右心不全(Right Heart Failure)とは、心臓の右側の機能が低下し、十分な血液を送り出せなくなる状態を指します。
右心室が肺動脈へ血液を送り込む力が弱まり、体の各部から戻ってきた血液を効率よく循環させることができなくなるため、体内のさまざまな場所に血液や水分がうっ滞し、むくみや息切れといった多様な症状が現れるようになります。
単独で発症する場合もありますが、肺高血圧症や左心不全など、他の心臓や肺の疾患に続発することが多い病気です。
右心不全の病型
右心不全は、主に急性右心不全と慢性右心不全に大別されています。
急性右心不全は、突然発症し、短期間で症状が急速に悪化するタイプです。一方、慢性右心不全は、徐々に進行し、長期にわたって症状が持続するものを指します。
分類 | 特徴 | 主な原因 |
急性右心不全 | 突然発症、短期間で悪化 | 肺塞栓症、急性心筋梗塞 |
慢性右心不全 | 徐々に進行、長期持続 | 肺高血圧症、左心不全 |
急性右心不全
急性右心不全は、数日から数週間という短い期間で発症し、急速に症状が悪化します。肺塞栓症や急性心筋梗塞など、突発的な心臓や肺の問題によって起こることが多いです。
突然の呼吸困難や胸痛が現れ、迅速な診断と治療が必要になります。
急性右心不全の病型
- 肺塞栓症による右心不全
- 急性心筋梗塞に伴う右心不全
- 急性弁膜症(心臓の弁の急激な異常)による右心不全
- 心タンポナーデ(心臓を取り囲む袋に水がたまる病気)による右心不全
慢性右心不全
慢性右心不全は、数か月から数年にわたってゆっくりと進行するものを指します。長期にわたる肺高血圧症や、左心不全などの慢性的な心臓や肺の疾患によって起こることが多いです。
症状としては、徐々に進行する運動耐容能の低下や、浮腫(むくみ)などが代表的です。
慢性右心不全の原因 | 特徴 | 主な症状 |
肺高血圧症 | 肺動脈圧の持続的な上昇 | 息切れ、疲労感 |
左心不全 | 左心室機能の慢性的な低下 | 浮腫、運動耐容能低下 |
慢性閉塞性肺疾患 | 長期の肺機能障害 | 慢性的な咳、呼吸困難 |
右心不全の重症度分類
右心不全の重症度分類においては、New York Heart Association(NYHA)の心機能分類がよく用いられます。
この分類では、日常生活における活動制限の程度に基づき、I度からIV度までの4段階に分けられています。
NYHA分類 | 症状 | 日常生活への影響 |
I度 | 通常の身体活動で症状なし | 制限なし |
II度 | 軽度の症状あり、普通の活動で症状出現 | わずかに制限あり |
III度 | 著しい制限あり、軽い活動で症状出現 | 顕著な制限あり |
IV度 | 安静時でも症状あり | 極度の制限あり |
右心不全の症状
右心不全の主な症状は、下肢の浮腫(むくみ)、腹水、肝臓の腫大、息切れ、全身倦怠感などです。
下肢浮腫・腹水
右心不全では心臓が効率よく血液を送り出せなくなるため、体内に水分が貯まりやすくなります。
よくみられるのは下肢の浮腫(両足首やふくらはぎが腫れぼったくなる)症状で、長時間立ち続けたり、歩き回ったりした後に特に目立つようになることが多いです。
靴がきつく感じたり、靴下の跡が深く残ったりしている場合には、むくみが起こっているサインとなります。
また、腹水は腹腔内に体液が蓄積する状態を指し、腹部が膨らみ、ズボンやスカートのウエストがきつく感じられるようになります。
症状 | 特徴 | よくみられる主訴 |
下肢浮腫 | 両足首やふくらはぎのむくみ | 「靴がきつくなった」 |
腹水 | 腹部の膨満感 | 「お腹が張る感じがする」 |
肝臓の腫大
右心不全が進行すると、心臓からの血液駆出が不十分になることで肝臓に血液がうっ滞し、肝臓の腫大が起こります。
肝臓の腫大に関連する症状としては、右上腹部の不快感や圧迫感、食欲不振や吐き気といった消化器症状などが挙げられます。
一見すると単なる消化器系の問題のように思われがちですが、実は心臓の機能不全が原因というケースもあるのです。
息切れ・倦怠感
心臓が効率よく血液を肺に送れないため酸素交換が十分に行われず、息切れや全身の倦怠感が現れます。
階段の上り下りや、軽い家事などの日常的な活動でも息切れを感じるようになるのが特徴的です。
また、全身の倦怠感や疲れやすさも目立つようになります。日常的な活動でも通常以上に疲労を感じ、頻繁に休息を必要とするようになります。
症状 | 状況 | 患者さんへの影響 |
息切れ | 軽い運動や日常動作時 | 活動制限 |
倦怠感 | 日常的な活動後 | QOLの低下 |
その他の症状
- 頸静脈怒張(首の血管の膨らみ)
- 食欲不振
- 消化不良
- 不眠
- めまい
- 動悸(どうき)
症状 | 関連する身体部位 | 推測される機序 |
頸静脈怒張 | 首 | 右心房圧上昇 |
食欲不振 | 消化器系 | 消化管うっ血 |
不眠 | 中枢神経系 | 呼吸困難や不安 |
動悸 | 心臓 | 代償性頻脈 |
右心不全の症状は個人差が大きく、左心不全と併存するケースも少なくないため、症状がより複雑化することもあります。
このような症状がある場合はできるだけ早期に医療機関を受診し、診断を受けることが大切です。
右心不全の原因
右心不全の原因は、大きく以下の三つに分かれます。
- 左心系の機能障害
- 肺疾患
- 先天性心疾患
単独で右心不全を起こしている場合もありますが、多くの場合、複数の要因が影響し合って病態を形成しています。
左心系の機能障害
左心室の収縮力低下や弁膜症(心臓の弁の異常)などにより左心系のポンプ機能が低下すると、肺静脈内の圧力が上昇します。
圧力上昇が長期間続くと、右心室は徐々に拡張し、壁が肥厚していきます。やがて右心室の機能が追いつかなくなり、最終的に右心不全の状態に陥ります。
左心系の機能障害 | 右心不全への影響 |
左心室収縮力低下 | 肺静脈圧上昇 |
弁膜症 | 右心室への負荷増大 |
心筋梗塞後の心機能低下 | 右心室の拡張・肥厚 |
肺疾患
慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺高血圧症などの肺疾患は、肺血管の抵抗を増加させるため、右心室が血液を肺動脈に送り出す際に通常よりも大きな力が必要です。
時間の経過とともに右心室は増大した負荷に対応しようと肥大していきますが、やがてその機能が限界に達し、右心不全の状態に至ります。
先天性心疾患
心房中隔欠損症や肺動脈狭窄症などの先天性心疾患では、生まれつき心臓の構造に異常があるため、右心系に慢性的な負荷がかかります。
この持続的な負荷によって右心室の機能が徐々に低下し、最終的に右心不全へと進展することがあります。
先天性心疾患 | 右心系への影響 |
心房中隔欠損症 | 右心房の容量負荷増大 |
肺動脈狭窄症 | 右心室の圧負荷増大 |
三尖弁異常 | 右心室機能の低下 |
その他の右心不全を引き起こす要因
- 肺塞栓症(肺の血管が血栓で詰まる病気)
- 心膜疾患(心臓を覆う膜の異常)
- 心筋症(心臓の筋肉の病気)
- 重度の貧血(血液中の赤血球が著しく減少した状態)
右心不全の検査・チェック方法
右心不全の診断では、心臓の超音波検査(心エコー検査)を中心に、胸部X線検査、心電図検査、血液検査などを行い、心臓の機能や構造、原因となる病気などを総合的に評価していきます。
血液検査とバイオマーカー
血液検査では、心臓から分泌されるホルモンであるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド:心臓の負担を反映する物質)やNT-proBNPの測定値に注目し、心不全の重症度評価を行います。
検査項目 | 意義 |
BNP | 心不全の重症度評価 |
D-ダイマー | 肺塞栓症(肺の血管が詰まる病気)の除外 |
肝機能 | 肝臓のうっ血(血液のうっ滞)の評価 |
また、肝機能検査や腎機能検査も併せて行い、右心不全による他の臓器への影響を評価していきます。
画像診断
画像診断では、まず胸部X線検査を行い、心臓の拡大や肺のうっ血の有無を確認します。
次に心エコー検査(超音波を使って心臓の状態を調べる検査)を実施し、右心系の構造や機能を評価します。
所見の特徴
- 右室の拡大
- 三尖弁の逆流
- 右室の収縮能力の低下
- 下大静脈の拡張
また、右心不全の原因となる疾患の特定や重症度の判定のため、必要に応じて心臓CT検査や心臓MRI検査を追加することもあります。
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査(細い管を血管から心臓に挿入して行う検査)では、右心系の圧や血流量を直接測定し、右心機能を評価します。
測定項目 | 正常値 |
右心房の圧 | 2-6 mmHg |
肺動脈楔入圧 | 6-12 mmHg |
心拍出量 | 4-8 リットル/分 |
心臓カテーテル検査の結果は、右心不全の重症度判定や治療方針の決定に直結します。また、この検査中に肺動脈性肺高血圧症などの原因疾患を特定できる場合もあります。
右心不全の治療方法と治療薬について
右心不全の治療は、原因疾患の管理と心臓への負担軽減を主眼に置き、薬物療法や非薬物療法を組み合わせて実施します。
薬物療法
薬剤分類 | 主な作用 | 代表的な薬剤名 |
利尿薬 | 体内の過剰な水分を排出 | フロセミド、トラセミド |
血管拡張薬 | 血管を広げ、心臓の負担を軽減 | ニトログリセリン、ニフェジピン |
強心薬 | 心臓の収縮力を高める | ジゴキシン、ドブタミン |
抗不整脈薬 | 不整脈を抑制 | アミオダロン、ソタロール |
利尿薬は、体内に溜まった余分な水分を尿として体外に排出することで、心臓への負担を軽減する働きがあります。
フロセミドやトラセミドなどのループ利尿薬がよく使用されており、効果や副作用を観察しながら用量を調整していきます。
また、血管拡張薬は、血管を拡張させることで心臓の後負荷を減らし、心臓の仕事量を軽減します。ニトログリセリンやニフェジピンなどのカルシウム拮抗がこの目的で用いられることが多いです。
状態に応じ、強心薬や抗不整脈薬などを使用する場合もあります。
非薬物療法による右心不全の管理
- 塩分制限:過剰な塩分摂取は体内の水分貯留を促進するため、1日6g未満の摂取を目指します。
- 水分制限:症状が重い場合、1日の飲水量を1.5L程度に制限します。
- 適度な運動療法:心肺機能の改善と筋力維持を目的とし、状態に合わせて徐々に強度を上げていきます。
- 禁煙:喫煙は血管を収縮させ、心臓に負担をかけるため、必ず禁煙を指導します。
- 体重管理:肥満は心臓への負担を増大させるため、適正体重の維持を目指します。
特に、塩分制限は多くの患者さんに強く推奨される重要な治療法の一つです。体内の水分貯留を防ぎ、むくみや呼吸困難などの症状改善に効果があります。
右心不全の治療期間
右心不全の治療は、重症度や原因疾患によって大きく異なり、急性期には症状をコントロールするために入院治療が必要となる場合が多いです。
慢性期には症状の安定化を目指し、長期的な薬物治療や生活習慣の改善が必要です。
治療期間の目安
同じ右心不全でも、人によって治療期間は大きく異なります。例えば肺高血圧症による右心不全の場合、基礎疾患の治療に時間がかかるため、右心不全の改善にも時間が必要です。
一方、急性の肺塞栓症による右心不全では、治療により比較的短期間で改善する見込みがあります。
原因疾患 | 一般的な治療期間 |
肺高血圧症 | 数か月〜数年 |
急性肺塞栓症 | 数週間〜数か月 |
治療の段階と期間
治療の段階 | 期間の目安 | 治療目標 |
---|---|---|
急性期治療 | 数日〜数週間 | 症状の安定化、血行動態(血液の流れ)の改善 |
回復期治療 | 数週間〜数か月 | 心臓の機能改善、日常生活への復帰 |
維持期治療 | 数か月〜継続的 | 再発を防ぎ、生活の質を向上させる |
※右心不全は慢性的な病気であるため、多くの場合、長期的な治療が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
右心不全の治療では、利尿剤による脱水や電解質異常、血管拡張薬による血圧低下、β遮断薬による徐脈など、様々な副作用が起こる可能性があります。
薬物療法の主な副作用
薬剤 | 主な副作用 |
利尿薬 | 電解質異常(体内のミネラルバランスの乱れ)、脱水 |
ACE阻害薬(血管を広げる作用がある薬) | 咳、低血圧 |
β遮断薬(心臓の負担を軽減する薬) | 疲労感、めまい |
ジギタリス製剤(心臓の収縮力を高める薬) | 不整脈、消化器症状 |
副作用管理のため定期的な経過観察を行い、必要に応じて投薬量の調整や薬剤の変更を行っていきます。
治療に伴うその他のリスク
- 手術療法:感染症、出血、麻酔関連の合併症
- カテーテル治療(細い管を血管内に入れて行う治療):血管損傷、不整脈
- 機械的補助装置(心臓の機能を補助する装置):血栓形成、機器の故障
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
右心不全の治療費は、基本的に保険適用となります。自己負担率は通常3割となり、医療費の大部分を保険でカバーできます。
また、右心不全の原因となる病気が特定疾患(難病)に指定されている場合は、医療費の負担軽減措置を利用できます。
入院時の治療費の目安
項目 | 費用(概算) |
投薬・注射 | 5,000円/日 |
検査費用 | 30,000円/週 |
リハビリテーション | 6,000円/日 |
酸素療法 | 2,000円/日 |
外来治療の費用
退院後の外来治療では、定期的な診察や検査、投薬が必要です。
月々の外来診療にかかる費用は3万円から5万円程度となり、保険適用後の自己負担額は9,000円から15,000円が目安となります。
高度な治療法の費用
重症例や難治性の右心不全に対して行われる治療(植込み型補助人工心臓の使用や心臓移植などの先進医療)は、保険適用外の費用が発生します。
治療法 | 概算費用 | 自己負担(概算) |
薬物療法 | 月5万円 | 月1.5万円 |
カテーテル治療 | 100万円 | 30万円 |
開胸手術 | 300万円 | 90万円 |
植込み型補助人工心臓 | 3000万円 | 900万円 |
具体的な費用については、症例により大きく異なります。詳しくは担当医や医療機関で直接ご確認ください。
以上
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