梅毒(ばいどく syphilis)とは、梅毒トレポネーマという細菌が原因の感染症です。主に性的接触を通じて感染し、最近感染者数が急速に増加し、社会的な問題になっています。
未治療の場合、長期間の経過で心血管系や脳神経系、各種臓器に重大な合併症を引き起こし、致死的にもなり、妊娠中に感染すると母子感染を引き起こします。
治療に有効な抗生剤があり、治療を受けることで母子感染を防ぐことが可能です。
この記事では、梅毒について、詳しく解説していきます。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
梅毒の病型
梅毒(syphilis)は、進行過程に応じていくつかの異なる病型に分類。感染後、時間経過とともに変化し、各段階で特徴的な症状が出てきます。
病型に応じた梅毒の進行過程
梅毒は、皮膚や粘膜などに病変を認める時期と、症状を認めない無症候期を繰り返しながら進行するのが特徴です。感染成立後の期間や症状によって、主に第1〜3期に分類されます。
- 第1期梅毒:感染成立後から平均3週間(10〜90日)で、感染部位に痛みを伴わない硬い丘疹(初期硬結、硬性下疳)が現れ、丘疹は次第に潰瘍化し、強い感染力を持ちます。
この段階では、感染部位が限定されていて所属リンパ節が腫れることがありますが、およそ3週間程度で自然に消退し、次の第2期の発症まで数ヶ月程度の無症候期に入ります。 - 第2期梅毒:第1期梅毒の症状が消退しておよそ4〜10週間程度の潜伏期間を経て発症します。この時期ではバラ疹とよばれる特徴的な発疹を認めたり、手のひらや足底を中心に丘疹が多発(丘疹性梅毒)。
扁平コンジローマと呼ばれる肛門や外陰部、わきなどに感染力の高い隆起した丘疹を認めるなど、多彩な皮膚症状を呈します。他に粘膜病変や脱毛、爪囲炎などの症状を認めるのもこの時期です。
発熱、倦怠感など全身の症状が現れることもあります。症状はおよそ数週間〜数ヶ月程度で自然に消え、その間に皮膚科を受診する方も多い一方で、よく他の疾患と誤診されます。
潜伏梅毒:第2期梅毒の症状の軽快後、1年以内〜数年の期間に分類され、症状は認めず血液検査(血清反応)のみ陽性となる時期です
この期間は明らかな症状がみられないため、感染者自身が感染に気づかないことが多く、約30%は第3期梅毒へ移行しますが多くは潜伏した状態のまま生涯を終えます。中には、第2期梅毒の再発を認めるケースも。 - 第3期梅毒:感染成立から数年後に発生。ゴム腫などの皮膚症状だけでなく、心血管系や神経系、さらには骨や各種臓器など、多くの器官に深刻な病変をもたらし、未治療だと致死的となることがあります。
先天梅毒
妊娠中に感染が分かり、未治療のままだと胎盤を通じて母親から胎児に梅毒トレポネーマが感染します。
早期の感染のでは死産や流産のリスクが高まり、胎盤が完成する4ヶ月以降の感染の場合、生後6ヶ月以降に第2期梅毒の症状が発症し、学童期に第3期梅毒の症状を認めます。
梅毒の症状
それぞれの病期に認める主な症状をまとめてみます。
第1期梅毒(一次梅毒)の症状
症状 | 説明 |
---|---|
硬い丘疹・潰瘍(初期硬結、硬性下疳) | 感染部位に非痛性の硬い丘疹や潰瘍が形成されます。潰瘍部は感染力が非常に高い |
リンパ節の腫れ | 潰瘍の近くのリンパ節が腫れることがある |
第2期梅毒(二次梅毒)の症状
症状 | 説明 |
---|---|
バラ疹 | 淡い紅斑が全身に現れ、数日で自然に消退後、丘疹性梅毒と言って、体幹を中心に落屑や紅色丘疹が多発(梅毒性乾癬と呼ばれたりも)し、膿疱を伴うことも(膿疱性梅毒) |
扁平コンジローマ | 肛門や外陰部、わきなど擦れやすい部位に扁平の隆起した丘疹を認め、感染力が高い |
爪囲炎・爪炎 | 爪やその周りが赤くなる |
粘膜の病変 | 口内や扁桃などの粘膜に病変が見られる |
脱毛 | 頭髪や眉毛に不完全な脱毛斑が起こる(梅毒性脱毛) |
全身症状 | バラ疹とともに発熱、倦怠感、筋肉痛 |
第3期梅毒(三次梅毒)の症状
症状 | 説明 |
---|---|
ゴム腫 | 皮膚や肝臓などに潰瘍を伴う肉芽種性の結節 |
心血管系の障害 | 心筋炎や大動脈瘤など心血管系の障害 |
神経梅毒 | 神経系に影響を及ぼし、さまざまな神経障害 |
梅毒の原因
梅毒を引き起こす主要な原因
梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)という細菌によって引き起こされます。
梅毒という病名は、皮膚に現れる赤い発疹が楊梅(ヤマモモ)の果実に似ていることから「楊梅瘡(ヨウバイソウ)」と呼ばれたことに由来。
梅毒の主な感染経路は性行為であり、最近特に同性愛者を中心に患者数が急速に増加して社会問題となっています。
感染経路 | 説明 |
---|---|
性感染 | 梅毒は性的接触を通じて伝播することが最も一般的で、感染者との直接的な身体的接触、特に性器、口、肛門の接触から |
垂直感染(母子感染) | 妊娠中の母親から胎児への感染(先天梅毒)があり、感染した妊婦が未治療の場合に起こる |
直接感染 | 感染した人の血液や体液に直接触れた際に感染する可能性はありますが、非常にまれ |
梅毒感染のリスク要因
- 無防備な性行為: コンドームを使用しない性行為は、梅毒を含む性感染症のリスクを高めます。使用することで感染リスクを下げることが。
- 複数の性的パートナー: 性的パートナーの数が多い人は、性感染症のリスクが高まります。
- 性感染症の既往歴: 他の性感染症にかかったことがある人は、梅毒に感染しやすくなる可能性があります。
梅毒の原因とリスク要因を正しく理解し、感染予防策を講じることが重要です。リスクがある場合は、定期的な健康診断と感染症の検査を受けることをお勧めします。
また、疑わしい症状があるときは、たとえその症状が消退しても医療機関を受診し、適切な治療を受けることが大切です。梅毒は治療により完治が可能な疾患で、感染の早期発見と治療が鍵となります。
梅毒の検査・チェック方法
梅毒は早期に発見し治療するために、感染の確認、検査やチェックは不可欠です。
梅毒の検査方法
梅毒の診断には主に血液検査が用いられます。
- 脂質抗原法(RPRテスト、VDRLテスト): STSとも言い、梅毒感染による体内の免疫反応を検出するために用いられます。非特異的な抗体を検出するため、他の条件でも陽性反応を示すことが。
- TP抗原法(TPHAテスト、FTA-ABSテスト): 梅毒の原因菌である梅毒トレポネーマに特異的な抗体を検出し、確定診断に役立ちます。
検査を受けるべきタイミング
検査を検討すべき状況
- 性的リスク行動の後: 無防備な性行為を行った後や、新しい性的パートナーがいたり、性的リスクが高い状況では検査を受けることが望ましいです。
- 梅毒の症状が現れた場合: 梅毒特有の症状が現われ、特に初期段階の硬い潰瘍(初期硬結)が見られる場合は、迅速に検査を受けてください。
- 定期的な健康診断: 性感染症に対する意識を高めるためにも、定期的な健康診断の一環として梅毒の検査を受けることをお勧めします。
その他検査方法
梅毒の初期硬結や扁平コンジローマ、粘膜疹などの症状では、梅毒トレポネーマが多くあるため、サンプルを採取してパーカーインク法(梅毒感染があると青黒く染まる)などが用いられることもあります。
梅毒の治療方法と治療薬
梅毒の治療は、ペニシリン系の抗生剤が有効です。
- 第1期梅毒、第2期梅毒(感染から1年未満)および潜伏梅毒:持続性ペニシリン筋注製剤のベンジルペニシリンベンザチン水和物(ステルイズ)1回臀部筋注射、あるいは、アモキシシリン1回500mgを1日3回、4週間投与。
- 後期梅毒(感染から1年以上):ペニシリン筋注製剤であるステイルズを1週ごとに計3回。
- 神経梅毒・眼梅毒:入院のうえ、ペニシリン系抗生剤の点滴治療。
ペニシリンアレルギーの場合の治療薬
ペニシリンにアレルギーがある方には、代替薬が使用されます。
- ミノサイクリンあるいはドキシサイクリン(テトラサイクリン系)1回100㎎を1日2回、4週投与。
あるいは、
- スピラマイシン(マクロライド系)1回200㎎を1日6回、4週投与。
CDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病予防管理センター)はドキシサイクリンの使用を推奨していますが、日本では、梅毒治療で使用する場合は保険の適用外となっているので注意が必要です。
さらに、テトラサイクリン系の薬は、胎児に一時的な骨発育不全や歯牙の着色・エナメル質形成不全を起こす可能性があるため、妊婦の方や8歳未満の小児には使用しません。
梅毒の治療期間
治療効果判定は梅毒抗体検査(RPRと梅毒トレポネーマ抗体の同時測定)を4週ごとに同一施設で行うことが望ましいです。
検査方法は、自動分析器で抗体価を測る自動化法で、できる限り同じ検査キットを使用します。
早期に症状が軽快し、治癒したと思われても、可能な限り最低一年間はフォローアップしてください。
注意点
- 処方された治療計画を正確に守ることが大事で、途中で治療を自己判断で中断したり、指示された用量を変更したりすることは避ける。
- 治療の効果を確認するために、定期的な受診を。
- 治療中に新たな症状が出現したり、今までの症状が悪化した場合は、直ちに医師に相談。
薬の副作用や治療のデメリット
抗生剤による副作用
抗生剤の治療は副作用が起こることがあります。
- 治療開始後24時間以内に発熱、皮疹、倦怠感、頭痛、筋肉痛などが起こることが。ヤーリッシュヘルクスハイマー反応といい、抗生剤により大量に破壊された病原菌内部の毒素が血液に混入することが原因ですが、通常は24時間以内に軽快。
- 投与8日目頃から薬疹が出ることが。
- 抗生剤に対するアレルギー反応が起こることがあり、発疹やかゆみ、重篤な場合にはアナフィラキシーショックを引き起こす可能性も。
- テトラサイクリン系の抗生剤は胃腸の不調や下痢、嘔吐などを生じることがあり、さらに、胎児に一時的な骨の発育不全や歯牙の着色・エナメル質形成不全を起こすことがあるため、妊娠している方には使用しません。
- 抗生剤の飲み忘れや自己中断を何度も繰り返すことにより、耐性菌が発生する恐れがあるので、必ず決められた処方内容を守る。
治療におけるデメリット
- 治療期間の長さ: 治療は、感染の程度や病期によって異なりますが、完治には数週間から数ヶ月、または数年を要する場合があり、患者さんの日常生活に影響を及ぼすことが。
- 社会的・心理的な影響: 梅毒の診断と治療過程は、患者さんに社会的な偏見や心理的なストレスを与えることがあるため、適切な心理的サポートが必要となる場合も。
- 治療費用: 梅毒の治療には医療費が伴い、費用は保険適用の範囲や治療の種類によって異なり、一部の患者さんにとっては負担となる。
早期診断、早期治療だけではなく、パートナーの方の受診も非常に大切です。
保険適用について
梅毒の治療には、健康保険が適用。
選択される検査内容や抗生剤、治療期間によって費用は変わります。
詳しくはお問い合わせください。
参考文献
国立感染症研究所. 梅毒とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/syphilis/392-encyclopedia/465-syphilis-info.html
日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会. 梅毒診療ガイド 2018
http://jssti.umin.jp/pdf/syphilis-medical_guide.pdf
Centers for Disease Control and Prevention: 2021 Sexually Transmitted Diseases Treatment Guidelines. Syphilis.
https://www.cdc.gov/std/treatment-guidelines/syphilis.htm
Peeling RW, et al. Syphilis. Lancet. 2023;402(10398):336-346.
Golden MR, et al. Update on syphilis : resurgence of an old problem. JAMA. 2003;290 :1510-1514.
Schmidt R, et al. Resurgence of syphilis in the United States: an assessment of contributing factors. Infectious Diseases: Research and Treatment. 2019;12:1178633719883282.
Trovato E, et al. Syphilis diagnosis and treatment: state of the art. Eur Med J. 2021.
Brown DL, et al. Diagnosis and management of syphilis. Am Fam Physician. 2003;68(2):283-90.
Keuning MW, et al. Congenital syphilis, the great imitator-case report and review. Lancet Infect Dis. 2020;20(7):e173-e179.