左脚分枝ブロック(左脚前枝ブロック・左脚後枝ブロック)

左脚分枝ブロック(左脚前枝ブロック・左脚後枝ブロック)(Left Anterior Fascicular Block / Left Posterior Fascicular Block)とは、心臓の電気信号の伝導に関わる左脚の一部が、正常に機能しなくなる状態のことです。左脚の前枝、または後枝が障害を受けることで発生します。

無症状の場合もありますが、動悸や息切れ、めまいなどの症状を引き起こす原因となります。

目次

左脚分枝ブロックの病型

左脚分枝ブロックは、左脚前枝ブロック(Left anterior fascicular block)と左脚後枝ブロック(Left posterior fascicular block)の2つに大別され、それぞれ異なる心電図所見を呈します。

病型障害部位主な特徴
左脚前枝ブロック左脚前枝QRS軸の左軸偏位
左脚後枝ブロック左脚後枝QRS軸の右軸偏位

左脚前枝ブロック

左脚前枝ブロックは、左脚前枝の伝導障害によって起こる病態です。心臓の電気信号が左心室の前壁と側壁に正常に伝わらなくなることで、特徴的な心電図変化が生じます。

左脚前枝ブロックの主な特徴

  • QRS軸の左軸偏位(通常-45度以上)
  • 心電図のI誘導とaVLでのrS波形
  • 心電図のII、III、aVFでのqR波形
  • QRS幅の軽度延長(通常120ms未満)
心電図誘導波形の特徴
I、aVLrS波形
II、III、aVFqR波形

左脚後枝ブロック

一方、左脚後枝ブロックは、左脚後枝の伝導障害によって生じます。この病型では、心臓の電気信号が左心室の後壁に正常に伝わらなくなることで、左脚前枝ブロックとは異なる心電図所見を示します。

左脚後枝ブロックは、左脚前枝ブロックと比較して発生頻度が低いとされます。

左脚後枝ブロックの主な特徴

特徴説明
QRS軸右軸偏位(+120度以上)
I、aVL誘導qR波形
II、III、aVF誘導rS波形
QRS幅の軽度延長通常120ms未満

複合型

左脚前枝ブロックと左脚後枝ブロックが同時に存在する場合は、複合型左脚分枝ブロックと呼ばれます。左脚幹ブロックと類似した心電図所見を示す場合があるため、鑑別診断が重要となります。

複合型左脚分枝ブロックの特徴

  • QRS幅の明らかな延長(通常120ms以上)
  • I、aVL誘導でのR波の幅広化
  • V5、V6誘導でのR波の減高
  • QRS軸の変化(左軸偏位または正常軸)
特徴複合型左脚分枝ブロック左脚幹ブロック
QRS幅120ms以上140ms以上
V1誘導rS波形QS波形
V6誘導RS波形幅広いR波

左脚分枝ブロックの症状

左脚分枝ブロックはほとんどの場合無症状ですが、一部の方々で息切れ、疲労感、めまいなどが現れることがあります。

主な症状

主な症状特徴的な様相
息切れ軽度の運動でも感じることがある
疲労感日常生活に支障をきたすほどの強い倦怠感
めまい立ちくらみや回転性のめまいなど多様な形態
動悸心臓の鼓動が速くなる感覚や不整脈の自覚

左脚分枝ブロックによって心臓の収縮効率が低下し、十分な血液循環が行われないことが原因で症状が現れます。ブロックの部位や程度、基礎心疾患の有無によって症状の程度は異なります。

無症状の場合における留意点

左脚分枝ブロックが存在しても、多くの方は日常生活に支障をきたすような症状を自覚しません。しかし、無症状であることを理由に放置して良いわけではありません。

また、当初は無症状でも、徐々に症状が出現したり、症状の程度が変化したりすることがあります。気になる点があれば、躊躇せずに医療機関へ相談するようにしてください。

左脚分枝ブロックの原因

左脚分枝ブロックは、心臓の電気信号が左心室に伝わる経路である左脚の機能障害が原因で起こります。心筋梗塞や心筋症など様々な心臓疾患や、まれに生まれつきの心臓の異常などが背景にある場合があります。

主な原因

左脚分枝ブロックの最も一般的な原因は、冠動脈疾患です。冠動脈の狭窄や閉塞により心筋への血流が低下し、伝導系に障害を及ぼします。

また、高血圧性心疾患も重要な要因の一つです。長期間にわたる高血圧は心臓に過度な負荷をかけるため、心筋の肥大や線維化を引き起こすことがあります。

主な原因詳細
冠動脈疾患心筋への血流低下
高血圧性心疾患心筋の肥大や線維化

心筋症

特に拡張型心筋症では、心室の拡大に伴い伝導系が引き伸ばされ、ブロックが生じやすくなります。また、肥大型心筋症においても、心筋の異常な肥大が伝導系に影響を与え、左脚分枝ブロックを引き起こす可能性があります。

弁膜症

弁膜症、特に大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症は、左脚分枝ブロックの原因となります。弁膜症は心臓の弁の機能不全によって引き起こされる疾患であり、加齢や感染、先天性異常などが原因です。

弁膜症の種類左室への影響
大動脈弁狭窄症圧負荷の増大
大動脈弁閉鎖不全症容量負荷の増大

その他の原因

  • 心筋梗塞後の瘢痕形成
  • 心臓手術後の合併症
  • 心筋炎
  • 心サルコイドーシス
  • 加齢による伝導系の変性
  • 先天性心疾患

特発性左脚分枝ブロック

稀に、明確な原因が特定できない特発性の左脚分枝ブロックも存在します。しかし、多くの場合、詳細な検査を行うことで、潜在的な心疾患や全身疾患が見つかります。

特発性の場合でも定期的な経過観察が必要であり、将来的に原因が明らかになるケースもあります。

左脚分枝ブロックの検査・チェック方法

左脚分枝ブロックの診断には主に心電図検査が用いられ、QRS波の幅や形、電気軸などから診断されます。その他、心臓超音波検査や心臓MRIなど、心臓の状態を詳しく調べる検査が行われることもあります。

心電図検査

左脚分枝ブロックの診断で最初に行われる検査は、心電図検査です。心臓の電気的活動を精密に記録し、特徴的な波形パターンを分析することで、左脚分枝ブロックの存在を高い精度で確認できます。

左脚前枝ブロックと左脚後枝ブロックではそれぞれ異なる波形パターンが現れるため、循環器専門医による判読が必要です。

左脚前枝ブロック左脚後枝ブロック
左軸偏位右軸偏位
qR波形rS波形
I, aVL誘導で顕著II, III, aVF誘導で顕著

左脚分枝ブロックは無症状の方も多く、定期的な健康診断や他の目的で実施された心電図検査で初めて見つかることもしばしばあります。

追加検査の実施

左脚分枝ブロックの確定診断や原因疾患の特定のために、以下のような追加検査を実施する場合があります。

検査名目的
心エコー検査心臓の構造・機能評価
ホルター心電図24時間の心電図記録
運動負荷心電図運動時の心臓反応評価
心臓CT・MRI詳細な心臓構造の観察

左脚分枝ブロックの治療方法と治療薬について

左脚分枝ブロックの治療は、基本的に原因となる心疾患に対する治療が中心となり、特異的な治療薬はありません。重症な心不全を伴う場合や、心室再同期が必要な場合は、ペースメーカーや植込み型除細動器といったデバイス治療を検討する場合もあります。

左脚分枝ブロックの基本的な治療方針

多くの場合、無症状の左脚分枝ブロックでは特別な治療を必要としません。症状がある場合や心機能に影響を与えている場合は、積極的な治療介入が必要となります。

治療目的具体的なアプローチ
症状改善薬物療法、生活習慣改善
心機能維持ペースメーカー植込み、心臓再同期療法

薬物療法

左脚分枝ブロックに対する薬物療法は、原因疾患の治療と症状の緩和を目的として実施します。

一般的に、β遮断薬(心拍数を下げる薬)やACE阻害薬(血管を拡張させる薬)などの心不全治療薬を使用することが多く、心臓への負担を軽減し、心機能の悪化を防ぐ効果があります。

また、状況に応じて抗不整脈薬を用いて、不整脈の発生を抑制する場合もあります。

薬剤分類主な効果
β遮断薬心拍数低下、心筋酸素消費量減少
ACE阻害薬血管拡張、心臓の負担軽減
抗不整脈薬不整脈の発生抑制

非薬物療法

  • ペースメーカー植込み術(心臓の拍動を電気的に補助する装置を体内に埋め込む手術)
  • 心臓再同期療法(CRT:心臓の収縮を同期させる特殊なペースメーカー治療)
  • 生活習慣の改善(禁煙、適度な運動、バランスの取れた食事など)

心臓再同期療法は、重度の左脚分枝ブロックによる心不全患者さんに対して効果的な治療法となります。

左脚分枝ブロックの治療期間

左脚分枝ブロックの治療期間は、一般的に数週間から数か月、場合によっては生涯にわたる継続的な管理が必要となります。

短期的な介入だけでなく、長期的な視点での心臓の健康維持が欠かせません。

治療期間の目安

左脚分枝ブロックの治療期間は、原因となる疾患の種類や重症度、症状の程度、合併症の有無などによって変動します。

一時的な要因による場合は比較的短期間で改善することもありますが、慢性的な心疾患に起因する場合は長期的な管理が必要です。

原因治療期間の目安主な特徴
一時的要因数週間〜数か月原因除去後に改善の可能性が高い
慢性疾患数か月〜生涯継続的な管理と定期的な評価が必要

治療の段階と各期間の特徴

左脚分枝ブロックの治療は、通常、急性期と慢性期という二つの段階に分けて考えることができます。

急性期では、原因となる疾患の治療や症状の安定化に重点を置きます。数日から数週間程度の集中的な医療介入を行い、慢性期では、心機能の維持や合併症の予防に焦点を当てた長期的な管理を行います。

慢性期の段階では薬物療法や生活習慣の改善などが中心となり、数ヶ月~生涯にわたって継続します。

治療段階期間主な目的主な介入方法
急性期数日〜数週間原因疾患の治療、症状安定化薬物療法、必要に応じて手術
慢性期数か月〜生涯心機能維持、合併症予防薬物療法、生活習慣改善、定期的な検査

治療効果の評価

治療効果を定期的に評価し、必要に応じて治療内容や期間を調整することが大切です。症状が改善し、心機能が安定している場合は、治療の間隔を徐々に広げていくこともあります。

一方で、状態が思わしくない場合は、治療内容の見直しや期間の延長を検討します。

評価項目頻度主な目的
心電図検査1〜3か月ごと不整脈の状態や心臓の電気的活動の評価
心エコー検査3〜6か月ごと心臓の構造や機能の詳細な評価
血液検査1〜3か月ごと全身状態や薬物治療の効果・副作用の確認
全身状態評価毎回の診察時症状の変化や日常生活への影響の確認

薬の副作用や治療のデメリットについて

左脚分枝ブロックの治療において、使用される薬剤の種類によって異なる副作用があります。

薬物療法の副作用

ベータ遮断薬(心臓の拍動を抑える薬)の副作用として、血圧低下や徐脈、患者さんによってはめまいや疲労感を感じることがあります。

また、カルシウム拮抗薬(血管を広げる薬)は末梢血管を拡張させるため、足のむくみや頭痛が起こる場合があります。

薬剤主な副作用
ベータ遮断薬血圧低下、徐脈
カルシウム拮抗薬末梢性浮腫、頭痛

ペースメーカー植え込み手術のリスク

ペースメーカーの植え込み手術には、感染症や出血といった一般的な手術のリスクのほか、ペースメーカーのリードが心臓内で移動してしまうなど、特有の合併症が起こる可能性があります。

  • 感染症のリスク
  • リード移動の可能性
  • 再手術の必要性
  • 出血や血腫形成

また、ペースメーカーを植え込んだ方は、強い電磁波を発する機器の近くでは、ペースメーカーの誤作動が起こりますので、日常生活で電磁波干渉のリスクに注意を払う必要があります。

注意が必要な場面

  • 空港のセキュリティゲート
  • 商業施設の盗難防止ゲート
  • MRI検査(強力な磁場を用いた画像診断)

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

左脚分枝ブロックの診断や基本的な治療は、通常、健康保険の適用対象となります。また、薬物療法も多くの場合、保険でカバーされます。

治療費の目安

項目概算費用(保険適用後)
心電図検査1,500〜3,500円
ホルター心電図6,000〜12,000円
血液検査2,500〜6,000円
薬物療法(月額)4,000〜12,000円
治療法概算費用(自己負担)
ペースメーカー植込み150,000〜350,000円
心臓再同期療法250,000〜550,000円

治療費の軽減策

治療費の負担を軽減するための方法として、以下のような選択肢があります。

  • 高額療養費制度の利用
  • 医療費控除の申請

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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