高拍出性心不全(High-output heart failure)とは、心臓が通常よりも多くの血液を送り出しているにもかかわらず、体の需要に応えられない状態を指します。
甲状腺機能亢進症や貧血、慢性肺疾患などの基礎疾患が原因で起こることが多く、症状としては、息切れ、疲労感、むくみなどが見られます。
高拍出性心不全の症状
高拍出性心不全の主な症状は、息切れ、疲労感、浮腫、頻脈などがあります。
息切れ・疲労感
高拍出性心不全で多くみられる症状は息切れと疲労感で、階段の上り下りや軽い運動のほか、日常的な家事や仕事をこなすことですら困難になります。
また、慢性的な疲労感により、十分な休息を取っても疲れが取れなくなります。
浮腫(むくみ)
高拍出性心不全では体液の貯留が起こりやすく、その結果として浮腫が現れます。主に下肢、特に足首や足に現れますが、腹部や顔面にもみられることがあります。
浮腫の部位 | 特徴 |
下肢 | 靴下跡が残りやすい、靴がきつく感じる |
腹部 | ズボンのウエストがきつくなる |
顔面 | 目の周りがむくむ、顔全体がむくむ |
頻脈・動悸
心臓が過剰に働くことにより、頻脈(心拍数の増加)や動悸(心臓の鼓動を強く感じること)が起こります。
安静時でも心臓がドキドキしているように感じたり、軽い運動でも心拍数が急激に上昇したりするような症状が代表的です。
症状 | 特徴 |
頻脈 | 安静時でも心拍数が100回/分以上 |
動悸 | 心臓の鼓動を強く感じる、胸がドキドキする |
睡眠障害(夜間の呼吸困難によるもの)
横になることで体液が再分布され、肺うっ血が悪化するため、夜間の呼吸困難が起こります。
- 夜中に突然息苦しさで目が覚める
- 枕を高くしないと寝られない
- 座位でないと眠れない
このような症状により十分な睡眠が取れなくなり、日中の疲労感や集中力低下にもつながっていきます。
睡眠障害の種類 | 特徴 |
起座呼吸 | 横になると息苦しくなり、座位をとる |
夜間発作性呼吸困難 | 夜中に突然息苦しさで目が覚める |
皮膚の変化
四肢の先端部分、特に手足の指が冷たくなったり、色が変わったりする症状もみられます。この他、爪の成長が遅くなる、皮膚が乾燥しやすくなるなどの変化も高拍出性心不全の代表的な症状です。
皮膚の変化 | 特徴 |
末梢冷感 | 手足の指が冷たくなる |
チアノーゼ | 唇や爪床が青紫色になる |
皮膚乾燥 | 皮膚がカサカサする、かゆみを感じる |
高拍出性心不全の原因
高拍出性心不全は通常の心不全とは異なり、心臓が十分な血液を送り出せていないために起こるのではなく、心臓が過剰に働きすぎてしまうことで起こる心不全です。
主な原因としては、甲状腺機能亢進症や貧血、動静脈瘻、慢性肺疾患、肝疾患などが挙げられます。
血液量増加による影響
体内の血液量が増えると、心臓はより多くの血液を送り出す必要があります。
血液量増加の要因 | 影響 |
貧血 | 酸素運搬能力低下 |
妊娠 | 循環血液量増加 |
甲状腺機能亢進症 | 代謝亢進 |
貧血や妊娠、甲状腺機能亢進症などの状態では、心臓は通常以上の仕事を強いられ、長期的には心臓の機能低下につながる可能性があります。
末梢血管拡張の影響
末梢血管の異常な拡張も高拍出性心不全の原因となります。以下のような疾患では、心臓は通常以上の仕事量を要求され、時間とともに心機能の低下を招く恐れがあります。
末梢血管拡張の要因 | 影響 |
肝硬変 | 門脈圧亢進 |
動静脈瘻 | 血流のショートカット |
敗血症 | 全身性炎症反応 |
その他の要因
- ベリベリ病(ビタミンB1欠乏症)
- 骨髄増殖性疾患
- 慢性的な高地居住 など
高拍出性心不全の検査・チェック方法
高拍出性心不全の診断では、心エコー検査や血液検査などを行い、心拍数や心拍出量、甲状腺機能、貧血の有無などを確認し、心臓が過剰に働いている原因を特定します。
血液検査
以下の血液検査結果に基づき、高拍出性心不全の原因特定や重症度評価を行います。
検査項目 | 主な目的 |
BNP/NT-proBNP | 心不全の重症度評価 |
甲状腺機能検査 | 甲状腺機能亢進症の確認 |
貧血検査 | 貧血の有無と程度の評価 |
肝機能・腎機能検査 | 臓器障害の評価 |
画像診断
- 胸部X線検査:心拡大や肺うっ血の評価
- 心エコー検査:心機能や弁膜症の評価
- 心臓MRI:心筋の状態や血流動態の評価
- 核医学検査:心筋血流や代謝の評価
特に心エコー検査は、身体に負担が少なくリアルタイムで心機能を評価できるため、高拍出性心不全の診断に重要な検査となっています。
血行動態評価
高拍出性心不全の確定診断には、血行動態の評価が必要です。
評価項目 | 正常値 | 高拍出性心不全での特徴 |
心拍出量 | 4-8 L/分 | 8 L/分以上 |
心係数 | 2.5-4.0 L/分/m² | 4.0 L/分/m²以上 |
末梢血管抵抗 | 800-1200 dyne・sec/cm⁵ | 800 dyne・sec/cm⁵未満 |
値を測定するために右心カテーテル検査を実施することがあり、この検査では肺動脈楔入圧や右室圧なども同時に測定し、心不全の病態を把握していきます。
鑑別診断
高拍出性心不全の診断では、類似した症状を呈する他の心疾患との鑑別が重要です。
疾患 | 鑑別のポイント |
拡張型心筋症 | 心エコーでの左室拡大と収縮能低下 |
虚血性心疾患 | 冠動脈造影での狭窄所見 |
弁膜症 | 心エコーでの弁機能異常 |
肺高血圧症 | 右心カテーテル検査での肺動脈圧上昇 |
高拍出性心不全の治療方法と治療薬について
高拍出性心不全の治療では、原因疾患の管理と症状緩和を目指し、利尿薬や血管拡張薬などの薬物療法や必要に応じて外科的介入を行います。
高拍出性心不全の治療の基本
高拍出性心不全の治療で最も重要なのは、原因となる疾患の特定と管理です。
原因疾患である甲状腺機能亢進症、貧血、動静脈瘻、妊娠などに対して治療を行うことで、心臓への負担を軽減し、症状の改善を図っていきます。
例えば、甲状腺機能亢進症の場合は抗甲状腺薬を投与し、貧血に対しては鉄剤や造血剤を使用します。
原因疾患 | 主な治療法 |
甲状腺機能亢進症 | 抗甲状腺薬 |
貧血 | 鉄剤、造血剤 |
動静脈瘻 | 外科的修復 |
妊娠 | 経過観察、必要に応じて薬物療法 |
薬物療法の重要性
高拍出性心不全の症状管理のために主に使用される薬剤には、以下のようなものがあります。
- 利尿薬
- 血管拡張薬
- ベータ遮断薬
- ジギタリス製剤
非薬物療法・生活指導
薬物療法と並行して、塩分制限や適度な運動など生活習慣の改善も行っていきます。また、ストレス管理や禁煙指導も重要となります。
非薬物療法 | 目的 |
塩分制限 | 体液貯留の予防 |
適度な運動 | 心肺機能の維持・改善 |
十分な休息 | 心臓への負担軽減 |
ストレス管理 | 心血管系への悪影響防止 |
高拍出性心不全の治療期間
高拍出性心不全の治療期間は、患者さんの状態や原因疾患によって大きく異なり、数週間から数年、場合によっては一生涯にわたることもあります。
根本的な原因となる疾患を治療して症状の改善を目指すため、長期的な治療が必要となることが多いです。
治療の段階
高拍出性心不全の治療は、急性期、安定期、維持期の3段階に分けられます。
治療段階 | 期間の目安 | 治療目標 |
---|---|---|
急性期 | 1〜2週間 | 症状の緩和、血行動態の安定化 |
安定期 | 2〜4週間 | 原因疾患の治療、生活習慣の改善 |
維持期 | 数か月〜数年 | 再発予防、心機能の維持・改善 |
短期的な症状改善だけでなく長期的な心機能の維持を目指していくため、治療期間は数年にわたって続ける場合もあります。
また、長期的な管理においては患者さんご自身による自己管理も大切です。日々の体重測定や塩分制限、適度な運動など、生活習慣の改善と維持が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
高拍出性心不全の治療薬には、利尿薬による電解質異常や血管拡張薬による血圧低下などが報告されています。また、治療介入による急激な循環動態の変化が、腎臓や肝臓に影響を与える場合があります。
薬物療法に伴う副作用
薬剤の種類 | 主な副作用 |
利尿薬 | 電解質異常、脱水 |
血管拡張薬 | 低血圧、頭痛、めまい |
β遮断薬 | 疲労感、徐脈 |
ACE阻害薬 | 空咳、腎機能低下 |
外科的治療に伴うリスク
高拍出性心不全の重症例で実施するカテーテル治療や外科的介入などには、合併症のリスクが伴います。
カテーテル治療に伴うリスク
- 出血
- 感染
- 血管損傷
- 不整脈
外科的介入に伴うリスク
- 麻酔関連の合併症
- 術後感染
- 創傷治癒の遅延
- 臓器機能の一時的低下
過剰治療のリスク
高拍出性心不全の治療において過剰な治療を行った場合、状態を悪化させる可能性があります。
過剰治療の例 | 潜在的リスク |
過度の利尿 | 循環血液量減少、臓器灌流低下 |
血管拡張薬の過剰投与 | 急激な血圧低下、ショック |
β遮断薬の急激な増量 | 心不全の悪化、徐脈 |
長期的な副作用
高拍出性心不全の治療は長期にわたることが多いため、薬物療法の継続による慢性的な副作用に注意が必要です。
長期的な副作用 | QOLへの影響 |
疲労感 | 日常活動の制限 |
性機能障害 | 人間関係への影響 |
持続的な咳嗽 | 睡眠障害、社会生活への支障 |
味覚異常 | 食事の楽しみの減少 |
治療抵抗性と予後への影響
高拍出性心不全の中には、標準的な治療に抵抗性を示す症例が存在します。治療抵抗性の場合は薬物療法の効果が限定的となり、症状のコントロールが困難になります。
治療抵抗性の影響 | 予後への影響 |
症状のコントロールが困難 | QOLの低下 |
侵襲的治療の必要性が増加する | 合併症リスクの上昇 |
入院頻度が増加する | 医療費の増大 |
心機能の進行性悪化 | 生命予後へ影響がある |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
高拍出性心不全では入院治療が必要となる場合が多く、治療費用が高額になります。ただし、健康保険が適用されるため、自己負担額は1~3割となります。
年齢 | 自己負担割合 |
70歳未満 | 30% |
70歳以上75歳未満 | 20%または30% |
75歳以上 | 10%または30% |
入院治療にかかる費用の目安
入院期間は患者さんの状態により異なりますが、通常1週間から数週間程度となります。
項目 | 概算費用 |
入院基本料 | 1日あたり8,000円〜20,000円 |
検査費用 | 15万円〜40万円 |
薬剤費 | 8万円〜25万円 |
リハビリテーション | 1回あたり2,000円〜5,000円 |
外来治療の費用の目安
退院後も定期的な通院が必要です。外来治療では、以下のような費用がかかります。
- 検査費用(血液検査 5,000円〜10,000円、心電図 3,000円〜5,000円、心エコー 10,000円〜15,000円)
- 薬剤費(月額 5,000円〜20,000円)
- 定期的な心臓リハビリテーション(1回あたり 2,000円〜5,000円)
高額療養費制度について
高額な治療費がかかる場合、高額療養費制度を利用することで負担を軽減できます。
この制度では、月ごとの医療費の自己負担額に上限が設けられています。上限額は年齢や所得によって異なりますが、一般的な世帯で80,100円+(医療費-267,000円)×1%となります。
以上
参考文献
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