カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(Catecholaminergic Polymorphic Ventricular Tachycardia:CPVT)とは、激しい運動や強い感情などの身体的・精神的ストレスによって、カテコラミン(アドレナリンなどのホルモン)が体内で増加した際に発症する不整脈疾患です。
主に子供や若い成人に見られる非常にめずらしい病気で、失神や心停止など、命に関わることもあります。
普段の生活では何の症状も感じず、一見すると健康そのものに見えますが、運動中や驚いたときや怒ったときなど、予期せず症状が急に現れます。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の病型
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)は、遺伝子変異の違いによって、CPVT1型、CPVT2型、CPVT3型、CPVT4型、CPVT5型の5つに大別されます。
病型 | 遺伝子 | 遺伝形式 | 発症頻度 |
CPVT1型 | RyR2 | 常染色体優性 | 約60% |
CPVT2型 | CASQ2 | 常染色体劣性 | 約3-5% |
CPVT3型 | TECRL | 常染色体劣性 | <1% |
CPVT4型 | CALM1 | 常染色体優性 | <1% |
CPVT5型 | TRDN | 常染色体劣性 | <1% |
CPVT1型
CPVT1型は最も一般的な病型であり、全CPVT症例の約60%を占めます。
心筋細胞内のカルシウム放出チャネルを制御する、リアノジン受容体2(RyR2)遺伝子の変異によって心筋細胞内のカルシウムイオンの制御が乱れ、不整脈が発生しやすくなります。
CPVT1型は常染色体優性遺伝形式をとり、親から子へ50%の確率で遺伝するとされています。
特徴 | 詳細 |
遺伝子 | RyR2 |
遺伝形式 | 常染色体優性 |
発症頻度 | 全CPVT症例の約60% |
CPVT2型
CPVT2型は、カルセクエストリン2(CASQ2)遺伝子の変異によって起こるものを指します。CASQ2は心筋細胞内のカルシウムイオンを貯蔵するタンパク質であり、その機能異常がCPVTの原因となります。
常染色体劣性遺伝形式をとり、両親から変異遺伝子を受け継いだ場合にのみ発症します。全CPVT症例の約3-5%を占めているとされています。
特徴 | 詳細 |
遺伝子 | CASQ2 |
遺伝形式 | 常染色体劣性 |
発症頻度 | 全CPVT症例の約3-5% |
CPVT3型、CPVT4型、CPVT5型
CPVT3~5型は、さらにまれなCPVTのタイプとなります。
- CPVT3型:TECRL遺伝子の変異
- CPVT4型:CALM1遺伝子の変異
- CPVT5型:TRDN遺伝子の変異
これらの遺伝子も心筋細胞内のカルシウムイオンの制御に関与しており、その変異がCPVTの発症につながります。発症頻度は非常に低く、全CPVT症例の1%未満です。
遺伝子変異と表現型の関係
CPVTは上記のように遺伝子変異の違いによって分類されますが、臨床症状や重症度は必ずしも遺伝子型と一致しません。同じ遺伝子変異を持つ患者でも、症状の現れ方や重症度が異なることがあります。
この現象を表現型の多様性と呼び、環境因子や他の遺伝的要因が影響していると考えられています。
遺伝子変異 | 表現型の特徴 |
RyR2 | 運動や情動ストレスによる多形性心室頻拍 |
CASQ2 | より若年での発症、重症度が高い傾向 |
TECRL | 心筋症を伴うことがある |
CALM1 | 早期発症、重症度が高い |
TRDN | 心筋症や難聴を伴うことがある |
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の症状
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の主な症状は、運動や強い感情によって起こる失神や心停止です。
CPVTの症状の特徴
CPVTは、通常の日常生活では症状が現れにくい不整脈疾患であり、ほとんどの場合は安静時には何の問題もなく過ごせることが一般的です。
しかしながら、運動や強い感情ストレスにさらされると、体内のカテコラミン(ストレス時に分泌されるホルモン)が急激に増加し、突如として症状が出現します。
症状誘発因子 | 具体例 |
運動 | 激しいスポーツ、階段の上り下り |
感情ストレス | 興奮、怒り、驚き |
主要な症状
CPVTの代表的な症状には、失神、めまい、動悸、胸痛、呼吸困難などがあります。症状は突然発生し、特に失神は最も深刻な症状の一つとなります。
症状 | 特徴 |
失神 | 突然の意識消失、短時間で回復 |
動悸 | 激しい心臓の鼓動、不規則な脈拍 |
症状の出現頻度
CPVTの症状は患者さんによって出現頻度が大きく異なりますが、頻度に関わらず、CPVTは生命を脅かす可能性のある深刻な疾患であるため、症状が出た際にはすぐに医療機関を受診することが大切です。
症状出現頻度 | 特徴 |
高頻度 | 週に数回以上の症状 |
低頻度 | 年に数回程度の症状 |
症状が見逃されやすい
CPVTの症状は、他の心臓疾患や一般的な体調不良と混同されやすく、特にめまいや動悸は日常生活でも経験することがあるため見逃されやすい症状です。
ただ、このような症状が運動や強い感情と関連して現れる場合は、CPVTを疑う必要があります。
見逃しやすい症状 | 注意点 |
めまい | 運動直後や強い感情時に発生 |
動悸 | 突然の激しい心拍数増加 |
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の原因
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の主な原因は、心筋細胞内におけるカルシウムイオンの調節機構の異常にあります。
遺伝子変異
CPVTの発症において最も頻繁に見られる原因遺伝子は、リアノジン受容体2(RyR2)遺伝子です。そのほか、カルセクエストリン2(CASQ2)遺伝子やカルモジュリン(CALM)遺伝子の変異もCPVTを引き起こすことがあります。
遺伝子変異は、常染色体優性または劣性の形式で次世代に受け継がれます。
遺伝子 | 遺伝形式 | 頻度 |
RyR2 | 優性 | 高 |
CASQ2 | 劣性 | 中 |
CALM | 優性 | 低 |
TRDN | 劣性 | 非常に低 |
カルシウムイオンの調節異常がCPVTを引き起こすしくみ
通常の状態では、心筋細胞の収縮と弛緩は、細胞内外のカルシウムイオン濃度の精密な変化によって制御されています。
ところが、CPVTでは遺伝子変異によってこの繊細な調節機構が崩壊し、特にストレスや運動時にカテコラミンが分泌されると、心筋細胞内でカルシウムイオンの過剰放出や再取り込み障害が発生します。
環境要因
環境要因 | リスク | 対策 |
激しい運動 | 高 | 運動制限、段階的な運動 |
精神的ストレス | 中 | ストレス管理、リラックス |
突然の驚き | 中 | 環境調整、心理的準備 |
電解質異常 | 低 | 定期的な血液検査、食事管理 |
その他の原因遺伝子
従来から知られていた遺伝子以外にも、CPVTの原因となる可能性があるとされる新たな遺伝子が報告されています。
新たな候補遺伝子 | 機能 | 研究段階 |
TECRL | 脂肪酸代謝に関与 | 初期 |
TRIC-A | カルシウムイオンチャネルの調節 | 中期 |
JPH2 | 筋小胞体と細胞膜の結合に関与 | 後期 |
CALM3 | カルシウムシグナル伝達 | 初期 |
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の検査・チェック方法
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の診断では、運動負荷心電図検査や遺伝子検査などを実施します。
初期評価では、失神や動悸などの症状が運動や強い感情と関連しているか、家族内に原因不明の突然死や心臓突然死の既往がないかを確認します。
心電図検査
安静時の12誘導心電図はCPVTの診断において基本的な検査ですが、CPVTの特徴的な不整脈は運動や精神的ストレス時に出現するため、安静時の心電図だけでは異常を捉えられないケースも多くなります。
そのため、運動負荷心電図検査が診断の鍵となります。
検査名 | 特徴 |
安静時心電図 | 基本的な検査だが、異常を捉えにくい |
運動負荷心電図 | CPVTの特徴的な不整脈を誘発できる |
運動負荷心電図検査では、トレッドミルやエルゴメーターを使用して段階的に運動強度を上げていきます。この過程で、二方向性心室頻拍や多形性心室頻拍などのCPVTに特徴的な不整脈が出現するかを観察します。
長時間心電図検査
24時間ホルター心電図や、植込み型心電図記録計(ILR)などの長時間心電図モニタリングもCPVTの診断に有用です。
日常生活中の不整脈の出現を捉えられるため、特に症状が頻繁ではない場合や、運動負荷心電図で異常が見られなかった場合に有効です。
モニタリング方法 | 特徴 |
24時間ホルター心電図 | 1日の心電図変化を記録 |
植込み型心電図記録計(ILR) | 長期間の心電図モニタリングが可能 |
遺伝子検査
CPVTは遺伝性疾患であるため、遺伝子検査も診断において重要となります。主な原因遺伝子としてRYR2遺伝子やCASQ2遺伝子が知られています。
遺伝子検査は、以下の場合に特に有用です。
- 臨床症状やその他の検査でCPVTが強く疑われる場合
- 家族歴が濃厚な場合
- 無症状の家族のスクリーニング
遺伝子検査で原因遺伝子の変異が同定されれば、CPVTの確定診断となります。しかし、遺伝子変異が見つからなくてもCPVTを否定することはできません。
検査名 | 目的 |
RYR2遺伝子検査 | 主要な原因遺伝子の変異を確認 |
CASQ2遺伝子検査 | 別の原因遺伝子の変異を確認 |
確定診断
以下の条件を満たす場合、CPVTの確定診断となります。
- 特徴的な臨床症状(運動や感情ストレス関連の失神など)がある
- 運動負荷心電図で典型的な不整脈が誘発される
- 遺伝子検査で原因遺伝子の変異が同定される
CPVTは世界でも1000人いるかどうかという稀な疾患であるため、診断は複雑で、時に困難を伴います。しかし、疑わしい症例では検査を検討することが重要です。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の治療方法と治療薬について
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の治療では、β遮断薬を中心とした薬物療法と、必要に応じて植込み型除細動器(ICD)の使用を検討します。
薬物療法
薬物療法ではβ遮断薬が第一選択薬となり、カテコラミン(ストレスや運動時に分泌されるホルモン)の作用を抑制することで、不整脈の発生リスクを低下させる効果があります。
特に、ナドロールやプロプラノロールなどの非選択性β遮断薬が有効とされています。
薬剤名 | 主な作用 | 特徴 |
ナドロール | 非選択性β遮断 | 長時間作用型 |
プロプラノロール | 非選択性β遮断 | 短時間作用型 |
メトプロロール | 選択性β1遮断 | 心臓選択性 |
アテノロール | 選択性β1遮断 | 長時間作用型 |
植込み型除細動器(ICD)
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、心停止の既往がある高リスクのケースでは、植込み型除細動器(ICD)の使用を検討します。
ICDは、危険な不整脈を検知した場合に、電気ショックを与え正常な心拍リズムに戻す装置です。
フレカイニドの使用
ナトリウムチャネル遮断薬である、フレカイニドがCPVTの治療に有効であることが報告されています。フレカイニドは、特にβ遮断薬単独では効果不十分な患者に対して、追加治療として考慮されます。
この薬剤は、心筋細胞内のカルシウム放出を抑制することで、不整脈の発生を防ぐ効果があると考えられています。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の治療期間
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)は遺伝性の不整脈疾患であり、完全に治癒することが難しい病気です。そのため、基本的には生涯を通じて薬物療法を継続します。
薬物療法の調整期間
CPVTの治療では、薬物療法の効果を最大限に引き出すために、投薬量の調整が必要になることがあります。調整期間は個々の患者さんの体質や反応によって異なりますが、通常は数週間から数ヶ月程度の時間が必要です。
調整項目 | 期間 |
初期投与量の設定 | 2-4週間 |
効果の評価 | 4-8週間 |
用量の微調整 | 2-4週間 |
維持用量の決定 | 8-12週間 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の治療薬には、めまいや眠気、血圧低下などの副作用や、長期的な使用による肝機能への影響などがあります。
また、植え込み型除細動器(ICD)には、不必要なショックによる心理的な負担や、感染リスクなどのデメリットがあります。
β遮断薬の副作用
β遮断薬は、患者さんによっては、日常生活に支障をきたすほどの疲労感や運動能力の低下が見られる場合があります。また、喘息の既往がある方では、気管支収縮を引き起こす可能性が高いため、使用には慎重な判断が求められます。
副作用 | 対処法 |
疲労感 | 用量調整、生活習慣の改善 |
運動能力低下 | 運動療法、薬剤変更の検討 |
気管支収縮 | 代替薬検討、呼吸器科との連携 |
フレカイニドの使用リスク
フレカイニドは、特に心機能が低下している患者さんでは不整脈を悪化させる可能性が高いため、使用前の心機能評価が不可欠です。
また、腎機能障害のある方では薬物の体内蓄積により副作用が増強する可能性があるため、用量調整や定期的な腎機能検査が必要となります。
リスク | 対策 |
不整脈悪化 | 心機能評価、慎重な投与開始 |
腎機能障害 | 用量調整、定期的な腎機能検査 |
薬物相互作用 | 併用薬の確認、調整 |
植込み型除細動器(ICD)のリスク
- 手術に伴う感染リスク
- 不適切な作動による身体的・精神的苦痛
- 装置の存在自体による心理的ストレス
- 定期的なバッテリー交換手術の必要性
感染は手術部位や装置周囲に生じる可能性があり、重症化すると装置の摘出が必要になる場合もあります。
リスク | 発生頻度 |
感染 | 1-2% |
不適切作動 | 5-10% |
ベラパミルの副作用
ベラパミルは低血圧や徐脈を引き起こすことがあるため、高齢者や心機能低下のある患者さんでは注意が必要です。また、便秘や浮腫などの副作用も報告されています。
副作用 | 症状 | 対策 |
循環器系 | 低血圧、徐脈 | 用量調整、定期的な血圧・心拍数モニタリング |
消化器系 | 便秘 | 食事指導、緩下剤の併用 |
その他 | 浮腫 | 塩分制限、利尿剤の併用検討 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の治療費は、保険適用により自己負担が軽減されます。また、小児の場合は小児慢性特定疾病対策事業の対象となります。
小児慢性特定疾病対策事業
18歳未満の小児CPVTの患者さんは、小児慢性特定疾病対策事業の対象となります。この制度を利用すると、医療費の自己負担上限額が大幅に軽減されます。
世帯の所得区分 | 月額上限額 |
生活保護 | 0円 |
低所得Ⅰ | 1,250円 |
低所得Ⅱ | 2,500円 |
一般所得Ⅰ | 5,000円 |
一般所得Ⅱ | 10,000円 |
上位所得 | 15,000円 |
薬物療法の費用
CPVTの主な治療法である薬物療養の費用は、使用する薬剤によって異なります。一般的に使用されるβ遮断薬の場合、月額の薬剤費は5,000円から15,000円程度です。
植込み型除細動器(ICD)の費用
項目 | 費用(概算) |
ICD本体 | 250万円 |
植込み手術 | 70万円 |
定期フォローアップ(年間) | 8万円 |
長期的な管理費用の目安
CPVTは生涯にわたる管理が大切な疾患です。定期的な外来受診や検査、薬剤調整などの費用が継続的に発生します。
- 定期的な心電図検査(3,000円~5,000円/回)
- 運動負荷心電図検査(15,000円~20,000円/回)
- 血液検査(電解質や薬物濃度の確認)(5,000円~10,000円/回)
- 心エコー検査(10,000円~15,000円/回)
- ホルター心電図検査(15,000円~20,000円/回)
以上
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