労作性狭心症

労作性狭心症(Angina on effort)とは、心臓の筋肉に十分な血液が行き渡らないことで起こる症状です。主に、冠動脈(心臓に栄養を送る血管)の狭窄や閉塞が原因となり発生します。

体を動かしたり、運動したりすると胸に痛みや圧迫感が生じることが特徴で、運動時に心臓の酸素需要が増加するにもかかわらず、狭くなった冠動脈が十分な血液を供給できないために起こります。

目次

労作性狭心症の症状

労作性狭心症の主な症状は、体を動かしたときに胸の中央部に痛みや圧迫感が起こり、安静にすると数分以内に症状が消失することです。

胸部の不快感の特徴

労作性狭心症では、胸の中央部や胸骨の後ろに締め付けられるような重苦しい感覚が起こり、左肩や左腕、さらには顎にまで症状が広がることもあります。

多くの場合は耐えられないほどの激痛ではなく、不快な圧迫感として現れるのが特徴です。

症状が現れるタイミング

労作性狭心症の症状は、身体に負荷がかかったときに起こります。

  • 階段の上り下りをしているとき
  • 重い荷物を持ち上げる作業中
  • 急いで歩いているとき
  • 寒い屋外に出たとき
  • 食事の直後
  • 精神的ストレスを感じたとき

このような状況下では心臓の酸素需要が増加しますが、狭くなった冠動脈(心臓の血管)がその需要に応えられないために症状が起こります。

状況症状の出現リスク心臓への負担
安静時低い小さい
軽い運動中程度中程度
激しい運動高い大きい

症状の持続時間

労作性狭心症の症状は、短時間で収まるという特徴があります。多くの場合、安静にすることで2〜3分以内に痛みや不快感が消失します。

ニトログリセリン(舌下錠)などの狭心症治療薬を使用するとさらに早く症状が改善し、この点が心筋梗塞などの他の心疾患と異なる特徴の一つです。

対応方法症状緩和までの時間効果の特徴
安静のみ2〜5分自然な回復
薬剤使用1〜3分迅速な改善

症状の再現性

労作性狭心症は、同じような労作や状況で、繰り返し似たような症状が現れます。例えば、いつも同じ坂道を上るときに胸痛が生じるといったパターンが見られます。

症状の特徴労作性狭心症心筋梗塞
持続時間短い(数分)長い(30分以上)
再現性高い低い
安静時の改善ありなし or 乏しい

関連する症状

  • 息切れや呼吸困難
  • 動悸(心臓がドキドキする感覚)
  • 冷や汗
  • めまいや立ちくらみ
  • 吐き気

特に高齢者や糖尿病の方は、典型的な胸痛を伴わない「無痛性心筋虚血」の形で現れることがあります。この場合は上記の症状のみが現れるため、病気が見逃されやすくなります。

年齢層典型的な胸痛非典型的な症状
若年〜中年多い少ない
高齢者少ない多い

労作性狭心症の原因

労作性狭心症の主な原因は、冠動脈の動脈硬化による狭窄(血管の内腔が狭くなること)です。この狭窄により体を動かした際に心筋への血流が不足し、一時的な虚血状態(酸素や栄養が十分に行き渡らない状態)が起こります。

冠動脈硬化の進行過程

冠動脈硬化は長い年月をかけてゆっくりと進行していきます。動脈の内壁にコレステロールなどの脂質が徐々に蓄積し、炎症反応が起こることで血管の内腔が狭くなっていきます。

数十年という長い期間をかけて進行するため、多くの患者さんは中年以降になってから初めて症状を自覚するようになります。

冠動脈狭窄の程度と症状の関係

冠動脈の狭窄度と症状の出現には、ある程度の相関関係が認められます。

狭窄度安静時の血流運動時の血流
50%未満正常ほぼ正常
50-70%正常やや低下
70%以上やや低下著明に低下

狭窄度が50%を超えると、運動時の血流低下が目立ち始めます。70%以上の狭窄では安静にしているときでも血流が低下し、体を動かしたときにはさらに著しい血流不足に陥ります。

このため、狭窄度が高くなるほどより軽い労作で症状が出現するようになっていきます。

労作性狭心症のリスク要因

リスクファクター影響
高血圧血管壁への負荷増大
脂質異常症動脈硬化の促進
糖尿病血管内皮機能障害
喫煙血管収縮と炎症促進

冠攣縮の関与

一部の労作性狭心症では、冠動脈の攣縮(れんしゅく:血管が異常に収縮すること)も症状の原因となります。冠攣縮は冠動脈が一時的に異常収縮を起こす現象で、血流が急激に減少し、心筋虚血が起こります。

冠攣縮は安静時や夜間に起こりやすいとされていますが、運動中に発生することもあり、労作性狭心症の症状を悪化させます。

冠攣縮の特徴説明
発生時間主に安静時や夜間
誘因ストレス、寒冷刺激など
症状突然の胸痛
持続時間数分程度

冠攣縮の発生の仕組みは完全には解明されていませんが、自律神経系の異常や血管内皮機能の障害が関与していると考えられています。また、喫煙や過度のストレス、寒冷刺激なども誘因となります。

労作性狭心症の検査・チェック方法

労作性狭心症の診断では、心電図検査、運動負荷試験、心エコー検査、冠動脈造影検査などを実施します。

問診・身体診察

問診では、症状の特徴、発症のタイミング、持続時間、緩和因子などを確認します。典型的な狭心症状は胸部の圧迫感や絞扼感であり、労作時に出現し、安静により改善する点が特徴です。

身体診察では、血圧測定や心音聴診、肺音聴診などを行い、他の心疾患や肺疾患の可能性を評価します。

心電図検査と運動負荷試験の実施

安静時心電図は、労作性狭心症の診断に必須の検査です。安静時には異常が見られないことも多いため、運動負荷試験を併用します。

運動負荷試験では、トレッドミル(歩行用ベルト)やエルゴメーター(自転車型の運動機器)を使用し、運動負荷をかけながら心電図変化を観察します。

ST部分(心電図の特定の波形)の低下や胸痛の出現が診断の手がかりとなります。

検査名目的特徴
安静時心電図心筋虚血や不整脈の評価短時間で実施可能
運動負荷心電図労作時の心筋虚血の検出運動中の心臓の反応を観察

画像診断

心エコー検査は、心臓の構造や機能を評価するために実施します。労作性狭心症では安静時には異常が見られないことが多いですが、ドブタミン負荷心エコーなどの負荷心エコー検査を行うことで虚血による壁運動異常を検出できます。

冠動脈CT検査では冠動脈の狭窄を調べますが、造影剤を使用するため、腎機能障害のある場合は注意が必要です。

検査名利点注意点
心エコー検査非侵襲的で繰り返し実施可能技術者の熟練度に依存
冠動脈CT検査冠動脈の3D画像が得られる被ばくと造影剤使用のリスク

確定診断のための冠動脈造影検査

冠動脈造影検査では、カテーテルを用いて直接冠動脈に造影剤を注入し、X線透視下で冠動脈の狭窄部位や程度を評価します。

75%以上の狭窄が認められる場合、通常は有意狭窄と判断し、治療の対象となります。

狭窄度臨床的意義治療方針
50%未満軽度狭窄経過観察が中心
50-75%中等度狭窄症状に応じて治療を検討
75%以上高度狭窄積極的な治療が必要

労作性狭心症の治療方法と治療薬について

労作性狭心症の治療は薬物療法を主体とし、冠動脈インターベンションや冠動脈バイパス術などを実施します。

薬物療法

薬物療法は、症状の緩和と心筋虚血の予防を目標として実施します。主に使用する薬剤には、硝酸薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬があります。

薬剤名主な作用特徴
硝酸薬冠動脈拡張発作時の即効性
β遮断薬心拍数・血圧低下心筋酸素需要減少
カルシウム拮抗薬冠動脈拡張心筋血流改善

抗血小板薬

労作性狭心症の治療では、抗血小板薬の使用も非常に重要となります。

アスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬には、血栓形成を抑制し、心筋梗塞などの重篤な合併症のリスクを低下させる効果があります。

生活習慣の改善

薬物療法と並行し、生活習慣の改善も労作性狭心症の治療に欠かせません。薬物療法の効果を高めるだけでなく、長期的な予後の改善にもつながります。

生活習慣改善項目効果
禁煙冠動脈疾患リスク低下
適度な運動心肺機能改善
バランスの取れた食事動脈硬化予防
ストレス管理心血管イベント予防

外科的治療

薬物療法で十分な効果が得られない場合や、冠動脈の狭窄が高度な場合には、外科的治療を検討します。主な治療には経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と冠動脈バイパス術(CABG)があります。

PCIはカテーテルを用いて狭窄した冠動脈を拡張し、ステントを留置する治療法です。CABGは狭窄した冠動脈の先に別の血管をつなぎ、血流を確保する手術となります。

治療法特徴適応
PCI低侵襲、短期入院1-2枝病変、単純病変
CABG開胸手術、長期効果多枝病変、複雑病変

食事療法と栄養管理

労作性狭心症の管理において、特に動脈硬化の進行を抑制し、心臓への負担を軽減するような食事内容が推奨されます。具体的には、塩分制限、脂質(特に飽和脂肪酸)の摂取制限、野菜や果物の積極的な摂取などが挙げられます。

食事の注意点推奨される食品控えるべき食品
塩分制限野菜、果物加工食品、漬物
脂質制限魚類、オリーブオイル脂肪の多い肉、バター
食物繊維摂取全粒穀物、豆類精製された穀物

また、肥満は心臓への負担を増加させるため、必要に応じて減量を行います。ただし、急激な減量は避け、栄養バランスを考慮しながら徐々に体重を落としていくことが大切です。

労作性狭心症の治療期間

労作性狭心症の治療は、症状改善と再発防止のため長期的な取り組みが必要です。

患者さんの状態や生活環境によって治療期間は大きく異なりますが、一般的に薬物療法や生活習慣の改善を中心とした保存的治療では、3〜6か月程度で症状の改善が見られることが多いです。

初期段階から経過観察まで

労作性狭心症の治療の初期段階では、薬物療法と生活習慣の改善を中心に進めます。通常2〜3か月程度が目安となりますが、治療の反応によって延長することもあります。

症状が改善しない場合や積極的な治療介入が必要と判断した場合は、カテーテル治療や冠動脈バイパス手術などの侵襲的治療を検討します。

治療段階期間主な内容
初期治療2〜3か月薬物療法、生活習慣改善
経過観察6か月〜1年定期検査、治療効果確認

また、禁煙、適度な運動、バランスの取れた食事などの生活習慣改善については、生涯にわたって継続することが望ましいです。

長期的な管理が必要

労作性狭心症は長期的な管理が必要な慢性疾患であり、初期治療で症状が改善しても、再発のリスクは常に存在します。そのため、治療開始後も継続的な管理が必要です。

長期管理項目頻度目的
心機能検査6か月〜1年ごと心臓の機能変化を追跡
血液検査3〜6か月ごと冠危険因子の管理
運動負荷試験1年ごと心臓の負荷耐性を評価
生活習慣チェック毎回の診察時再発リスクの低減

薬の副作用や治療のデメリットについて

労作性狭心症の治療には、薬物療法や侵襲的処置に伴う副作用やリスクがあります。

薬物療法における副作用

薬剤名主な副作用副作用への対処法
硝酸薬頭痛、顔面紅潮、めまい服用時間の調整、水分摂取
β遮断薬疲労感、性機能障害、うつ症状運動療法、心理カウンセリング
カルシウム拮抗薬浮腫、便秘、顔面紅潮食事療法、生活習慣の改善

侵襲的処置に伴うリスク

PCIでは冠動脈解離(血管の内膜が裂ける合併症)や急性冠閉塞(血管が突然詰まる状態)、造影剤による腎機能障害などの合併症が起こる可能性があります。CABGにおいては、術後の感染症や出血、脳梗塞などのリスクがあります。

処置名主なリスクリスク軽減策
PCI冠動脈解離、急性冠閉塞、腎機能障害術前の詳細な検査、適切な機器選択
CABG感染症、出血、脳梗塞術後の厳重な管理、早期リハビリテーション

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

労作性狭心症の治療は、健康保険が適用されるため自己負担は1~3割となります。長期的な管理が必要な病気であるため、継続的に費用がかかります。

診断にかかる費用

検査項目概算費用(3割負担の場合)
心電図検査1,500円〜2,000円
血液検査3,000円〜5,000円
心エコー検査5,000円〜8,000円
運動負荷試験6,000円〜10,000円
冠動脈CT検査15,000円〜25,000円

薬物療法にかかる費用の目安(月額)

  • 硝酸薬(ニトログリセリン)2,000円〜4,000円
  • β遮断薬(アテノロール)1,500円〜3,000円
  • カルシウム拮抗薬(アムロジピン)2,500円〜5,000円
  • 抗血小板薬(アスピリン)3,000円〜6,000円
  • スタチン(アトルバスタチン)3,500円〜7,000円

カテーテル治療の費用

治療内容概算費用(3割負担の場合)
冠動脈造影50,000円〜80,000円
経皮的冠動脈形成術(PCI)200,000円〜400,000円
ステント留置術300,000円〜500,000円
血管内超音波検査(IVUS)30,000円〜50,000円

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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