早期再分極症候群(ERS)

早期再分極症候群(Early Repolarization Syndrome:ERS)とは、心臓の電気的活動に異常が生じ、心筋細胞の再分極(電気的に元の状態に戻ること)が通常よりも早く起こる不整脈です。

多くの場合症状がないまま経過しますが、一部の患者さんで突然の意識消失(失神)や、稀ではありますが心臓が突然止まる心停止が起こることがあります。

ERSは20代から40代の若い成人、特に男性に多く見られる傾向があり、日常的な健康診断や他の目的で行われた心電図検査で偶然発見されるケースも珍しくありません。

目次

早期再分極症候群(ERS)の病型

早期再分極症候群(ERS)は、心電図上の早期再分極波形が現れる部位によって3つに分類されます。

病型特徴的な心電図所見臨床的意義
Type 1側壁誘導に早期再分極波形比較的良性、突然死リスクは低い
Type 2下壁または下側壁誘導に早期再分極波形より注意が必要
Type 3全誘導に早期再分極波形より注意が必要、重症度が高い可能性

Type 1は比較的良性であり、突然死のリスクが低いとされています。一方、Type 2とType 3は、より注意深い経過観察や積極的な管理が必要です。

ERSの重症度分類

ERSの重症度は、心電図所見の程度や臨床症状によって評価します。軽症例では、心電図上の変化のみで自覚症状がない場合もあります。

中等症例では動悸や失神などの症状を伴い、重症例では、心室細動などの致死的不整脈につながる危険性があり突然死のリスクが高くなります。

重症度特徴管理方針
軽症心電図変化のみ、無症状定期的な経過観察
中等症動悸、失神などの症状あり症状管理、生活指導
重症致死的不整脈のリスクあり積極的な治療介入

重症度分類、遺伝的背景、年齢・性別による特徴を持つ複雑な疾患です。各患者さんの個別の状況に応じた適切な評価と管理が重要であり、循環器専門医による総合的な判断が求められます。

早期再分極症候群(ERS)の症状

早期再分極症候群(ERS)の主な症状は、動悸や失神、心臓突然死のリスク増大などが挙げられます。健康な若年成人に多く見られる不整脈です。

動悸・胸部不快感

この疾患の特徴的な症状は、突然の動悸や胸部不快感が第一に挙げられます。心臓が激しく鼓動しているような感覚や、胸がドキドキする感じがします。

症状は数分から数時間続き、自然に消失する場合もあります。症状が長引く場合や頻繁に繰り返す場合は、医療機関での精密検査が必要です。

失神・意識消失

心臓のリズムが乱れ、一時的に脳への血流が減少するため、失神や意識消失が生じやすくなります。失神は突然起こりますが、事前に目まいやふらつきを感じることもあります。

症状特徴
失神突然発生、短時間
意識消失脳血流低下が原因

それまで全く症状がなかった場合でも、ERSでは突然症状が現れる可能性があります。

心臓突然死のリスク

ERSの最も深刻な症状は心臓突然死のリスク増大であり、心室細動(心臓の拍動が極めて速くなり、ポンプ機能が失われる状態)という致命的な不整脈が起こる可能性があります。

心室細動が発生した場合、心臓が正常に血液を送り出せなくなり、急速に意識を失います。速やかに処置が行われないと、数分以内に死亡する可能性があります。

リスク要因影響対策
心室細動致命的な不整脈早期発見・早期治療
血液循環不全急速な意識消失AED(自動体外式除細動器)の設置と使用法の習得

その他の関連症状

ERSには、以下のような関連症状も報告されています。特に、運動中や強いストレス下で症状が顕著になる傾向があります。

  • 息切れ、呼吸困難
  • 胸痛(圧迫感や締め付けられるような痛み)
  • 疲労感、倦怠感
  • 冷や汗

症状の変動性

ERSの症状は、ある日は全く症状がなく、別の日に突然症状が現れるような不規則性があるため、診断が難しい場合も多くなります。

症状が長期間にわたって現れない人もいますが、症状がないからといって、リスクがないわけではありません。

症状の特徴説明対応
変動性日によって症状が異なる日々の体調記録をつける
不規則性予測が困難定期的な医療機関での検査
無症状期間長期間症状が現れない場合がある油断せずに経過観察を続ける

早期再分極症候群(ERS)の原因

早期再分極症候群(ERS)の原因は、心室の再分極過程における異常、特に一過性外向き電流(Ito)の関与が考えられていますが、明確な原因遺伝子や発症するしくみは未だ解明されていません。

遺伝的要因の影響

ERSの発症には、遺伝的な要素が深く関与しているとされています。特定の遺伝子変異により、心筋細胞の再分極過程(心筋細胞が電気的に元の状態に戻る過程)が通常よりも早く進行し、ERSの特徴的な心電図所見が現れます。

遺伝子変異の種類によって、ERSの重症度や発症リスクが異なることも分かってきています。

遺伝子関連するイオンチャネル機能
KCNJ8カリウムチャネル心筋細胞の再分極を制御
CACNA1Cカルシウムチャネル心筋細胞の収縮力に関与
SCN5Aナトリウムチャネル心筋細胞の脱分極を引き起こす

イオンチャネルの機能異常

ERSの根本的な原因は、心筋細胞膜上のイオンチャネルの機能異常にあります。

カリウムチャネルの機能が亢進すると、心筋細胞からのカリウムイオンの流出が増加し、再分極が早まります。この結果、心電図上でERSの特徴的な所見である J 波(QRS波の終末部分に見られる小さな隆起)が出現します。

イオンチャネル機能ERSにおける影響
カリウムチャネル再分極を促進機能亢進により再分極が早まる
カルシウムチャネル活動電位持続時間を延長機能低下により再分極が早まる
ナトリウムチャネル脱分極を引き起こす機能異常により電気的不安定性を生じる

心臓の構造的変化

心筋の線維化や微小な瘢痕形成が、局所的な電気的伝導異常を引き起こすことがあります。構造的変化が存在する領域では、再分極の不均一性が生じやすく、ERSの発症リスクが高まります。

その他の要因

要因影響具体例
電解質異常イオンチャネルの機能に影響低カリウム血症でERSのリスク上昇
薬剤心筋細胞の電気的活動を変化抗不整脈薬がERSを顕在化させる
ホルモンバランスの変化自律神経系のバランスに影響甲状腺機能亢進症でERSが悪化
ストレス交感神経系の活動を亢進精神的ストレスでERSが顕在化

ERSの年齢・性別による特徴

ERSは、若年者、特に20〜40歳の男性に多く見られる不整脈です。女性よりも男性の方が発症率が高く、男女比は約3:1から4:1と報告されています。

年齢が上がるにつれて、ERSの発症率は低下する傾向にあります。また、若年者では無症候性のERSが多いのに対し、中高年では症候性のERSが増加します。

特徴傾向臨床的意義
好発年齢20〜40歳若年成人での注意喚起
性別比男性:女性 = 3-4:1男性でのリスク認識
年齢による変化加齢とともに発症率低下年齢に応じた管理方針

早期再分極症候群(ERS)の検査・チェック方法

早期再分極症候群(ERS)の診断は、主に心電図検査が中心であり、特徴的なJ波やST上昇の有無などを確認します。

心電図検査

心電図検査では、心臓の電気的活動を記録し、ERSに特徴的な波形パターンを確認します。

典型的な心電図所見には、J点(QRS波の終わりとST部分の始まりの接合部)の上昇や、ST部分の上昇などがあります。

心電図所見特徴
J点上昇0.1mV以上
ST部分上昇上方凸型
QRS波終末部ノッチまたはスラー

追加検査

心電図検査だけではERSの確定診断を下すのが困難なケースがあり、そのような場合、追加の検査を実施します。

24時間ホルター心電図検査

日常生活中の心臓の動きを継続的に記録し、不整脈の有無や頻度を評価する検査です。

運動負荷心電図検査

運動時の心臓の反応を観察し、潜在的な問題を明らかにすることができます。

追加検査によりERSの診断精度を高めるとともに、他の心疾患の可能性を排除していきます。

画像診断

心臓の構造や機能を詳細に評価するために、画像診断を実施します。心エコー検査は、心臓の壁の動きや弁の状態を非侵襲的に観察できる有用な検査方法です。また、心臓MRI検査は、心筋の性状や血流の状態を高精度で評価することができます。

画像診断法評価対象
心エコー検査心臓構造、壁運動
心臓MRI心筋性状、血流動態

画像診断技術を用いることで、ERSと類似した症状を呈する他の心疾患を除外します。特に、心臓の構造的異常がERSの症状に影響を与えている可能性がある場合、画像診断は診断の鍵となります。

遺伝子検査

ERSは特定の遺伝子変異との関連が指摘されているため、家族性のERSが疑われる場合や、診断が困難なケースにおいて遺伝子検査を行う場合もあります。

しかし、現時点では遺伝子検査単独でERSを確定診断することは難しく、他の臨床所見や検査結果と併せての判断が必要です。

確定診断

確定診断に至るまでには、複数の専門医による検討や長期的な経過観察が大切です。症状や検査結果の経時的変化を追跡することで、より正確な診断を目指していきます。

診断要素評価ポイント
心電図所見J点上昇、ST部分上昇
臨床症状失神、動悸、胸痛
家族歴突然死、不整脈の有無
除外診断他の心疾患の可能性

早期再分極症候群(ERS)の治療方法と治療薬について

早期再分極症候群(ERS)の治療では、薬物療法や植込み型除細動器(ICD)の使用などを検討します。

薬物療法

薬物療法で主に使用される薬剤は、キニジンとイソプロテレノールです。

キニジンは、心筋細胞の電気的特性を変化させることで、早期再分極を抑制します。一方、イソプロテレノールは、交感神経系を刺激することで心拍数を上げ、早期再分極のパターンを正常化する働きがあります。

薬剤名主な作用投与方法
キニジン早期再分極抑制経口
イソプロテレノール心拍数上昇静脈内投与

植込み型除細動器(ICD)

薬物療法で十分な効果が得られない場合や、致命的な不整脈のリスクが高い場合には、植込み型除細動器(ICD)の使用を検討します。

ICDは、危険な不整脈を検知すると電気ショックを与えて心臓のリズムを正常に戻す装置です。24時間体制で心臓の動きを監視し、必要時に即座に対応することができるため、突然死のリスクを低減できます。

ICD使用の利点注意点
24時間監視定期的なチェックが必要
即時対応可能バッテリー交換あり
突然死リスク低減誤作動のリスク

早期再分極症候群(ERS)の治療期間

早期再分極症候群(ERS)では、通常数か月から数年にわたる長期的な管理が必要です。

ERSの治療期間の目安

軽度のERSの場合、数か月程度の経過観察で十分な改善が見られることもあります。一方、重症例や再発を繰り返す患者さんでは、数年以上の長期にわたる治療と経過観察が必要です。

治療期間中の定期的な評価

ERSの治療中は、治療効果や病状の変化を評価し、治療内容や期間の調整を行います。

評価項目頻度
心電図検査1〜3か月ごと
血液検査3〜6か月ごと
心エコー検査6か月〜1年ごと
ホルター心電図必要に応じて

薬物療法の継続期間

薬物療法(抗不整脈薬)は、症状が安定してから少なくとも6か月から1年程度は継続します。その後、徐々に薬剤の減量を試みながら、症状の再燃がないか経過を観察していきます。

薬物療法の段階期間
初期治療1〜3か月
維持療法6か月〜1年以上
減量期3〜6か月
経過観察1年以上

ERSの治療が終了した後も、定期的な検査が必要です。治療終了後1〜2年程度は3〜6か月ごとの外来受診を継続し、その後も年に1回程度の定期検査を行い、症状の再燃や合併症の発症がないか確認します。

フォローアップの段階頻度
治療終了直後1〜3か月ごと
治療終了後1〜2年3〜6か月ごと
治療終了後2年以降年1回程度

年齢別の治療期間

若年者の場合、比較的短期間で症状が改善することもありますが、高齢者では治療に時間がかかります。また、家族歴のある患者さんや、他の心疾患を合併している場合は、より長期的な治療と経過観察が必要です。

年齢層一般的な治療期間の傾向
若年者(20〜30代)6か月〜2年程度
中年者(40〜50代)1〜3年程度
高齢者(60代以上)2年以上

薬の副作用や治療のデメリットについて

早期再分極症候群(ERS)の薬物療法では、キニジンなどの抗不整脈薬によるQT延長などの副作用が生じる可能性があります。また、ICDは感染症やリードトラブルなどの合併症のリスクがあります。

薬物療法の主な副作用

抗不整脈薬では倦怠感やめまいが、電解質補正薬では消化器症状や頭痛が主な副作用として報告されています。

薬剤分類主な副作用発現頻度
抗不整脈薬倦怠感、めまい10-20%
電解質補正薬消化器症状、頭痛5-15%

また、抗不整脈薬の中には、逆に不整脈を誘発する可能性がある薬剤があり、このような現象を催不整脈作用と呼びます。

薬物療法を行う際は、定期的な心電図検査や血液検査を実施し、副作用の早期発見に努めることが大切です。

非薬物療法のリスク・注意点

非薬物療法主なリスク発生頻度
ICD植込み感染、不適切作動1-5%
アブレーション心臓穿孔、血栓塞栓症0.5-2%

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

早期再分極症候群(ERS)の治療は長期的な経過観察と薬物療法が中心となるため、比較的負担が少なく管理できることが多いです。ただし、症状が重い場合や合併症がある場合は、費用が増加します。

基本的な治療費の目安

ERSの基本的な治療は、定期的な心電図検査と薬物療法が中心です。

一般的な外来診療での費用の目安

項目費用(3割負担の場合)
心電図検査1,200〜1,800円
薬剤費(1ヶ月分)5,000〜15,000円

高度な検査や治療が必要な場合の費用

検査・治療費用(3割負担の場合)
ホルター心電図5,000〜8,000円
心臓超音波検査4,000〜6,000円
電気生理学的検査40,000〜70,000円

長期的な治療費

ERSの治療は長期にわたることが多く、継続的な管理が必要です。

  • 定期的な外来受診と検査の費用(年間30,000〜50,000円程度)
  • 継続的な薬物療法の費用(年間60,000〜180,000円程度)
  • 緊急時の対応や入院に備えた費用(入院時1日あたり10,000〜30,000円程度)

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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