臓の内腔が狭くなり、十分な血液を送り出せなくなることがあるのです。その結果、体の各部位に十分な酸素が行き渡らず、上記のような症状が現れます。
実際の研究データによると、HCM患者の約70%が何らかの症状を経験し、そのうち約50%が息切れを主訴としています。また、胸痛は患者の約25%に見られ、失神は約20%の患者で報告されています。
病型による症状の違い
HCMには複数の病型があり、それぞれ特徴的な症状を示します。以下の表で、主な病型とその特徴的な症状をまとめました。
病型 | 特徴的な症状 | 発生頻度 |
---|---|---|
閉塞性肥大型心筋症 | 運動時の息切れ、失神 | 約70% |
非閉塞性肥大型心筋症 | 軽度の息切れ、疲労感 | 約30% |
心尖部肥大型心筋症 | 胸痛、心電図異常 | 約5% |
心室中部閉塞型心筋症 | 息切れ、胸痛、失神 | 約1% |
拡張相肥大型心筋症 | 重度の心不全症状 | 約5% |
閉塞性肥大型心筋症では、左心室の流出路が狭くなるため、運動時に特に症状が顕著になります。非閉塞性肥大型心筋症では、症状が比較的軽度であることが多いのが特徴です。
心尖部肥大型心筋症は、心臓の先端部分が肥大するタイプで、胸痛を主訴とすることが多く、特徴的な心電図変化(巨大陰性T波)を示します。
症状の進行と重症度
HCMの症状は、時間とともに進行することがあります。初期段階では無症状であっても、徐々に症状が現れたり悪化したりすることがあります。症状の重症度は、以下のように分類されます。
- 軽度:日常生活にほとんど支障がない状態で、約60%の患者がこのカテゴリーに該当します。
- 中等度:日常生活に一部支障がある状態で、約30%の患者が該当します。
- 重度:日常生活に著しい支障がある状態で、約10%の患者が該当します。
2018年の大規模疫学調査によると、HCM患者の平均年齢は52.3歳で、男女比はほぼ同等でした。症状の進行度合いは個人差が大きいため、医療機関での定期的な経過観察が不可欠となります。
心不全症状と突然死のリスク
心不全症状は、HCMの最も深刻な合併症の一つです。以下の表で、主な心不全症状とその特徴をまとめました:
症状 | 臨床的特徴 | リスク評価 |
---|---|---|
呼吸困難 | 夜間や横になった時に悪化 | 高リスク |
浮腫 | 足首やふくらはぎのむくみ | 中リスク |
疲労感 | 日常的な活動でも疲れやすい | 低リスク |
食欲不振 | 消化器症状を伴うことがある | 中リスク |
アメリカ心臓協会の統計によると、HCM患者の突然死リスクは年間0.5〜2%と報告されています。特に若年層のアスリートや激しい運動を行う患者において、そのリスクが高くなることが知られています。
運動時に現れやすい症状
運動時の症状は、HCMの特徴的な所見として広く認識されています。
- 急な息切れや動悸
- 胸部の不快感や圧迫感
- めまいや立ちくらみ
- 過度の疲労感
- 失神や失神寸前の状態
運動負荷試験のデータによると、HCM患者の約40%が運動中に何らかの異常を示します。特に、閉塞性肥大型心筋症の患者は、運動強度に応じて症状が顕著に変化します。
症状の種類や程度は個人によって大きく異なり、生活の質に重大な影響を与える可能性があります。
症状に気づいたら、できるだけ早く専門医の診察を受けることが重要です。適切な医学的アプローチにより、症状の管理と生活の質の向上が期待できます。
肥大型心筋症(HCM)の原因
肥大型心筋症(HCM)は主に遺伝子変異が原因とされますが、環境要因も関与する可能性があります。
本記事では、HCMの原因を遺伝的要因、環境要因、病型別の特徴に焦点を当てて詳しく説明します。また、HCMの診断や研究の現状についても触れ、この疾患の複雑な病態メカニズムについて理解を深めていきます。
遺伝子変異:HCMの主要な原因
HCMの発症メカニズムにおいて、遺伝子変異が中心的な役割を果たしています。特に、心筋細胞を構成するサルコメアタンパク質をコードする遺伝子の変異が注目されています。
これらの変異は心筋細胞の収縮機能や構造に影響を与え、結果として心室壁の肥厚を引き起こします。
最新の研究によると、HCM患者の約60%で遺伝子変異が確認されており、その中でもMYH7遺伝子とMYBPC3遺伝子の変異が最も頻度が高いとされています。
MYH7遺伝子はベータミオシン重鎖をコードし、全HCM症例の約20-30%を占めています。一方、MYBPC3遺伝子は心筋ミオシン結合タンパクCをコードし、症例の15-25%に関与しています。
遺伝子 | コードするタンパク質 | HCM症例における頻度 |
---|---|---|
MYH7 | ベータミオシン重鎖 | 20-30% |
MYBPC3 | 心筋ミオシン結合タンパクC | 15-25% |
TNNT2 | 心筋トロポニンT | 5-10% |
TPM1 | アルファトロポミオシン | 2-5% |
これらの遺伝子変異は通常、常染色体優性遺伝の形式をとります。つまり、変異遺伝子を持つ親から子へ50%の確率で遺伝します。しかし、全てのHCM症例が家族性というわけではありません。
約10-15%の症例では、新規の遺伝子変異(de novo mutation)が発生し、家族歴のない孤発性HCMを引き起こすこともあります。
環境要因と二次性HCM
遺伝子変異だけでなく、環境要因や他の疾患もHCMの発症に関与することがあります。これらの要因によって引き起こされるHCMを二次性HCMと呼びます。
二次性HCMは、原発性(遺伝性)HCMとは異なるメカニズムで心筋肥厚を引き起こします。
高血圧は二次性HCMの主要な原因の一つです。長期にわたる血圧上昇は心臓に過度の負荷をかけ、代償性の心筋肥大を引き起こします。研究によると、高血圧患者の約20%が左室肥大を発症するとされています。
二次性HCM要因 | 心筋肥厚の特徴 | 発症率 |
---|---|---|
長期高血圧 | 求心性左室肥大 | 約20% |
持続的運動負荷 | 生理的心肥大 | 10-15% |
糖尿病 | びまん性肥大 | 8-12% |
病型別の原因と特徴の詳細分析
各病型における遺伝子変異と臨床的特徴について、最新の研究成果から得られた知見を整理しました。閉塞性肥大型心筋症では、MYH7遺伝子変異が特に高頻度で認められ、左室流出路の狭窄を特徴としています。
非閉塞性肥大型心筋症では、MYBPC3遺伝子変異が多く、心室中隔の肥厚が顕著です。
病型 | 主な遺伝子変異 | 特徴的な形態変化 |
---|---|---|
閉塞性HCM | MYH7 | 左室流出路狭窄 |
非閉塞性HCM | MYBPC3 | びまん性肥厚 |
心尖部HCM | TPM1 | 心尖部限局性肥厚 |
遺伝的リスク評価の実際
遺伝的リスク評価において、次世代シーケンサーを用いた包括的な遺伝子解析が標準となっています。この技術により、従来では発見できなかった稀少な遺伝子変異も同定できるようになりました。
遺伝子検査では、以下の3つの重要な情報が得られます。
- 病的変異の有無と種類の特定
- 家族内での遺伝的スクリーニングの必要性判断
- 表現型(症状の現れ方)予測の参考データ
最新の研究知見
国際的な大規模研究により、HCMの遺伝的背景はさらに複雑であることが判明しています。単一の遺伝子変異だけでなく、複数の遺伝子変異が組み合わさることで、症状の重症度に影響を与えることが明らかになってきました。
肥大型心筋症(HCM)の検査・チェック方法
肥大型心筋症(HCM)の診断には、身体診察から画像診断、遺伝子検査まで、多岐にわたる検査方法があります。
初診時の診察と基本検査
HCMの診断過程は、詳細な問診と綿密な身体診察から始まります。問診では家族歴や症状の発症時期、進行具合などを丁寧に聴取します。
身体診察では、特に聴診に重点を置き、HCMに特徴的な収縮期駆出性雑音(左胸骨縁第3-4肋間で最強となる)の有無を確認します。
次に実施される基本検査には、心電図検査とレントゲン検査があります。心電図では、左室肥大所見(SV1+RV5またはRV6≥35mm)や異常Q波、ST-T変化などを評価します。
胸部レントゲンでは心胸郭比(CTR)の増大や肺うっ血の有無を確認しますが、HCMでは必ずしも顕著な変化が見られないこともあります。
基本検査項目 | 診断的意義 | 具体的所見 |
---|---|---|
心電図検査 | 左室肥大の評価 | SV1+RV5≥35mm |
胸部レントゲン | 心拡大の確認 | CTR>50% |
血液検査 | 心筋マーカーの測定 | BNP>100pg/mL |
心音図検査 | 心雑音の記録 | 収縮期駆出性雑音 |
これらの基本検査結果を総合的に判断し、HCMの可能性が高いと考えられる場合は、より精密な画像診断へと進みます。
画像診断による精密検査
HCMの診断において中心的役割を果たすのが心エコー検査です。この非侵襲的検査により、心筋の厚さや心機能を詳細に評価できます。
米国心臓病学会(ACC)と欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインによると、心室中隔または左室後壁の厚さが15mm以上あれば、HCMと診断されます。
心エコー検査で確認する主なポイントは以下の通りです:
- 心室中隔の厚さ測定(正常値:6-11mm)
- 左室流出路の狭窄評価(圧較差≥30mmHgで有意)
- 心室壁運動の観察(局所的な壁運動異常の有無)
- 僧帽弁の動きの確認(収縮期前方運動:SAM)
さらに詳細な評価が必要な場合、心臓MRI検査を実施します。MRIは心筋の線維化や浮腫を検出でき、心筋の性状評価に優れています。遅延造影MRIでは、心筋線維化の部位や程度を明確に可視化できます。
心筋の遅延造影パターンは、HCMの進行度や予後を推測する重要な指標となります。
病型別の診断基準と特徴
HCMには複数の病型があり、それぞれ独自の診断基準と特徴を持っています。各病型の診断には、形態学的特徴と血行動態的所見が重要な役割を果たします。
病型 | 主な診断基準 | 特徴的な所見 | 診断時平均年齢 |
---|---|---|---|
閉塞性HCM | 心室中隔≧15mm | 左室流出路圧較差>30mmHg | 40-50歳 |
非閉塞性HCM | 心室中隔≧15mm | 圧較差<30mmHg | 35-45歳 |
心尖部HCM | 心尖部肥厚 | スペード型心腔 | 50-60歳 |
遺伝子検査と家族歴調査
遺伝子検査は、HCMの確定診断において極めて重要な役割を担います。特に若年発症例や家族歴がある場合に実施を検討します。
遺伝子検査の対象となる主な遺伝子
- MYH7遺伝子(βミオシン重鎖)
- MYBPC3遺伝子(ミオシン結合タンパク質C)
- TNNT2遺伝子(トロポニンT)
- TPM1遺伝子(α-トロポミオシン)
鑑別診断のための追加検査
他の心疾患との鑑別には、以下の検査を追加することがあります。
- 運動負荷心電図検査(虚血性心疾患の除外)
- 心筋シンチグラフィ(心筋血流評価)
- 冠動脈造影検査(冠動脈狭窄の確認)
- 心筋生検(まれな症例における組織学的診断)
HCMの診断には、これらの多角的なアプローチにより、総合的かつ慎重な判断が求められます。各検査結果を丁寧に分析し、患者個人の状況に応じた診断を行うことが重要です。
肥大型心筋症(HCM)の治療方法と治療薬について
肥大型心筋症(HCM)の治療では、病型に応じた薬物療法と非薬物療法を組み合わせて実施します。薬物療法ではβ遮断薬やCa拮抗薬が中心となり、症状や心機能の状態に応じて投薬内容を調整します。非薬物療法では、中隔心筋切除術やペースメーカー植え込みなどの外科的治療も重要な選択肢となります。
病型別の治療アプローチ
欧米の大規模臨床試験によると、HCMの5年生存率は95%以上を示しており、早期からの適切な治療介入が予後を大きく左右することが判明しています。特に閉塞性肥大型心筋症では、左室流出路圧較差が50mmHg以上の場合、積極的な治療介入が必要となります。
病型 | 治療方針と推奨薬剤用量 |
---|---|
閉塞性肥大型心筋症 | β遮断薬(ビソプロロール2.5-10mg/日)、ベラパミル(120-240mg/日) |
非閉塞性肥大型心筋症 | カルベジロール(5-20mg/日)、アミオダロン(100-200mg/日) |
心尖部肥大型心筋症 | ワーファリン(PT-INR 2.0-3.0)、エナラプリル(2.5-10mg/日) |
薬物療法の詳細と投与計画
米国心臓病学会(ACC)のガイドラインに基づき、β遮断薬は初期投与量を少なく設定し、2-4週間かけて徐々に増量することで副作用を最小限に抑えます。Ca拮抗薬との併用療法は、単剤使用と比較して左室流出路圧較差を平均40%低下させることが報告されています。
- 第一選択薬:β遮断薬(ビソプロロール、カルベジロール)
- 第二選択薬:Ca拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム)
- 補助療法:利尿薬(フロセミド、スピロノラクトン)
非薬物療法の実施基準
治療法 | 適応基準 | 治療成績 |
---|---|---|
中隔心筋切除術 | 左室流出路圧較差≧50mmHg | 術後5年生存率92% |
心筋焼灼術 | 薬物治療抵抗性 | 症状改善率85% |
ICD植込み | 心室頻拍の既往 | 突然死予防率78% |
運動・生活指導の具体的指針
欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインでは、心拍数を安静時の30-40%増以内に維持することを推奨しています。運動強度は、ボルグ指数で11-13程度(やや楽からややきつい)を目安とします。
活動内容 | 許容心拍数 | 実施時間 |
---|---|---|
有酸素運動 | 100-120/分 | 20-30分/日 |
筋力トレーニング | 90-110/分 | 15-20分/日 |
日常生活動作 | 80-100/分 | 制限なし |
定期検査とモニタリング
心エコー検査では、左室壁厚、左室流出路圧較差、左房径などの指標を3-6ヶ月ごとに評価します。特に左室壁厚が30mm以上の症例では、より頻回な観察が求められます。
- 心エコー検査:壁厚、圧較差の測定(3-6ヶ月毎)
- ホルター心電図:不整脈の評価(6-12ヶ月毎)
- 血液検査:BNP、トロポニン値の確認(3ヶ月毎)
医学的エビデンスに基づいた治療介入と定期的な経過観察により、HCM患者の生活の質を維持・向上させることが可能です。
肥大型心筋症(HCM)の治療期間
肥大型心筋症(HCM)は病型によって治療期間や観察間隔が異なり、定期的な評価と調整を継続します。初期治療から安定期までの期間は個人差が大きく、心機能の状態や合併症の有無によって変動します。
病型別の治療期間の目安
米国心臓病学会(ACC)のガイドラインによると、閉塞性肥大型心筋症患者の85%が薬物療法開始後6ヶ月以内に症状の改善を示すとされています。
非閉塞性タイプでは、欧州心臓病学会(ESC)の大規模研究において、約70%の患者が4ヶ月以内に症状の安定化を達成しています。
病型 | 治療開始から改善までの期間 | 5年生存率 |
---|---|---|
閉塞性HCM | 3〜6ヶ月 | 92% |
非閉塞性HCM | 2〜4ヶ月 | 95% |
心尖部HCM | 3〜5ヶ月 | 94% |
経過観察のスケジュール設定
国際HCMガイドライン2020年版では、初期治療期における観察間隔を、心機能の状態に応じて細かく規定しています。
特に左室壁厚が30mm以上の症例では、より頻繁な観察が推奨されており、突然死リスクの評価を3ヶ月ごとに実施することが重要です。
- 心機能クラスI-II:3ヶ月ごとの外来診察
- 心機能クラスIII:2ヶ月ごとの心機能評価
- 心機能クラスIV:月1回以上の濃密な観察
検査スケジュールの実際
評価項目 | 初期評価期間 | モニタリング頻度 |
---|---|---|
BNP測定 | 2週間ごと | 月1回 |
心エコー | 月1回 | 3ヶ月ごと |
運動負荷試験 | 3ヶ月ごと | 6ヶ月ごと |
活動制限の段階的緩和
運動制限の解除については、心臓リハビリテーション学会の指針に基づき、心拍数や血圧の反応を慎重に観察しながら進めていきます。
運動負荷試験での最大酸素摂取量が基準値の60%を超えた時点で、軽度の有酸素運動を開始することが推奨されています。
運動種類 | 開始時期 | 達成目標 |
---|---|---|
歩行運動 | 3ヶ月後 | 心拍数120以下 |
軽い水泳 | 6ヶ月後 | SpO2 95%以上 |
自転車 | 9ヶ月後 | RPE 13以下 |
長期予後と経過観察期間
国際登録研究のデータによれば、適切な経過観察を継続した患者の10年生存率は88%に達しています。これらの結果を踏まえ、以下のような長期観察計画を立案します。
- 心機能評価:6ヶ月ごとの詳細検査
- 投薬調整:3ヶ月ごとの効果判定
- 生活指導:状態に応じた随時見直し
継続的な経過観察により、HCM患者の90%以上が日常生活動作を維持できることが、最新の疫学研究で明らかになっています。
薬の副作用や治療のデメリットについて
肥大型心筋症(HCM)の治療では、薬物療法や手術療法に伴う様々な副作用やリスクが存在します。
病型によって異なる副作用プロファイルを持ち、個々の患者の状態に応じた慎重な経過観察が重要です。医療従事者との密接な連携により、これらのリスクを最小限に抑えることが可能です。
薬物療法における主な副作用
欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインによると、β遮断薬使用患者の約18%が徐脈(心拍数が異常に遅くなる状態)を経験し、Ca拮抗薬では12%の患者に末梢性浮腫が出現すると報告されています。
薬剤名 | 副作用発現率 | 主な対処法 |
---|---|---|
カルベジロール | 徐脈15.8% | 用量調整 |
ベラパミル | 浮腫13.2% | 利尿薬併用 |
アミオダロン | 甲状腺機能異常8.5% | 定期的な検査 |
手術療法に伴うリスク
米国胸部外科学会のデータベースによると、中隔心筋切除術後30日以内の合併症発生率は約15%と報告されています。特に75歳以上の高齢者では、術後の回復に時間を要する傾向にあります。
- 術後出血(発生率2.3%):24時間以内の厳重な観察
- 伝導障害(発生率4.7%):一時的ペーシングの準備
- 心タンポナーデ(発生率1.2%):緊急ドレナージの体制確保
病型別の特異的リスク管理
病型 | 年間イベント率 | リスク軽減策 |
---|---|---|
閉塞性HCM | 心不全3.2% | 厳密な血圧管理 |
非閉塞性HCM | 不整脈2.8% | 定期的なホルター心電図 |
心尖部HCM | 血栓塞栓症1.5% | 抗凝固療法の継続 |
投薬に伴う長期的な影響
長期フォローアップ研究によると、β遮断薬の10年以上の使用では、約25%の患者に運動耐容能の低下が認められます。これらの患者では、定期的な心肺運動負荷試験による評価が重要となります。
経過期間 | 観察項目 | 評価基準 |
---|---|---|
3年未満 | 心機能 | EF値50%以上 |
3-5年 | 不整脈 | Lown分類2度以下 |
5年以上 | QOL評価 | MLHFQ20点以下 |
日常生活における制限とQOLへの影響
治療に伴う制限が患者のQOLに与える影響について、国際HCM研究グループの調査では、以下のような実態が明らかになっています。
- 就労制限による収入減少:患者の32%で発生
- 運動制限によるADL低下:患者の28%で発生
- 社会活動の制限:患者の45%で何らかの制限を経験
副作用やリスクへの対応には、個々の患者の状態に応じた綿密なモニタリングと迅速な対応が求められます。定期的な評価と早期介入により、多くの副作用は制御可能な範囲に抑えることができます。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
処方薬の薬価
HCMの治療に用いる主要な薬剤と価格は次の通りです。
薬剤名 | 28日分の価格(3割負担) |
βブロッカー(心拍数を調整する薬) | 2,500円~4,000円 |
Ca拮抗薬(血管を広げる薬) | 3,000円~5,000円 |
抗不整脈薬(不整脈を抑える薬) | 4,000円~6,000円 |
1週間の治療費
診察から検査までの基本的な医療費は以下の表の通りです。
診療内容 | 自己負担額(3割) |
診察料 | 860円 |
心電図検査 | 1,300円 |
処方箋料 | 680円 |
調剤料 | 500円 |
1か月の治療費
患者様の症状や治療段階に応じて、以下の医療費が発生します。
- 定期診察(月1回実施):3,000円程度
- 薬剤費(症状により調整):4,000円~15,000円
- 心臓超音波検査(3ヶ月ごとに実施):4,000円
- 血液検査(症状に応じて実施):2,000円~3,000円
- 心電図検査(定期的に実施):1,300円
心臓の状態を定期的にモニタリングすることで、症状の進行を防ぎ、より良い治療効果を引き出すことができます。
以上
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