心房粗動(Atrial Flutter:AFL)とは、心房が規則的ではあるものの、異常な高速で興奮してしまう不整脈です。
通常の場合、心房は1分間におよそ60~100回程度の規則的な収縮を繰り返しているのですが、心房粗動では1分間に250~350回程度の非常に速いペースで興奮が起きます。
高齢の方や心臓の病気をお持ちの方に多く見られる傾向にありますが、原因が特定できないケースも存在します。
心房粗動(AFL)の病型
心房粗動(AFL)は、心電図上での分類として、通常型(common type)と非通常型(uncommon type)および不純型(impure type)の3種類に分けられます。
病型 | リエントリー回路の特徴 | 心電図上の所見 | 発生頻度 |
通常型 | 右心房内を反時計方向に旋回する大きな回路 | 規則的な鋸歯状の F 波が認められる | 全体の約90% |
非通常型 | 心房中隔や左心房を含む多様な回路を形成 | F 波の形態や周期が不規則で多様 | 全体の約10% |
不純型 | AFとAFLが混在した状態 | AFL様のF波とAF様の細かい波形が交互に出現 | まれ |
治療のポイント
- 通常型AFLは、カテーテルアブレーションの成功率が高く、根治が期待できる。
- 非通常型AFLはリエントリー回路が複雑であるため、アブレーションの難易度が高く、詳細なマッピング(心臓内の電気的興奮の伝播を調べること)が必要となる。
- 不純型AFLは心房細動(AF)に移行するリスクがあるため、抗不整脈薬の併用やAFに対する治療戦略の検討が必要です。
通常型(common type)AFLの特徴
通常型AFLは、右心房内を反時計方向に旋回する大きなリエントリー回路(興奮が同じ経路を繰り返し循環すること)の形成によって生じる病型です。
心電図上の所見としては特徴的な鋸歯状のF波が認められ、そのF波の周期は200〜250msec程度と規則的であるのが特徴です。
心房粗動全体の約90%を占める最も一般的なタイプであり、多くは器質的心疾患(心臓の構造や機能に異常がある病気)を背景として発症します。
通常型AFLの特徴 | 詳細 |
リエントリー回路の位置と方向 | 右心房内を反時計方向に旋回する大きな回路を形成 |
心電図上の特徴的所見 | 鋸歯状のF波が規則的に認められる |
F波の周期 | 200〜250msec程度と比較的一定 |
非通常型(uncommon type)AFLの特徴
非通常型AFLは通常型とは異なるリエントリー回路を有しているのが特徴で、心房中隔や左心房を旋回経路に含むことがあります。
心電図所見はF波の形態や周期が通常型とは異なり、多様な様相を呈するのが特徴です。
非通常型AFLの中には特殊な解剖学的構造や先天性心疾患と関連して発症するものもあるため、治療を行う際には、症例ごとに評価が必要です。
不純型(impure type)AFLの特徴
不純型AFLは、心房細動(AF)と心房粗動(AFL)の特徴を併せ持つ病型で、両者が混在した状態を指します。
不純型AFLの心電図所見では、AFL様のF波とAF様の細かい波形が交互に出現し、リズムは不規則になるのが特徴です。
AFとAFLが移行する過程で一時的に生じることがあり、臨床的な重要性は他の2つの病型と比べるとやや低いと考えられています。
心房粗動(AFL)の症状
心房粗動(AFL)の主な症状には、動悸、胸部不快感、息切れ、めまい、失神などがあります。
突然の動悸
心房粗動では、心房が異常に速く収縮することによって突然の激しい動悸を自覚します。
通常、安静時の心拍数は1分間に60~100回程度ですが、心房粗動の場合は心房の収縮回数が1分間に250~350回にも達します。
また、動悸に伴って、胸部の不快感や圧迫感を感じることもよくあります。
動悸の特徴 | 詳細 |
突然の発症 | 安静時や活動中に突然起こる |
心拍数の異常な増加 | 1分間に250~350回の心房収縮を伴う |
持続時間の多様性 | 数分から数時間続くこともある |
胸部不快感の併発 | 動悸に伴って胸部の不快感や圧迫感を感じる |
運動時の息切れ
心房粗動の患者さんは、息切れを感じることがよくあります。これは、心房の過剰な収縮によって心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなるために起こります。
特に運動時や活動時に息切れが顕著になることが多いですが、安静時でも息切れを感じる場合があり、その場合は心房粗動が重症化している可能性があります。
息切れが継続する場合は心不全の症状である可能性があるため、速やかに医療機関を受診することが必要です。
息切れの特徴 | 詳細 |
運動時の顕在化 | 運動や活動時に息切れが顕著になる |
安静時の息切れ | 重症化した心房粗動や心不全を示唆 |
医療機関の受診の必要性 | 息切れが継続する場合は速やかな受診が必要 |
めまい・失神
めまいや失神は、心房の過剰な収縮によって心拍出量が低下し、脳への血流が一時的に減少することによって起こります。
めまいの症状には、ふらつき、立ちくらみ、目の前が暗くなる感じなどがあり、短時間で自然に回復する場合もありますが、繰り返し起こる場合は注意が必要です。
失神は一時的な意識消失を伴うもので、めまいよりも重篤な症状と言えます。
症状 | 詳細 |
めまい | ふらつき、立ちくらみ、目の前が暗くなる感じなど |
失神 | 一時的な意識消失を伴う重篤な症状 |
失神発作が頻繁に起こる場合は、日常生活に支障をきたすだけでなく、外傷のリスクも高くなってしまいます。 心房粗動によるめまいや失神が疑われる場合は、速やかに医療機関を受診し、診断と治療を受けることが大切です。
その他の症状
- 倦怠感、疲労感
- 胸痛、胸部不快感
- 頭痛
- 不安感、焦燥感
患者さんによっては、心房粗動の発作に伴い、発汗や顔面蒼白などの自律神経症状を伴うこともあります。
医療機関への受診について
心房粗動は、治療によって症状のコントロールや予後の改善が期待できる疾患です。心房粗動が疑われるような症状がある場合は、医療機関を受診するようにしてください。
受診のタイミング
- 動悸が頻発する場合
- 息切れが継続する場合
- めまいや失神がある場合
心房粗動(AFL)の原因
心房粗動(AFL)は、心房の異常な電気的興奮によって起こります。主な原因は心房内に形成されたリエントリー回路(興奮旋回路)によるものであり、心房の線維化や拡大が関与している場合が多いです。
心房粗動(AFL)を引き起こす主な原因
- 心房の線維化や拡大
- 心臓弁膜症や心筋症など、基礎となる心疾患がある
- 高血圧や糖尿病などの全身性の基礎疾患
- 加齢
リエントリー回路が形成されるしくみ
心房粗動(AFL)では、心房内に異常な電気的興奮の旋回路であるリエントリー回路が形成されることが特徴です。
心房内の線維化や拡大によって興奮伝導の遅延や途絶が生じると、リエントリー回路が形成されやすくなります。
心房粗動(AFL)が発生するしくみ
- 心房内にリエントリー回路が形成される
- リエントリー回路を介した異常な電気的興奮が持続的に旋回し続ける
- 心房の収縮が高頻度、かつ規則的に繰り返し起こされるようになる
- 心室への電気的興奮の伝導は、一定の割合でブロック(遮断)される
このような一連の流れを経て、心房内のリエントリー回路を介した異常な電気的興奮が持続的に旋回し、高頻度で規則的な心房収縮が起こります。
心房粗動(AFL)の発生や持続に関わる修飾因子
心房粗動(AFL)の発生や持続には、様々な修飾因子が関係していることが分かっています。
主な修飾因子
- 自律神経系(交感神経と副交感神経)の活動バランスの変化
- 血中の電解質バランスの異常(電解質異常)
- 心房内圧の上昇による心房壁の伸展の影響
- 心房自体の伸展による電気生理学的特性の変化
心房粗動(AFL)の検査・チェック方法
心房粗動(AFL)の診断は、問診・心電図検査を基本とし、必要に応じてホルター心電図、心臓超音波検査、CT検査、MRI検査などを実施します。
検査 | 目的 |
心電図検査 | 心房粗動の特徴的な所見(のこぎり波)を確認 |
心エコー検査 | 心房の拡大や弁の逆流などの評価 |
電気生理学的検査(EPS) | 心房粗動の確定診断とアブレーション治療の適応判断 |
心電図検査
心電図検査では、特徴的な「のこぎり波」と呼ばれる規則的な心房波を確認します。心房粗動の心拍数は通常、毎分200〜300拍程度と非常に速くなります。
検査項目 | 正常値 | 心房粗動での所見 |
心拍数 | 60〜100拍/分 | 200〜300拍/分 |
心房波 | P波(滑らかな波形) | のこぎり波(規則的な鋸歯状の波形) |
心エコー検査
心エコー検査では、超音波を用いて心臓の構造や機能を評価します。心房粗動の場合、心房の拡大や、僧帽弁・三尖弁の逆流などを認めることがあります。
心エコー検査で評価する項目
- 左房径
- 左室駆出率(EF)
- 弁の形態と機能
電気生理学的検査(EPS)
心電図検査や心エコー検査で心房粗動が強く疑われる場合、確定診断のために電気生理学的検査(EPS)を行う場合があります。
EPSではカテーテルを血管から心臓に挿入し、心臓内の電気的活動を測定します。この検査により心房粗動の診断を確定し、アブレーション治療(カテーテルを用いた焼灼術)の適応を判断できます。
心房粗動(AFL)の治療方法と治療薬について
心房粗動(AFL)の治療は、症状の改善と再発予防を目的とし、抗不整脈薬の投与やアブレーション治療などを行います。
抗不整脈薬による薬物療法
心房粗動の治療では、まず抗不整脈薬による薬物療法を実施することが一般的です。抗不整脈薬は、心房粗動の原因となる異常な電気刺激を抑制し、正常な心拍リズムを回復させる働きがあります。
代表的な抗不整脈薬
薬剤名 | 作用機序 |
フレカイニド | Naチャネル遮断作用 |
ピルジカイニド | Naチャネル遮断作用 |
ベプリジル | Caチャネル遮断作用 |
プロパフェノン | Naチャネル遮断作用 |
アブレーション治療
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、再発を繰り返す場合には、アブレーション治療を検討しま。アブレーション治療は、カテーテルを用いて心房内の異常な電気刺激の発生源や伝導路を焼灼し、心房粗動の根治を目指す治療法です。
アブレーション治療の手順
- 局所麻酔下で、鼠径部の血管からカテーテルを挿入します
- X線透視や心臓電気生理学的検査によって、異常な電気刺激の発生源や伝導路を特定します
- 高周波エネルギーを用いて、異常な部位を焼灼します
アブレーション治療は、心房粗動の再発を防ぎ、症状を改善する上で有効な治療法です。ただし、侵襲的な治療であるため、合併症のリスクも伴います。
アブレーション治療の適応 | アブレーション治療の合併症 |
薬物療法で効果不十分な場合 | 穿刺部の出血や血腫 |
再発を繰り返す場合 | 心タンポナーデ(心嚢液貯留) |
患者の希望が強い場合 | 血栓塞栓症 |
ペースメーカー治療
一部の心房粗動患者では、徐脈(心拍数が異常に低い状態)を合併します。このような場合、ペースメーカー治療が必要となることがあります。
ペースメーカーは、心臓の右心房や右心室に電極を留置し、適切な心拍数を維持するための電気刺激を与える医療機器です。
ペースメーカー治療が必要となる場合 |
徐脈による失神発作や心不全症状がある場合 |
薬物療法で徐脈が改善しない場合 |
房室ブロックを合併している場合 |
抗凝固療法
心房粗動では心房内で血液の滞留が起こり、血栓が形成されやすい状態にあります。この血栓が全身に飛散すると、脳梗塞などの合併症を引き起こす危険性があるため、抗凝固療法を併用する場合が多いです。
薬剤名 | 作用機序 |
ワルファリン | ビタミンK依存性凝固因子の産生を抑制し、血栓形成を予防します |
アピキサバン | 凝固第Xa因子を直接阻害し、血栓形成を予防します |
エドキサバン | 凝固第Xa因子を直接阻害し、血栓形成を予防します |
ダビガトラン | トロンビン(凝固第IIa因子)を直接阻害し、血栓形成を予防します |
心房粗動(AFL)の治療期間
心房粗動(AFL)の治療期間は、薬物療法であれば2週間~6ヶ月程度、カテーテルアブレーションであれば通常1回の治療で完治を目指しますが、再発する可能性も考慮し、長期的な経過観察が必要です。
薬物療法の治療期間の目安
薬物療法をどのくらいの期間継続するかは、症状の改善具合や副作用の有無などを考慮しながら決定していきます。
主な薬剤 | 標準的な治療期間 |
ベラパミル(カルシウム拮抗薬) | 2週間から4週間程度 |
ジルチアゼム(カルシウム拮抗薬) | 2週間から4週間程度 |
プロパフェノン(Naチャネル遮断薬) | 3ヶ月から6ヶ月程度 |
フレカイニド(Naチャネル遮断薬) | 3ヶ月から6ヶ月程度 |
薬物療法中の主な評価項目 | チェック方法 |
症状の改善度 | 問診や心電図検査 |
副作用の有無 | 血液検査や問診 |
心拍数のコントロール状態 | 心電図検査 |
洞調律の維持状態 | 心電図検査やホルター心電図 |
アブレーション治療を選択した場合の治療期間
アブレーション治療後の標準的な経過観察期間は以下の通りです。
- 治療当日:4時間から6時間程度の安静が必要
- 翌日:1泊の入院が一般的
- 術後1週間:激しい運動は控えめに
- 術後1ヶ月:定期的な外来受診が必要
アブレーション治療後の主な注意点 | 具体的な内容 |
治療当日の安静 | ベッド上での安静が基本 |
入浴や洗髪の制限 | 医師の指示に従う |
激しい運動の制限 | 心臓に負担をかけない程度の活動 |
定期的な外来受診 | 症状の確認や心電図検査など |
アブレーション治療後は、再発予防のために3ヶ月から6ヶ月間の抗不整脈薬の内服が必要となるケースもあります。
長期的な経過観察が必要な理由
心房粗動の治療後は、定期的な心電図検査やホルター心電図(24時間以上の連続記録)による評価を行い、症状の再燃の有無を確認します。
特に、以下のような再発のリスクが高いと考えられる患者さんでは、より頻繁な経過観察が必要です。
- 高齢の方
- 基礎心疾患(他の心臓病)を持っている方
- 心機能の低下が認められる方
- 過去に複数回の発作歴がある方
薬の副作用や治療のデメリットについて
不整脈疾患の一種である心房粗動(AFL)の治療では、薬物療法や手術療法に伴う副作用やリスクがあります。
治療法 | 薬物療法 | カテーテルアブレーション | 手術療法 |
侵襲性 | 低 | 中 | 高 |
根治性 | 低 | 高 | 高 |
主な副作用・合併症 | 薬剤特有の副作用 | 血管穿刺部の出血、心タンポナーデ | 出血、感染、心房機能低下 |
薬物療法に伴う副作用
心房粗動の薬物療法で使用する、リズムコントロールや心拍数のコントロールを目的とした薬剤には、以下のような副作用が報告されています。
薬剤名 | 主な副作用 |
アミオダロン | 肺臓炎、甲状腺機能異常、肝機能障害 |
ソタロール | 徐脈、低血圧、QT延長症候群(心電図上のQT間隔が延長する病態) |
ベラパミル | 低血圧、徐脈、うっ血性心不全(心臓のポンプ機能が低下し、全身に血液を送り出すことができない状態) |
ジゴキシン | 悪心、嘔吐、視覚障害、不整脈 |
薬物療法では、薬剤の相互作用により予期せぬ副作用が生じることもあります。また、長期的な薬剤使用により薬剤耐性が生じ、効果が減弱する可能性があります。
カテーテルアブレーションに伴うリスク
合併症 | 発生率 |
血管穿刺部の出血や血腫 | 1-2% |
心タンポナーデ(心臓を包む心膜に血液が貯留し、心臓が圧迫される状態) | 0.5-1% |
血栓塞栓症 | 0.5-1% |
横隔神経麻痺 | 0.1-0.5% |
また、手技中に不整脈が誘発され血行動態が不安定になるリスクや、心房壁の損傷により遅発性の心房穿孔や心房食道瘻(心房と食道の間に異常な交通が生じる病態)が生じる可能性にも注意が必要です。
手術療法に伴う副作用・リスク
手術名 | 主な合併症 |
メイズ手術 | 出血、感染、心房機能低下 |
肺静脈隔離術 | 肺静脈狭窄、横隔神経麻痺、心房食道瘻 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
心房粗動(AFL)の治療は、多くの場合で公的医療保険の適用対象となります。
項目 | 自己負担割合 |
薬剤費 | 10~30% |
処置費 | 10~30% |
薬物療法の費用の目安
薬剤名 | 1ヶ月当たりの費用目安 |
フレカイニド | 約6,000円 |
アピキサバン | 約9,000円 |
アブレーションの費用の目安
- 入院費 約35万円(1週間程度の入院を想定)
- 処置費 約60万円
- 検査費 約10万円
- 合計 約105万円
ペースメーカー植え込みの費用の目安
- ペースメーカー本体 約60万円
- 植え込み手術費 約40万円
- 入院費 約25万円(2週間程度の入院を想定)
- 合計 約125万円
※費用は使用するペースメーカーの機能によって大きく異なります。
以上
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