発作性上室頻脈(Paroxysmal Supraventricular Tachycardia:PSVT)とは、突然始まり、突然終わる速い心拍数の発作を特徴とする不整脈です。
PSVTが起こると心拍数が毎分150拍以上に上昇し、動悸、胸部不快感、めまい、息切れなどの症状が現れます。
PSVTのほとんどは、心臓の電気信号を伝える経路の一部に、異常な回路があることが原因です。
生命にかかわることはあまりありませんが、発作時の症状は非常に不快なものとなるため、PSVTと診断されたら医師と相談し治療を受けることが大切です。
発作性上室頻脈(PSVT)の病型
発作性上室頻脈(PSVT)には、房室結節リエントリー頻脈(AVNRT)、房室回帰性頻拍(AVRT)、洞結節リエントリー頻脈(SNRT)、心房頻脈(AT)などの種類があります。
PSVTのうち、そのほとんどが房室結節リエントリー頻脈(AVNRT)と房室回帰性頻拍(AVRT)であり、全体の約8割を占めます。
病型 | 頻度 |
AVNRT | 約60% |
AVRT | 約20% |
SNRT | 約5% |
AT | 10〜15% |
房室結節リエントリー頻脈(AVNRT)
房室結節リエントリー頻脈(AVNRT)は、心房と心室をつなぐ伝導路である房室結節内で、異常な電気的な回路が形成されることが原因となって発生する頻脈です。
心臓の規則正しい電気信号の流れが乱れ、房室結節内で信号が循環することにより、心拍数が急激に上昇します。
房室回帰性頻拍(AVRT)
房室回帰性頻拍(AVRT)は、心房と心室の間に、正常とは異なる電気伝導路である副伝導路が存在することによって起こります。
副伝導路を介して異常な電気信号が循環し、頻脈が生じるタイプです。
洞結節リエントリー頻脈(SNRT)
洞結節リエントリー頻脈(SNRT)は、心臓の自然なペースメーカーとして機能する洞結節やその周辺で、異常な電気的な循環が生じて起こる頻脈です。
比較的まれな病型であり、PSVTの中では5%程度の割合を占めます。
心房頻脈(AT)
心房頻脈(AT)とは、心房内の特定の場所から異常な電気信号が発生し、規則的かつ速いリズムで心房が収縮してしまう病態を指します。
通常の洞結節とは異なる部位が興奮の起点となるのが特徴であり、PSVTのうち10〜15%程度を占めます。
発作性上室頻脈(PSVT)の症状
PSVTの主な症状は、突然始まる動悸、胸部不快感、息切れ、めまいなどです。症状は突然出現し、数分から数時間続くことが特徴です。
突然始まる激しい動悸
PSVTでは、心拍数が突然上昇し、1分間に150~250回にもなります。この急激な心拍数の上昇を、動悸として強く感じます。
この動悸は、安静時でも運動時でも起こり得るのが特徴です。
安静時の心拍数 | 運動時の心拍数 | |
通常 | 60~100回/分 | 100~150回/分 |
PSVT発作時 | 150~250回/分 | 150~250回/分 |
胸部の圧迫感や息切れ
PSVTの発作時には、胸部に圧迫感や締め付け感を感じることがよくあります。また、心臓からの血液の拍出量低下により、息切れや呼吸困難を伴うこともあります。
※症状の程度は、発作の持続時間や重症度によって異なります。
強いめまい・失神
PSVTの発作中は、脳への血流低下が原因で、強いめまいを感じることがあります。重症例では一時的な意識消失(失神)を起こす場合もあります。
症状 | PSVTの軽症例 | PSVTの重症例 |
めまい | 軽度 | 中等度~重度 |
失神 | 起こらない | 起こる可能性あり |
PSVTに伴うその他の症状
症状 | 軽症例 | 重症例 |
全身倦怠感 | 軽度 | 中等度~重度 |
冷汗 | なし~軽度 | 中等度~重度 |
顔面蒼白 | なし~軽度 | 中等度~重度 |
吐き気・嘔吐 | なし~軽度 | 中等度~重度 |
発作性上室頻脈(PSVT)の原因
発作性上室性頻脈(PSVT)は、心臓の電気伝導系に異常が生じることによって起こります。主な原因としては、心房と心室の間に存在する副伝導路(正常の刺激伝導系以外の経路)や、洞房結節や房室結節の機能不全などが挙げられます。
副伝導路が存在することによるPSVT
副伝導路とは、心房と心室の間に存在する正常ではない電気伝導経路を指します。この副伝導路を介して電気信号が心房から心室へと迅速に伝わることで、PSVTが生じます。
副伝導路の種類 | 存在する部位 |
Kent束 | 右心房と右心室の間 |
James束 | 左心房と左心室の間 |
Mahaim線維 | 房室結節と右心室の間 |
Brechenmacher束 | 左心房と左心室の間 |
洞房結節や房室結節の機能不全によるPSVT
洞房結節や房室結節に機能不全が生じると、電気信号の伝導が乱れ、PSVTを引き起こす可能性があります。
結節の種類 | 機能不全の種類 | PSVTへの影響 |
洞房結節 | 自動能の亢進 | 心拍数が急激に増加する |
房室結節 | 不応期の短縮 | 房室回帰性頻拍が発生する |
洞房結節 | 伝導障害 | 心房内リエントリー性頻拍が生じる |
房室結節 | 二重伝導路の存在 | 房室結節リエントリー性頻拍が起こる |
PSVTの発生に関与するその他の要因
- 自律神経系の乱れ
- 先天性心疾患などの心臓の構造的異常
- 低カリウム血症や低マグネシウム血症などの電解質バランスの乱れ
- カフェイン、アルコール、交感神経刺激薬など特定の薬物の使用
- 甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患
- ストレスや過度な運動などの生活習慣の影響
発作性上室頻脈(PSVT)の検査・チェック方法
発作性上室頻脈(PSVT)の検査では、心電図検査、ホルター心電図、運動負荷心電図などを実施します。
問診・身体所見の確認
問診では、頻脈発作がどのくらいの時間持続したのか、どのくらいの頻度で起こるのか、発作の最中にどのような症状が現れたのか、さらに発作を引き起こす要因となったものは何かなどを確認していきます。
加えて、PSVTの家族歴や既往歴の有無、現在服用中のお薬などについても確認が必要です。
身体所見では、脈拍数や血圧測定を行い、心雑音が聴取されるかどうかなどを調べます。
確認が必要な項目 | 内容 |
発作時に現れる症状 | 動悸、胸部の不快感、めまいや失神など |
発作が持続する時間 | 数秒程度から数時間まで幅広い |
発作が起こる頻度 | 週に1回程度の人もいれば、数ヶ月に1回程度の人もいる |
発作の誘因となったもの | 運動、ストレス、カフェインの摂取など |
心電図検査
PSVTの診断を行う上で、最も重要となるのが心電図検査です。
安静時に記録する12誘導心電図では、発作が起きていない時は正常な心電図所見を示しますが、デルタ波(delta wave)と呼ばれる特徴的な波形が認められます。
一方、発作時の心電図においては、心拍数が毎分150回から250回程度の narrow QRS tachycardia(QRS幅が狭い頻脈)を呈します。
P波が見られるかどうかや、P波とQRS波の関係性を詳しく分析することで、PSVTのタイプ(房室結節リエントリー性頻拍、房室リエントリー性頻拍、心房頻拍など)を推定できます。
ホルター心電図・運動負荷心電図
ホルター心電図は、24時間以上の長時間にわたり継続的に心電図を記録できる検査方法です。
日常生活を送る中で突然起こる発作を捉えることができるため、PSVTの診断に非常に有用であると言えます。
また運動負荷心電図は、トレッドミルやエルゴメーターを用いて運動負荷をかけた状態で心電図を記録する検査です。運動によりPSVTが誘発されるかどうかを確かめることができます。
ホルター心電図や運動負荷心電図が特に重要となるケース |
安静時の心電図において異常所見が認められない時 |
発作がごくまれにしか起こらない時 |
運動が発作の誘因となっている時 |
電気生理学的検査(EPS)
心電図検査やホルター心電図などを用いた検査で診断が困難なケースでは、電気生理学的検査(EPS)を行う必要があります。
EPSでは、カテーテルを用いて心臓内の様々な部位に刺激を与えることで、PSVTの原因となっている異常な回路(リエントリー回路)がどこに存在しているのか、またどのような性質を持っているのかを特定できます。
EPSで評価する項目 | 内容 |
異常回路が存在する部位 | 房室結節、副伝導路、心房内、心室内など |
異常回路の電気生理学的な性質 | 刺激伝導速度、不応期、刺激の伝導方向など |
誘発されるPSVTのタイプ | 房室結節リエントリー性頻拍、房室リエントリー性頻拍、心房頻拍など |
アブレーション治療の適応 | カテーテルアブレーションによる根治的治療が可能かどうかの評価 |
EPSは不整脈の専門医療機関において実施されるものですが、PSVTの確定診断を下したり、治療方針を決定したりする上で大切な検査となります。
発作性上室頻脈(PSVT)の治療方法と治療薬について
発作性上室頻脈(PSVT)の治療は、大きく発作時の対処法と予防的な治療法の2つに分けて実施します。
発作時の対処法
PSVTの発作時には、迷走神経刺激法が第一選択となります。
方法 | 具体的な手順 |
バルサルバ法 | 息を深く吸い込み、腹圧をかけながら息こらえを行う |
頸動脈洞マッサージ | 頸動脈洞(首の動脈)を軽く圧迫する |
咳払い | 強い咳払いを行う |
これらの方法で発作が止まらない場合、アデノシン(商品名:アデノカード)の静脈内投与を行います。アデノシンは心臓の刺激伝導系に作用し、発作を停止させる効果があります。
予防的な治療法
PSVTの予防的な治療には、薬物療法とカテーテルアブレーション(心臓の異常な電気伝導路を焼灼する治療)があります。
主に使用する薬剤
薬剤名 | 作用機序 |
ベラパミル(商品名:ワソラン) | カルシウム拮抗薬(心臓の筋肉の収縮を抑制する) |
プロパフェノン(商品名:プロノン) | ナトリウムチャネル遮断薬(心臓の電気信号の伝導を抑制する) |
薬剤によりPSVTの発作頻度を減らす効果が期待されますが、薬物療法では完全に発作を抑えることは難しくなります。
カテーテルアブレーション
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、薬物療法を希望しない場合には、カテーテルアブレーションを検討します。
カテーテルアブレーションは、心臓内の異常な電気伝導路を高周波エネルギーで焼灼し、断ち切る治療法です。
カテーテルアブレーションの手順
- 鼠径部(足の付け根)から、カテーテル(細い管)を心臓内に挿入します。
- 心臓内の異常な電気伝導路を特定します。
- 高周波エネルギーを用いて、異常な電気伝導路を焼灼します。
カテーテルアブレーションはPSVTの根治的な治療法であり、80-95%の患者で発作が消失すると報告されています。ただし、侵襲的な治療法であるため、合併症のリスクに留意が必要です。
発作性上室頻脈(PSVT)の治療期間
発作性上室頻脈(PSVT)の治療期間は症状や重症度によって異なりますが、一般的な目安として3か月から1年程度の経過観察が必要となります。
治療開始から経過観察までの標準期間
治療段階 | 通院頻度 | 主な確認事項 |
初期(1-2か月) | 2週間ごと | 投薬効果と副作用 |
安定期(3-6か月) | 1か月ごと | 心機能の安定性 |
維持期(7か月以降) | 2-3か月ごと | 長期的な予後 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
発作性上室頻脈(PSVT)の治療に用いられる薬物療法や非薬物療法には、一定の副作用やリスクが存在します。
薬物療法の副作用
薬剤名 | 主な副作用 |
ベラパミル | 低血圧、徐脈(脈拍数の低下)、心不全の悪化 |
プロパフェノン | 徐脈、血圧低下、心不全の悪化、肝機能障害 |
フレカイニド | 徐脈、血圧低下、心不全の悪化、肝機能障害 |
※副作用は、全身状態や基礎疾患によって発現頻度や重症度が異なります。
カテーテルアブレーションのリスク
リスク | 主な内容 |
血管や心臓の損傷 | カテーテル操作中に、血管や心臓に傷がつく可能性がある |
心タンポナーデ | 心膜に血液や体液が貯留し、心臓を圧迫する危険な状態 |
肺塞栓症 | 手技中に生じた血栓が肺動脈を詰まらせる重篤な合併症 |
感染症 | カテーテル操作に伴う細菌感染のリスクがある |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
PSVTの治療費は、保険適用の範囲内で一部負担となります。自己負担額は一般的に1~3割です(年齢により異なります)。
薬物療法の費用の目安
- ベラパミル:月額約6,000円~8,000円
- プロパフェノン:月額約9,000円~12,000円
- フレカイニド:月額約12,000円~15,000円
カテーテルアブレーションの費用の目安
項目 | 費用 |
手術料 | 約60万円~80万円 |
入院費 | 約20万円~30万円(1週間~10日程度) |
検査費 | 約10万円~20万円 |
カテーテルアブレーション治療は合計で90万円~130万円程度の自己負担が発生しますが、高額療養費制度の利用により自己負担額を抑えることができます。
※症状や手術の難易度によって、費用は大きく変動する可能性があります。
以上
参考文献
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