Brugada症候群(Brugada syndrome)とは、1992年にスペインのBrugada兄弟によって最初に報告された遺伝性の心臓病です。
重篤な不整脈や突然死を引き起こす可能性がある症候群であり、特に若年~中年の成人男性に多く見られます。主な症状としては、失神や心停止、夜間の呼吸異常などが挙げられますが、まったく症状がない場合もあります。
Brugada症候群の病型
Brugada症候群は主に心電図所見に基づいて分類され、波形パターンによって3つのタイプに分けられます。
Brugada症候群の心電図分類
心電図分類では、右側胸部誘導でのJ点(心電図波形の一部)上昇の形状と程度によって分類を決定します。
タイプ | 特徴 | ST上昇 | リスク |
タイプ1 | Coved型(弓型または入り江型) | 2mm以上 | 高リスク |
タイプ2 | Saddle back型(馬鞍型) | 1mm以上 | 中リスク |
タイプ3 | Saddle back型(馬鞍型) | 1mm未満 | 低リスク |
ST上昇が2mm以上のCoved型を、タイプ1に分類します。また、Saddle back型は、ST上昇の程度によってタイプ2とタイプ3に分けられます。
タイプ1の心電図所見を示す患者さんでは、失神や心室細動、心房細動の発症リスクが高いと考えられています。
しかし、タイプ2やタイプ3の場合でも、タイプ1への変動が見られることがあるため、注意深い経過観察が必要です。
有症候性と無症候性Brugada症候群
日本では、Brugada症候群を症状の有無によって以下のように分類することが一般的です。
分類 | 特徴 | 管理方針 |
有症候性 | 失神、多形性心室頻拍、心室細動あり | 積極的な治療介入 |
無症候性 | 特徴的心電図のみ、症状なし | 経過観察 |
有症候性Brugada症候群は、失神などの症状や危険な不整脈が認められる場合を指します。一方、無症候性Brugada症候群は、特徴的な心電図所見は見られるものの、症状や危険な不整脈が認められないタイプです。
無症候性の患者さんでも、将来的に症状が出現する可能性があるため、継続的な観察は欠かせません。
Brugada症候群の症状
Brugada症候群の主な症状は、突然の失神や心臓突然死、夜間の呼吸困難、動悸などです。
症状 | 特徴 |
突然の失神 | 予兆なく意識を失う |
心臓突然死 | 致命的な不整脈による |
夜間呼吸困難 | 睡眠中の不整脈が原因 |
失神・心臓突然死のリスク
Brugada症候群患者で最も深刻な症状は、突然の失神や心臓突然死で、心室細動という致命的な不整脈により起こるものです。
心室細動が発生すると心臓が正常に血液を送り出せなくなり、脳や他臓器への血流が途絶えた結果、意識を失ったり、最悪の場合は突然死に至ります。
夜間の呼吸困難
Brugada症候群の患者さんでは、夜間就寝中に突然の息苦しさや胸部圧迫感を自覚することがあります。これらの症状は、主に睡眠中に生じる心室性不整脈が原因とされています。
特に、深夜から早朝にかけて症状が出現しやすい傾向にあります。
動悸・不整脈症状
胸がドキドキする感覚や、心臓が飛び跳ねるような感覚など、頻繁な動悸もよくみられる症状です。このような自覚症状は間欠的に出現し、症状が重症化すると日常生活に影響が出てきます。
また、動悸の頻度や程度は個人差が大きく、ストレスや疲労によって増悪することがあります。
その他の関連症状
- めまい
- 失神寸前の状態(前失神)
- 胸痛
- 発汗異常
- 疲労感
患者さんによって症状の現れ方や程度は異なりますが、めまいや前失神は転倒のリスクを高める可能性があるため、日常生活での注意が必要です。
症状 | 発生頻度 | 重症度 | 日常生活への影響 |
動悸 | 高 | 中 | 不安感、活動制限 |
めまい | 中 | 低〜中 | 転倒リスク、活動制限 |
胸痛 | 低 | 中 | 不安感、医療受診の増加 |
症状の変動性
Brugada症候群の症状は、ある日は全く症状がないが別の日には強い症状が現れるなど、日によって、また状況によって変動することがあります。
また、症状の強さや頻度は、ストレス、発熱、アルコール摂取などの要因によっても影響を受けます。
影響要因 | 症状への影響 | 対策 |
ストレス | 増悪 | ストレス管理、リラックス法の習得 |
発熱 | 顕在化・増悪 | 速やかな解熱、医療機関への相談 |
アルコール | 誘発・増悪 | 適度な飲酒、または禁酒 |
Brugada症候群の原因
Brugada症候群は、心臓の電気信号を司るイオンチャネルの遺伝子変異が主な原因と考えられており、特にナトリウムチャネルの異常が頻度が高いことが知られています。
遺伝子変異の中心的役割
Brugada症候群は、主にSCN5A遺伝子(心筋細胞のナトリウムチャネルを形成するタンパク質をコードする遺伝子)の変異によって起こるとされています。
この遺伝子に変異が生じるとナトリウムチャネルの機能が低下し、致命的な不整脈のリスクが高まることが分かっています。
遺伝子 | 機能 | 変異の影響 |
SCN5A | ナトリウムチャネルの形成 | 心臓の電気的活動異常 |
CACNA1C | カルシウムチャネルの形成 | 心筋細胞の興奮性異常 |
他の関連遺伝子
SCN5A以外にも、CACNA1C遺伝子やGPD1L遺伝子など、Brugada症候群の発症に関与する遺伝子がいくつか特定されており、研究が進められています。
環境要因
Brugada症候群を悪化させる可能性のある主な環境要因
- 高熱
- 電解質異常(体内のナトリウムやカリウムなどのバランスの乱れ)
- 特定の薬物(一部の抗不整脈薬など)
- アルコールの過剰摂取
- 睡眠時無呼吸症候群
Brugada症候群の検査・チェック方法
Brugada症候群の検査では、心電図検査や薬物負荷試験、遺伝子検査などを実施します。
心電図検査
心電図検査では、特に右側胸部誘導(V1-V3)におけるST上昇と、Brugada症候群の特徴的な波形パターンを確認していきます。
安静時心電図にて心電図所見の有無を確認しますが、この所見は変動することがあるため、一度の検査で診断を確定することは困難な場合があります。
そのため、複数回の心電図検査や長時間心電図モニタリングを行う場合もあります。
心電図所見 | 特徴 |
Type 1 | 典型的な所見 |
Type 2 | 鞍状波形 |
Type 3 | 弓状波形 |
薬物負荷試験の実施
心電図検査だけでは診断が困難な場合、薬物負荷試験を実施します。この検査では、ナトリウムチャネル遮断薬(フレカイニドやピルジカイニドなど)を投与し、Brugada型心電図所見を顕在化させます。
薬物負荷試験 | 使用薬剤 |
第一選択 | フレカイニド |
第二選択 | ピルジカイニド |
第三選択 | プロカインアミド |
特に、若年者の突然死のリスク評価において非常に有用な検査です。
遺伝子検査
遺伝子検査は、家族のスクリーニングや遺伝カウンセリングへの活用、将来的な治療法の選択などで有用性が高いものとなります。
遺伝子検査では、主にSCN5A遺伝子(心臓のナトリウムチャネルを形成する遺伝子)の変異を調べるのが一般的ですが、遺伝子変異が確認されない場合でもBrugada症候群を否定することはできません。
現在、約30%の患者でSCN5A遺伝子の変異が確認されていますが、残りの70%では原因遺伝子が特定されていないのが現状です。
遺伝子検査の利点 | 内容 |
家族スクリーニング | リスク保有者の早期発見 |
遺伝カウンセリング | 将来的なリスク評価 |
治療法選択 | 個別化医療への応用 |
その他の検査方法
Brugada症候群の診断をさらに確実なものとするため、心臓超音波検査(心臓の構造異常を除外するため)、心臓MRI検査(心筋の異常を詳細に評価するため)、運動負荷試験(運動による心電図変化を観察するため)などの検査も併せて行うことがあります。
Brugada症候群の診断基準
Brugada症候群の確定診断には、Type 1 ST上昇などの特徴的な心電図所見、失神や心停止の既往、家族歴(突然死や診断例)、遺伝子検査(SCN5A変異陽性)などの条件を満たすことが必要です。
Brugada症候群の診断には、Type 1 ST上昇などの特徴的な心電図所見に加えて、以下の条件のうち少なくとも1つを満たすことが必要です。
- 多形性心室頻拍または心室細動の記録
- 45歳以下の突然死の家族がいる
- 典型的なCoved型心電図を持つ家族がいる
- 心臓電気生理検査による多形性心室頻拍または心室細動の誘発
- 失神や夜間の瀕死期呼吸(あえぎ様呼吸)がみられる
Brugada症候群の治療方法と治療薬について
Brugada症候群の治療は、主に植込み型除細動器(ICD)の使用と薬物療法を行います。
植込み型除細動器(ICD)による治療
植込み型除細動器(ICD)は危険な不整脈を検知し、電気ショックを与えることで心臓のリズムを正常に戻す働きをします。ICDの植込み手術は局所麻酔下で行い、通常1〜2時間程度で終了します。
特に心室細動や心停止のリスクが高い患者さんにとって、ICDは生命を守るための欠かせない装置です。
手術後は定期的な検査が必要となりますが、多くの患者さんが日常生活を問題なく送ることができます。
薬物療法
Brugada症候群の薬物療法では、主に抗不整脈薬を使用します。
主な薬剤
薬剤名 | 主な効果 |
キニジン | ナトリウムチャネル遮断 |
イソプロテレノール | 交感神経刺激 |
シロスタゾール | 心拍数増加 |
ベプリジル | カルシウムチャネル遮断 |
薬物療法には副作用のリスクもあるため、定期的な血液検査や心電図検査を行い、薬剤の効果と安全性を継続的に評価していきます。
カテーテルアブレーション
最近の研究では、Brugada症候群に対するカテーテルアブレーション治療の有効性が報告されています。
この治療法は、心臓の右室流出路にある異常な電気的活動を引き起こす部位を特定し、その部分を焼灼することで不整脈の発生を抑制します。
現時点では、本症候群に対するカテーテルアブレーションは臨床研究段階であり、確立された標準治療には位置付けられていません。
しかしながら、従来の薬物療法や植込み型除細動器(ICD)による治療で十分な効果が得られない症例における追加治療選択肢として、期待されている方法だと言えるでしょう。
Brugada症候群の治療期間
Brugada症候群では、多くの場合、生涯にわたる長期的な管理が必要です。
治療期間の目安
症状が軽微であったり、リスクが低いと判断された方は定期的な経過観察のみで済む場合もあります。
一方、重症度が高いと場合や致死的な不整脈のリスクが高いと考えられる方では、長期的な治療介入が必要となり、治療は生涯にわたって継続されることが多いです。
治療の段階と期間
治療段階 | 期間 |
初期評価 | 1〜3ヶ月 |
治療方針決定 | 1〜2ヶ月 |
初期治療 | 3〜6ヶ月 |
長期管理 | 生涯 |
初期評価から治療方針の決定までには、通常1〜5ヶ月程度かかります。初期治療の期間は、選択された治療法によって異なりますが、一般的に3〜6ヶ月程度です。
長期管理の段階では、定期的な検査や投薬、ICDの管理などを継続します。基本的には生涯続くものであり、生活の質を維持しながら、突然死のリスクを最小限に抑えることが目標となります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
Brugada症候群の治療に用いられる薬物療法では、ナトリウムチャネル遮断薬などの副作用としてめまいや吐き気などがみられることがあります。また、植込み型除細動器(ICD)による治療では、不必要なショックや感染症などのリスクがあります。
薬物療法の副作用
キニジンやアミオダロンなどの抗不整脈薬は、消化器症状や血小板減少、甲状腺機能異常などの副作用が報告されています。
主な抗不整脈薬と副作用
薬剤名 | 主な副作用 |
キニジン | 消化器症状、血小板減少 |
アミオダロン | 甲状腺機能異常、肺線維症 |
ソタロール | QT延長、徐脈 |
植込み型除細動器(ICD)のリスク
植込み型除細動器(ICD)の植込みや使用には、リスクが伴います。また、ICDの植込み手術自体にも合併症のリスクがあります。
リスクの種類 | 具体例 |
手術関連 | 感染、出血、気胸 |
デバイス関連 | リード線の破損、バッテリー消耗 |
作動関連 | 不適切な作動、心理的ストレス |
また、ICDには、日常生活の制限(強い電磁波を発生する機器の使用制限など)があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
Brugada症候群の治療費は、保険適用により自己負担は通常1~3割となります。
診断にかかる費用の目安
検査項目 | 概算費用(3割負担の場合) |
心電図検査 | 800円~1,500円 |
遺伝子検査 | 8,000円~25,000円 |
薬物療法の費用
抗不整脈薬の薬剤費は保険が適用されますが、長期間の服用が必要なため、継続的に治療費がかかります。
薬剤名 | 月額概算費用(3割負担の場合) |
キニジン | 2,500円~4,500円 |
シロスタゾール | 1,800円~3,500円 |
植込み型除細動器(ICD)の費用の目安
- 手術費用(約30万円~50万円)
- デバイス本体の費用(約200万円~300万円)
- 入院費用(約10万円~20万円)
- フォローアップ費用(年間約5万円~10万円)
以上
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